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転生したら楽をしたい ~召喚術師マリーの英雄伝~  作者: 風来坊 章
第二章 魔女は楽になりたい
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第72話 世界救済の陰謀 後編

 オーディンからの直接通信に、私と先生達は顔を思わず見合わせる。


「無碍にするわけにもいかねえからよ、会議に加わって貰うとしようや。なあに、これも想定内だ」


 先生がスレイプニルの前に立つ。


「おい馬公、おめえもテントの中に入れ。あと余計な真似したらわかってんよな?」


 先生が前に立って頭ポンポンとかしながら威圧すると、スレイプニルはスウッと息を吸い……。


「ぺっ!」


 思いっきり唾を先生に向けて吐きかけ……。


 ちょおおおおおお、何考えてんのよこの馬!!

 先生の眉がピクピクして、これ怒ってるよ。

 めっちゃ先生怒ってるって。


「偉そうにするなよ、愚か者め。もうお前は用済みだ。とっとと冥界に帰るがいい!」


 うわぁ、もう先生が冥界に帰ると思い込んで、手の平返して、態度とか一変させたコイツ。


「おい、お馬さんよお。あんたがどれほど偉いのか知らねえが、その狼藉はよろしくねえ。ましてや、あんたが無礼したのはうちの親父なもんで、ケジメ取りますよ?」


 用心棒さんがキレそうになってるが、先生はそれを手で制して顔をハンカチで拭く。


「なんだ馬公コラ、てめえまで調子乗りやがって。オーディンとの話が終わったら後で覚えとけよ」


 とりあえず先生は、オーディンとの話し合いを優先させるようだけど、もし私達の思惑通り進んだら、この馬絶対先生のケジメくらうだろうなー。


 私知ーらないっと。


 そして、テントに戻りテーブルを挟んでまた話し合いが再開される。


「控えるのだ! 人間共と戦乙女達よ、しばし間を置いた後、これより我らがオーディンよりお前達の話し合いに加わる! 頭を下げよ!」


 すると、先生がテーブルの上に足を乗っけ出して、すっごい態度悪くする。


「大物垂れてんじゃねえよボケ! さっさと通信先に出せ馬鹿野郎!」


「親父、ダメだよ行儀良くしなきゃ。最上級神さんが話の場に加わるんだからさ」


 用心棒さんに嗜められた先生は、舌打ちとかしながら姿勢を正すけど、貧乏揺すりとかし始めて、これどっちが親子なのかわかんないわ。


 あ、ジローがズボンから金属の箱を取り出してカパっと開けると紙巻きの煙草とか出した。


「まあまあ兄貴ぃ、一服しましょうねー」

「ん? おう」


 一瞬ジローは、自分の口に煙草咥えようとしたけど、首傾げた先生の口元に煙草を咥えさせて、流れるような動作で、人差し指から炎魔法とか使って火をつける。


「ほう? このヤニ、メンソールみてえにスーッっとするなあ? それにちょっと薬っぽいぜ」


「そーだろー? バブイール起源で、うちの国で作らせた、精神沈静化とぅ魔力回復の紙巻き香草さー」


 あ、ジローも煙草を口に咥えて吸い始めた。


「すまねえ、それ俺にもくれないか? シガーなんて転生後、吸ってなかったからよお」


「私は自前の煙管があるので、これで一息つけさせてもらう」


 龍は、懐から時代劇に出てくるような金の煙管を取り出し、パッパと吹かすようにしてて、デリンジャーも吸い始めると、テントの中がめっちゃ煙くなり始めた。


 私もドレス姿に戻ってるし、煙草の匂いとかつくから、正直言って喫煙とか勘弁してほしい。


 戦乙女達も、めっちゃ嫌な顔して煙たがってるし。


「マサトも吸うばー?」


「あ、大丈夫です叔父貴。あと残ってる組のもんに、うめえ茶とかお菓子とか用意させやす。その間に、皆さまお疲れのようなので、ちょっと休憩にしやせんか?」


 あー、助かる。


 戦闘とか緊張の連続だったし、お腹減っててお菓子とか食べたい。


「おい、我らが父オーディンが話し合いの場に出られるのに、貴様ら……」


「ブルルル、そうだぞ人間共! 少しは身を慎めないと……」


 先生は咥え煙草のまま、テーブルにバンと手を叩きつける。


「ああん? オーディンってお方は、俺達に気も使えねえ狭量か? こっちが場を用意してんだからよ、空気読めコノヤロー。おう、おめえら休憩にすっぞ」


 ゲイラって戦乙女とスレイプニルの文句を遮って、先生ったら強引に咥え煙草で退席して休憩タイムにしちゃったけど、絶対オーディンとか怒るってこれ。


 こうして、私達は別のテントで作戦会議する。


 テント内の中央にスタンド式の灰皿とか用意されてて、私以外みんな煙草とか吸ってるから、なんか昔のヤンキーみたいな不良の集会みたい。


 いや、そんな感じよりも、なんていうかおっさん達が喫煙所でしてる会合っぽい雰囲気だ。


「先生、これからどういう感じで話を持ってきましょうか? それにスレイプニル……なんかコロッと手の平返してたし」


「兄貴ぃ、あぬ(んま)調子乗っ(うしぇー)てるさー。死なしとくかー?」


「おう、あの馬舐めやがって、後で馬刺しの刑だな」


「ばってん、これからどう話ば持っていくかだが、お主は何か策でもあるんかね?」


 ちょ、龍って日本語九州弁なんだ。

 全然イメージと違う。


「ヘーイ、お前らそれ日本語か? 何言ってるか全然わかんねえぞ」


 まあ、そりゃあそうよね。

 デリンジャー、転生前はアメリカ人だし。


 けどオーディン側への盗聴対策で、日本語使ってるからしょうがない。

 

 まあ、たまに私もジローの話す沖縄弁、半分くらい何を言ってるかわかんないけど。


「黙って聞いとけって、俺が大事なところ通訳すっから。でよ、まずは掴みは順調よ。あの女共、そんなに頭が回るやつ多くねえ」


「やしが、オーディンはどうかわかんねえさー」


「それな。ロキと渡り合うくれえだから、多分頭はかなりキレる筈だ。でよ、実はまだまだ俺には秘策あるのよ」


 先生は懐から水晶玉を取り出した。

 秘策ってなんだろう?


