第62話 戦女神フレイア
先生は物凄い速さでアレクセイの懐まで入ると、左手のアッパーカットで吹き飛ばす。
上空に殴り飛ばされたアレクセイへ追いつくため、私は天界魔法の時空操作を発動し、すぐに空中に飛ばされた彼の頭上へ追いつく。
「くらえ最低男め!」
アレクセイに、向けて手に持った杖を思いっきり振り下ろすと、彼の漆黒の鎧を砕かれてコンクリートの地面に叩きつけたら、彼を中心にクレーターが出来た。
「ぐっ……な、何だこの力!?」
「喋るなクソ雑魚が!」
起き上がろうとしたアレクセイを、先生は思いっきり蹴っ飛ばすと、彼の体が海まですっ飛んでいき、河原に投げた小石みたいに何度も水面を跳ねたあと、海面に漂う。
「クソ雑魚一丁上り! マリー、おめえはあの人間なめてる馬鹿女ぶっ飛ばせ! 俺は英雄気取りのあのカスぶっ潰す!」
「はい!!」
すると私の目の前まで瞬間移動するように、フレイアが美しい顔を憎悪で歪め、私に巨大なハンマーの一撃を食らわせようとしてきた。
私は咄嗟に地面を蹴って上空まで回避し、嫌な予感がして風の魔法で後ろに避けるように急転回させると、今度は私の頭にハンマーを振り降ろそうとするフレイアとすれ違う。
「私の豊穣の大槌で挽肉にしてやる!」
「この女、強い……」
とっくに神でなくなっている筈なのに、戦闘経験も強さも、私よりもおそらく上……だけど!
私は左手に杖を持ち換え、右手に魔力銃ルガーを持つ。
目の前に超スピードで現れたフレイア目掛けてイメージした、弾丸を発射する。
「くらえええええ、電子と炎のプラズマショットだ!」
私が放った魔法弾を、フレイアは左片手に持ったハンマーで難なく弾き飛ばした。
「なにこれ? こんなちゃちな攻撃でアタシに勝てると思ってるの?」
「くそ、ならば連続で」
私は残り4発を連射したが、物凄い速さでフレイアはハンマーを振って銃弾を弾き飛ばし、魔力銃ルガーは弾切れになるが、これであの女の動きが一瞬止まった。
「今だ! 正攻法で勝てないのならば、環境を変える! 風精霊鳥召喚!」
白い翼が鎧に宿った私はフレイアから反転し、天界魔法の時空操作を発動しながら、ノルド帝国の戦いで私と新たに契約したカラドリウスの力を借り、高速で空を飛ぶ。
「な!? 逃げる気!? 逃がさないわよ!」
猛スピードでフレイアが追いかけてくるが、これはどうかしら?
「風斬大羽」
カラドリウスの得意技の、意志を持つ鋭利な羽をフレイアに纏わりつかせる。
「何よこれ!? うっとうしい!」
羽に纏わりつかれ、動きが鈍くなったフレイアを振り切り地上に目を向けると、自慢の黒鎧が壊れて上半身裸になったアレクセイが、気を失ったエリザベスを抱えてこの場を離脱しようとしていた。
「あいつ……先生の攻撃でもまだ生きてて。けど、今はあの馬鹿女の戦いに集中しなきゃ」
私は廃墟となったカリー市街地の砦に身を潜めた。
「出てこい! アタシを馬鹿にした人間! この町もろとも吹き飛ばしてやってもいいのよ!」
「あんただって今は人間のくせに偉そうに。見てなさいよ、私がロバートさんに習ったゲリラ戦……だっけ? これであいつの隙を作ってやる」
上空で先生とジークが戦っている中、私は町にあったワインの空き瓶とか鍋やバケツをかき集めて、身を潜めたフランソワ軍の砦のあちこちに、魔力で作った罠とワイヤーとかを張り巡らせる。
「樹木精霊召喚」
鎧に宿ったカラドリウスから、樹木精霊トリアードをエンチャントした。
そして砦の中のワイヤーを目立たないようにするため、そこかしこに草花や蔦を生やして、カモフラージュしてやる。
「あとは……今だ!」
私を探してキョロキョロしてるフレイア目掛け、窓から魔力充填したルガーを頭に撃ち込んだ。
「チッ! 痛いわね! そこか!?」
「チッ、痛いわねじゃないわよ。あの女頭部から出血してるが、普通なら戦闘不能か死んでいるはずなのに、化け物じみた防御力だ」
