↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生したら楽をしたい ~召喚術師マリーの英雄伝~  作者: 風来坊 章
第二章 魔女は楽になりたい
75/311

第73話 一週間の思い出

「これは、タチの悪いコンピューターウイルスじゃな。データが勝手に書き換えられておるわ。皆の者、大至急システム復旧を急ぐのじゃ! おそらくこれは、内部から感染させた内部犯の仕業じゃ」


 マリー達がオーディン率いる戦乙女(ワルキューレ)達と対峙して、謎のアンデッド集団に襲われていた時、冥界は管理システムが何者かに破壊されて大混乱に陥っていた。


「魂管理クラウド復旧率、65%まで完了」

「サーバーシステム復旧、全体で30%」

「早急に復旧せぬと、あらゆる次元世界で迷える魂が!」

「あー! エラーメッセージがこっちにも!」


 地獄の鬼や羅刹と呼ばれる、もとは魔界の大閻魔王国の家臣達や、冥界神の眷属達、天界の天使達や光と友愛の世界のダークドワーフやブラウニー達が端末を操作して、冥界の広大なサーバールームに集まってシステム復旧を急ぐ。


「あの世って、こんな感じで魂を管理してやがんのか? 転生する前からコンピューターとかさっぱりだったし、ここは子分達に任せとくかな。兄弟、上手く向こうでやってくれればいいのだが」


 冥界の勇者にして異世界マフィア、カルーゾファミリーの首領(ドン)ロバートは、腕組しながら魂管理システムの復旧作業の様子を見つめていた。


「それにマリーといったかな? あの子は自分に自信を持ち始めて、人間的に成長をしている。だが危ういな、若いからか? 感情のコントロールにやや難があるし、よくないサボり癖があるな。それに彼女の転生先の父親はジョージと言ってたが……ジョージか……いやまさかな」


 首を振った後、自身の薬指にはめた金の指輪を見つめる。


 この分であると、転生前も転生後も永遠の愛を誓った妻のもとに帰るのは、もう少し先になりそうだとため息を吐いた。


「同志ロバート、閻魔大王様がお呼びです。大審判殿にお越しください」


「了解した」


 勇者ロバートは玉座の間にて閻魔大王に謁見し、閻魔大王から3歩手前の位置で跪き頭を下げる。


「うむ、ご苦労。我が勇者よ、家臣からの報告によるとオーディンは我らと敵対状態になった。が、大天使長率いる天界緊急監察団に我が捜査令状を発行したゆえ、神域ユグドラシルに今頃、強制捜査中じゃ。容疑が固まり次第、オーディン並びに眷属神達を逮捕するゆえ、我のもとに逮捕状申請が来ておる」


「なるほど、兄弟(フラテッロ)マサヨシが、決定的な証拠を見つけ出したのですね」


 閻魔大王が長大な葉巻を咥えると、ロバートはスッと立ち上がり炎魔法で葉巻に火を着け、3歩下がって再び跪く。


 光の神ヘイムダルが他ならぬ創造神の眷属神であることが判明したことで、天界の大天使長率いる監察官たちが動くには十分な大義名分。


 これに加えて、閻魔大王が自身の勇者信頼していた事で可能だった仕掛け。


 審問官職務執行法違反スレスレであったが、こうなる事を見越して、天界から令状請求が来る前に、閻魔大王は自身の最上級神及び冥界最高審問官の権限で、裁判官として捜査令状を秘密裏に事前に作成しており、これにより天界の天使達も迅速に、ユグドラシルへの強制捜査が可能となったのだ。


 無論、マリーが命懸けの戦いの流れで証明し、証拠化した勇者マサヨシの成果であったが、証拠が揃わなければ逆に閻魔大王の責任問題ともなる、ある種の賭けが成功した結果だった。


「問題は冥界に破壊活動を行った者がおるのう。ロバートよ、我が家臣をお主に貸し与えるゆえ、裏切り者を見つけ出せ。おそらく下手神は冥界の神の誰かじゃ」 


「かしこまりました、我らが親分(カポ)


 命令が下され、ロバートはスッと立ち上がる。


「マサヨシもこちらに一旦帰還するようじゃ。共同で捜査し、創造神様の前に引っ立てて見せようぞ。それと、間もなく罪人の審判の時間じゃな、罪人を我の元へ」


 一方、冥界の閻魔大王が担当する地獄。


 無間地獄より身柄を移され、審判殿の檻の中で、怯えて震える女が一人。


 白くて簡素な着物の囚人服に着替えさせられた元女神フレイアが、亡者たちの叫び声で、肩をビクッとさせながら体育座りのような姿勢でうずくまっていた。


「出ろ罪人! 公判の時間である!」


 手錠と腰縄を付けられ、牛のような頭をした女看守に連れられ、エレベーターのような転移装置に乗せられて、大審殿まで連れていかれる。


「なんでアタシが……アタシは上級神よ、こんな扱い普通あり得ないから」


 ぶつぶつ呟きながら、殺風景な石造りの廊下を通り、大審判殿に続く廊下で冥界の勇者ロバートとすれ違った。


「ふん、こいつが例の世界を滅茶苦茶にしたビッチか?」


 スーツのポケットに両手を突っ込んで歩くロバートが、侮蔑の眼差しでフレイアに吐き捨てるように言うと、フレイアは憎悪に満ち溢れた顔で睨みつけるが、彼の光がなくなった暗い翡翠のような瞳に恐怖する。