「ポチッとな」


 先生が、手に持ってた小型の赤いスイッチを押すと、水晶玉から音声が入ってくるが、コレは……あの戦乙女達の声?


「こういう事もあろうかと、さっきアホ馬のタテガミによう、調達した小型の盗聴器を取り付けたぜ。さあ、耳を凝らして聞いてみようぜ?」


 うん、先生は悪知恵の働き方の年季が違う。

 さすがヤクザで魔王やってた事はある。


「スレイプニル、なんであなた普通の馬になってるんですか?」


「いや、これには深い理由が」


「どうせコイツの事だから、なんかミスって神界法違反したんだろ? 戦闘以外はオーディン様の軍馬なのが不思議なくらい、コイツ馬鹿だしさ」


 やっぱり、スレイプニルって頭が残念な子なんだ……。


「それに戦乙女(ワルキューレ)達よ、あの金髪の少女、名前はマリーというが、彼女はヘイムダル様の戦乙女(ヴァルキリー)だ」


「え? 嘘でしょ!?」

「……ヘイムダルはもう死んだと聞いてる」

「父上の前の世代の最上級神」


「ええ、あたし達が生まれる前、ラグナロクでロキの軍団の襲来をユグドラシルに伝えて、応戦するも殺された」


 やはり、ヘイムダルって神様は死んだ事になってるみたいだけども、じゃあこの鎧に残った力は一体?


「ねえねえ、ブリュンヒルデ姉様? ワルキューレとヴァルキリーの違いって何? どれも同じ意味でしょ?」


「ああエイラ、それは私も詳しい事は知らないし、元々はワルキューレの言葉で合ってるけどなぜなのかしらね?」


 ワルキューレとヴァルキリーは、同じ存在。

 だけど何が違うのか?


「先生、違いってわかりますか?」


「よくぞ聞いてくれたぜ、違いが判る男マサヨシ様によ。あれだ、担当する神が違うんだよ。だから呼び方が違う、多分な」

 

 そういうもんなのかな?

 他にも何かありそうな気がするけど。


「お父様の話だと、この世界で大戦が勃発するから、死んだ迷える魂を私たちでヴァルハラへ連れ出し、魂に安らぎと救済をさせてから、天界送り。生き残った心ある人々で、世界を救済する手筈だったはずなのに」


「ていうか大戦が起きてねえってどういう事だよ! あの勇者が全部止めちまったってやつか?」


「まあ、それで我々の世界救済がしやすくなるなら、それはそれで悪くはないでしょう」


 いや、それマッチポンプというやつだから。


 大戦の陰謀を企てたのは、オーディンの仕業だっての。


 まさかこいつら、オーディンの真意を知らないんじゃないかしら?


「なるほどな、あいつらも実情を知らねえようだ。そんでよ、こっちも助っ人呼ぼうかなって思うんだ。マリー、指輪の力で氷の賢者を召喚しろ。あいつの知恵がいる」


「あ、はい。いでよ氷の賢者!」


 私はHPとMPを消費して、氷の賢者を召喚すると、デリンジャーは口笛を吹きジローはちょっと冷や汗をかく。


「ごきげんよう、わたくしの愛する旦那様とそれに……マサヨシ様の下僕共」


 ちょ、この人現れるなり私達の事を先生の下僕呼ばわりしてきたんですけど。


 それに、今度はなんかスケスケのネグリジェみたいなのつけてて、なんていうかその、多分あれ先生の趣味だ。


「ふむ、どがんして呼び出したかは知らんがご婦人(セニョーラ)、我々はあんたん力ば必要としとーと。知恵ば貸してくれんか?」


「おう、これまた一段と俺好みの格好してるじゃねえか。状況は色々向こうでも聞いてるだろ? すまねえがよ、これから交渉に向けて知恵を借りてえ。相手は神だ」


「かしこまりました、何をすればよろしいでしょうか? 説明をわたくしに」


 あ、普通に日本語で返したけど、指輪の力なのだろうか……。

 いや、多分この人すごい頭が良さそうだから、普通に喋れそう。


 すると、盗聴器にザザッとノイズが入る。


「我が娘達よ、すでに現地に着いているようだな?」


「はい、お父様!」


 一斉に戦乙女たちが返事するが、しわがれた老人っぽい声? おそらくオーディンだ。


「それとブリュンヒルデ、うつけ者が! 天界からお前の所在確認に来たから、ワシが釈明した」


「申し訳ありません!」


「して、ヤマお抱えの冥界の勇者はここにおるのか?」


「はい、お父様。休憩タイムと称して、煙草を吸いに行きました」


 先生が、テントの床にペッと唾を吐くけどガラ悪っ!


「ふむ、そやつはただの馬鹿か? それとも知恵者に見えたか? 我々への心象は?」


「知恵者です。そして恐ろしく強い勇者、マサヨシ。我々には、帰れバカヤローって言ってました」


 先生は舌打ちしながら、ジローからもらった煙草を咥えると首を傾けて、ジローが火をつける。


「で、あるならばその者、時間稼ぎと何らかの目的があろう? まさかとは思うが、我らに不都合な事を考えているやも知れぬ。呼び戻すのだ、勇者にワシが通信先に出たと伝えにゆけ」


「は!」


 先生は煙草を吸うと、テントの天井に吹きかけて、一瞬面倒くさそうな顔した。


「野郎、やっぱ思った通り頭がキレるな」


「どうしましょう? 素直に応じるべきでしょうか?」


 私と先生が顔を見合わせると、賢者はにこりと笑う。


「事情は、先程あの方達に聞きました。なるほど、神相手の交渉ですね。しかしながら、マサヨシ様はもう、相手の弱みは握っているのでしょう?」


 弱み……あ、そうか。


 フレイからもフレイアからも、背後にオーディンがいるって先生は情報を掴んでる。


「おう、それな。で、その神野郎が今回の黒幕だ。ただ、神野郎の陰謀の言質はとってんだが、生憎ドンパチの真っ最中なもんで証拠化はしてねえ。俺の頭の中にある証拠も、ちとパンチが弱い。おめえ、それも含めて、うめえ感じでやれる道具も借りてきてくれや」


