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目が覚めると銀

「ありがとうございましたー!!」


最後のお客様を見送って、私は店内を見渡す。

そろそろ早朝シフトのバイトが来てくれるはずなのでようやく私の業務は終わりだ。

深夜シフトはやはり、お客様は少ない。

伸びをしながら欠伸を噛み殺していると、何かの終わりには不幸が付き纏う…そう言う言葉を思い出した。

広くない店内、私の居るカウンターの後ろは小さいながらも駐車場になっている。

そこからギャギャギャッと言うタイヤの擦れる音が聞こえたと思ったら、一瞬。

私には、音が聞こえなくなった。

バリンッとなったのかバキッだったのか判別の付かないガラスの砕ける音。

それと店内に押し入るシルバーの車が見えた。

時計を見ると、どうやらあと十分で交代の時間だったらしい。

ああ…惜しかったなと呑気な事を考えながら、冷えて行く思考を必死に手繰り寄せる。

しかしそれは追い掛けようとすれば追い掛けようとするほどに遠退いて行き、どんどんと暗闇が迫ってくるようで恐ろしい。

身体の感覚までもが遠退く。

私はその時、死を覚悟した。



ぱちっ。



目を開いた。目を開いたはずなのだが、何故か何も見えない。

良くある暗闇で目を開くと開いた感じがしないとか、そう言うものだと思った。

もしかして視力やられたか?一生目が見えない体になってしまったのか?と怖くなって体を揺らそうとすると、二の腕と太ももに何やら縄が掛けられているようで身動きが取れない上に痛い。

車で突っ込んで来た挙句、誘拐なんて…これはもう刑務所から出られないだろうなとひどく同情した。

もちろん私の目の手術代金も支払って貰わなければなるまい。

あと店の修理代もバカにならない金額だろう。

私はそこまで考えてふと思った。


森やら林やらで嗅ぐ、濃い緑の匂い。

私がさっきまで居た場所は都会の、人通りの多い場所で、あの近辺にこんな匂いのする公園は無かったはずだ。

県を跨いで来てしまったのか?と言う事は今私はあのシルバーの車の中で、縄か何かで縛られていて、誘拐されているのか?


冗談じゃない。


「ふぬー!ふぬぬ、ぬー!」


「うるせえなあ」


「むぐっ」


思い切り喚こうとしたのに、誰かの声が聞こえて私を蹴った。

痛って言おうとしたのにむぐってなった。

そして私はこの場に一人ではない事、それが男で乱暴だと言う事が分かった。


「なに、なんで薬効いて無い訳?おいトニ、お前ちゃんと嗅がせたの?」


「嗅がせたよー、けど気絶してたみたいだからあんまり効果無かったんじゃないの?」


「あー、面倒だなー」


男の一人が私の足の縄を掴み、そして切った。


「これで話せるな、女」


「…………ああっ!?」


銀髪!!銀目!!派手とかそう言う問題じゃない、私は思いっきり叫んだ。

日本人特有の黒目がコンタクトで隠されているのかと思って見たけどコンタクトっぽくないし、銀髪なんて漫画で見るくらいに綺麗な銀髪だ!!

なんだこれなんだこれ、しかもめっちゃ綺麗な顔…。


「キモい目で見てくんな商品」


「いたっ」


あ、良かった今回は声出た。


「あいたー、ねえここどこ?何県、何市?めっちゃ森ってるけど県境?

お願いだから山梨の樹海だけは止めてね怖いから」


「………」


「なになにどうかした?なんかさっきは蹴ったりキモイとか言われるし…失礼な人だね全く」


わざとらしく溜め息を付くと、がしっと髪を掴まれた。


「いたっ、ちょ、痛いって!!」


「トニ、こいつダメだ…商品にする前に薬漬けにしててくれ」


「え、面白いじゃん。今までこんな喋る人形出荷した事無かったしー」


もう一人の声のする方へと視線を向けると、そこにはお馬さんをぱっかぱっかとさせながら振り返って「ねー」と首を傾げる可愛らしい感じの子が。

ふわっふわの金の髪にブラウンの瞳の男の子は「それに顔は綺麗だし」と付け加える。

生きて来て二十年余り…そんな事を面と向かって言われた事が無かったので、少し嬉しい。


「だからこそだろ!!珍しい黒髪黒目で、顔もそれなり…商品価値は高いけど、絶対このうるささで客は文句付けて来る」


「ちょっと、さっきから人の事商品とか価値とか失礼なんですが!?」


「うるせえっての!」


「わっ」


ぶんと片腕で投げられて、私は荷台を転がる。

…あれ、座席を開けたとしてもこんな広いとかおかしくない?