 一方のロバートは、フレイアの記憶を冥界魔法で読むと、この元女神の所業に吐き気を催す。


「俺と同じ人間だった筈なのに……こいつ、吐き気を催す邪悪だ。人としての心も、美しさも無くしたビッチ、いや化物め!」


 勇者ロバートは、この手でフレイアの魂を抹消してやりたい衝動にかられたが、自らのボス閻魔大王の裁きの前に、許可なく罪人に手を出すことは禁じられているため、こぶしを握り締めてぐっとこらえた後、踵を返して女神ヤミーの元へ冥界の裏切り者の件を報告しに向かった。


「なんでよ……アタシは……上級神よ。何でアタシをどいつもこいつも……」


「黙れ罪人、さっさと前へ進め」


 涙を流すフレイアへ、看守は審判の間まで歩くよう無慈悲に告げた。



「スイーツ、我のスイーツゥ♪ 画面とにらめっこしてたら、脳に糖分が足りなくなったわい」


 閻魔大王がフレイアの裁きを待っている時、冥界の管理システム復旧の指揮を執っていた女神ヤミーは、休憩のため冥界の喫茶店で、お気に入りのスイーツを食べに足を運んだところ、わざと同僚の冥界の女神に肩をぶつけられる。


「あら、ごめんあそばせ上級神様。わらわったらよく見えなかったの、あなたの姿が小さすぎて」


 身長150センチ、顔の左半分を覆い隠すように伸ばした白髪と、怪しく光る赤い瞳が特徴的で、漆黒を基調とするゴシック風のデザインのドレスに、フリルスカートを履き、左手のみに漆黒のロング手袋をはめた、所謂ゴシックロリータな服装をしている、少女のように見える女神。


 冥界第二級審問官ヘル。


「なんじゃ、お主こそチビのくせに生意気じゃのうヘルよ。我はお主のように暇じゃないのじゃ、失せよ二流審問官のチビ女神め」


「あらやだ? 上級神様ほどドチビじゃなくってよ? 胸もお尻もわらわの方が大きいのだわさ」


 ヘルは神域ユグドラシルにも所属する冥界の女神であり、ヘルヘイム領域エーリューズニル審判殿を担当する、審判に関してだけなら有能なベテランの第二級審問官。


 しかし、父神がかつて大逆人として処されたことがあり、それが理由で上級神になれず、かつての女神ヤミーのように冥界の問題児として知れ渡ってる、所謂いわくつきの女神である。


「いーや、お主の方こそチビじゃ、万年二級審問官め! 我とはもはや立場も役職も違うのじゃ。大口叩くとどうなるか、身をもって教えてやろうかの?」


「はああああ? 何それパワハラ? いやーん三流審問官だったくせに、偉くなっちゃうとそういう風になっちゃうのかしら? お前の兄神に訴えの届け出してやってもよくってよ」


 そして二人の仲は険悪である。


「ぐぬぬぬぬ、チビのくせに!」

「おほほほほ、あなたこそチビのくせに!」


 二人の女神のトラブルに巻き込まれたくないと思った、冥界の鬼達や羅刹女達がそそくさと離れて行き、二人の女神はにらみ合う。


「ふん、まあいいのだわ、ドチビの上級神。不本意ながら、わらわもあなたの真似しようと思ってるのだわ。あなたみたいな三流女神が上級神になったのは、最悪の世界を救った勇者のおかげかしら?」


「それだけじゃないわい。ひとえに我の指導力と人望ゆえ、数多の世界を救ったあの男を所有しておるのじゃ。お主と違ってのう、このドサンピン女神めが」


「誰がドサンピンかしら? この胸なし女神め! けど、戦闘経験豊富な重犯罪者を、刑期と引き換えに勇者にするアイデアはよくてよ? よってわらわは、人間界から史上最悪の暴力団とまで言われた男を、すでに転生させて送り込んだわさ! 見ていらっしゃいドチビ女神め!」


 ヘルは一方的にヤミーに告げると、走り去るようにして去っていった。


「何が史上最悪の暴力団じゃ馬鹿者めが。マサヨシやロバートだから成功したものの、そんなもの失敗するに決まっておろうが。どこの世界に送り込んだか知らんが、その男も哀れじゃのう」


 女神ヤミーはボソリと独り言ち、帰還してくるであろう、自身の勇者へとびきりのスイーツを食わしてやろうかと思い、喫茶店のテーブルに腰掛ける。


 二人分のイチゴパフェを注文した後、こっそり勇者の苦手な激辛タバスコもイチゴジャムに振りかけてやって。



 一方、女神フレイアと英雄ジークの陰謀と痴態が暴露されたニュートピアは、大混乱に陥いる。


 特に英雄ジークを信奉する、ロレーヌ皇国においては、教皇マリアが半狂乱する様相となっていた。


「我が子が英雄ジークに覚醒したというのに……北方の亜人共を退けたと言うのに、これはどういう事なのじゃああああああああ! なぜ、なぜ我が子フレドリッヒがこんな目にいいいいいいい!」