「なるほど、でしたら同行したサタナキアならば記録化してるのでは? わたくしが必要な機材と資料を集めてまいりましょうか?」


「お、そうだな。まだ船の修理終わってねえはずだから、頼む。ライガーって野郎に言えば話が早い。あと間違っても、オークデーモンって言う豚野郎には頼むな。ボンクラだし下手打つから」


「かしこまりました。心配なさらずとも、いつぞやの下品な豚めには頼みません」


 氷の賢者は優雅なおじぎをした後、超スピードでテントから出て行った。


「さて、そろそろ馬鹿女の誰かが来る頃だろ? 俺の女が証拠とか収集して来る前に、絵図にはめるぞ。この世界をクソ野郎から救う絵図だ! そのためにはマリー、おめえが世界を救うカギだ」


 先生は手短に私達に、計画を説明する。


 それは、世界を救うための陰謀。

 鍵になるのは……私。


「勇者よ、オーディン様がお呼びだ、出頭せよ! 連れの者達もだ」


 戦乙女ゲイラがテントの外で呼ぶ声がして、私達は彼女たちが待つテントに戻った。


 そして再びテーブルの席に着くと、美味しそうなお抹茶と、これまた美味しそうな抹茶ケーキみたいなのがテーブルに置かれていた。


「これイケるわね」

「天界のスイーツ並みにクオリティ高い」

「お茶もうめえぞ」

「……抹茶味好き」


 戦乙女達もやはり女子、美味しそうにお菓子とか食べてる。


 どれどれ、私も一口……。


「控えよ皆の者、これよりオーディン様よりお前達へお告げがある! 姿勢を正し心して聞くが良い!」


 私が一口食べようとした時、スレイプニルが遮るかのように告げて、私はフォークの手を止める。


 まあいいや、一口だけなら……。


「ん゛、ん゛んっ! ウェッホン! おめえ、所作キチンとしろ。こっちの落ち度取られる」


 隣に座ってた先生が咳払いとかしながら、さっとお皿を手で退けられた。


 ちょ、私のケーキ!


 けど先生怖いし、我慢しなきゃ。


 私はフォークを皿に置き、スレイプニルが咥えた水晶玉に向けて一礼して顔を上げると、スレイプニルがざまあって顔して私の方を見た。


 あの馬あああああああああ、性格悪っ!

 覚えてなさいよ。


 そんな事を思ってると、水晶玉からノイズが入る。


「うむ、揃ったようだな。ワシが神域ユグドラシルを取り纏めるオーディンである、冥界の勇者よ」


「へい」


「お主には即刻冥界に帰還してもらい、我が娘達、戦乙女(ワルキューレ)に、この世界を引き継いでもらおう、よいな?」


 早速、向こうが有無を言わさない感じで要件を告げに来たけど、この場合は……。


「すいやせん、オーディン様。その件ですが、あたくしは円滑な引き継ぎを希望しておりやしたが、そちらさんの戦乙女のお嬢さんたち、要領えねえんですわ」


「……と言うと?」


「へい、人の手柄に難癖つけてくるわ、態度がよろしくねえわ、このお嬢さん達のおかげで、ロキを取り逃すわで散々です。あと、そこのスレイプニルってやつが特にダメですね」


 あ、通信先から間があった。


 なんか考えてるっぽいって言うか、頭とか抱えてそうで、ため息とか今聞こえてくる。


「まことか、ブリュンヒルデ?」


「そ、それは!」


 ブリュンヒルデことサキエルは言葉に詰まり、知的そうなサングリーズが手を上げる。


「その件ですがお父様、この勇者が思ってた以上に優秀で、我々もお姉さまも想定外で気が動転してて……」


「もう良い、こちらの非礼を詫びよう勇者よ。その上で聞くが、フレイとフレイアはどうしたのだ? 討伐したのであれば、身柄をこちらにまず引き渡してもらいたい」


 確かフレイとフレイアは、先生とシヴァ神に冥界送りにされたから……。


「へい、すでに冥界送りにしてやす」


「それはまことか?」


「へい、本当です。ですが……」


「ですがなんだ?」


「いやー、それがですねえ……いや、これ言ったら自分の親分にも迷惑かけそうだしー」


「よい、申してみよ」


 先生は短い言葉を選びながら、わざとやりとりが長引くように、即答を避けている。


 これは、賢者が証拠を揃えに来るまで、のらりくらりと時間稼ぎする気だ。


「地獄の牢に入ってるはずですわ。身柄(がら)受けをご希望でしたら、あたくしの一存では決められませんので、閻魔大王親分へ申し立て願います」


「……そうか、よかろう。ロキの勢力でわかってることは?」


「ロキは手下や娘でしたっけ? フレイアを通じて呼び寄せてやすぜ。えーと、それでなんだっけかなー、うーーーーーーーん、あ、そうだあれ、いやなんだっけ? あ、巨チン君とか巨人軍って言ってやしたね……」


「うむ……ところでもう少し簡潔明瞭に報告せよ。なんかやり取りが長い」


 まあさすがに、ちょっとおかしいって気付くよね、オーディンって神も頭が良さそうだし。


「ああ、すいやせん。それでですねえ……」


 オーディンの注意をシカトして、また先生はまどろっこしく説明する。


 戦乙女達も、なんかあくびしてるのいるし、居眠りしてる子も出てきた。


 すると用心棒さんが、人差し指でケーキ指差して、こちらにウインクしてくる。


 やったー、いただきまーす。

 パクッと……。

 うんんんんんんんまあああああい!


