Hook(釣り針)
堕落して闇堕ちした獣医師であるところの私は、自分の職業を否定する様な事しか書きません。
「釣り針の外し方」って御存知ですか?
犬が猫が、ひょいと口にして、飲み込んだりするんですね。
釣り人は驚いて外そうとして――――――
1.引っ張った時点で「減点」。
2.糸が千切れたら「終了」。針が折れても同様。
魚で、それも口の硬い魚種に良い感じに引っかかったのであるならそうでもないのですが、犬や猫の口の話です。
開口して見える位置に針があるのであれば、まだ何とかなるでしょう。
喉より奥の食道だったら?
これを「力いっぱい」引っ張ると、結び目あたりで糸が切れるのです。
レントゲン撮影で、おおよその針の位置を知る事が出来ますが、大事なのは「糸」の方なのです。
唇など、見える場所に存在している針については何とでもなりますが、大概は、麻酔をかけて大きく開口しても針は何処にも無く、糸だけがピロンと喉の奥から存在を主張しています。
いくつかありますが「針外し」を使って、針を外します。
いちおう鉗子でも抜けますが、実は釣り針の金属というのは素材が柔らかく縫合針に比べて強度が劣り、釣り針の為に用意された道具を使わないと折れます。
そして、殆どの場合、「針外し」というのは針に結んである糸を「たどって」針を抜く道具なのです。
糸が無い時点で、直接針までアプローチして抜くしかありません。
どうやってやると思いますか?
内視鏡で、食道内にある針を発見する事が出来ますが、「抜く」機能がありません。
あの機械は「見るだけ」です。
もちろん、レントゲン撮影でその所在が食道内の、割と上の方である事が分かっている。
驚いた釣り人が「合わせ」を入れると、そうなるのです。
口を開けても、針の所在は分からない。
糸は根元からプツンと、釣り人が「千切って」しまった。
位置にもよりますが…。
1.頸部を切開して食道にアプローチして取り除く。
2.胸部を切開して食道にアプローチして取り除く。
つまり、外科手術をします。
「ところが」、特に胸部食道へのアプローチが必要になった場合、それはとても難易度の高い手術です。
もちろん高額です。
胸骨を専用の器具で切って「開胸」して、直下で心臓が動いたり肺が膨らんだりしているのを眺めながら、その場所にある食道をいじります。
問題に成るとしたら、「引っ張ったら千切れた」という釣り人の行為です。
もしもズタズタに成った食道があったら、その修復も含めての大手術です。
正解は、釣り針を飲み込んだ犬や猫がいたら、「口から糸が生えた状態で」「糸が見える位置で」「糸を切って」、そのまま動物病院に連れて行くのです。
これが、一番問題無く糸ごと針を除去出来る。
馬鹿らしいけれど、動物病院には手術器具のある場所に、「針外し」が置いてある所が結構あるのです。
3.開腹手術。
「余計なこと」をされていなければ、釣り針はその餌なりごと胃に落ちます。
外科手術になりますが、胃切開は考えられる中では最も安全で予後の良い選択肢になるでしょう。
この場合は、針外しの出番はありません。
ただし、知識が無かったら、このような患者を作ることは不可能です。
「引っ張った」時点で、何処かに針が刺さってしまうのです。
普通は、開胸術まで実施して釣り針を取り除く動物病院は稀です。
頸部食道も、位置関係や患者によっては避けるかもしれません。
近頃は珍しくなりましたが、昔は少しくらい大きな公園の池にはコブハクチョウやガチョウがおりました。
アヒルでもいいですが、総じて白くてでっかい奴らです。
馬鹿げているのですが、こういう連中のレントゲンを撮ると「釣り針」が写るのです。
1本どころではなく、何本も写っていたりします。
本来であれば、手術で針を取り除くべきです。
しかし、水鳥の場合、犬猫以上にアプローチが危険で、解剖が違うので、手術時の死亡や術後の容認出来ないリークの発生といった問題があり、手術のメリットをデメリットが大きく上回ってしまいます。
この場合、「釣り針を飲み込んだ水鳥は、平気な顔をして生活している」のです。
これが正解です。
「放かっておけ」という事なのです。
もちろん妥協です。
手術を実施して命をかけるよりも、明らかに生存期間が長いはずなのです。
可能な限り短くなる様に針の近くで糸を切ったり、故意に針を折ることはするかもしれません。
しかし、「無理はしません」。
――――――仕方がないから、犬や猫でもこの方法を選択する事がある。
日没の頃、つまり夕まずめに、電話が鳴りました。
港で釣りをしていたら、猫が針を飲み込んだという。
「引っ張ったら糸がプツッと切れた」「上からカゴを被せて捕まえてある」と言う…。
――――――「おまえが代わりに苦しめ」。
本当に、この仕事が嫌になるばかりですが、「これから港にやってきて、どうにかしろ」と電話の主は言っていたのです。
「出来るわけがない」と答えました。
既に手元が暗いのです。
麻酔が要るのです。
手元の明るい場所で、誰かに猫を押さえてもらってから、麻酔を入れる…くらいの作業なのです。
「もちろん診察室で」です。
日没迎えたって、診察時間の話ですが、なにか?
実際には、既に電話の主が「糸を引き千切って」いるので、普通にやって針を取り除く方法がありません。
「公園の水鳥方式」にして「放かっておく」だけです。
それを、「親切にも」電話でそんな馬鹿に教えてやる気にならない。
「連れてきなさい」と言うのです。
「おまえが押さえろ」とも言う。
もちろん、実行不可能なタスクです。
もう外はまっ暗です。
難癖なんかいくらでも付けてやりましたが、「他行くわ」と言って電話が切れるまで、そのやり取りは続きました。
藪医者?
いいえ、「馬鹿が嫌いなのです」。
もちろん、学校の成績の話ではない。
港の周辺というのは、本当に猫がたくさん住んでいるのですが、かなり色々な目に遭っているのを私は知っている。いわゆるTNR関連の事故で死んだ子までいる。みんな、「外」からやってきたトラブルだね。嫌いになる訳でしょう?




