第57話 女は度胸
「その黄金鎧は……なぜ戦乙女の鎧を? それに懐かしいこの感じ……ヒトの娘よ、お前は何者か?」
奥の手を使わせてもらう。
先生達とあの大精霊サラマンダーを倒した事で、女神ヤミーが精霊との再契約で授けてくれた、私の切り札を!
左手に魔力を込めて、胸のペンダントに想いを念じる。
「出でよサラマンダー! 力を貸して!」
すると、黄金の鎧がサラマンダーの力で変質していき、真っ赤に燃え上がるような炎を象った鎧に姿を変えていき、私のヘッドギアが朱色に変わる。
大精霊が私に宿ったことで、魔力が……気力がみなぎってくる。
「お前に俺の力を貸そう。あの魔王にナニカをされる前に助けてくれた礼もある。それに、俺はフレイ様には恩義があるとはいえ……こんな事……俺は力を貸したくなかったんだ!」
そう、先生の魔の手から救い出した女神ヤミーと、お洋服を貸してあげた私に、サラマンダーは快く協力を願い出て、色々と私達に教えてくれた。
そして、女神ヤミーの名の下に私達に手助けするという契約も結んだ。
「な!? なぜサラマンダーがヒトの鎧に変化したんだ!? そしてこの光の色は!?」
「状態確認!」
レベル60 職業クラス、戦乙女
HP300000 MP6980 ちから90 魔力280 すばやさ100 体力300 精神155 運100
スキル ステータス確認、天界魔法、属性魔法熟練、絶対防御、召喚魔術、魅了、炎精霊魔法、精霊眼、炎精霊化、ステータス倍化、女は度胸、光神の祝福、毒耐性(アルコール 神経毒)
えーと、女は度胸ってスキル何?
愛嬌とかじゃないの?
ふざけてるのかしらこれ。
まあいいや、ヘイムダルの鎧の効果でスタータスは2倍で、サラマンダー自体が強力な大精霊だから、推定レベルは100オーバー。
「先生ほどじゃないけど、私だって戦える!」
サラマンダーほどの大精霊ならば、本来使えなかった、あの魔法だって使えるはず!
魔王軍の船に損害を与えた、あのレーザービームのような熱線をくらえ!
「極炎放射!」
摂氏何千、何万度なのか知らないが、私はサラマンダーの熱線を繰り出し、フレイもろとも目の前の花や荊の類を焼き尽くす。
接近戦は先生と互角に戦えるこの神の場合、圧倒的に私が不利。
だから遠距離戦で戦い相手の隙を突く。
「この程度の炎で私がダメージを受けるとでも? 正体不明の戦乙女よ」
「まだだあ!」
私は何個も空間の遥か彼方から、燃え盛る巨岩を具現化して、フレイ目掛けてぶつけようとした。
「烈火流星群」
「ハンッ」
降り注ぐ隕石群を、フレイは鼻で笑いながら、逆に剣を片手に振りかぶると、私が放った隕石群を打ち返してきて、物凄い速さで私の元まで燃え盛る炎の岩が迫ってくる。
「時間操作!」
咄嗟に時間操作の魔法をかけて、打ち返された隕石群を私はかわしながら、次の魔法をイメージする。
「ふん、この程度の力で神に挑むなど、なめられたもの……」
その時、フレイに向けて銃撃が加えられた。
「なめんじゃねえぞ! 俺達を!」
離れたところから、長大な銃身の魔力ライフルをその場で伏せながらデリンジャーが銃撃し、フレイの下半身の猪が出血する。
「俺の全魔力をこめてぶち込んでやる! 俺はデリンジャーだ! 弱き人びとの銃であり……どんな強い相手にも立ち向かう弾丸よ! 転生前は合衆国政府相手だったが、今度の敵は神だって? 神がなんだ! 人々を苦しめる存在なんて、俺にとって1ドル札の紙より値打ちがねえ!」
「小癪な、人間め!」
フレイが、伏せ撃ちしてるデリンジャーに、攻撃魔法を向けようとすると、今度はフレイの頭に何かがぶつかったように、衝撃で頭が傾く。
「な、人間め! どこから」
すると連続でフレイの頭を攻撃する、何者かの攻撃が連続して行われるが、私が見回しても誰が攻撃してるのかわからない。
すると、私の肩にポンと手を置かれた。
振り返っても姿が見えない。
「マリーちゃん、我が隙作るさ。兄貴はあんなゲレンの攻撃で死んでぃねえさー。それを証拠に、あのやなわらばーな女神、全然動揺してねえ。今のうち時間稼ぐさ」
そうか、ジローは透明化魔法を使ってて、ピストルにはおそらく消音器ってやつを使ってるんだろう。
発射音も発射光も全然感じさせないし、気配も完全に消してる。
それに先生が生きてる?