 何これ、超美味しい。


 ミルクが舌に溶けて、生地がふわふわしてて、抹茶の風味が香って、なんか口の中で化学反応起こしてるような、超美味しいってヤバイこれ。


 どれ、お茶も……ああ……幸せ。

 お抹茶とか、転生後初めて飲んだ。

 

「おい、この緑のケーキうめえぞ」


「さすが兄貴の組さー。できればアイスクリンやちんすこうなんかが、ゆたさる感じやんしがー、くれはくりっしでぃ、まーさぃびーんねー」


「ポルトガルのカスティーラに、高級茶葉をブレンドさせた菓子か、イケるなこれは……それに茶が美味か!」


 私達がお菓子に舌鼓うってると、テントに賢者が入ってくる。


「失礼、わたくし勇者様の正妻である、アレクシア・アレイエ・シミズと申します。勇者様に、ロキ関わる、戦闘状況等の資料をお持ちいたしました。お渡ししても?」


「女、これは良いものを持ってきた。勇者に渡すがよい」


 通信先のオーディン神に許可を取り、先生に賢者さんがタブレット端末のようなものを手渡す。


「ありがとうよ。色々終わったら、たっぷり可愛がってやるぜ。あと同じものを、外に兄貴がいるはずだから、渡しておいてくれ」


 先生が賢者のほっぺたにキスした後、満足げに賢者はうなずいて、テントの外に退席する。


「ところで、オーディン様に確認したいんですが、今回フレイの領域は精霊界の推薦で冥界のヤミーが担当という事でいいですよね? それ以外のフレイアの領域はどうなるんでしょう?」


「当然ワシだが? そのために、戦乙女達に世界救済をさせるのだ。あとはフレイの領域だが、創造神様に申告して、再度精霊界と協議の上で女神ヤミーの領域として継続するか、相応しいと思われる適任者を選ぶ事とする」


 ああ、やはりここ神の狙いはこの世界を奪い取り、魂を糧にする気だろう。


 そして女神ヤミーが任された北方領域を奪う気だ。


 回答を聞くと先生は、ニヤリと笑みを浮かべて用心棒さんにアゴで合図する。


「そうですかい。実はですね、フレイとフレイアを討伐する時に、こんなやり取りがありやしたんで、オーディン様にぜひご判断していただきたいんですわ」


「……なんだそれは?」


 テントの照明が消されて、先生が手に持ったタブレット端末みたいのから光が出ると、プロジェクターみたいに映像がテントの壁に光が照射され、なんか頭に牛の角を生やして黒い軍服姿の、すっごい奇麗な女の人の映像が映し出される。


 そう、ここからが世界を救う陰謀。


 心臓がバクバクするが、落ち着け私、この世界をオーディンから救うんだ。


 私の召喚術師としての力が試されるとき。


「いでよサラマンダーよ!」


 私がサラマンダーを召喚すると、彼女はテントを燃やさないよう配慮してくれたのか、蛍光色の黄色の斑点が光ってる、黒くて小さなトカゲ姿になってて、4本指でタブレット端末に触れる。


 これから流れるのはサラマンダーも同席していたある映像。


 ジューともキエーフとも呼ばれる、ヴィクトリー王国に潜り込んだ、オーディンの使徒、黒騎士エドワードことアレクセイのやり取りの記録。


「おい、何だよこれは! なんか関係あるのかよ?」

「勇者よ、これは一体!?」

「この資料はこの世界にどんな関係が……」


 先生は戦乙女達をじろりと睨みつける。


 暗闇の中、うっすらと黒い炎のように見える先生の瞳は、彼女たちを黙らせるに十分だったみたいだ。


「アレクセイなる者よ……その話はまことであるか?」


「はい、フレイ様。ここにお集まりの偉大な精霊達よ。我らがルーシーランドの守護神オーディンは、この世界の薄汚いヒト共の魂に、安らぎを計画をしているのです」


「魂の安らぎ?」


「はい、この世界の薄汚いヒト種共の大半を抹消し、魂をヴァルハラという場所に送り込む。そしてこの世界を本来あるべき形に、世界を我ら精霊種のものへ」


「なるほど、ヴァルハラの機能を使ってユグドラシル独自に魂の浄化をするという事か」


「原理はわかりませぬが、この世界の醜いヒト共は滅ぶべきであると、私もオーディン様も考えておりますゆえ。いずれ私の手により世界で大乱が生じます。その時に、フレイ様を信仰するノルド帝国の力を以て、薄汚れたヒトの住まうナーロッパに攻め入り、この計画を……」


 すると、光の塊が映像に映る。


「フレイよ、我らがユグドラシルの為、全ては理想の神の世界を作るため、我々の力を高める必要がある。そこのワシの(しもべ)に協力してやるのだ」


 間違いない、この声の感じからオーディンその人の声だ。


「ははー、我が主神オーディンの御心のままに」


 映像はここで終わった。


「本当は、俺はこんな事に手を貸したくなかったんだ! フレイ様だってきっと……」


「ありがとう、サラマンダー。お疲れ様」


 私が声をかけた後、サラマンダーが精霊界に戻り、テントの中はシーンと静まり返る。

 

 そして先生は無表情でタブレットのプロジェクターに手を置いた。


「はっきり言いやがれ! てめえの親分が描いてる絵図を!」


「お前達の因子は、我らが念じれば互いに競い合い、争うように作ったのだ。我らが主神オーディンの為に……。フレイアのヒトもそうだ。我らがユグドラシルの繁栄のため……お前達が生み出す、戦場で戦った魂が召される時のエネルギーと、祈りのエネルギーを糧にするために……」


「数多の世界で、てめえらの力をつけるため、ワザと戦争起して、神界に流れるはずの祈りのエネルギーも、カスリとってやがったろ?」


 これは……ノルド帝国の戦いの時の先生とフレイのやり取り。


 あ、場面切り替わって先生がフレイの両腕を落として、ボコボコにした映像になった。


「仕方なかったんだ……。私は、オーディン様から命令されたのだ……。全ては理想の神の世界を作るため、我々の力を高める必要があると……。私だって……我が子を争わせたくて……作り出したんじゃないんだ……。私だって……」


