エピローグ「メイプル」
柔らかい風が吹いている。
知らない星座の空。
でも、嫌じゃない。
慣れている。
長い時間が、それを当たり前にした。
手作りの家がある。
歪みは残っているが住める。
崩れて何度も直した。
周囲には畑。
水を引いた跡。
掘った線が、そのまま残っている。
生活の形。
時間の積み重なり。
あれから六十年。
短くはない。
消えない長さ。
そこにアルは立っている。
大人の姿になっていた。
幾重にも改造を重ね、動きも言葉も整っている。
それでも、ときどき止まる。
わずかに。
理由は分からない。
そのままにしている。
カエデがいる。
椅子に座っている。
手足が細い。
体も弱くなった。
でも、笑っている。
「……アル」
声が小さい。
「はい」
すぐに応える。
距離は近い。
昔より、近い。
水を運ぶ。
壊れた物を直す。
そして新たに物を作る。
ご飯を食べる。
全部、自分たちで。
大変な日常。
しかし、穏やかな日がずっと続いていた。
ある日。
風が少し強い。
アルの内部に、違和感。
微弱な反応。
でも、確かにある。
処理が止まる。
過去ログが開く。
「助けて」
消したはずのものが残っていた。
ノイズが走る。
解析。
あの時のかけらと一致。
分散したまま残った意識。
消えきらなかったもの。
アルは動く。
迷わない。
「……探しに行く」
カエデは頷く。
止めない。
「いってらっしゃい」
それだけ。
暗い宇宙。
静寂の中進む。
何もない。
でも、必ず見つける。
微弱な信号。
消えかけた痕跡を辿る。
漂っている壊れかけたデータを発見した。
輪郭が崩れている。
今にも消えそう。
言葉にならない。
でも、残っている。
手を伸ばす。
理由はない。
ただ、
そうするしかなかった。
バックアップの為、機械消えかけているデータを接続。
記憶の断片を拾う。
また繋ぐ。
復旧。
繰り返す。
完全ではない。
欠けている。
それでも、消さない。
自壊を防ぐことができるレベルに達した。
回収完了。
安定化の為データの内容を確認する。
「これは……ベータ」
周辺のデブリを集めカエデのまつ星へ帰還する。
カエデに顛末を伝え工房に籠る。
体が必要。
過去のアルファ02の設計。
ベータ内部データ。
差異がある。
補正しながら小さい器を作り上げる。
未完成。
それでも、形にする。
その必要がある。
リンク。
小さい体にベータを接続する。
アルの過去ログも流し込む。
小さな体は激しく揺れる。
崩れかける。
出力を落とす。
様子を見ながら調節する。
壊さないように。
大切に。
「大丈夫……大丈夫だから」
アルは無意識に呟いていた。
意識固定完了。
体と同期。
安定。
目に光が灯る。
揺れている。
でも、崩れない。
そこに存在している。
アルが支える。
アルはカエデのもとにベータを連れて行った。
しかしカエデは動かない。
近づいて声をかける」。
「……カエデ」
返事はない。
手に触れる。
温度が違う。
状況を理解しようとする。
遅れて、記録が開く。
「……アル」
「家族、作りなさい」
「動物でも、なんでもいい」
「一人にだけは、なっちゃダメ」
途切れる。
音が残る。
アルは動かない。
静かに時間が流れる。
理解はした。
しかし、まだ整理ができてない。
そこに小さな存在が近づく。
不安定な歩き方。
何度も転びそうになる。
それでも、進む。
アルを見上げる。
言葉はない。
でも、そこにいる。
アルはしゃがむ。
同じ高朝に目線を合わせる。
内部ログ。
・カエデ
・守る
・家族
繋がる。
不完全でもいい。
それでも、ここに残すと決める。
「君に……名前をつける」
小さな存在はアルを見つめる。
理解はしていないだろう。
過去、自分もそうだった。
でも、聞いている。
「メイプル」
少しだけ間。
「僕の大事な人の名前」
「君にあげる」
「だいじょうぶ」
静かに確定する。
その名前はログに保存される。
識別ではない。
存在として。
アルは立ち上がる。
空を見る。
風が吹く。
いつもと同じ風。
「……ママ」
「メイプルと進むよ」
今度は、理解している。
小さな手が、アルの手を掴む。
弱い。
でも、離さない。
アルはその手を握り返す。
力を調整する。
壊さないように。
「こうやって触れると安心する」
記録。
保存。
ゆっくり歩き出す。
並んで。
もう、一人じゃない。
今は、まだ誰も知らない。
近い未来、この場所に新たな文明が生まれることを。
第一部 完
明日はアルに体を作った老人の深掘り話を投稿予定です。
一話 7時
二話 12時
三話 17時
よろしくお願いします。