フレイアは私の銃撃で誘き寄せられるかによう、トラップ満載の砦内に入ったから、私は砦の外に急いで出て、次の罠のセットに入る。
「なんなの!? この蜘蛛の糸みたいに絡みつく糸? 鬱陶しいわ……え?」
馬鹿女が何か言った瞬間、罠にかかったようで、私のお腹に響くくらいの大音響の爆発を起こして、砦ごと吹き飛んだ。
町にあった瓶とか鍋を拝借した物で、ロバートさんから習った、少ない魔力量で相手にダメージを与えるお手軽な攻撃、ブービートラップ。
仕組みは土の魔力で雑に作ったパチンコ玉くらいの鉄球や、釘とかガラスを沢山用意した後、原理はよくわからないけど水魔法の応用で作った、ニトラミンとかいう物を、土の魔法で粘土状にして爆薬を作って、ビンとか鍋に沢山いれる。
その後は、確かロバートさんが黒板の図で説明してくれたけど、信管と言う装置を作って取り付けて、何かのはずみで作動すれば、爆発するようになっている。
これの応用で、信管作動用に指をかけて抜けるピンを魔法で作った後、ピンに魔法の鋼糸をくっつけて、さっきのフレイアみたいに体がひっかければ、ピンが抜けて魔法の手榴弾や地雷が爆発する仕組み。
「くそおおおおおおお、小癪な真似を!」
建物が吹き飛んだ瓦礫を吹き飛ばすようにフレイアが出てきた。
身につけてた黒のローブ姿ではなく、白銀の光り輝く鎧と、羽を模した兜をいつのまにか装着してて、これが彼女の本来の姿なんだろう。
けどこれはどうかしら?
私は頭に血が上って、隙だらけになったフレイアを次の罠にかけるため、トリアードの精霊魔法で作った大きな木に移動する。
「ここよ、馬鹿女!」
私が木の手前でフレイアを呼ぶと、怒りの形相であの女が私の前にやって来たが、まるで瞬間移動したかのように、フレイアの体が私の視界から、フッと地面に飲み込まれるように消えた。
「きゃああああああああああ」
フレイアは、まんまと私が魔法で掘った、深さ2メートルの落とし穴に嵌ったみたいで、穴の下には戦場に落ちてた槍とか剣に加えて、トリアードの力で作った竹やりを放り込んでて、殺傷力を増している。
けど、こんなものじゃ死なないだろう。
だから……。
「サラマンダーエンチャント、火災竜巻」
フレイアがはまった落とし穴目掛けて炎の竜巻を放つ。
おそらく穴の中は、剣とか槍の金属が溶けて、溶鉱炉のようになってる筈。
そして炎の竜巻が具現化しているうちに、次の罠を用意しなきゃ。
「なんなの一体!? 陰湿過ぎる! 正々堂々と戦え卑怯者め!」
「何が正々堂々戦えよ。あんたのような陰謀女の得意な戦いのルールなんかに絶対しない。この戦いは私がルールよ!」
そう、先生は言ってた。
相手が自分よりも格上ならば、こちらが心理的に優位な状況に持ち込まないと、相手を勢いづかせて負け筋に繋がると。
世界を救う者に負けは決して許されない、負けないための戦いを心掛けろと言ってた。
そして相手へ心理的に優位に立つと、周りの状況も見る余裕が出来るとも。
私は上空で戦う先生とジークの戦いを観察したが、なんていうかもう次元が違う。
「ハッハッハ、おらおら光と熱の追尾弾だ! てめえに隙なんぞ与えねえぞオラァ!」
先生は、魔法のマグナムを撃ちながら、残りの4本の手に次々と光の槍とかを具現化して、ジークに投げつけるが、それをジークは手に持った大剣で弾き飛ばし、カウンターで空間を断裂するほどの斬撃を繰り出すも、先生にことごとくかわされて翻弄されているようだった。
「クソ、デタラメな戦い方だ! 間合いにさえ入れば貴様の腕を斬り落として……!?」
「どうした? 間合いだぜ」
ジークの背後に瞬間移動した先生が、打撃技を駆使して、ピンボールのように空中でジークを笑いながら跳ね飛ばす。
「まるで、小さい頃に再放送とかで見たドラゴ●ボー●とか昔のプ●キュアの戦闘みたい……」
おっと、見惚れてる暇は私にない。
あの馬鹿女に……うん、これでよし!