 議場がシーンとなる。


 すると今度は、カリーの街の決戦前の映像に切り替わる。


「だったら何だよ? てめえがマリーを嵌めて、ヴィクトリーの王を暗殺した張本人だろ? そこのエドワード……いやアレクセイと組んでな。なあ、オーディンを信仰する、キエーフの王子アレクセイちゃんよお」


 映像に映るのは、フレイアとジークと化したフレドリッヒに、アレクセイの姿。


「なあ、クズのアレクセイの小僧よお? てめえ、ヴィクトリーの宮殿をフレイア利用して掌握してて、世界が滅びかねねえ騒乱を起こした後、ヒトも亜人も魂をオーディンに捧げて、その暁にはエリザベスも口説いて、結婚詐欺した後でぶっ殺し、ヴィクトリー王国をいただく算段だったもんな?」


「貴様に……ヒトに虐げられエルフからも雑種だと迫害されて、耐え忍んできた我が先祖、我が民族の無念などわかるものか」 


 そして先生は、最後にフレイアの映像を流す。


「で、ホランドやフランソワが戦争になったのも、それが理由だろ? 旧ロマーノ帝国圏とジーク帝国圏、そしてバブイールとかの東方で戦乱と陰謀渦巻く世界になった。それがこの世界の真相だ!」


「……アタシのせいだけじゃないわよ。オーディンや、フレイ兄様にニョルズ様だって、魔界のモンスターや悪魔共も、まるであの世界で起きたような事になったのは、アタシだけのせいじゃ……」


 先生の映像はここで終わった。


「いやー、なんかこんなやり取りとかあって、往生しましたわ。なんかこの世界で悪巧み考えてた奴ら、揃いも揃ってオーディン神の名前とか出すものでね。まあ、ぶっちゃけこれがマジなら神界法違反の重罪、人間愛護法違反だとか信仰エネルギーの無断使用及び重大窃盗罪、いや、創造神様に対する反逆罪の嫌疑にもなりかねませんが?」


「ふむ……なるほど。ワシの名前をこやつらが騙ったというわけか」


……この神っ!


 この期に及んで、フレイとフレイア達のせいにしてシラを切りとおす気だ。


 だがそれも、先生や私達の想定内。

 落ち着け、私。


 先生が道筋をつけてくれるまで、精神を集中させるんだ。


 私達の世界を救う陰謀は、これからが正念場。

 

 出番が来るまで、魔力と精神を統一。


「あたくしも、そういう可能性を捨てきれねえと思ったのですよ。すると、こんな映像を拾っちまったわけですわ」


 先生がプロジェクターに手をかざすと、私とフレイアの高空での戦いの映像が映し出される。


 これは……そうか、旧魔王軍の飛行機がこの映像を拾ってくれて、賢者が探し出して来てくれたんだ。


 そう、私が光の神ヘイムダルを呼び出して、新たな力を得た時の映像とフレイアとヘイムダルのよくわからない言語で会話してた時の映像。


「うんうんなるほど、これは古の神の言葉ですね。それでオーディンさんよ、おめえさんのワルさバレてますぜ? ヘイムダルって神と、おそらくその本体であるあの御方にも」


「こ、こんな……こんなインチキくさい会話! それがどうしたというのだ!! やつは、ヘイムダルはすでに死んだ!」


 冷静だったはずのオーディン神の態度が豹変して激高し始めた。


 あの時の会話、そんな重要だったんだ。

 フレイアがめっちゃ怯えていた時の会話が。


「インチキなのはてめえだこの野郎! いい加減にしとけこのボケ!」


「貴様、最上級神のワシに向かってその物言い」


「うっせえ! バレてんだよ、てめえの所業はよお! ふざけんじゃねえぞこの野郎、人を、魂を、世界を弄びやがって、この世界のケジメ取ってやるぞゴラァ!!」


 すると、戦乙女たちが各々の武器を手に取り、先生に向け始めた。


「戦乙女達よ、冥界の勇者を取り押さえよ。この者達はワシを貶めようとした」


「勇者、貴様我らが最上級神である父上に対して何たる物言い! お姉さま、こやつめを取り押さえましょう」


「ええゲイラ、こうなっては致し方ありません。みんな、この勇者を拘束するのです」


「なんだおらぁ! てめえら誰に対して道具向けてんだよ? もうよお、これはてめえら小娘の範疇を越えてんだわ、おうコラ? その水晶玉の向こう側にいるボンクラが、創造神さんにケジメつけるかどうかのよ!」


 するとなんかテントに息づかいが聞こえてきたがこれは……

 

 あ、冥界の偉いワンコが舌とか出してへっへっへっへとか言いながら尻尾振ってる。


「マサヨシよ、理由はどうあれ、あちらが先に武器を向けたのは明白。大王様にこの件、私が報告する。万が一戦闘が生じてもこの場合、正当防衛も証明されるだろう。おそらくは事態が事態ゆえ、大王様を通じ、天界もこの件に介入を始めるはず!」


「さすが兄貴です。親分もご覧になってるでしょうが、重ねて報告願いやすぜ」


 すると先生は、スキル阿修羅一体化を使って魔王の姿になった。


「なんだコイツの魔力……人間じゃない……」

「姉貴、こいつのこと知ってんだろ? こいつやべえぞ!」

「まるで……古の神魔精霊大戦に記録されてる大魔王ですぅ」


 するとサキエルが頭を抱えだす。


「こいつが変異するのは記録で見たけど、それがどんなもので正体がなんなのか私にはわからない、多くの記録が抹消されて……規格外の化物としか!」


 すると、用心棒さんやジローにデリンジャーがピストルを手にし、龍は青銅の大砲をテント内に具現化して、戦乙女達に向け始め、氷の賢者もいつの間にかテントの中に音も無く入ってって、二丁のピストルを構える。


「あんたら、オイラ達を甘くみすぎだぜ?」

「兄貴ぃ、マリーちゃん、そろそろ頃合いさー」

jackass(マヌケ野郎)が……なめんじゃねえぞ」

「悪は一旦の事也、我らには勝てぬ」

「クズがマサヨシ様に勝てるわけないでしょう?」


 そう、ここからが本番!