「状態確認」
私が召喚した存在ならば、ステータス画面を開けるはず。
「HP0,0000000001 スキル 意地の輝き、閻魔王の加護、根性、竜の祝福 発動中」
「ちょ!? 小数点以下のHPとか何これ!? しかも、細切れ状態の肉片が動いてて、グロ!」
あ、女神ヤミーが風呂敷みたいなの持ってきて、細切れになった先生の肉片を回収し始めた。
多分先生は時間が経てば復活するはず。
すると、フレイは剣を構えて斬撃を何もないだろう空間に繰り出した。
いや、何もいないというのは私の間違い。
フレイが斬撃を放った空間で、物凄い勢いで血が噴き出し始める。
「姿を隠してる気だろうが、攻撃の位置と場所と気配は隠せん!」
透明化が解けて首のあたりを斬られたジローが、傷口に手を押し当ててフレイを睨みつけていた。
「なんだばー? お前、なかなかに強いやあらんがー……お前、わじわじーするん……ムカつちゅんやさああああ! ぬー! 何で力弱き人々んためんかい使わんばあああああ!! 何で弱い者いじめすんどおおおお!」
ジローが拳を握り締めて、アダマンタイト製のメリケンサックでフレイを殴打し始めた。
「人間なめんなやあああああ! 殺さんどおおおおおおおおおお!」
ジローはフレイの剣をかわしながら、ワンツーパンチをして、緩急がついたような華麗なフットワークを見せたと思ったら、今度は空中で魔力が籠った回し蹴りを放ち、フレイを翻弄している。
「何だこの人間の動き! 私の時代には……徒手空拳で向かってくるような人間など見たことない! だが、弱い! 私の顔を撫でてる気か貴様!」
ジローは振り払うようなフレイの手で吹き飛ばされるが、宙を舞いながら、彼はにやりと笑って異空間の上空に親指でサムズアップする。
同時にフレイへ、ピアノ線のような糸が絡み合い、動きを止める。
「人間の美しさと、魂を無くしたマザーファッカーが、何をぬかしやがる。人間は、神や親から祝福され、何かを成すために生れてきて、その中で名誉を挙げたものが尊敬される。それが我々名誉ある男達が目指す、理想の名誉ある社会だ……。人々の美しい祈りにも、悲しくもはかない願いにも、耳を傾けなかった、人間の生み出す光に背くファック野郎……そんなもの俺は神と認めねえ!」
ロバートさんだ!
私達には、まだ勇者の彼が残ってる!
ロバートさんは、糸を操りながら右手に聖母マリアが、左手に十字架の入れ墨が具現化し、祈りの言葉を唱える。
「創造の神よ、父たる我らが神よ、私をあなたの平和の道具にしてください。憎しみのあるところに、愛をいさかいのあるところに、許しを分裂のあるところに、一致を迷いのあるところに、信仰を誤りのあるところに、真理を絶望のあるところに、希望を悲しみのあるところに、喜びを闇のあるところに、光をもたらすことができますように……」
ロバートさんが両手を組んだ後、手を前に突き出すと、彼の体が垂直に浮遊して、凶悪かつ巨大な銃にも見える鉄塊が具現化したが、なんだろうかあれは……この人は何をする気だろう。
「人の美しさを否定する、マザーファッカーは、反粒子の暴力を以って対消滅しやがれ! くらえええええええ! 反物質砲!」
ん? へ? 反物質って何?