私は建物の影に隠れながら移動して、穴から出てきたフレイアに、小型魔力銃デリンジャーの銃撃を加える。
「くそおおおおお、こんなもので私を殺そうなんて舐めるなああああああ。かつて、神域ユグドラシル最強の魔法使いと呼ばれたこの私を、殺してやるぞ人間めえええええええ! そしてお前の位置は読めた!」
フレイアは魔力を集中して、魔法を繰り出そうとしているみたいだ。
左手のハンマーを今度は巨大な弓に形変えて、右手に光の矢をつがえて……何をする気?
「マリー逃げろ! やべえぞ、その魔法は!」
「フレイア様! クソ、まずい!」
え!? 何!?
嫌な予感がする、もっと離れなきゃ……。
「チリ一つ残らず消滅しろ! 原子崩壊矢」
「電磁防壁」
フレイアが上空に青い光の矢を放ったと思ったら、カリー市街地ごとピカッと光り、私は天界魔法を発動して街から一気に離れ、地面に伏せる。
何とか防御魔法も唱えられたが、私の体が一瞬縮んだんじゃないかって思うくらいの強烈な圧力が瞬間的に加わり、町が太陽のような光の火球に包まれた後、大音響と共に吹き飛ばされ、カリーの町が消滅した。
状態確認で見た私の生命力は、一気に100分の1まで減り3000程しかなく、魔力量もかなり消費されてしまっていた。
直径何キロかわからないくらい広大クレーターが地面に出来ていて、咄嗟に伏せた私は吹き飛ばされるのをなんとか堪えたけど……衝撃波で背骨が軋んで、内臓の痛みなのか、鎧を着てても体内が損傷受けて……吐き気と鈍痛というか圧痛がしてきっと体中の骨も折れて……キツイけど……だが。
「ふふ、ンフフフフ、アーハッハッハ、見たか人間め! 人の身になっても、私の神としての魔力は失われてない! これであの人間は、木端微塵に細胞レベルまで消滅した筈!」
勝ち誇ってるフレイアを尻目に、ワイヤーを手繰り寄せて魔力銃デリンジャーを回収する。
そう、フレイアが放った光の極大魔法の方向に、私は最初からいない。
建物の窓に魔力銃デリンジャーを固定して、引き金にワイヤーを括り付け、引き金を引く事で私が銃撃したように見せかけたからだ。
全てはあの女を欺き、私の全力の一撃をお見舞いするために。
「ふう……危ねえ危ねえ、俺がいなきゃおめえさん死んでたぜ?」
「先生!」
私の真上に、先生がいた。
阿修羅一体化が解けて、せっかく新調した着物もズタボロになっており、体のあちこちが出血してて……どうやら先生が今の爆発から私を守ってくれていたようだった。
「だが、あの馬鹿女隙だらけだ。かましてやれ、俺の魔力をくれてやる」
私は先生から魔力の補助を受けて、地面に伏せながら杖に魔力を込める。
あの女へ、人間の力を見せてやるために。
「私の全ての魔力よ、どうか弱き人びとを助け、強き悪を挫く力を私に……」
大気中の電子の力が私の杖に宿り、先生の魔力も合わさってフレイアの周りを、電子の光で出来た魔法陣で包み込んでいく。
「な!? なんなのこれ!? あの女も、アースラもアタシの魔法で消滅した筈じゃ……」
フレイアに向けて杖の照準を向けた。
距離は離れてるけど、今の私の力ならばあの女に届くはずだ!