 皇太子フレドリッヒは、両腕と胴体が千切れた心肺停止の状態で、帝都ベルン郊外にて発見される。


 すぐさまロレーヌ皇国のトレンドゥーラ指揮のもと、黒魔道士たちが蘇生治療に取り掛かるが、意識不明の状態が続き、予断を許さぬ状況にあった。


「なんとしても英雄ジーク帝の再来、皇太子殿下を、フレドリッヒ坊っちゃまを甦らせるのじゃ! おのれ異教徒共め! あの映像が真実であるならば、マリー姫を中心とした各国の王族が女神と英雄を否定して、ヘイムダルなる邪神の力で討伐したのじゃ! 断じて許されぬ愚行!」


 ロレーヌ皇国は、フレドリッヒこと英雄ジークを討伐した、周辺国へ憎しみを募らせており、一報を聞いた帝都の騎士達も、宮殿の前で英雄復活のため祈りを捧げる。


「我が愛しの皇太子フレドリッヒ……おのれ周辺国の雑種と蛮族共とマリーの小娘め! そして黒髪のあの男、殺してやるぞ必ず!」


 教皇マリアが復讐を誓う夜明け前、彼は目を覚ます。


 その瞳は、年不相応の未熟な少年の瞳の色ではなく、かつて地球世界とこの世界を混沌に陥れた、冷酷な大王の瞳の色になり、両腕と下半身を再生させた。



 同時刻、ヴィクトリー王国は、宰相と外相が不審死を遂げた事で、臨時の国家運営は黒騎士エドワードが宰相兼外相を兼ねる、護国卿という名の事実上の独裁官となり、ジューと呼ばれた商人集団に、宮廷が乗っ取られた形となる。


 ヴィクトリー王国護国卿となったエドワードは、自身を最低男と罵ったマリーを思い出す。


 最初に彼女を見たのはいつの日だっただろうか?


 自身がフレイアと暗殺したジョージ王の即位記念日ではなく、自分が金で買収して養子になり、その後謀殺したマクスェル男爵の案内で参加した、宮廷の舞踏会だっただろうか?


 自分はヒト種と亜人種全てに復讐するために、このヴィクトリー王国に目をつけた。


 流浪の民と化し、先祖から受け継がれた耳を切らなければ、人間社会で生きていけないジューと呼ばれる同族達の悲哀と、不毛の大地で細々と暮らす自らの王国のため。


 自分達を迫害してきた、ヒトと亜人を滅ぼすための決意する。


 が、彼女を、ヴィクトリーの薔薇姫と呼ばれた、マリーの微笑みを見てその決意が揺らぐ。


 環境過酷なルーシーランドで病弱に生まれ、幼くして死んだ妹にして王女、エカチェリーナと瓜二つだったから?


 それとも自分ともあろうものが、薄汚いヒトの女に惚れたからなのか?


 どちらかはわからなかったが、あの日自身の率いる騎士団が謁見した時に、ヴィクトリー王国簒奪の決意に揺らぎが出たのは確かだった。


――最低男か。たしかにそうかも知れぬな、彼女からしてみれば。しかし私は神オーディンに選ばれし騎士。薄汚いヒト共へ復讐を、我らを蔑んできた亜人達へ鉄槌をくれてやらん。そのためには、彼女の姉である、あの女を利用するだけ利用せねばな。


 アレクセイは、更なる陰謀を企てて、貴族院宰相の間で水晶玉の通信を行った。


 そしてヴィクトリー城の玉座の間にて、やつれて怯える女が一人。


 国家元首エリザベス・ロンディウム・ジーク・ローズ・ヴィクトリー、通称魔女エリザベス。


 鉄の女とも言われた彼女は、ある存在に頭を抱えて怯え切っており、この世界に復活した破滅神ロキは、これまた一段といい表情をしているなと思い、水晶玉画像を撮っていた。


「殺される……私はきっと殺される、あの子に殺される……。あの子は私に復讐するためにこの世界に生まれ変わったんだ……。そしてこの世界でそうとは知らず、私はあの子に……。なんで? いや、嫌よ! だって私は悪くないんだからっ!」


 転生前の記憶を思い出したエリザベスは、食事も喉が通らぬほど、憔悴しきっていた。


「今日も一段とそそる、セクシーな顔してるねえ君は。大丈夫だよエリザベスちゃん、僕の友神達を召喚しようって、巨人軍の戦力強化って感じ。それでティターンのクロヌスって奴がいるんだ。そいつ力だけならマジで超強いから、まず彼を召喚しようか? 君の力でさ、クックック」


「そうよ、強くならなきゃ。じゃないと私また死んじゃう! 私はもうあんな酷い目に、無様に死ぬのなんか嫌なんだから!」


「へー、君は前世の記憶を持ってるのかー? 珍しいね。あと君さ、せっかく装備を整えたのにクソ雑魚すぎるんだけど? 少しは訓練しないとね。僕、自分で言うのもなんだけど、喧嘩超強いからさ。戦い方を君に教えてやろうか? けど、その前に、準備を整えたらクロヌス召喚にレッツゴー!」


 エリザベスはロキが命じるまま、神界のセキュリティレベルMAXの極悪神専用の牢獄世界、ニブルヘルに幽閉された、かつて最強の神の一柱と呼ばれる旧最上級神クロヌスの召喚を夜明けと共に決意した。


