【セクション6】縁
今回は短いので、できれば明日中にもう一本上げられればいいなと思います。
「真偽はさておき、酒のつまみにはなるような話だったろ?」
帷は、半分ほど空になったビールグラスをテーブルに置く。
付着していた水滴がグラスを伝って落ちる。その水滴をおしぼりで拭った。
「そうね、とても興味深い話だったわ。ねえ、出雲くんもそう思うわよね?」
「どうだろうな」
「おいおい、作り話じゃないぜ、現にニュースにはなっているみたいだからな」
絶対に他言はしないと誓っていながら、後ろめたさもなく口外する。
ただし今回の場合に限っては職務上の規定違反を犯している警察官の方がどちらかといえば悪い。
「自殺する人間の思考っていうのは一体どんなだろうな。俺は考えたこともないけど」
「おまえには一生縁遠い話だから考えるだけ無駄だ」
「おい、出雲どういう意味だよ」
2人のやりとりを見て、鷹野がクスッと笑う。
「意外になにも考えていないかも知れないわよ。ほら、聞いたことない? 朝パッと目が覚めて衝動的に首を吊って自殺するっていう話」
「朝目が覚めて衝動的に首を吊る、聞いただけで鳥肌の立つ話だな」
「クリアな思考の時ほど理性は働かないもので、人間が衝動的になるタイミングだといわれているらしいわ。そしてその状態が人間の覚醒した瞬間に近いみたいね」
スマホ画面を開きながら鷹野がいった。
「それよりも出雲、お前はこの話を聞いてどう思ったよ?」
「‥‥‥? どう思ったか‥‥‥?」
「おいおい、しらばっくれるなよ。こういう話に興味あったろう? 本当に自殺だと思うか?」
「どういう意味だ?」
出雲の様子を見て、帷が頭を抱えて捲し立てるように説明する。
「大学の頃、こういう事件みたいな推理ときたま披露していただろ? 俺とお前が出会うきっかけもそうだったじゃないか、あの時もスパッとお前が解決してくれて」
「‥‥‥あぁ、あの時のことをいっているのか」
「それって出雲くんと帷くんが出会うきっかけになった話みたいなもの?」
「そうさ、忘れるなんて悲しいぜ、俺たちの友情が芽生えた瞬間だったじゃないか! 」
舞台さながらの剣幕で拳を突き上げる帷に対して、冷ややかな態度の出雲。
「忘れもしない、大学2年の夏! ナイフを持った女性に刺されそうになっていた俺を華麗な弁舌で救い出してくれたじゃないかっ、あの時救い出してくれなかったら今の俺はここには存在しないんだぜ」
「アレは、何度目か分からない浮気をして、当時付き合っていた彼女の堪忍袋の尾がついに切れてしまった、ただそれだけの話だったと思うが? 」
「ちょっ、それだけって‥‥‥」
「それから補足するなら、パンツ一枚で鼻水垂らしながら構内を逃げ回っていたおまえが、偶然そこを通りがかったおれを盾にして、仕方なく彼女を説得しただけにすぎない。弁明はあるか?」
「弁明って、それじゃあまるで完全な悪役じゃないか。もう少し言い方に気を遣ってくれてもさ、そのおかげでこうして関係を築けたわけだし、もっとこう何かフォローみたいのがあっても‥‥‥」
どこか不貞腐れた様子の帷を放っておいて会話は先へと続く。
「ねぇ出雲くんは、その安い痴話喧嘩をどうやって諌めたの?」
「なに簡単なことだ。『こういう手合いの男は必ず何度でも浮気をするから、見限った方があなたの人生のためだ。いたずらに人生の汚点を広げることもないだろう』ってな」
「ふふっ、貴方らしい言い草ね。その女性もさぞ第3者に共感してもらえて、少しは胸のすく思いになったでしょうね」
「そうみたいだ、後ろ髪も引かれることなくあっさりと引き返してくれた。多少はその女性側にも問題があったのかもしれない」
ナイフを持ち出す展開になったところを鑑みれば、当然そう帷ばかりが悪いとも言い切れないだろう。
「話を美化するのは人間の習性よね。そういう観点からすれば、行動学的にみても帷くんは欲望に忠実なだけなのかも知れないわね」
「そうなんだよ! 草食系男子が少子高齢化社会を生むっていわれている今の時代、柔軟な考えを持ったなくちゃいけないよな!」
便乗して、自身の沽券のため弁解をする。
「それにあの些細な事件があったおかげで、こうして出雲亮平という『良縁』に巡り会えたことを思えば、もとより安い買い物だったと自負しているさ!」
腐れ縁だろ? と水を刺すことはしない。
そう嘯く帷の姿を、酔いが醒めた状態の出雲は無機質に眺めていた。