「いっけええええええええ、超荷電粒子砲!」
「きゃあああああああああああああああああああ」
眩い電子の光のレーザーが油断していたフレイアの体を包んでいき、電子の光と強烈な電磁波を受けたフレイアは吹き飛ばされ、空の彼方まで消えていく。
魔力量が完全に0になった私は、鎧の力が消えて元のドレス姿に戻った。
「チッ、あの馬鹿女まだかろうじて生きてやがるな。どれ、俺が……」
先生が刀を手にした瞬間、巨大な大剣が先生の体を貫いた。
「な!? てめえさっきの爆発で生きて……」
いつの間にかジークが先生の背後に立っており、巨大なツヴァイヘンダーを両手持ちし、赤い髪の毛がボサボサになっておさげも焼け焦げてるが、体には傷一つついてない状態だった。
「ふん、隙だらけなのは貴様も同様だ。俺をなめおって若造めが」
「誰が若造だゴラァ!」
先生は剣に突き刺されながら、わざと体重をかけてもたれかかる様にすると、彼の剣の鍔まで体を移動した。
そして、無茶苦茶なやり方で間合いを詰めた先生は、ジークの横面に思いっきり裏拳を繰り出し、打撃の反動で彼の剣から逃れ、ジークは今の攻撃で首の骨が折れたのか、あらぬ方向にねじ曲がっていたが、すぐに神霊魔法を発動させて元通りに戻る。
無敵の様な再生力を持ってるこの男。
「けっ、トカゲかこの野郎」
先生は剣を構えるが、長大な魔力がジークの体から迸ると、上空に巨大な魔法陣が具現化した。
これは……まさかこの男!?
「ふん、この世界で竜殺しと呼ばれた事はあるが、トカゲ扱いされたのは初めてだ。貴様に相応しいトカゲを召喚してやろう」
上空の魔法陣から、全長数100メートルはあるだろう、超巨大な8つの頭を持った黄金のドラゴンが召喚され、闇夜の空にレジェンドヒュドラ―召喚という光の文字が浮かび上がる。
そうか、伝承通りジークも召喚魔法を使えるんだ。
「チッ、あれは……ヒュドラ。それも神話クラスの、日本神話じゃヤマタノオロチって言われたやべえ奴だ。この野郎、この世界にあんな化け物を呼び出しやがって」
ジークは私達に不敵に笑うと、ヤマタノオロチの体に降り立ち下半身を同化した。
「もはや、貴様には今の俺に勝てる力は残されておるまい? この世界に蘇った俺は再び英雄になって、そこにいる我が妃イルディゴの生まれ変わりにして、愛するマリアンヌと瓜二つの、愛しのマリーを手に入れて偉大なる帝国を復活させる」
なんて奴だ。
「この期に及んで私を妻にするとか、フレドリッヒならばまだしも……あんな似非英雄なんてキモすぎるし、絶対嫌だ」
思わず私は呟いた。
「マリー、俺が時間稼ぐから逃げろ」
「そんな……嫌です先生」
この人をここに置いていくわけにはいかない。
何とかして私が時間を稼いで……。
「いや、前言撤回。その時間稼ぎもダメだろ? あのカスを殺すか、戦闘不能か何かにしねえと俺の絵図は完成しねえ。くそ、万全の俺ならばあんな野郎、ぶっ潰せるのに」
……そうだった。
この世界の救済を、先生から引継ぎにやってくるであろうオーディンの手先、ワルキューレに少しでも有利な条件を吞ませるのと、オーディンの野望を挫くために、この世界の戦乱の芽を少しでも摘み取るのが先生や私達が考えている、世界救済の陰謀。
そして、私には試したいことがある。
たとえダメもとでも、わずかな可能性の芽があればそれに突き進む勇気も、私は先生から教えられた。
「あなたは、こんな英雄になりたかったの? フレドリッヒ」
私は、ヤマタノオロチに同化したジークではなく、フレドリッヒに呼び掛ける。