「……」


 その様子を、窓から白の全身鎧を着た謎の騎士が、無言のまま見つめている。


 兜のバイザーの奥は、生気が無いどころか中の人間すらなく、彷徨う鎧の幽霊のようだった。



 そして、この世界にやってきた戦乙女(ワルキューレ)達は、父神から告げられた緊急の場合の避難所として指定された、朝日が差す大陸東北部の最果ての地、ルーシーランドの荒野を見て、草木も生えないほど荒涼で何もない地平線を眺めながら、絶句する。


「えーと、姉上? ここなんにも無いんですけど? 本当に父上が指定した場所?」


 赤と白銀の全身鎧に身を固めた、槍を持つ戦乙女ゲイラは、天使の羽が生えている姉ブリュンヒルデに小首を傾げながら尋ねる。


「姉貴、やべえよここ! まだ冬じゃねえのに地面とか凍ってるんだけど。さみいよーエイラ、お前の上着貸してくれよー」


 アマゾネスのような黄金のビキニアーマーを着けた、背の高い金髪の戦乙女フレックが、鎧に白いケープを羽織った緑髪のエイラに抱き着いた。


「ちょ、嫌です。フレック姉様こそ、そんな寒そうな格好してるからでしょ」


「しょうがねえだろー、そういう装備なんだから―」


 サキエルことブリュンヒルデは、父神オーディンへ連絡を取ろうと、次元通信用水晶玉で通信するが、神域ユグドラシルからは一切応答がない。


「嫌な予感がするですぅ……お姉さまの顔が曇ってるのですぅ……」


 大剣を持つ丸眼鏡をかけた戦乙女、オルトリンデが呟くと、一斉に戦乙女達がブリュンヒルデの方を向く。


「えーと、お父様と連絡繋がらない。どうしよう、私たちこのままだと、しばらくここで野宿かも」


 それもそのはずで、現在天界の天使の一団から、神域ユグドラシルは強制捜査を受けており、とてもではないが応答する余裕も暇もなかった為である。


「えーーーーーーっっっ!」


 戦乙女達が絶叫する中、黒の鎧に毛皮を身を包んだルーシーランド・キエーフ王国の兵達は、オーディンの女神達が降臨なされたと、祖先ハイエルフから受け継いだ超視力で見つけ出し歓喜に沸く。


「至急、お連れするのだ。女神様達がいれば、我らルーシーランドの悲願が、我らが民族の救世主、アレクセイ殿下の大望が達成されるであろう」


 キエーフ軍の老齢の将軍、ミハイル・イラリオーノヴィ・スボロフが部下達に命じ、ルーシーランド辺境の戦士達が彼女達の前に姿を現した。

 


 その頃、冥界第五審判殿。


 閻魔大王の担当する大審判殿で、フレイアはうな垂れたまま冥界の大審殿の冷たい石畳みに跪き、裁きの時を待つ。


「そこで待て、罪人よ。これより閻魔大王様の裁きである」


 逃走防止のため、屈強な鬼達や骸骨の書記官たちに周りを取り囲まれ、頭を下げたままフレイアは今までの神時代の記憶を思い出す。


 人間時代の自分と兄は、自分達が作った王国を争いのない豊かな国にしようと考え、土地の改善を行い、漁業を発展させて流浪の民たちも遊牧生活をさせる事がなく、山羊や馬、牛や豚を飼育させて、食糧事情を改善させた。


 そして王となった兄の死後、自分は女王として君臨し、人々から信仰された後に死んで天界に逝き、天使達より功績を認められ、オーディンの導きのもと神となる。


 神になった後はオーディン親衛隊の戦乙女(ワルキューレ)となり、自分の子孫である人間達に干渉して、故郷の地で女神として崇められ、神域ユグドラシルで出会った、元巨人のオーズと呼ばれる男神と婚姻を結ぶ。


 しかし、夫の愛だけでは満足できず、愛を求めた自分は様々な神と関係を持ち、それは主神であったオーディンとも不倫し、人間界で多くの愛人を作り出し自由奔放に振舞った。


 その後、神域ユグドラシルが崩壊するようなロキの起こした大乱と、地球で生じた魔界の悪魔達との大抗争、神魔精霊大戦を経て、彼女は上級神となる。


 上級神となったのは、オーディン含む愛人たちからの推薦があったからで、上級神ともなれば、自分の世界を持つことが出来るため、彼女は自身の人間時代の兄でもあり、先に精霊の力を得て上級神となったユングウィ改めフレイと共に、ある世界を作り出した。 


 フレイアは自分好みの容姿端麗な人間達を作り出した後、運営を兄フレイに任せていたら、精霊の一人が暴走し、世界が徐々に人と人とが争い合う世界に変容していく。


 事態を重く見た兄は介入しようとしたが、彼女は作り出した人間達に飽きており、放任していたところ、魔界の魔王にして元大天使長だったルシファーの軍勢により、仁義もない最悪の世界に変容してしまい、その責任を兄と共に取らされた。


