第二章 記録にはないもの
帰還から五日後。
ロイド・ハリスは、宇宙機関の会議室に呼び出されていた。
テーブルの向かいには、同僚のマック・ハドソンと医療担当者が座っている。壁のモニターには、ロイドが船外活動を行っていたときの映像が映し出されていた。
「では、もう一度確認する」
マックが口を開いた。
「船外活動中、突然、視界が真っ白になったんだな?」
「ああ。目を開けていられないくらい眩しかった」
「何か光源は見えたか?」
「分からない。光そのものは見えた気がする。でも、周囲は何も変わっていなかった」
マックはモニターを操作した。
映像には、宇宙船の外壁で作業を続けるロイドの姿が映っていた。
問題の時刻。
ロイドの動きに、わずかな変化が見られる。
だが、画面には何も映っていなかった。
「カメラには異常なし。照度センサーにも変化はない。船内の記録にも、設備の異常は残っていない」
「つまり、俺の見間違いだと言いたいのか?」
「そう断定しているわけじゃない」
マックは慎重に答えた。
「ただ、現時点では君の証言以外に、何も証拠がないんだ」
ロイドは映像を見つめた。
確かに、そこには何もない。
あれほど強烈な眩しさを感じたのに、記録上では何ひとつ起きていなかった。
まるで、自分だけが別の世界を見ていたかのようだった。
「身体検査の結果も正常です」
医療担当者が説明した。
「視力、眼圧、神経学的な反応、いずれも問題ありません。疲労やストレスによって一時的な視覚異常が起きた可能性もあります」
「……分かりました」
ロイドは短く答えた。
自分でも、そう考えるのが一番自然だと思いたかった。
長期間の宇宙滞在。
船外活動の緊張。
睡眠不足。
原因として考えられるものはいくつもある。
しかし、あのときの感覚だけは、どうしても説明がつかなかった。
目が疲れていたのなら、なぜあんなにもはっきりと眩しさを感じたのか。
光が反射したのなら、なぜ周囲は照らされなかったのか。
考えれば考えるほど、分からなくなっていく。
「調査委員会には、どう報告するつもりだ?」
ロイドが尋ねた。
マックは少し間を置いて答えた。
「一時的な視覚異常として報告するのが妥当だろう。原因は特定できなかった、と」
「俺は、確かに見たんだぞ」
「分かってる」
マックはロイドの目を見た。
「君が眩しさを感じたことまで否定するつもりはない。ただ、証拠がない以上、それ以上のことは言えないんだ」
ロイドは黙った。
自分の言葉を信じてもらえないことが、悔しかった。
だが、マックの言うことも理解できた。
証拠がない。
それが、すべてだった。
「……分かった。一時的な視覚異常だったと説明するよ」
「助かる」
マックは安堵したように息を吐いた。
会議は、それで終わった。
会議室を出たあと、マックは廊下でロイドを呼び止めた。
「少し話せるか?」
「何だ?」
「今回の件だが……本当に、眩しさ以外は何もなかったんだな?」
「ああ。ほかには何もない」
「音が聞こえたり、何かの姿が見えたりもしなかった?」
「ない。眩しかっただけだ」
マックはしばらくロイドの顔を見つめた。
「そうか。分かった」
「何か気になることでもあるのか?」
「いや。念のため確認しただけだ」
ロイドは首をかしげたが、それ以上は尋ねなかった。
「じゃあ、またな」
「ああ。ゆっくり休めよ」
ロイドが去っていく。
マックは、その背中を見送った。
彼はロイドの証言を疑っているわけではなかった。
ただ、説明のつかない現象を、そのまま見過ごしていいのかという疑問が残っていた。
帰還後の映像を確認したとき、問題の時刻にロイドの動きが一瞬だけ止まっていた。
ほんのわずかな変化だ。
疲労や姿勢の調整でも説明できる。
しかし、マックには、その瞬間だけロイドが何かに意識を奪われたように見えた。
「……気のせいか」
彼は端末を閉じた。
そのとき、マックの知らない場所で、過去の記録が静かに眠り続けていた。
二十七年前。
宇宙から帰還した一人の飛行士が、ロイドと同じように、説明のつかない眩しさを訴えていた。
その飛行士もまた、検査では異常なしと判断されていた。




