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赤い髪の男 05


 市街地で市警によって追い回され、偶然出現した"溺れる者"によって難を逃れた俺が、屋敷へと帰り着いてから数日。

 ジリジリと焼き付くような日差しに焼かれる屋敷で、俺はこの日も執事らしく屋敷内の雑事に追われていた。


 あの件があった翌日以降、市警の動きは一気に活発化していった。

 というのも深夜に市警と遭遇した溺れる者らしき存在と、それとは別に現れた不審な存在、つまり俺の事であるが、両者の関連性が疑われたというのもあって。

 遂には市警内部で、溺れる者と呼ばれる犯人が複数であるという説まで流れ始める始末だ。


 結果こちらとしては、極端に身動きが取りづらくなってしまった。

 もっとも現在はコーデリアの意向により、"溺れる者"探しは一旦中断。エメリーを護るのに注力することに。

 ただこの日、俺はそれとは別の理由によって労を要する羽目になりそうであった。



「……いったいどうされたのですか、警部(・・)



 昼を過ぎたころ、突如屋敷を訪れた者が。

 その唐突な来訪者を出迎えた俺は、玄関扉の前で立っていたその人、市警本部のバリー・ロックウェル警部に目を見開いた。


 エメリーが襲われたちょっと後、彼は今のように突然後輩であるヘニング警部補と共に現れた。

 けれど今日はそのヘニング警部補を連れていないのだが、それが逆に不安感を掻き立てられる。

 もしや先日夜の市街で会った後、こちらの正体に勘づいたのではないかと。



「本日も屋敷内の見学を?」


「いや、そうではないんだ。実は……」



 そこで冗談っぽさを交えながら、警部がどうしてここに来たのかを探る。

 すると彼は一瞬だけ苦笑を浮かべ、若干申し訳なさそうな態度となりながら、この訪問が自身の意思ではない旨を告げた。


 バリー警部の話によれば、ここへ来たのは市警本部の意向であるとのこと。

 "溺れる者"が複数なのではという懸念が生じてしまったため、一度襲撃を受けているこの屋敷へ、警備のため人員を置こうと考えたようだ。

 なにせ貴族ではなく郷紳(ジェントリ)であるとはいえ、ブラックストン家は土地の有力者。市警本部が気に掛けるのもわからなくもない。


 彼がその人員として選ばれたのは、単純にこちらと接点があったため。

 つまりバリー警部は別段疑いを持って、この屋敷へ来たわけではないことに安堵するも、これはこれで不穏だ。

 やはり俺には彼の能力、"対象の捜索"という才能が、こちらへ近づけているように思えてならなかった。



「当面はこちらで世話になるよ。おそらく事件が解決するまで」


「警部に護衛をして頂けるのでしたら、こちらとしては断る理由がありません。ではこちらへ、主を呼んで参ります」



 笑顔でバリー警部を迎え入れるが、当然この言葉は本心ではない。むしろ早々に退散して欲しいくらいだ。

 けれど市警が寄越した護衛役である以上、ここで固辞してはなにか後ろ暗い所があると白状するも同然。

 そこで俺は大歓迎といった空気を発しながら、ひとまず彼を応接間へ案内することに。


 屋敷内を歩く最中、背後を歩くバリー警部の気配を窺う。

 前回来た時と異なり、ヘニング警部補を連れていない理由は告げられていない。単にあの人物が他の命令を受けているのか、それとも……。



「そういえば警部、先日は相当な大捕り物があったとか」



 彼がすべての事情を口にしたとは限らず、内に別の理由を秘めここを訪れた可能性もある。

 そこでちょっとばかり探りを入れるべく、俺はあえて先日の件を話題とした。



「耳が早いね。……もっともあれだけの騒動だ、住民の大半が知っているか」


「例の犯人が、二人居るかもしれないというくらいには。実際のところはどうなのです?」


「捜査上の秘匿というやつでね、いくら君でも容易には話せないよ。それにまだ確定の話ではないからね。なんにせよ厄介な話だ、それに……」



 野次馬根性を隠さぬ世間話といった体で問うも、バリー警部はしっかりと肝心な部分をはぐらかす。

 ただ何かを言いかけ、すぐに口を噤んだ。


 バリー警部があの夜に対峙した相手、顔を隠した俺のことを思い出しているのは察しが付く。

 もっともその件について話すのも躊躇われるらしく、彼は軽く頭を振って己の言いかけた言葉を打ち切った。



「いや、なんでもないさ。さあ行こう、君の主に許可を頂かなくては」



 思案し、一瞬だけ立ち止まっていたバリー警部。

 彼は愛想の含まれた笑顔を浮かべると、前に来たことがあるというのもあって、自ら応接間へと歩いていくのだった。



 バリー警部を応接間に通すと、俺はコーデリアへと状況の説明をする。

 警部の滞在を了承したコーデリアによって客間があてがわれ、なんの障害もなく彼はブラックストン邸にしばし逗留することに。

 最初にシャルマが来た時にも使った、来客用の離れへと案内するなり、彼は早速屋敷内の巡回へと出ていった。


 職務に忠実なバリー警部に感心こそするものの、この調子で屋敷内を歩き回られては堪ったものではない。