「お前達には管理能力がない、謹慎じゃ」


 主神オーディンから告げられると、彼女は人間時代に経験しなかった初めて挫折を経験した。


 そして、兄のフレイはニュートピアの精霊人の管理を任されたと聞いた彼女は、もう一度自分の世界を持ち、今度こそ愛の溢れる世界にしようと考える。


 だが彼女の考える愛とは、自身に向けられる他者からの愛であり、身勝手な自己愛の塊が彼女の魂の本質に変容し、今日に至る。


「本法廷の裁判を開始を宣言する。面を上げよ罪人」


 骸骨の書記官が宣言すると、憤怒の表情をした閻魔大王が裁判官席でフレイアを見下ろす。


「もう量刑は決まっておるゆえ、これより、審判を言い渡す。お主、何か言いたいことがあれば申すがよい」


 フレイアは、神々と敵対していた元魔界の大悪魔のくせにと、自分に相対するこの裁判官へ激怒する。


「アタシは神よ、神界の特別法廷じゃなくこんな人間用の審判なんかで雑に済まそうなんて!」


「やかましい! 何が神じゃ邪悪な凶悪犯が! 創造神様に人間として自分の世界に赴き、救済するようあの時、特別法廷で裁かれたくせに! 貴様がやった所業は大罪じゃ!!」


「仕方ないじゃないの! あの世界は前の世界のように、もうアタシの事を愛してくれなくなって……」


「ふざけるな貴様! 貴様の邪心は全て我にはわかっておる! もう貴様は神ではない!」


 自分はもう神ではない?


 無慈悲に告げる閻魔大王の言葉に、フレイアはそんな事はないと首を振り、邪悪に染まった顔で微笑む。


「違うわ、アタシを信奉する人間達はまだあの世界にいる! それにアタシを否定した人間達、あれはアンタが送り込んだようだけど、残念だったわね。あいつらの弱点は分かった! シヴァ神に肉体を滅ぼされる前に、アタシの魂召喚(セイズ)で、奴らと因縁がある者達の魂を呼び寄せ、現地人に同化させて記憶を蘇らせたから!」


「貴様……なんという事を。どれほど罪を重ねれば気がすむのじゃ……」


 つまり、あの世界に閻魔大王が転生させたアシバーのジロー、犯罪王デリンジャー、倭寇の鄭芝龍、そして勇者マサヨシへ対抗するため、フレイアは地獄の刑が終わっていないような罪人の魂を呼び寄せ、ニュートピアの誰かに憑依させたという事である。


「あいつらは終わりよ、冥界の地獄にいた凶悪な奴らの記憶を蘇らせたからね! あんな世界なんて、呪われてしまえばいいのよ……うふふ、ふっふっふ、アーハッハッハッハ!」


 彼女の邪悪さと情念に閻魔大王は絶句するが、額から第三の神の目が見開き、すうっと息を吸うとフレイアの断罪を開始した。


「フレデリカ・フロージーよ! 貴様は神としての使命も放棄し、地球世界で傷を負った哀れな魂達へ禁呪法を使い、尊き魂を、生命の尊厳を弄び、世界の破壊すらも企図した邪悪! そしてこれは光と創造の神への侮辱じゃ! 貴様の慚愧に堪えぬ非道、冥界筆頭の最高審問官である我が裁く!」


「あっそ、だから何よ? アタシは愛されたかったのよ。それの何が悪いの?」 


 悪びれる様子もないフレイアの回答に、閻魔大王は首を振り、憤怒の表情から憐れみを帯びた表情となり、マジックアイテム浄頗梨の鏡を審判の間に浮かべる。


「それは愛ではないのだ、フレデリカよ。愛とは一方的なものではないのじゃ……お主の言う愛は身勝手な欲望という。かつてお主には、他者を慈しむという崇高な魂があったはずなのに、他者を愛するという尊き心を持ち合わせていた筈なのに、なぜなのじゃ?」


 閻魔大王は自身の膨大な魔力を一気に高めて、かつて地球世界で人々の為に祈りを捧げる巫女だった、人間時代の彼女の姿を審判殿の鏡に映し出した。


「我らが同胞よ、精霊達よ、そして母なる大地よ。戦は終わり、人々が争い合う事の無いよう、このフレデリカ・フロージーは名をフリックに改め、兄と共に理想の国をこの地に……ラップランドに!」


 誰もが振り向くような美貌も、強大な魔力もない、顔に入れ墨を入れ、粗末な毛皮を羽織った女が、草原に集まった人々に理想の国を作るための宣言をしている映像。


 それはニュートピアで行った彼女の陰謀、ヴィクトリー王国で女中ルイーダを演じていた顔に、瓜二つであった。


「やめて! 人間時代の、力が弱い人間の時の記憶を、醜い姿を思い出させないでよ!」


「力が弱い? 醜い? はて? どこが力が弱く醜いのじゃ。見よ、お主が人間時代に成した功績を。冥界最上級魔法、叙事詩(エピック)を以て、貴様への裁きとする」

 

 遠い昔の地球世界で、フレイアは精霊を信仰するフロージー部族長の娘、フレデリカとして生を受けた。


 双子の兄のユングウィと共に部族は森林地帯で暮らしていたが、マンモスやトナカイを追って自分達の土地に来た部族や、遊牧民との間の部族間闘争が激しくなり、精霊の加護を得た部族最強の戦士の兄は、剣と弓の名手として、自分は精霊の巫女として戦争で活躍し、敵対部族からは魔女として恐れられ、部族間戦争を制した後、彼女は兄とともに自分達の王国を建国する。