すると先生は私の意図を読みニヤリと笑い、冥界魔法を発動する。
「深淵を奴の魂に作動させた。揺さぶってやれマリー」
そう、これは賭けだ。
英雄ジークの魂に上書きされたフレドリッヒの心を取り戻すための。
「あなたは、こんな世界を騙して人を騙すような、卑怯者になりたいの? フレドリッヒ」
すると、ヤマタノオロチに私の魔法でボロボロにされたフレイアが降り立った。
「馬鹿め、ジークの生まれ変わりたるこの依り代はアタシの支配下に置かれて……」
「あんたは黙っててよ! ねえ、フレドリッヒ……あなたがなりたがってたのは、こんな英雄なの?」
ヤマタノオロチの動きが止まり、ジークは私の姿を見つめる。
いや、ジークの酷薄で情念めいた瞳の色じゃなく、これは……。
「いやだ……僕がなりたがっていた英雄はこんな男じゃ……黙ってろ小僧! お前は俺だ!」
やはり、フレドリッヒの魂は消えてない。
彼の魂を取り戻す事が、この勝負のカギとなる。
「無駄よ! アンタ達にもう勝ち目はない! さあジークよ、こいつらを滅ぼせ!」
「我が女神の命令であるならば是非も無し……さらばだマリアンヌよ」
ヤマタノオロチの8つの頭が光り輝き、魔力が高まる。
けど、私は諦めない!
「やはり……あんたは人間をわかってない! いや、人間であることをやめたあなたは人の想いを忘れて、自分勝手にこの世界も、先生の世界も昔酷い有様にして……」
「だから何だってのよ! お前達人間が、私とお兄様のいう事を聞かなかったからでしょ!」
「ダメだマリー、あのガキの魂がまた上書きされちまった。おめえだけでも逃げろ、早く!」
先生は、刀を構えてスキル意地の輝きを発動させるが……ダメだ!
やはり、あの女神の加護がないとこの化物には勝てない。
そして女神ヤミーは、ロバートさんと冥界に帰ってしまってて……どうすれば。
「死ぬがいい! この世界は私とジークの物だ!」
ヤマタノオロチが8つの首を仰け反らせ、口元が光り輝き、私達に向けてブレス攻撃を繰り出そうとして、私は何とか先生を守ろうとバリアを発動しようとしたが、魔法量も尽きた私にはもはや万策尽きた状態。
でもこの人が生きてれば世界は救済できる……。
私が先生の盾になろうと覚悟した瞬間だった。
「不是、この世界は私の世界だ。性根が腐りきった君達の物じゃない」
中国語らしき誰かの呟きがしたと思ったら、ヤマタノオロチの首一つが両断され、今の攻撃でエネルギーが逆流したのか、残り7つの頭が大爆発を起こす。
「あんぎゃあああああああああああああああ!」
ヤマタノオロチが耳をつんざくような悲鳴を上げるが、一体何が起きたの!?
私と先生が呆気に取られてると、何者かに空から魔力回復のポーションが投げ渡され、見上げた先には、青龍刀のような反りのある刀を手に持ち、日本の着物とはまた違う水色の着物を着てる男……。
うそ、なんでこの人がこの戦場に!?
「あなたは……アヴドゥル・ビン・カリーフ皇太子!?」
「助けに来た、愛しの薔薇姫よ。私は、全てを取り戻したのだ……彼らのおかげでな」
私と先生を庇うように、二人の男が前に立つ。
「らしくねえさぁ、兄貴ぃ。一つ貸さー」
「へっ、何だあの頭が沢山ついた竜の化け物は!? クレイジーな状況だぜ」
「てめえら遅えんだよ……金城、それにデリンジャー」
デリンジャーとジローだった。
そして私達の上空に、旧魔王軍の戦艦が現れる。
「親父! ホランドとの手打ちは成功だ! ロレーヌとバブイールの喧嘩も中止! 助けに来たぜ!!」
用心棒さんの声?