ぶつけた背中を無理矢理さすりながら車の中を見渡すと、そこは大きな箱の中だった。


「…………どこだここ?」


「荷馬車の中だよー、もうすぐエルダーロウの国境。

すぐにメトビア国の城壁が見えて来ると思うー」


「………………どこだそこ?」


横文字で言われても分からないから、漢字で教えて下さいと言おうとしたら、ずんずんと銀髪のお兄さんが近付いて来て怖い目で私を見降ろした。


「お前は俺達が盗んで来た商品だ、いずれどっかの物好きな金持ちに売られる運命で、もうお前に拒否権は無い」


「無くないよ、私は私で私の意見があってあんた達に誘拐されてる今でも私の事を心配してくれている両親が居る。

その事だけは誰にも否定させないし、ましてや店に車で突っ込んでくる変な奴の言いなりになんてならな…痛い痛い髪の毛引っ張るな!!!」


私の抵抗もむなしく、暴れれば暴れるだけ髪の毛が抜けそうになって行く。


「トニやっぱりこいつ捨てようぜ」


「ダメだってばー、僕その子気に入ったし。

なんなら僕が買うから、その子アジトに置いても良い?」


「は?」


「ね?良いでしょー、ちゃんとお世話するからー」


私は犬猫か何かか。

突っ込もうとしたけど、止めておいた。


…何かがおかしい、かみ合っていない気がする。


「…ねえトニ、国って海近い?」


「メトビア国から?ううん、すごく遠いよ。荷馬車でだと半年以上は掛かるかなー」


「おい、何勝手に会話してやがる」


「そっか…半年か……」


「おい!!聞いてんのか女!!」


「じゃあ…私、そっかあ」


違う世界に来ているのかもしれないな。

私は心中でゆっくりと頷いた。


トニの口利きで怖いお兄さんから解放された私は、荷馬車の御者台へと腰を下ろすと改めて風景を見た。

鬱蒼とした森の中を進んでいる、と言う事は分かる。

辺りは薄暗くて、そのほかには何も見えない。


「私、ナナミ」


「トニーセル。みんなは僕の事トニって言うから、ナナミもトニで良いよ。

後ろに居るのは僕等のボスで、アレクサンダー」


「勝手にバラすな!!」


「よろしくアレクサンダー」


「よろしくじゃねええ」


アレクサンダーはこめかみに怒りマークを引っ付けながら、私の髪を乱暴に掴む。


「痛いってば、髪の毛千切れちゃうってば!!」


「ボスー、ダメだよ乱暴しちゃあ」


ぺちんとアレクサンダーの手を叩くと、トニは私の肩を抱きながら「人の商品には手を出さない、それがルールでしょ?」と首を傾げた。


「ルールはルールだが、それは外でのルールだろ。

そもそも俺はこいつを置く事に同意した覚えも…俺の名を口に出す事に許可した覚えもねえ」


「…はあ、ボスってば頭硬いんだから…」


トニは小さく溜め息を吐き出すと、私の方に手綱を差し出す。


「引っ張ったりせず、ゆったりさせながら持ってて。

持ってるだけで良いから」


「うん」


手綱を受け取ると「ん、良い子」と言って私の頭を撫でた。

…これでは本当にトニの犬にでもなってしまいそうだ。

変なところを心配する私の後ろでは、荷台の後ろに行って何やらコソコソと話すトニとアレクサンダーが。

トニが話しを付けているのか、私を黙らせて売りつけようとしているのかなんなのか分からないけれど、私はとにかく手綱をゆったりさせる事に集中した。


しばらくすると「お待たせ」と言ってトニが戻って来たので「お帰り」と返す。


「ナナミは取り敢えず僕達のアジトにおいで」


「良いの?」


「……仕方なく、仕方なくだぞ」


「ボスの事は一応ボスって呼ぶようにして、アジトの中でもボスの事名前で呼ぶの自称右腕で面倒臭いリーチェだけだから」


「ふぅん、その方が安全ならそうする」


リーチェと言う人物が出て来たところで、私は安心して眠くなって来た。


「そうだ、トニ」


「なあに?私を攫って来た場所の名前、分かる?」


「場所?ハーレス国だけど」


御者台から振り返って「そうだよね?」と聞くと、ボスの方からも「ああ」と答えが返って来た。

やっぱり横文字…これは覚悟した方が良さそうだ。


「…アジトまであとどれくらい?」


「うーん、四日から五日かな?」


「そっか…じゃあ私寝る。私がなにかしなくちゃいけない事とかがあったら起こして」


「おい、寝るなら荷台の奥に行け。御者台は邪魔だ」


