老人編 第二話「亡命」
地球。
遠くで黒煙が上がっている。
低い警報音。
軍用機の編隊。
避難輸送車両。
世界は静かに壊れ始めていた。
男は崩れた工業地帯を歩いている。
焼けた鉄骨。
砕けた窓。
停止した搬送ライン。
戦争は、
最初に工業地帯を壊す。
補給を断つため。
生産を止めるため。
男はそれを知っていた。
だから、
ここを選んだ。
誰も来ない。
もう使われない場所。
半分死んだ工場。
背後では、
大型輸送船の搬入口が開いている。
積まれているのは、
アルファ用兵装。
高出力火器。
近接戦闘装備。
推進補助装置。
試作盾ユニット。
全部、自分が設計したものだった。
男はコンテナを見つめる。
長く。
「……何やってんだろうな」
小さく呟く。
宇宙軍は、地球へ帰ろうとしている。
それは知っている。
間違いじゃない。
長い宇宙生活。
減り続ける資源。
統合意思。
無駄を削り、人類を維持し続けた。
その結果が今だった。
だから、宇宙軍を責めきれない。
でも。
男は空を見る。
まだ。
戦場になっていない場所もある。
人もいる。
生活も残っている。
それなのに。
地球へ帰るために、地球を壊している。
その事実だけが、どうしても頭から離れなかった。
男は端末を開く。
武装データ。
制御コード。
設計図。
アルファ専用兵装群。
長く止まる。
そのあと。
暗号化。
多重プロテクト。
アクセス制限。
封鎖。
「……持たせたくねぇ」
静かな声。
保存完了。
端末を閉じる。
そこへ、
足音が響く。
主任だった。
白衣。
疲れた顔。
輸送コンテナを見る。
それから、男を見る。
「本当に行くのか」
男は少し黙る。
「……分からん」
主任は何も言わない。
男は続ける。
「宇宙軍が間違ってるとも思わん」
「必要だったのも分かる」
静かな声。
「でも」
少し間。
「俺は、あそこに居ちゃいけねぇ気がする」
風が吹く。
遠くで警報が鳴っている。
主任は男を見る。
責めない。
引き止めない。
ただ静かに立っている。
男が低く笑う。
「自分でも、
何が正しいのか分からん」
主任は小さく息を吐いた。
「お前は昔から、効率が悪い」
男は少し笑う。
否定できなかった。
長い沈黙。
主任は輸送船へ視線を向ける。
「アルファは、もう止まらない」
男の表情が少し固くなる。
分かっていた。
もし投入されれば、地球側では止められない。
人間では追いつけない。
火力も。
速度も。
処理能力も。
全部。
主任が静かに言う。
「お前がいなくても、
計画は進む」
男は頷く。
「だろうな」
それでも。
残れなかった。
主任は背を向ける。
去る直前。
止まったまま言った。
「作ることだけはやめるな」
男は目を閉じる。
返事はしなかった。
輸送船が静かに閉じる。
低い振動。
ゆっくり上昇する。
窓の外。
宇宙港の灯りが遠ざかる。
男は動かない。
何をしたいのか、まだ分からなかった。
何が正しいのかも、分からない。
ただ。
アルファへ、
武器を持たせたくなかった。
それだけが残っていた。
数日後。
旧工業跡地。
地下設備だけは生きていた。
古い工作機械。
大型プレス。
熱加工炉。
まだ動く。
男は静かに電源を入れる。
低い駆動音。
暗い工場に、わずかに光が戻る。
火花。
ハンマー音。
男は黙々と鉄を叩いている。
装甲材を切り出す。
フレームを組み替える。
別の形へ変えていく。
作ることしか出来ない。
しかし、手は止まる。
盾で、何が変わる。
本当に必要だったのか。
戦争は。
アルファは。
ここまで壊して、
帰る意味はあるのか。
答えは出ない。
それでも。
もし、アルファが地球へ来た時。
せめて。
壊す以外の形を、残したかった。
男は再びハンマーを振り下ろす。
火花が散る。
遠くの空が光る。
遅れて振動。
戦争が、少しずつ近づいていた。