そうか、ホランドと和平交渉が成功してロレーヌとバブイールの戦争も中止されたんだ。
先生は戦場に現れたアヴドゥルを見て、にやりと笑う。
「へっ、やはり俺が睨んだ通りだ……あんたやはり転生前は物凄いアウトローだな? それも倭寇の中でも、超ド級の伝説級の大海賊」
「え?」
倭寇って確か、日本人海賊の蔑称でアヴドゥルの正体は海賊倭寇?
「ふっ、前世で大海原を旅した私だが、空飛ぶ船を体験するのは初めてだったぞ? やはり空と海はいいものだ。特に夜の海は……略奪に持って来いの、私が一番好きな時間帯だ!」
本来の魂を取り戻したのだろうか、凄い魔力量だこの人……ていうか略奪って……。
「あなたは一体……転生前何者だったんですか?」
私が問いかけるとアヴドゥルは、口髭を弄りニコリと笑った。
「そうだな、私の前世では名前など商いをするのに必要だっただけで、多くの偽名を持ち、様々な名前で呼ばれていた。田川龍、ニコラス、老、平戸一官、飛黄、飛虹、平国公、南安伯、都督総兵官、日本甲螺、一官党、どれも私を現す名だが……最初の名前は鄭芝龍。今はアヴドゥルの名だが、君の好きな名前で呼んでくれたまえ」
自信たっぷりに彼は私に告げると、転生前大海賊だったアヴドゥルは、ヤマタノオロチと化したジークとフレイアを気迫が籠った眼差しで睨みつけ、両手に持った二刀の青龍刀のような刀が魔力を帯びて光り輝く。
「やべえ、二天一流の構えだ。あの野郎、すげえ! 剣聖宮本武蔵さんから直で二天一流を習ってやがったなんて、すげえ羨ましい!」
うっそ、あの剣豪宮本武蔵に剣術を習ったことがあるの!?
と言う事は、あの人は日本の江戸時代初期辺りに生れた人?
「ふん、龍か。実物を拝むのは初めてだが、ただのでかいトカゲではないか? よろしい、本当の龍とはどのような存在かと言う事を……龍と呼ばれた私が証明してやろう」
アヴドゥルは、巨大なヤマタノオロチに対して、肖像画の宮本武蔵のように二刀を構えた。
「なんだお前は!? 人間風情が刀を二刀持った程度でアタシのジークに勝てるとでも!?」
「いえ、我が神フレイアよ……奴は、強い。紛れもなく歴戦の王の眼差しをしている」
あとで知ったが、この人は昔の中国福建省の役人とは名ばかりの、没落した地方官僚の家に生まれ、18歳で家を出た後、日本人と中国人の商船を千隻有する、時には海賊行為にも及ぶ武装商船団を率いていた人。
オランダの東インド会社設立にも深くかかわり、日本の大名やポルトガルやスペインとも関係深く、6か国語を駆使して現代の中国華僑の礎を築き上げたという。
東シナ海と南シナ海を実質支配した彼の存在は、もはや海賊王どころか海賊帝とも渾名され、彼を取締る事は、国力が衰えつつある明と言う名前だった当時の中国には不可能になり、彼は明の皇帝から大将軍の官位を与えられた。
海賊から一転し、今度は海軍の提督として活躍した人だったけど、明朝が滅びて国号が清に変わり、清の強大な武力の前に屈服させられて、服従の為に自慢の総髪を辮髪にさせられる。
そして日本人の妻との間にできた、息子を引き入れようとしたけど失敗し、息子に見捨てられたと思い込み、最期は大逆人の海賊として清朝から残虐な処刑をされて、魂に傷がついた悲しい人だった。
「私は自分の成すべきことを思い出した。そしてすべてを知ったのだ……私を裏切ったと勝手に思い込んでいた息子は、後の世で私を凌ぐ男に、英雄となっていた」
当時台湾に侵略して植民地支配したオランダを追い出して独立後、清朝と敵対し続けた英雄、鄭成功の父にして大海賊……それが彼の正体。
「ならば、生まれ変わった私がこの世界で目指すのは……人種間の諍いを越えた先、人々が笑い合いながら交易をして、皆が豊かになる美しい世界を目指す英雄だ!」
この世界で正義に目覚めた、新たなる英雄の出現を私は見た。
次回は回想回です




