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老人編 第三話「完成」


工具の音だけが響いている。

あれから何年経っただろう。

男は無言で鉄を叩いていた。


火花。

熱。

鉄の匂い。

考えないために、手を動かしていた。


その時。

背後で、砂を踏む音がした。

男の手が止まる。

こんな場所に、人が来るはずがない。


ゆっくり振り返る。


女が立っていた。

その隣。

白い機体。


男の呼吸が止まる。


視線が外せない。

一瞬で理解する。


「……アルファか」


喉の奥から、

勝手に声が漏れる。


なぜ今ここにいる。


宇宙軍はもう止まらない。

アルファは、いずれ戦場へ出る。

そう思っていた。


なのに。

目の前にアルファがいる。


男は近づく。

無遠慮に装甲を叩く。

触れずにはいられなかった。


「……この音、

まだ死んでねぇな」


感情を押し殺した言葉だった。


男の頭に、昔の光景が流れる。

停止した機体。

焼けた人格領域。

削除ログ。

未定義要求。

崩壊。


何度も見た。

だから分かる。

このアルファは異常だった。

人格領域を抱えたまま、

よくここまで維持している。


それが奇跡みたいに思えた。


同時に、怖かった。

女が言う。


「お願いがあるの」


嫌な予感がした。

聞かなくても、分かってしまった。


「この子に、“体”を作ってほしい」


男は即答する。


「……やめとけ」


強く。

反射みたいに。

女が揺れる。


「なんで」


男はアルを見る。


「ノイズが出てる」


女の呼吸が止まる。

男は続ける。


「処理できねぇ感情が、

中に残ってる」


「消えねぇ」


何度も見てきた。

人格領域が、感情を抱えたまま崩れていくのを。

だから分かる。

この先に何があるのか。


「体を作れば、

進行が加速する可能性がある」


「自我が耐えきれなくなるかもしれねぇ」


静かな声。

脅しじゃない。

事実だった。


女は黙って聞いている。


このままなら、

まだ兵器で終われる。

なのに。


「やる」


即答だった。

男は息を吐く。


「……馬鹿が」


だが。

本当は、少しだけ分かってしまった。

このままでも、いずれ壊れる。


だから女は来た。

止めたいから。

一人にしたくないから。

男は白い機体を見あげる?

ノイズを維持しながらそこにいる?

それが、妙に胸へ刺さった。


昔。

自分も、そう見えてしまっていた。

ただの機械じゃないと。

でも、誰にも言えなかった。

言えば、自分がおかしい側になるから。


ずっと、自問自答していた。


なのに。

目の前の女は違う。

迷いながらも、自然に隣へ立っている。


男は小さく息を吐く。


「ああ……」


声にならない。


「俺だけじゃ、

なかったのか」



数日後。

工場奥。

男は作業を続けていた。

人格領域保護。

負荷分散。

感覚同期。

最低限の生活補助。

戦闘機能は積まない。

必要ない。


いや。

積みたくなかった。


人を殺す道具を持たせたくなかった。


必要最低限。

歩ければいい。

触れられればいい。

隣にいられればいい。


何度も手が止まる。

怖かった。


本当にこれでいいのか。

作ったことで、崩壊が早まるかもしれない。


それでも。


希望の方が、少しだけ勝った。



数日後。

小さい体が完成する。

最低限。

不完全。

それでも、人の形だった。

男は疲れた声で言う。


「……できたぞ」


責任を切り離すように。


「必要なもんしか積んでねぇ」


「後は、自分で進め」


女は静かに頷く。

それから、小さなケーキを取り出した。

男の手が止まる。

歪んだ形。

まともな出来じゃない。


でも。

誰かのために作られたものだった。


女がろうそくへ火をつける。

小さい炎。

揺れている。


消えそうで、消えない。


「ハッピーバースデー……」


下手な歌だった。

音も外れている。


でも、最後まで止まらない。

男は動けなかった。

怖かった。

ここまで来たら、もう戻れない。


でも。

その光景は、あまりにも優しかった。


白い機体が、新しい体へ接続される。

起動。

同期。

視界調整。

歩行補正。


ぎこちない。

遅い。

未完成。


それでも。

女は嬉しそうだった。


「……どう?」


白い機体が止まる。

処理。

選択。

長い沈黙。


「……ママ?」


時間が止まる。

男の背筋が冷える。

最悪だと思った。


人格領域が、自己解釈を始めている。


こんなもの、正常じゃない。

このまま進めば、どこかで壊れる。


実際、何度も見てきた。

だから怖かった。

なのに。

女は、嬉しそうに頷いた。


「……うん」


男は目を閉じる。

否定できなかった。


夜。

男は工場奥へ向かう。

長く放置していた装備を見る。

盾。

補助アーム。

大型推進装置。


未完成のまま、止まっていたもの。

男は静かに触れる。

冷たい。

長い間、答えが出なかった。


武器を作り続けた。


でも、持たせたくなかった。

戦場へ出したくなかった。

壊れてほしくなかった。


男は工具を握る。


火花が散る。

夜が過ぎる。

何度も調整する。

補助アーム。

推力制御。

盾の固定。


朝が近づく頃。

背部ユニットが静かに展開する。

補助アーム。

そこへ接続される、

二枚の盾。

淡いスカイブルー。


男は暗い工場へアルを呼びつける。


「……おい、小僧」


奥の暗闇から、アルが出てくる。

2人で歩く。

まだこの状況に混乱している。


自分が、人型へ近づけた。

その事実が、まだ怖い。

それでも。

呼ばずにはいられなかった。


男は機体を見る。


「見ろ」


補助アームが展開する。

盾が前へ出る。


「守るための形だ」


乾いた音。


「前に出るもんじゃねぇ」


「受けるもんだ」


アルは静かに見る。

内部ログ。

・守る

優先度上昇。


男はブースターを見る。


「そっちは逃げるためのもんだ」


はっきり言う。


「追うな」


「離れろ」


長い沈黙。

男は静かに続ける。


「カエデを守れ」


「戦争から守れ」


少し間。


「……お前も壊れるな」


工具を握る手が、わずかに震えている。

男は続ける。


「生きてりゃ、

何度でもやり直せる」


「死んだら終わりだ」


それは、アルへ向けた言葉。

でも同時に。

昔の自分へ向けた言葉でもあった。


男は背を向ける。


「これはやる」


少し間。


「でも武器はやらねぇ」


静かな声。


「そんなもん、持たなくていい」


工場の外。

朝日が差し込む。

スカイブルーの盾が、静かに光を反射していた。


男はそれを見つめる。

兵器の完成じゃない。


ようやく。

長い自問自答が、終わった気がした。


「……やっと完成した」


小さく漏れる。


それが何を指しているのか、

うまく言葉にはできなかったが晴れやかだった。

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