 世界を救う私達の陰謀と、救済のための賭け!


「冥界の勇者よ、貴様は何者だ? 神語を解せるなど、通常の人間の勇者には不可能な筈」


「ああ、てめえ知らなかったかい? 俺はよお、神やったり魔王やったりして、何度も人間を繰り返して……今は勇者稼業をしてる極道だよ。心根が優しい人々が巨悪に立ち向かえねえなら、神も見捨てた世界で、それでも祈り続ける悲しい人々がいれば、代わりにワルにドス突きたてる……てめえのようなワルにな!」


「……貴様……まさかあのアースラか? ヤマめ、こんな化物を手元に置いてるとは」


 そして、私は胸のペンダント、ブリージングに思いを込める。


「マリー、今だ! 召喚しろ!」 


「はい、光の神よ……私に宿る心正しき神よ、今この場に姿をお見せください!」


 光神召喚の光の文字と共に、魔法陣が現れて光の神が姿を現した。


「心正しき乙女よ、この世界の新しき英雄達……そして、久しいなオーディンよ」


 まばゆい光がテントの中を照らし出すと、戦乙女たちが激しく動揺しだす。


「何だこの光の圧倒的な魔力!」

「お姉さま、ヘイムダルって文字が」

「馬鹿な、あの伝説の最上級神!?」


 戦乙女たちが狼狽し、水晶玉を咥えたスレイプニルが震え始める。


「ヘイムダルか……いや、その正体は……まさか本当にそうなのか?」


「どうやら君も、いや大樹のようなユグドラシルそのものが歪み、腐りきっているようだ。君の目的はなんだ? 人間達の魂を糧にする非道を行ってまで成し遂げたいこととは……」


「……」


 オーディンは沈黙すると、ヘイムダルは光の粒子となって私に纏わりつき、ドレス姿から黄金鎧の姿に変えた。


 ヘイムダルがオーディンに何を告げたかはわからないが、今がチャンス!


「この世界の担当神は、私に力を貸してくれたヘイムダルです。あんたのような悪党に、世界は渡さない!」


 これは、この世界をオーディンの手に渡さないための布石。


 先生は言っていた、担当する神がいなくなった世界は、人々が憎しみ合い人間の尊厳が奪われる事が横行し、酷い有様になると。


 そして悪しき神が世界を手にした場合も同様、人間が人間として生きられず、神の道具になるとも。


 ならば、私に宿ったこの神様を、世界の救いを目指す神様を、この世界の神として私達人間が決めればいい!


「そんなものワシが認めぬ! 戦乙女達よ、ワシの命令を果たせ! ロキめがいる住処ごと正義を成すのだ! ロキ抹殺の功績を果たせば、ワシはいくらでも、神界の他の神々に陰謀の申し開きができる! ゲイラよ、お前に貸し与えた神槍グングニルで!」


「はい! お父様!」


 すると、サキエルとゲイラと言う戦乙女たちがテントから抜け出す。


「くそ、あいつらすばやいぞ! 追え、マリー! この場は俺達が抑える! 奴ら何かする気だ!」


 私は先生に頷き、テントを出て彼女たちの後を追う。

 しかし早い、何とか追いつくのがやっとだ。


「この方向は、カリーの軍港……その先にあるのは……まさか!?」


 私は、鎧に思いを込める。


 すると、力を感じた私が後ろを振り返ると、新しくなった黄金の鎧の翼が天使のような光り輝く羽に輝き、一気に速度を増す。


 彼女たちは軍港に降り立ち、ゲイルは槍を両手に持つと簡素な槍が光り輝き、稲光を帯びた光の巨大な槍になった。


「やはりあいつら消す気だ、私の生まれたヴィクトリー島を、王国ごと」


 私は、戦乙女が構える槍の射線に立つ。


 おそらくは私の今の最強魔法、超電荷粒子砲のようにエネルギーを溜めて射出する気だ。


「そんな事は……させないっ!」


 私は両手を広げて、私の国を守るために盾になる。

 

 今の私の力ならば天界魔法のバリアーで!


「どきなさい、ヘイムダルのヴァルキリーよ!」

「そうだ、ロキを滅するのだ!」


 彼女達は、オーディンの戦士。

 命令を忠実に遂行する気だろうが……。


「退きません。あなた方が破壊のエネルギーを放とうとしているのは、私が生まれた島、私が生まれた国です。それに、オーディンは間違ってる!」


 私はゲイルが構えた槍を見る。

 おそらくあれは神の武器。

 私の想像を超えた威力を持つはず。


 どうする? 


 私がバリアーを張って防げても、1発は防げても、連射なんかされたらひとたまりもない。


 いや、私は信じる。

 今の私の力を、そして思いを。

 もう私は辛いことから逃げないと決めた!


「何故!? あなたは一体何者ですか! あの恐ろしい極悪な勇者とどんな関係が……」


 この女……自分が転生させた人間の事くらい、ちゃんと覚えておきなさいよっての!


 それに先生は極悪なんかじゃない!


「あなたなんかに何がわかるのよ! 私はあの人から人間として生きる強さを学んだ。どんな時でもどんなに辛くても、前を歩く勇気を学んだ! 決して楽じゃないけど……私は今の人生が楽しいから……だから私はこの世界を守りたい!」


「楽……まさか……ゲイル、ちょっと撃つのを待ってください! 彼女まさか!?」


「姉上、この槍にはお父様の魔力を込められてる。ロキを滅ぼせるだけの力に加えて、私の魔力も……今更止めるとか無茶言うな」


 光がゲイルって子を包んだ瞬間、私はバリアを発現させ。


 けど、ちょ!? 嘘でしょ何これ!?