 そして彼女の導きにより、農夫たちが果実の木や麦を栽培し、家畜達に餌をやり、漁師たちが海でとった魚を干して、もはや飢えや命の危険が伴う狩猟生活からも解放された、新石器時代から古代に移行しようとする人類の姿。


「お主がかつて幸せにした人々じゃ。かつてラップランドと呼ばれた地、今の地球世界の人間共はヨーロッパと言っておるな。見よ、人々から信奉されたこの美しき女王の姿を!」


 フレイアは、人々から慕われた人間時代の自分の映像を見て、静かに涙を流し始めた。


 老齢を迎えたその女王は、乳児の死亡率が減り、子供達が手と手を繋ぎ合わせ、この地へ豊作をもたらすための儀式を執り行っている。


「お主は当時の自分に、今の醜く歪んだ自分が、胸を張って誇れるような神であったのか、今一度よく考えるのじゃ」


 それは女王として、そして巫女としての、最後の祈りを行なっていた姿である。


「フリック様、大好き」

「私の父も母もおばあ様達も女王様大好き」

「みんなみんな、女王様の事好き!」


 子供達に囲まれて儀式の踊りの中心にいた、女王フリックは、微笑みながら静かに意識が遠のき、人間としての生を終えた映像。


 人々が手を取り合い、誰もが神と精霊の巫女フレデリカを敬愛し、そして彼女が意識混濁状態となって一週間後に死んだとき、国中が悲しみに包まれ、巨石を運び墳墓を形成した映像を、魔力で法廷に具現化した。


「もう一度問う、フレイア……いや、かつて人々の幸福と豊穣の地を願った、美しき女王フレデリカよ。そしてヨーロッパの祖の巫女よ、今の姿は、果たして人間達に愛される存在だったのだろうか?」


 記憶の奥底に仕舞い込み、忘れ去っていた彼女の魂に刻まれた、人間時代の記憶が次々と思い起こされ、涙が流れ続ける。


「う……っうう……アタシは……人々からあんなにも愛されて……子供達から……みんな私を愛してくれて、私もみんなを愛してうあああああああああああああん!」


 そして彼女は声をあげて泣く。


 その姿は女神フレイアではなく、古代ヨーロッパで、豊穣の大地へ祈りを捧げた人間、フレデリカ・フロージーに戻っていた。


「判決、元上級神フレイアこと被告人フレデリカ・フロージーに告ぐ。殺人罪、禁呪法違反、生命ならびに魂侮辱罪、創造神不敬罪、世界破壊企図の罪により、無間地獄にて長期7億4140万年の禁固刑に処す! 地獄でなぜ自分が豊饒の女神として崇められたのか、本当の愛とは何か思い出し、創造神様の恩赦が到来するまで刑期を務めあげるがよい……以上閉廷!」


 閻魔大王は手に持った木槌を振り下ろし、奇しくも現在の地球世界ヨーロッパ総人口と同じ量刑を下されたフレイアの魂は、人間として無間地獄の暗黒地獄へと堕ちて行った。



 そしてマリーは、たてがみを丸刈りにされた白馬スレイプニルに跨り、美しき島に降り立つ。


「我らが薔薇姫、マリー様万歳ー!」

「俺達もヴィクトリー王国民だ!」

「シシリー島はこれからますます発展するぞー!」


 マリーは太陽の光を浴び、ナーロッパ中央海に浮かぶ美しきサンゴ礁と海鳥の島、シシリー島の港町パノルモス。


 ロマーノ帝国時代に建造されたプレトリー広場にて、集まった島民たちに手を振る。


「島民の皆さん、私マリーがここに宣言します。新たな神がこの地に現れたのです。ヘイムダルという黄金の光の神様です。神様御お告げにより、これからはこの島の税金を安くし、世界各国からの金融投資を呼び込みます。そのお金で、沢山のオリーブやブドウの木、そしてレモンを作り、余った農作物を投資と年金にまわしましょう。そして、皆で豊かに楽しく暮らしましょう!」


 マリーが宣言すると、島民から歓声が湧きあがる。


「うおおおおおお! 姫殿下万歳!」

「俺達漁師は、魚と貝の養殖を試してみますぜ」

「あんたがアタシたちの神様だよー」


 そして、群衆の中に見知った一団の姿を見た。


 元王国近衛ヨーク騎士団達がエスコートしてきたのは、亡命してきたヴィクトリーの公爵レスター卿率いる財務官僚達と宮廷貴族の面々で、マリーが彼らにニコリと微笑む。


「あの御方こそが……我らが真の忠義を捧げるお方」


「左様、なぜ我らは……もっと早くあの御方に忠義を示してやれなかったのだ……」


「亡国の魔女ではなく、マリー様こそがヴィクトリーの元首に相応しき救国の英雄……」


 亡命貴族の彼らは涙を流しながら剣を掲げて、マリーに忠誠を誓う。


 そしてもう一人マリーが微笑みかけると、男はどこか照れくさそうな、はにかんだ笑みを浮かべた後踵を返して、肩を揺らしながら大股歩きで港の方向へと歩き出す。


 すると、和服を着た少女のような女神に右手を差し伸べられ、彼女の手を掴んだ男は異空間へと消えていった。


「色々ありがとう、先生。また会える日を楽しみに待っています」


 マリーは笑顔で呟き、この一週間で起きた出来事を思い出す。


「フランソワで強盗したり、パリスを解放したり、大戦争になったり、世界やヴィクトリー王国の破壊を防いだり、神の陰謀を暴いたり、なんか全然楽じゃなかったけど……でも私は、出会った人達やこの世界の事が好き。だから、私はこの世界を救ってみせる」