「いかん! 全員我が魔力の防壁に入るのじゃ! ヒトの身でアレを受ければ消滅するぞ!」
何が何だかわからないまま、女神ヤミーが作った7色に輝く光のシェルターに、全員が避難した。
ロバートさんがフレイに向けて、暗黒の何かを放つと、時空が歪んだような感じで空間が捻じれていき、ピカっと光った後フレイの体が光り輝いて……なにこれ?
「皆の者、伏せるのじゃ! あの爆発を肉眼で見続けるでない! 目が焼けるぞ!」
一瞬周囲の音が何もしなくなったと思ったら、大音響と共にフレイが大爆発を起こし、異空間がまるで太陽が落ちたかのように光り輝いた後、キノコ雲がこの異空間に立ち上ってた。
「すげえ、やったか!?」
「何だばー! 今の爆発」
「何これ……原爆?」
私達が口々に呟くと、女神ヤミーは首を横に振る。
「ロバートが冥界魔法で反物質を生み出した。地球で言う、核兵器以上のこの世ならざる物質で、フレイの体を対消滅させようとしたのじゃ」
女神が解説するが、何それ怖い……。
でも今の攻撃なら、流石に神であっても。
すると凶悪な魔力の光が一瞬光って、ロバートさんのお腹に黄金の剣が突き刺さる。
「……ファァック……ジーザスクライスト……」
そして光に粒子や電磁波が乱反射してチカチカするが、ロバートさんは体に剣が刺さった状態で、戦闘不能にされてこちらに落ちてきた。
「人間めえええええ、このフレイによもやこれほどの手傷を負わせるとは! 神猪グリンブルスティの生命力が無ければ即死だった。しかし……もう終わりだ!」
「うそ……あいつ生きてる」
上半身以外ズタボロ状態だったが、あの超爆発でもフレイは生きていた。
そして下半身の猪を切り離し、こちらに憎悪の眼差しを向けて、今度は下半身を馬の形に変える。
こんな攻撃でも死なないとか、次元が違いすぎて恐ろしさが込み上げてくる。
けどまだだ、まだ私達は負けてない!
勇者二人が戦闘不能にされても、まだ私達は生きてこいつと戦ってる。
それに、ロバートさんの爆発が生み出した、この光の粒子が飛び交ってる状態……。
何かに利用できないだろうか?
「天界魔法は、用心棒さんも言ってた通り、時空や空気中の電子を容易に操れる魔法で、グーチョキパーの形をしたような、ローレンツ力とか言ってたっけ?」
もしもこれを天界魔法の電磁バリアーじゃなくて、敵に向けて放つ一点集中の攻撃に転じた場合、どうなるのだろうか?
ここは異次元空間とはいえ、私達が呼吸で来てる以上は酸素も水素とかも絶対あるはずだから、高振動の電磁波も作り出せるはずだし、この空間の水分や電子を振動させて熱を生み出すことも可能。
「賭けて見よう、今思いついたこの技で……あの思い上がった神に目にものを見せる!」
私は決意して杖に魔力を込めた。
私はフレイに勝てそうな魔法をイメージしながら、杖の魔力を高めると、フレイは私に視線を向ける。
「正体不明の戦乙女よ、魔力を集中させても無駄な事だ。私の力は、人間などには……」
「私の全ての魔力よ、どうかあの神に届く力を、弱き人びとを助け、強き悪を挫く力を私に……」
ロバートさんが起こした爆発の電子達が、この空間の電磁力が私の杖に集中するのがわかる。
私は楽がしたいという理由で転生した。
だけど、それは違う。
私だけが楽に生きるのではなく、私も含めてみんなが笑って楽しく生きる世界を作る。
それが今の私の願い、生き方!
自分が生み出した人たちに、元は人間だったのに人間を苦しめる神なんかに、私は……絶対に負けない!