「さっきのシヴァ神並に強烈な力が瞬間的に……バリアじゃダメだ!」


 考えろ、考えるんだ。


 今取れる手段があるはず。


 このままじゃヴィクトリーもろとも、私も鎧に宿ったヘイムダルも滅ぼされちゃう。


 そうなったら、もはや私達の大義名分が無くなり、せっかくここまで頑張ってくれた先生も、日付も変わったし……冥界に帰らなきゃなくなる。


「いや、そうか! 日付が変わったなら! あとは私の切り札を信じて……」


戦神槍砲(ラグナロク)……発射!」

絶対防御(プロテクト)


 私が絶対防御を発動させると、私に向かった破壊のエネルギーが一気に消滅して、辺りが静寂に包まれた。


「はあ、はあ、死ぬかと思った。日付が変わったから、転生前に天界で得た日に一度のスキル、絶対防御が使えるようになってたから助かった。ていうかこのスキル、神の攻撃とかも防げるとかやばいっ! チートだこれ」


「このスキルは絶対防御。あなたは……私が転生を担当した女の子? 確か地球世界の日本人」


 サキエルことブリュンヒルデは、私の方まで飛んできて呟くように言ったけど、ようやく私が誰かを思い出したようだ。


「そうね、サキエル。私の転生前の名前は高山真里。今は世界を救う召喚術師を目指してる、勇者の弟子……マリー・ロンディニウム・ジーク・ローズ・ヴィクトリー。長いんでマリーって呼んで欲しい」 


「なぜあなたがここまでの力を? あの時、私が持っていた端末に示された転生先が、ニュートピアになってて……」


「ふーん、あっそう」


「端末のエンターキーを押したら、世界のランクが地球よりも上の、BからBプラス相当だった筈のニュートピアが、なぜかレッドデータ入りしてて、難度Bの世界認定されて……今は救済難度SやEXを超えた……()……」


「そんな事知らないわよ。先生は言ってた、この世界は救済が必要だと。立場が弱い人達の尊厳がないがしろにされた、陰謀と悪が蔓延る最悪の世界だって。何度も危ない目に遭ったけど、私はそれでも生きてきた! 前を向いて!」


 私とサキエルが対峙する中、グングニルを構えたゲイラが割って入る。


「姉上、この女が何者かは知らないが、敵だ! 父上の邪魔をする者は、私の槍技で……」


 その時、何者かがゲイラに攻撃魔法を放つ。


「きゃあああああああああ」


 風の魔法の威力で、ゲイラが吹き飛ばされ、私とサキエルがその方向を見ると、白金の全身鎧に、真っ赤な薔薇が塗装された盾を持つ、一人の騎士が港に佇んでいた。


「あれは……ゲイラを魔法で吹き飛ばすなんて……何者!?」


 白い騎士は、右手のロングソードを天に向けて掲げると、地面から白骨や首無し死体が次々と現れる。


「アンデッド!?」


 なんだコイツ!?

 新たな敵?


 アンデッドって確か、ゲームで言うと不死系の敵とか幽霊みたいなものだった気が。


「お姉さまあああああああ」

「姉貴、やべえぞ!」


「ブリュンヒルデお姉さま、一旦退くですぅ! 凶悪なアンデッド達の数が多すぎるのですぅ! お父様が、もしものため用意したって言う退避場所へ移動するですぅ!」


 戦乙女達が、次々とこちらにやって来て、海の彼方のどこかへ飛んで行く。


「待って! あんた達を行かさない! この世界から去るべきよ!」


 すると、次々と銃撃音がするが……これは機関銃?

 デリンジャーの放つ銃声だ。


 まずい! 先生達も襲われているんだ!


「サキエル、私は世界をオーディンから守る! そして私の国を占拠したロキからも! さようなら」


「ま、待って! 私はあなたに! 父オーディンにもきっと考えがあって」


 サキエルは呼び止めようとするが、悪党の考えなんて知ったこっちゃない。


 早く先生に合流しないと……。

 あ、いた! 


 みんな次々と地面から現れた死体や、空飛ぶドクロに襲われてるけど、銃撃と魔法で撃退してる。


「先生!」


「マリーか!? やべえぞ、コイツらめちゃくちゃ強いアンデッドの群れだ! 一体全体、この世界に何が起きてやがる!?」


「鬼か幽霊共か知らんが、数が多いし斬りつけても再生するぞ! くそう、去死吧(うせろ)!」


 先生は阿修羅一体化しながら、龍と一緒に魔法と剣で次々とアンデッドを撃退するが、数が多すぎるし、コイツら再生する。


「ホーリーシッ! 骨で出来た龍や、でけえ化物も出て来やがったぞ!! なんだ一体!?」


(かんげー)いるんは後やん! でーじヤベェ! 脱出(ひんぎー)んさー、りか!」


「マサヨシ様、サタナキアの軍艦へ! ニコが準備している筈です!」


 次から次へと不死のモンスターが現れ、賢者が氷魔法で奴らの動きを止めながら、私達はカリーの沖合いに停泊させた旧魔王軍の戦艦まで走る。


「ま、待って俺を置いてかないでくれ! 調子に乗ったの謝るからああああヒヒーン」


「うるさいぞ馬め。もしもの時は私が守ってやるから、全速力で走るのだ」


 ワンコを乗せたスレイプニルも後に続くが、コイツ本当に調子がいい。


 すると、私の足元から剣を持った骸骨が現れた。


「危ねえ! 身を守れマリー!」

「きゃあっ!?」


 すると、アンデッドの動きがピタリと止まる。

 

「なぜ?」


 そういえば他のアンデッドも、私には攻撃を仕掛けてこない。


「理由はわからねえが、魔力が尽きる前に脱出する。マリー先頭を任せたぜ? 俺と金城がケツモチだ、イケるな?」


「あいよー兄貴ぃ」


 私達は、陣形を組んで沖合いに停泊する旧魔王軍の戦艦に乗り込み、カリー市を離陸する。


 甲板から地上を見ると、アンデッドの群れが地中に戻って行き、何事も無かったかのように静寂を取り戻しているようで、召喚時間を超えた賢者は先生のほっぺたにキスをして、元の世界に帰って行った。