髪を掴まれそうになったので身構えると、ひょいと脇に手を差し入れて荷台に下ろしてくれた。

さっきまでの扱いと少し違うなと思っていると、そのまま右足で脇腹を蹴られて荷台の後ろの方にごろんごろんと転がった。


「寝るならさっさと寝てろ」


「もうボスってば、もうちょっとちゃんと優しくしてよね、壊れたら替えは居ないんだよ」


少しキツめに言ってくれたトニの言葉に少し安心して、私はそのまま眠りについた。



「ナナミ、起きて」


「む」


「起きて起きて、朝ご飯食べよう?」


「え」


覚醒する前に叩き起こされ、私は何の事か分からないままに抱き起される。

あ、私浮いたなと思っているとそのままずどんと下に落とされる。


「だっ」


「早く起きろ、飯だって言ってるだろうが」


声の主は私のすぐ後ろに居た。

銀の髪、銀の瞳の性格悪そうなイケメン、アレクサンダーが仁王立ちで私の後ろに立っている。


「ごめんなさいねー…寝ぼけは…寝起きてて…」


「寝ぼけんな顔洗って来い!!!」


背中を蹴られて「うげっ」と変な声を出しながら、私は唸りながらトニに抱き着いた。


「無理、眠い…トニ連れてって」


「はいはい」


ひょいと軽く抱き上げられながら、私はボスに対してあっかんべーと舌を出す。


「てめえ…」


「トニ、ボスがいじめるー。寝起きだからわけ分からないのにー」


「はいはい、ボスダメだよー」


「ふざけんな!!やっぱこいつ捨てよう、今からでも遅くないぞ!!」


トニはボスの言葉を華麗にスルーしながら近くに川へと向かった。

川辺で顔を洗って、タオルをもらって軽く体を拭く。

この世界でシャワーを期待する事は出来ないので、とにかくごしごしと擦った。


「……ねえナナミ」


「え、なあに?」


服を着こんで急いでトニのところへ駆けると「ナナミの住んでた場所って、どこ?」と聞かれて困る。


「どこ…ううん、とっても遠いところ」


「帰りたい?」


「帰りたい!!」


聞かれて即答した。

何がどうなってこうなっているのか、意味が分からないけれど…帰れるのなら帰りたい。


「あ…ごめん、それはちょっと無理なんだけどー」


「無理なの!?」


「無理」


「やっぱりそっか」


眉を八の字にして、トニは私の手を取る。


「黒髪の女の子って、百年に一度だけ落ちて来るんだ」


「落ちて来る?」


聞き返すと「そう」と頷いてトニは話し始めた。


いわく、百年の周期で大陸のどこかに黒髪の少女が異国よりやって来ると言う風習のようなものがあって、黒髪は珍しいだけでなくこの大陸の染色体の関係で生まれないらしく、さらには存在自体が希少価値が高い生物なので高くも売れる。

そしてこの世界では「魔法」が流通しており、普通の人々が黒髪の少女の血を呑むと潜在魔力が飛躍的に成長するとかしないとか。

そう言う意味ではこの世界で「黒髪」と言うだけで標的にされかねない。


「なにそのご都合主義…私魔法なんて使えないし」


「うん、本当に勇者みたいに出来レースだよねー。

だけど実際に昔からそう言う感じで、僕等も国のお偉いさんだったり旅の情報屋を脅しながら今回の闇取引の場所を探してたんだ。

今回はハーレス国で闇取引があって、僕等も売り飛ばす気満々でナナミを攫って来たんだけどね?」


首を傾げて、トニは聞いて来る。


「僕、ナナミは普通の女の子なんだなって思ったんだ。

黒髪の伝説はどれが本当でなにが偽物なのか分からないけど、その研究の為に僕がナナミと一緒に居る。

どうやったら帰れるのか、ナナミにどんな力があるのか、一緒に調べて一緒に探そう?

盗賊の僕の事なんて信じられないかもしれないけど、多分薬漬けにされて意識を飛ばされながら切り刻まれるよりはマシだと思うよ」


「……二者択一だと思うけど…分かった、トニと一緒に居る。

私全然役に立たないかもしれないけど、本当に良い?後悔しない?」


念押しで聞くと、トニは「研究したいのも本音だから」と言って微笑んだ。

盗賊にしておくにはもったいない程に優しい笑顔を向けられて、私はこの子にならたとえ騙されてもいいやと思った。


黒髪の伝説とやらの詳細も知りたいし、きちんと理解して全く別の世界で生きて行かなくてはならない。

そう思ったら薬漬けよりは遥かにマシだ。

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