 しかしコーデリアから了解を得ている以上は邪魔をするわけにもいかず、大人しく彼の好きにやらせることにした。


 夕刻となり、客人であるというのもあってコーデリアと共に食事を摂った彼は、その後少しばかりの休息を摂る。

 そして深夜になって起きると、再び屋敷内の巡回を始めようとしていた。

 一方の俺は残った仕事を片付けるという名目で起きたのだが、廊下でガラス越しに外を眺めたところで、眉をしかめ小さく呟く。



「またか……。嫌な夜だ」



 日付け変更頃にかけて降り続いていた雨が上がり、今は空に分厚い雲が漂っている。

 そして視線の高さには、庭の端すら見えぬ濃い霧が。

 数日前に市街地でバリー警部と遭遇した時とよく似た、人の動きすら悟らせぬ濃霧によって、屋敷は覆いつくされていた。


 口にした"嫌な"というのは、天気に関する部分だけではない。

 この濃い霧を含め、空気そのものに不穏な気配というか、差すような予感を感じてならなかったのだ。

 先日市警との大立ち回りをしたのと似た状況であるだけが、予感の理由ではないように思える。



「確かにね。これでは視界が利かないな」



 そんな俺の呟きへと反応したのは、廊下の向こうから歩いてきたバリー警部。

 さっきまで庭を巡回していたはずの彼だが、どうやら視界が利かなくなってしまったせいで、今度は屋敷内を周ることにしたようだった。


 この時間でも律儀にスーツを着込んではいるが、彼のジャケットは前が閉じられていない。

 夏場であるというのも理由の一つだとは思う。しかしバリー警部の聞き手は、すぐにでも上着の下へ滑り込ませられる準備がなされているように思えた。

 この非常に悪い視界。もしもまた"溺れる者"が現れるとすれば、こういった状況こそうってつけだと考えているらしい。



「そういえば、君たちが襲撃を受けたのは雨の日だと聞いたが」


「……ええ。雨が降る夜でした」


「実際ヤツは悪天候の日に現れる比率が高い。殺害された少年の状態もだが、そういった理由であの"溺れる者"という名が付けられたんだ」



 窓の外を眺めるバリー警部は、緊張の面持ちでヤツに付けられた名の由来を口にする。

 俺もその話は聞いた事がある。もっともこの町は、好天に恵まれる日の方が少ないのだけれど。


 ともあれこの状況は、警戒感を強めるには十分な理由となる。

 既にバリー警部の手は懐に伸びそうなほどで、俺も自然とジャケットの内側に隠してある、小振りなナイフへと触れてしまいそうになった。



「そういうわけで出来れば君にも、部屋に居てもらいたいのだけれど……」


「お気遣い感謝します。ですがまだ雑事が残っていますので」


「ではせめてあの少年の側で頼むよ。僕はこのまま見回りを続けるから、出来れば屋敷内の明かりを点けたままで――――」



 こちらをただの一般人としか思っていないバリー警部は、念のため部屋にこもっているよう告げる。

 とはいえそうもいかず、仕事を理由に拒絶すると案外アッサリ引く様子を見せた。


 ただその後、俺がバリー警部の夜食でも作りに行こうかと考えたところで、強い風が窓を叩きつける。

 風は庭で渦を巻き、濃霧が流されていく。

 そして一瞬だけ霧が晴れ、防犯用に庭で点灯していたガス灯が見えた瞬間、俺とバリー警部はハッとし息を呑んだ。


 薄暗い庭の中、一つの影がポツンと佇む。

 その手には小さなランタン。そして先端へ分銅の仕込まれたロープ。

 間違いない。前にもエメリーを狙って屋敷に侵入してきた、"溺れる者"であった。



「ヤツだ……! 君は部屋に戻っていなさい!」



 外に立つ人物、間違いなく"溺れる者"と呼ばれる存在を見たバリー警部は、視線を鋭くしこちらに指示を飛ばした。


 明確に断じ、確信を持って窓から飛び出していくバリー警部。

 あの様子からすると、前回俺を見逃しヤツを追った時、その姿を目にしているようだ。

 屋敷に取り残された俺だが、血気盛んな様を露わとするバリー警部へと、このまま任せてしまいたい欲求に駆られそうになる。



「そうもいかない、か。流石にバリー警部だけじゃ荷が重い」



 おそらくバリー警部も、それなりに体術を修めているとは思う。

 加えて拳銃も持っているため、そこいらの悪漢程度であれば易々と制圧してしまうに違いない。


 けれどいくらなんでも、今回ばかりは相手が悪い。

 前回この屋敷へ襲撃を仕掛けてきた"溺れる者"は、こちらと五分以上の戦いをした。

 銃を使えば仕留められるとは思うが、彼は戦場の軍人ではなくあくまで警察官。発砲前に警告を発するはずで、その隙が命取りになりかねない。


 この屋敷に逗留されるのは好ましくはないが、倒れられるというのも寝覚めが悪い。

 それに彼がやられてしまえば、明日以降さらに大勢の警官たちがここに留まるため押し寄せるはず。

 俺が戦えることを知られるのは好ましくないが、そうなるよりはマシと考え、バリー警部が飛び出していった窓から自身も庭へ飛び出していくのであった。


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