「クソ! わけがわからねえ。おめえが、ワルキューレ二人を追いかけた後、アンデッドの群れに襲われたんだ」


「ワルキューレ達は、どこかへ逃げて行きました。それに、私がワルキューレの砲撃を防いだ時、全身鎧の謎の騎士が現れて、そしたらアンデッドが」


「アンデッドとはなんだ? 確かにこの世界には幽霊などの類の話はあるが、こんな現象は生まれ変わってからは見たことがない」


 そう、龍の言う通り、この世界ではゾンビだとか幽霊のモンスターの大軍が現れたなんて話は聞いたことがない。


「オーライ、状況を整理しようぜ? 俺達は英雄ジークと女神フレイアをノックアウトして、ロキの巨人軍にも損害を与えた」


「やしが、チュラカーギー子が9人現れてぃ、わったー敵対したっちゅう。黒幕はオーディンでぃ間違(ばっぺー)ねーんしが、幽霊(やなむん)がいっぺー現れたさー」


「うむ、ロキの手の者が仕組んだ可能性があるな。それを証拠に、我々や戦乙女とか言う連中も攻撃された」


 うん、全然わけがわからない状況だ。

 問題は……。


「問題は、これからどうすべきなのかしら?」


「俺は帰る事にする、形だけでもよ。神界の状況も知りてえし、情報収集とか色々やんなきゃな」


 うっそ、先生本当に帰っちゃうの?

 この先、私達はどうすれば……。


「召喚すりゃいいだろ? 心配すんな。旧ノルド帝国は俺の神と、俺の組の縄張りだ。あそこを足掛かりにして、防御とか固めとけばいい」


「やっさー、さすが兄貴。あぬ位置やれー、ヴィクトリーと海挟んでそう遠こねーんから、いつでもロキとか言うぽってかすーと喧嘩(おーえー)出来()るなー」


「本当シミーズは、戦うために生まれてきた野郎だ、クレイジーだぜ。じゃあ俺は、自分の国を固める。共和制にしたが、問題山積みだ」


「私もバブイールに戻る事とする。もっとも、あのフレイアの映像が流れたことで、国中大騒ぎだろう。それに此度のナーロッパ侵攻の失敗で、王族間の暗闘も予想される。東方のチーノ大皇国支配を考える、ハーンと呼ばれる連中への対策もあるからな」


 チーノ大皇国、地球世界で言うところの、中国みたいなこの世界の覇権国家。


 私達がいるナーロッパが、束になっても勝てないと言われるくらい、バブイールを遥かに凌ぐとも言われる、軍事力と経済力もある超大国だったっけ?


 それにこの世界では謎に包まれた、転生前の日本みたいな国ジッポン。


 ロシアマフィアで暴力の権化とも言われてる、転生者イワネツがいるという黄金の国。


 まだまだこの世界、謎が多いけど……。


「私はどうしよう……」


 そう、私には帰るべき国もない。


 エリザベスとロキ、そしてエドワードことアレクセイが支配する国になってしまった。


「マリーちゃんなら、領地あるばー? シシリー島やん。あまやれー、(わん)やアンリ君にアヴドゥルの国から近さんさー」


 あ、そういえばそっか、私はあの島を手に入れたんだ。


 初めてこの世界で、私の力で事を成した、中央海に浮かぶ思い出の島。


「まあ、おめーさんだけだと心配だからよ、助っ人についていただく方がいる。兄貴、すいやせんがこの世界の連絡役も兼ねて残っていただけやすか? この子に兄貴の面倒を見させやすんで」


「よかろう。朝と夕の2回、日課の散歩に付き合って貰うのと、食事を日に3度頼む。寝る前のブラシも忘れるな」


 えーと、それ普通のワンコの飼育方法じゃ。


 まあいいか。


「はい、よろしくお願いします!」


 転生前、犬とか飼いたかったけど、私が住んでた都内の古臭い団地みたいな公務員官舎とか、ペットNGだったし。


「ブヒヒン、愚か者どもめ。お前達がオーディン様と戦乙女達に勝てるわけが……」


「愚か者はおめえだよボケ。ケッケッケ」


 先生はスレイプニルの頭を引っ叩き、盗聴器を摘んで見せる。


「これ盗聴器な、そんで今回俺達がうまく立ち回った件が、お前のおかげだって俺が密告(チンコロ)したら、おめえユグドラシルからケジメ案件くせえけど、どうするよ?」


「ヒヒン!?」


 うわぁ、先生がヤクザな脅迫始めた。


「まあそのめえに、おめえ散々俺様にナメた口叩いて、ふざけた真似してくれたよなあ? 兄貴、そこの間抜けの後ろ足とか、けつ肉あたり、刺身にしたら旨そうですよね?」


 あ、ワンコが尻尾振りながらスレイプニルの後ろに立った。


「うむ、それよりも内蔵を生きたまま生で食べた方が、ビタミンも採れて栄養価が高いな」


 えぐっ!

 見た目可愛いのにこのワンコの考えがえぐい!


「お、モツ刺しリクエストですか? シブいっすね、さすが兄貴だ」


「ブヒン!?」


 あ、スレイプニルの目が泳ぎまくってる。 

 流れ的にあれだこれ。

 先生ドスとか手にとったし。


「オラァ! ケジメだこの野郎! けつ肉からはすってやるぜ馬公!」

「へっへっへ、兄貴ぃ、(わん)がくぬ馬鹿(ふらー)抑えるさぁ!」


「ヒヒーーーーーン! やめてください、僕の肉美味しくないですからあああああああ」


 ちょ!? マジでスレイプニル食べちゃう気だ先生。


「おらぁ! 馬公!! 許して欲しかったら、ケジメなさいか愚か者でも歌え馬鹿野郎!」


「何ですか先生それ?」


「あー? ほら、おめえも好きなジャニーズの歌だよ、たまきん……じゃなくて、たの●んトリオにいた、マッチ―だよ。ギンギラギンにさりげなくとかさ。ホレ、おーろーかー者よ♪ 歌え馬公おらぁ!」


「何それ!? グループ名ださっ!」


 こうして私たちはそれぞれの帰るべき場所に戻っていった。

 この世界の救済を願って……。

次回で第二章終了です

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