ひだまり色の小さな願い
これはナナミが熟睡している時のお話し。
銀の髪に銀の瞳を持つ、盗賊「シン」のボス、アレクサンダーが眉間に皺を寄せながら者台に座る仲間であるトニへと声を掛けた。
「おいトニ」
「なんですー?」
間延びした答えに辟易しながら、アレクサンダーはさらに問い掛ける。
「本当にあの女を飼うのか?」
「うーん、ナナミはただの人間の女の子でしょ?下の世話が上手いわけでも魔力が飛びぬけて高いわけでもないし」
「…そうじゃねえ、伝説の黒髪の女だぞ?」
アレクサンダーの問いに返し、トニはふわふわ揺れる金の髪をさらに左に傾げながら「どう言う事?」とブラウンの瞳を細めた。
「黒髪の伝説…お前すっごい興味深そうに情報収集してたろ?」
「うん。でもそのどれもが噂に過ぎないし…僕はどちらかと言うと百年周期で訪れる空間のひずみの方に興味があるけど」
「そりゃ…そうだろうけどよ」
がしがしと乱暴に銀の髪をかくと、そこらに転がっていた樽に腰掛ける。
「…僕は、この子には普通に生活して欲しいんだ」
「普通?」
「うん…だってこのサイクルって何百年も前から繰り返してるでしょう?
それって未だに謎なわけじゃない?それは上手にその子達が隠れてたりしても人間達の方が彼女達を見付けるからだと思うんだ。
今回ハーネス国で闇取引が行われるって分かるまでの情報収集でも、彼らはみんな風の噂を一つ一つ検証しながら探して居たよね?
それだけの人物だからだろうけど…彼女達の生末ってもちろん死ぬでしょう?
だったら…今回の黒髪の伝説は…平和な人生でも良いと思うんだよねー、僕は」
そう言いつつ、トニは御者台の後ろで眠る黒髪の少女へと視線を向けた。
伝説の黒髪の少女は、百年の周期でこの世界のどこかに現れる。
その血を一滴でも飲めば生気が満ち溢れ、千年生きるとも言われているし。
その肉を食らえば不死になれるとも言われている。
全ては言い伝えではあるが、その伝説を信じる者にとっては黒髪の少女は縋れる一つの術なのだ。
だからこそ、彼女は平和に生きるべきなのだとトニは思った。
「…俺達は盗賊だぞ?その時点で平和じゃあ無い気もするがな」
「一つの国で留まったり、権力者の持ち物になったりする方が平和じゃないよー。
それにさっき話してた感じだと肝は据わってるし…盗賊向きじゃない?」
「そうかあ?ただうるさいだけだろ」
アレクサンダーは鼻で笑うが、トニの視線につられて少女の方を見た。
「お前が…きちんと躾をするのなら、許可を出してやらない事も無い」
「本当?ボスってば優しいなー」
「俺が優しいわけじゃねえ!!お前が甘いんだからな、自覚しろよ!!」
ふんと腕を組むと、アレクサンダーは「俺も寝る!!」と言って壁へと腰掛けると「…日が昇り切ったら手綱代わる」と言って眠りに入った。
それににっこりと笑みを返し、トニは手綱を緩く握る。
今回の黒髪の少女は、運が良かったのかもしれない。
それはトニの思う「良かった」なのかも知れないが、それは後に全員が知る事になる。
黒髪の伝説の始まりや、少女の進化。
それらは全て彼らと出会ってから築いて行った未来であり、大切な思い出だ。
それらは永遠に廃れる事は無く少女の心に残る。
この日から、少女の運命はぐるぐるといろんな方向へと回って行く事になるのだが、夢見る黒髪の少女はまだそれを知らない。
出来るならば、一生を大切に、楽しく生きて欲しいと思う。