 マリーは呟くと、海鳥たちが空を飛ぶ、太陽が光り輝く自分の美しい領地の空を見上げた。


 この世界の救済と希望を胸に抱いて。


 

 一方、遥か東の海の向こうで、この世界で足掻いている男が一人。


 彼もまた空を見上げる。


 見上げたのは太陽ではなく、妖しく輝く地球世界よりも二回り大きい月。


 月明かりに照らされた顔は、神経質そうな顔をした美男子だった。


 黒髪を束ねて総髪にしており、やや薄い眉の下には、まぶたがやや厚くて二重で形が整った目の色は黒く、鼻筋が弓のように湾曲した鷲鼻の下には、濃い口髭を生やし、薄いが形が整った唇を開いて、真っ赤な羽織に返り血を浴びた彼は歌を口ずさむ。


「日曜日に、闇市開き~♪ 銃やヘロインとか捌く~♪」


 転生前、信心深いが精神を病んでいた母から習ったロシア民謡、一週間(ニジェーリカ)


 その歌詞を替えて口ずさみ、男は何かに腰かけながら無表情で右手に持つ頭蓋骨で作った盃の酒を傾け、喉を潤す。


 男が座布団代わりに下に敷いているのは、愚かにも自分を暗殺しようと企てた、黒装束の男達の死体の山だった。


「ひっ、お助け! これは何かの手違いですゆえ、命だけは何卒、ノリナガ様……」


 暗殺者の首領が命乞いを言い切る前に、左手に持った短刀を投げつけ、喉に命中させて絶命させる。


「これで戦争の口実ができた、スパシーバ(ありがとう)……イヂーナフイ(クソ野郎)。テュリャ、テュリャ、テュリャ、テュリャ、テュリャ、テュリャリャー♪ テュリャ、テュリャテュリャ、テューリャー、リャー♪」


 男の歌声に傍にいた白髪の少女は拍手し、戦闘に加わろうとした小姓達は、ノリナガと呼ばれた男の圧倒的な強さに、尊敬の念を示して正座しながら頭を下げた。


「魔法忍者の集団を一瞬で殺してしまうなんて、すごい腕前だわさ。こいつがもっと力をつければ、今更親子面してくる最低なあいつにも、わらわを利用する最悪なオーディンにも、そしてあのチビ女神なんかにも絶対負けないはずだわさ。さあ、このニュートピアと呼ばれる世界をお前の力で救うのだわ、勇者イワネツよ!」


 女神ヘルは腰に左手を当てて、右の人差し指で西の方向を指さす。


 だがしかし、なんだこいつ偉そうにと思ったイワネツは、女神ヘルの頭を思いっきり引っ叩いた。


「うるせえぞメスガキ! お前の都合なんか知るか馬鹿野郎(ブリャーチ)! 人が死んでんだ! お前が女神なら、さっさと祈りの言葉を口にして、迷える魂をあの世へ送りやがれクソガキが!」


 イワネツの迫力と声量、そしてドスが効いた恫喝に、強大な魔力を持つはずのヘルは、年相応の見た目にみえる少女のように、ビクリと肩を震わせる。


「ひ、人が死んでるって、お前が殺したくせに。ま、まあいいのだわ、こいつの性格はともかく力は強い、並の勇者なんかよりもずっと! オーディンの口車に乗って、だいぶ前にこいつをこの世界に転生させたけど、世界救済の功績後は、わらわこそ上級神……いや、最上級神となり、冥界全てを統べる女王になって……」


 言い終わる前に、またヘルの頭をイワネツが引っ叩く。


「俺がやれって言ったら、さっさとやれメスガキ! 俺は女子供を殺したことはねえが、殴る事なんざ朝飯前なんだぞ!」


「うるさいのだわ、人間のくせに女神たるレディに対して! 死にたいのかしら?」


 ヘルが自身の膨大な魔力を一瞬開放すると、イワネツはヘルに鼻で笑う。


「もう俺の体は……いや俺の心も、とっくの昔に母なるロシアの大地で死んでんだろうが? それに、この地に生まれ変わった俺をぶっ殺したら、お前の考えている野望とやらが達成できなくなるが、いいのか?」


 痛いところを突かれたヘルは、イワネツの顔を向いて歯ぎしりして悔しがる。


「ぐぬぬぬ、クズ人間で罪人のくせに! ていうか、お前の歌、歌詞が酷すぎるだわさ! また冥界の審判にかけてやるのだわ!」


「なんだメスガキ、俺の一週間の歌が気に入らねえか? 月曜日にクソ野郎共の殺しに励み、火曜日にそいつらを埋めるか沈めるだろ? 水曜日に売女を抱いて、木曜日にその女を高値で売り捌く。金曜日は仲間と仕事話して、土曜日まで酒をかっくらう。これがソビエト時代の、我が仕事(ビジネス)だ」


