第3話 『通称。輝け! 楽しき憩い亭』
紹介してくれた宿屋はギルドから少し離れたところにあるので、俺はしっかりと道に迷った。
石造りの建物と石畳でできた街にはすごく立派な建築物があって感動したり、賑やかな通りには綺麗な女性や獣人女性が歩いていて興奮したり、地図を貰えばよかったと思ったが、たぶん貰っても迷っていただろう。
あれはなんだろう。こっちには何があるんだろうとわくわくしどうしだった。
かなり歩いてやっとたどり着いたのは、通りに面した一軒の宿屋だ。
石造りの2階建の建物は、古いけれど綺麗な印象だ。
扉の上に掲げられた小さな看板の文字を確かめると、俺は緊張しながらドア開けた。
からん、とドアベルが鳴る。
「いらっしゃい。こんのろじふじゃウェおファ亭にようこそ!」
宿屋の中に入ると、奥からショートカットの女性が出てきて元気よく言った。
「……えっと……あの……」
こんのろじふじゃウェおファ亭。
俺の耳がおかしいわけじゃない。これがこの宿屋の正式名称だ。
何て答えていいのか逡巡しているとその女性が笑顔で言った。
「私はこの宿の主のカラハよ。『通称。輝け! 楽しき憩い亭』にようこそ!」
さっきの良くわからない言葉は古代語でこの宿屋の正式名称だそうだが、キノさん曰くランゲージの魔法を使っても意味もわからない不思議な名称だという。
それってただでたらめの言葉なんじゃないかと思うけど、それを言うとカラハさんが怒るからやめとけと教えられていた。
名称はともかくとして、この宿屋は清潔で快適で値段も手ごろだ。
何より俺の希望にマッチしているのだ。
「リョータっていいます。登録したての冒険者です。ギルドで紹介していただきました。宿泊でおねがいします」
俺はできたての冒険者プレートを見せた。
この手の平に4分の1ほどの金属の板が冒険者の身元証明書だ。どういう仕組みなのかは秘密だそうだが、本人が触り念じると淡く光って宙に文字が浮かぶ。こんな風に。
名前:リョータ
種族:人族
所属:アンファング冒険者ギルド
冒険者ランク:F
依頼:―
光ってるよ。かっこいいよ。俺の冒険者証。
俺のステータスウィンドウに確かに似てるけど、こっちの方が光るし!
このプレートがあればどこの冒険者ギルドでも会員としての待遇を得ることが出来る優れ物だ。依頼を受けるとそれが記録される。完了の証明もここに記録できるし、なにより便利なのが預金口座だ。
ギルドにお金を預けておけるんだ。さすがにクレジットカードのようには使えないし利息もないけど、大金を持ち歩かなくていいのは便利だ。
依頼達成の報酬は別の街のギルドでも受取れる。
偽造不可能のすごい技術らしい。ファンタジーテクノロジーってすごい。
「宿泊だね。うちは1名様用個室で朝食付き1泊4000エルド。1週間なら、そうね新人さんだし特別に2万エルドでいいわ!」
この世界の貨幣単位はエルドで、100エルドが銅貨1枚で100円くらいだから1エルド1円くらいな感じだ。
ちなみに移動市で俺が知ったのは、ポーションって安いものでも一本数万エルドするってことだ。透明な金属でできた頑丈な小瓶に入っていて、飲んだり怪我の箇所に振りかけて使う。
俺の怪我と病気を治したハイポーションは百万エルド以上するらしい。えらいものを使ってもらっちゃってた……
この宿屋は1泊朝食つきで4000エルド。4000円くらい。
1週間だと28000エルド。
それがなんと20000エルドだ。
なんでこのちょっと変わった名称の宿屋にきているかというと、全て個室と聞いたからだ。大部屋に雑魚寝の宿もあるが、俺はあえて一人用の個室のある宿屋を紹介してもらっていた。
「ありがうございます! お願いします」
俺は鍵を受け取って部屋に行った。
部屋は2階だ。窓際には小さなテーブルと椅子。
ベッドにはきれいなシーツ。
小さな机と物入れもある。
思ったよりも広くてきれいな部屋だ。
そして何よりドアがあるのが嬉しい。
「クックック」
これならばできる。
俺は一人なのを幸いとちょっと悪役っぽく笑ってみた。
バックパックと鎧装備が入った袋を床に置く。
この世界に来てから俺にはプライベートな空間が無かった。マテウスさん家の部屋にはドアが無かったし。完全に一人になれる場所が無いのは、けっこうストレスの溜まることだった。
窓を確認する。
大きくて通りを見下ろせるしなかなかいい眺めだ。
だが、今は景色よりも大事なことがある。
俺はカーテンを閉めてドアが閉まっていることを確認し、荷物からそっとボロ布を取り出す。
クリーンを唱える。
そう、大事なこと。
それは俺が一人きりだということだっ。
なにもぼっちを喜んでいたのではない。
一人ですることがある。
そして俺は――
パンツを下ろした。
なんといっても異世界に着てから心置きなく一人っきりになれる時間がほとんどなかったのだ。
マテウスさんの家の中では気づかれそうだし、後処理に困る。
野外でというのも考えたが俺にはちょっとレベルが高かった。
移動市では野営やら馬車や大部屋の宿屋だったし。
こんなにオ○禁したなんて生まれて初めてだ。
そんな厳しい修行に耐え、冒険者となった俺はついに輝ける楽しき憩の一時を手に入れるのだ!
ランジュは……だめだ。受付のルナも……除外。こうなれば道すがらで見かけたエルフさん猫耳さんごめんなさいと俺は心で詫びつつ思い浮かべ。
「ひっひっひ。ついに……オラオラ。ここがいいのかっ……この淫乱ネコミミがっ……おいおい、エルフってのは随分と○×△XX○だなっ」
などと言いながら妄想を楽しみ、ベッドに腰かけてもぞもぞした時点でもはやレッドゾーンだ。単位的には3もぞもぞくらいで。
い、いつもじゃないぜ!
久しぶりすぎだからだよ!
そして悲劇が起こった。




