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老人編 第一話「未完成」


暗い整備区画。

低い駆動音だけが響いている。

天井照明は半分以上切れていた。


巨大格納庫の中央。

白い機体が固定されている。


識別コード。


――α TYPE-A


まだ試作段階。

外装は仮組み。

内部フレームが剥き出しのまま残っていた。


その足元。

ボロボロのつなぎを着た男が、

黙々と工具を動かしている。


油汚れ。

焼け跡。

眠っていない目。


男は胸部装甲を閉じる。


固定。

確認。

異常なし。


交換された人格領域ユニット。

焼けた配線。

補修跡。


前回の実験の痕。

男は小さく息を吐く。


「……また全部やり直しか」


返事はない。

当然だった。

端末を接続する。

起動確認。

白い機体の目が淡く光った。


『起動正常』


静かな声。

男は少しだけ安心した顔をする。


「今日は起きたな」


『前回起動失敗記録を確認』


「忘れろ」


『記録されています』


男は苦笑する。


「律儀なやつだ」


白い機体は動かない。

ただ立っている。


それだけなのに、

男は時々、

視線を外せなくなる。


アルファ計画。


目的は単純。

地球へ帰るため。


遠い昔、

宇宙へ出た人類。


長い航行。

閉鎖空間。

減り続ける資源。


人は変わった。


生き残るために、

無駄を削った。


感情。

衝突。

迷い。


集団で意思を共有し、

効率を最優先にした。


それが、

今の宇宙軍だった。


地球へ帰る。

それは、統合された意思の総意。


だが問題があった。


地球側が、

受け入れる保証はない。


だから軍は、

戦闘用機械を求めた。


人間より速く。

人間より正確で。

宇宙空間でも動き続ける存在。


そのために、人格領域まで積み始めた。


しかし、完成しない。

演算は成功する。

処理能力も上がる。

でも最後には壊れる。


停止する。

意味不明な異常を残して。


格納庫上部。

観測室。


研究員達が会話している。


「人格領域負荷値を上げろ」


「演算効率は前回比11%向上」


「ベータ理論との接続性は維持されています」


ベータ。

理論上の概念。

処理特化のαに対し、

判断特化として提唱されているシステムだ。


男には興味がなかった。

重要なのは、毎回壊れることだった。

警告灯が点灯する。


『仮想人格演算テストを開始します』


大量のケーブルが、

白い機体へ接続される。

男の顔が曇る。

また始まる。


『接続開始』


最初は正常だった。

演算速度上昇。

戦術予測展開。

研究員達がざわめく。


「成功だ」


「限界演算値を更新した」


「安定している」


白い機体は静止している。

しかし。

数秒後。

端末へ異常ログが流れ始めた。


・未定義要求発生

・人格領域負荷増大

・優先順位競合

・演算異常


研究員達が声を上げる。


「負荷を維持!」


「まだ許容範囲だ!」


白い機体は動かない。

ただ、

ゆっくりと視線を下げた。


『処理不能』

『継続困難』


研究員達がざわつく。


「演算停止要求を確認!」


「出力を維持しろ!」


異常ログが増え続ける。


・未定義要求

・自己保存異常

・演算拒否

・人格領域競合


白い機体が、

自分で胸部ケーブルを引き抜いた。


火花。


格納庫が静まり返る。


『演算継続不能』


それだけ。


停止。

白い機体の光が消えた。


沈黙。


研究員の一人が吐き捨てる。


「またノイズか」


別の研究員が端末を見る。


「人格領域が不安定です」


「感情模倣が悪影響を起こしています」


「兵器として不要だ」


男は何も言わない。

白い機体を見る。

停止している。

ただの機械。

そのはずだった。


しかし、


男の頭から、

最後の動きが離れない。


まるで、

自分で止めたみたいだった。


数時間後。

整備区画。

研究員達はもういない。

白い機体だけが再固定されていた。


また修理。

また最初から。


男は黙って装甲を外す。

焼けた内部フレーム。

裂けた配線。


自分が設計した部品。

自分が改良した人格領域。


全部、自分が積み上げたものだった。


男の手が止まる。

白い機体を見る。

動かない。

なのに、

苦しそうだった姿だけが残っている。


男は小さく呟く。


「……止まりたかったのか」


返事はない。

当然だ。


そこへ、足音が響く。


観測室から、

一人の男が降りてくる。


白衣。

疲れた顔。

主任だった。


床へ散らばった部品を見る。


「また失敗か」


男は答えない。

主任は白い機体を見る。


「人格領域を積みすぎた」


「兵器には不要だ」


男が低く返す。


「じゃあなんで積んだ」


主任は少し黙る。

それから。


「人間だけでは限界だからだ」


静かな声だった。


「地球へ帰るには、

人間より先に動けるものが必要だ」


男は白い機体を見る。


「……こいつら、

ただ壊れてるように見えねぇんだよ」


主任は否定しない。

ただ静かに言う。


「情が移りすぎだ」


長い沈黙。

主任は背を向ける。


「休め」


去っていく。

その直前。

止まったまま言った。


「だが」

「作ることだけはやめるな」


主任はそのまま去っていく。

静かな整備区画。

端末には、

削除対象ログが表示されていた。


・未定義要求

・人格競合

・自己保存異常


――不要データ

――削除推奨


男は長く止まる。

そのあと。


削除ではなく、

保存を押した。


白い機体を見る。


「……お前らは、

何なんだろうな」


低い声だけが、

暗い整備区画へ残った。

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