 イワネツの陰鬱な瞳の色に、これが刑期10万年を超える、大焦熱地獄の業火でも浄化が出来ないような冥界の受刑者なのかと、この男の魂に怖気が走る。


「だいたい、俺の縄張りでオリベ・ノリナガなんて現地名で言う奴らはいねえのさ。かわいい部下や大事な領民共には、俺のことをイワネツと言うように徹底しているからな」


 その時、暗殺者の生き残りが、背の高い松の木に風魔法で登り、鏃を殺傷能力が高い鎧通しにした毒矢が、数100メートル先から射られる。


「くそ馬鹿な野郎らめ、ヒットマンをたかが20人ぽっち送ってきただけで、俺が殺れるわけねえだろう? 俺を殺すには、前世でやられたみてえに、数100メートル以上離れたビルの屋上から、ご丁寧に暗視スコープとかつけた軍用大口径(ドラグノフ)ライフルで頭を吹っ飛ばさねえと……な!」


 事前に魔力で殺気を感じていたイワネツは、自身の頭部に矢が直撃する前に右手で掴み、矢を飛んできた方向に魔力を纏わせて投げ返す。


「ばけも……のヴぁっ!」


 投げ返された矢のあまりの威力で、矢を射った忍びの頭が木っ端みじんに吹き飛んだ。


「だが残念な事に、この俺に二度と同じ真似は通じねえ。どうせ隣国の三川(みせん)巳濃(みのう)の雇った金目のヒットマンだろうが、なめられたものだ。盗賊連合(ブラトノイ)の頂点、規律ある泥棒ヴォール・フ・ザコーニャの中でも、皇帝(ツァーリ)の二つ名で呼ばれた俺を」


 イワネツは自身の建てた要塞のような山城の庭で、うず高く積み上げた死体の山に立ち上がり、眼下を見下ろす。


 彼の肉体は、女神ヘルによって再構築されており、身長はロシア出身にしては平均よりもかなり低い、生前同様の160センチである。


 が、この国の成人男性の平均身長が160センチに満たず、自分と同様、黒髪でアジア人的な特徴を持つためか、いささか普通のジッポン人より毛深く色白で、顔立ちがやや異なるものの、自分の容姿はこの国でさして目立つ事はなかった。


 西方ナーロッパから東方ナージアの、さらに東の果ての黄金の国と噂される島国ジッポンは、貴族の頂点である天帝と呼ばれる朝廷が、お家騒動で南北に分裂し、さらに将軍と呼ばれた武家の頭領も求心力を無くした結果、百年以上戦乱が続く仁義なき戦国時代が到来していた。


 太古のニュートピアでジッポン建国の際、ニョルズ神の加護を受けたという、初代天帝の所持した伝説の剣を祀る神職を代々務める、織部(おりべ)の国の豪族家長男として、20年前イワネツは転生する。


 この国が大陸国家、それもこの世界で最も強大な覇権国家であるチーノ大皇国より侵略を受けないのは、海を隔てている事と、ジッポン人が恐れを知らない強兵揃いな事、そしてこの島国が太古の昔より、地球世界では考えられないような異形の怪物達が、定期的に東の海からやってきて、そこかしこに跋扈しているからである。


「この荒れ果てた国のどうしょうもねえ糞共は……俺が生れた最低国家ソ連よりも、いや中世の帝政ロシア時代よりも酷え有様よ。俺が知ってる日本とかサムライとかと違って、規律もクソもねえ野蛮極まる社会だ。まあ、どっちがやったかは知らねえが、三川と巳濃、両方とも皆殺しにしてやる」


「ちょ!? 冥界の裁判官たるわらわの前で、なんて事を口にしてるのかしら!? そんな事を続けてたら、この世界で死んだ時、また刑期が加算され……」


「うるせえメスガキ! 俺も前世で何度も刑務所送りになったが、俺の地獄の刑期は10万とんで648年、こんなもん終身刑だろうが! この先、何年増えようが知ったこっちゃねえっ!」


 イワネツの怒鳴り声で、オリベ家臣団達が完全武装で現れたが、来るのが遅いと怒鳴り散らしたイワネツは、家臣団に命じる。


「おい、メスガキ! こいつらの魂の祈りは終わったな? それじゃ犬、鬼髭、この死体の首と●ンポ切って口に咥えさせた後、三川と巳濃の国境に半分ずつ首晒しとけ。三川のイマダか巳濃のサトウか知らねえが、ビビって先に動いた方が、こいつらを送って来やがった野郎だ。さっさと俺の庭から死体を片付けとけ!」


「御意! イワネツ様!」


 ドン引きする女神ヘルと、新たなる勇者イワネツの英雄譚がこうして幕を開けたのだった。

これにて第二章終了です。


次章は主人公の話と並行して、極東の新たな勇者の話が始まります。


ヤクザな勇者が野蛮だとか暴力の権化とか、マフィアな勇者が存在そのものが暴力と言ってるような、おそロシアなやべー奴です。


次回は、あらすじと人物紹介メインです。


それと登場人物が増えてきたので、各勢力の解説から入ります。


ご覧になった方ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。