「絶対に負けない! 元々人間だったのに、人間を否定してイジメるような神に、私は、私達は負けない!」
杖を構えた私の前に、光の魔法陣が次々と浮かび上がり、最後に電子の光で出来た、巨大な魔法陣が具現化した。
「この力は……戦乙女! お前は一体!?」
「いっけえええええええ、超荷電粒子砲!」
杖に一体化した魔法銃ルガーの引き金を引くと、眩い電子の光が収束していき懐中電灯を照射したように、光の速さで電子の光がフレイに向けて撃ち出された。
「なああああああめえええええるなああああ! 女あああああああ!」
フレイは、自分の前方に光のカーテンを張って私の魔法をガードする。
だけどまだだ!
まだ私の魔力には魔力銃に、あらかじめチャージしていた分の余裕がある!
魔法銃ルガーに込めてた魔力を、一気に解放してやる!
「あんたなんかに、絶対に負けない! フルバーストだああああああああああ!」
私は銃に込められた、残り4発分の引き金を連続で引き、杖の弾倉がガチンガチンと音を立て回転する。
「な、体内が電子熱と電磁波で沸騰して、押され……うおおおおおおおおおおお!」
光のカーテンを突き破り、電子の光がフレイを包み込んでいった。
そして無数の電光は空間の奥まで消えていき、フレイは跡形もなく消滅した。
勝った……のだろうか?
「ホーリィシッ! なんだあの呪文は!」
「テージやばいやんアレ!? あの子怒らせると怖いさぁ……沖縄の女みたいだぁ」
なんか男どもがドン引きしてるし……。
そして私の魔力もゼロになり、元のドレス姿に戻る。
もうしばらくすれば先生も復活するだろう。
すると、上空から何かが光って……。
「危ねえ!」
デリンジャーとジローがいきなり私の前方に飛び出すと、彼らの背中に黄金の剣が突き刺さり、二人とも呻き声をあげてその場に倒れる。
「え……」
すると前方で光が再構築していき、人型になって、全裸状態で剣を持つフレイが現れた。
「そんな……み、みんなが! あいつ、今ので生きて……」
「さすがの私も死ぬかと思ったぞ! 全魔力を消費しなければ、人間如きに消滅させられていた。クソ、アースラめ! 私の魔力をあらかじめ吸い取ってた事で、神猪グリンブルスティ、神馬スキーズブラズニルも守れず消滅させられた! そしてヒトの女よ、貴様なぜヘイムダル様の力を!? 彼はもう死んでるはずだ!」
右手に剣を持ったフレイが近づくと、女神ヤミーが盾になるように、両手を広げて私を庇った。
「どけ! 冥界の女神よ! 我が全ての魔力を失ったとて、貴様らを我が剣技で葬り去る事など、造作もない」
女神ヤミーは、拳を握り締めてフレイの顔面を殴ったが、逆にフレイの左手で掴まれる。
「お前は……人間であったのに……なぜこやつらを下に見下すのじゃ! お前だってかつて世界を担当してた神であるのに……なぜこやつら人の思いを、尊き意思を理解できんのじゃ!」
「言いたい事はそれだけか? 私は主神オーディンに逆らう事などできぬ。私と我が主神オーディンに刃向かうのであれば、もはや是非も無し」
私は、女神ヤミーに剣を向けるフレイの前に立つ。
たとえ勝てなくても、このまま黙ってるなんて、今の私にはできない!
「あなたは、どうかしてる! 先生の言った通りだ……あなたは元は人間だったのに思い上がってる! どうして……どうしてあなたは人々を操って悲しい世界を生み出すんですか! オーディンからやれって言われたからですか!?」
「黙れ……人の子よ」
「いいえ、黙りません! あんただって人間の親から生まれたくせに! オーディンと言う神の命令がそんなに大事なんですか!? 自分が生み出した我が子とおっしゃる存在よりも……そんなの……あんたは親なんかじゃない!」
「だまれえええええええええええええ!」
フレイが剣で、女神ヤミーと私を突き刺そうとした瞬間、何者かが突っ込んできて、フレイが弾き飛ばされた。
「まさか……先生?」
私達を庇うように現れた、勇者の背中がそこにあった。
次回決着です