表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
96/150

赤い髪の男 06


 深夜にかけてゆっくりと吹き始めた夏の熱風。

 そいつによって空気をかき乱された庭で、流れていく霧の中からぼんやり浮かび上がる姿。

 謎に包まれた素性に相反し、己を誇示するように持たれたランタンが揺れる。


 "溺れる者"と呼ばれる連続殺人鬼。

 ヤツは姿を隠そうともせず、堂々と武器を携え俺たちの前に姿を現していた。



「どうして来たんだ。ここは僕に任せて君は……」



 庭に出たバリー警部を追うも、彼はこちらへ振り返り焦りを浮かべる。

 俺の事をただの一般人としか考えていない以上、守りながら犯人を取り押さえるのが可能か、一瞬のうちに思案したためだ。

 とはいえ今回は一市民として、大人しく守られるつもりは毛頭なかった。



「実を言いますと、前回襲われた時は実力行使で撃退をしまして。少々腕に覚えがあります」


「君がか? ……ならすまない、協力してもらうとしよう」



 そこで正直に、とはいえ本当のところを隠してではあるが、戦闘の心得があると告げる。

 てっきりバリー警部はそれでも拒絶すると思っていた。

 けれど予想に反し協力を要請してくる。まるで自身の力だけでは、対処が困難であると言わんばかりに。


 いや、まるでなどではない。実際に自信がないのだ。

 前回彼がヤツと対峙した時に、どのような状況になったのかまでは知らない。案外戦闘へ発展した可能性も。

 そんなバリー警部の判断は、一対一の状況では逮捕すら困難。そう考えたのだと思う。



「了解です。では協力してこの変態を取り押さえるとしましょう」


「助かる。だが無理をしないでくれ」



 要請を承知する言葉を口にすると、安堵したように頷くバリー警部。

 すると彼は拳銃を抜き放ち、溺れる者へと銃口を向ける。



「まず武器を捨てろ悪漢。抵抗をせず縛につくというのであれば、丁重な扱いを保証してやる」


「……」



 投降の勧告をするバリー警部だが、案の定溺れる者は何も返しはせず、手には分銅付きのロープを握ったまま。

 もっともこれに関して期待はしていなかったらしく、バリー警部も引き金に指をかけ、すぐ撃てる体勢となっていた。


 しかしヤツは、それがあくまでもポーズだけと考えたのかもしれない。

 ごくごく短い瞬きを経た次の瞬間、ヤツのロープを握る右手が僅かに動き、先端にぶら下がる分銅が消えたように見えた。



「危ない!」



 背筋へ奔る強烈な予感に反応し、横っ飛びに跳ねる。

 その際にバリー警部へと肩から体当たりし、共に濡れた芝生へと転がる。


 するとほんの一瞬前まで警部が立っていた空間を、唸りを上げて貫く物体が。

 前回この場所で対峙した時には、老朽化していたとはいえ屋敷の壁を破壊したという、外見以上の破壊力を持つ代物だ。

 さっきの予感を気のせいと捉えていたら、バリー警部はきっと形容するのも憚られる有様となっていたに違いない。



「す、すまない。助かった……」



 バリー警部もまた、自身に起こりかけた事態へと気付く。

 そしておそらく顔を青くしながら、礼を口にしていた。


 正直言ってしまえば、バリー警部は足手まといだ。

 ただきっと技量的な部分だけを言えば、彼は世間一般よりも遥かに高い水準にあるはず。

 それでもあまり活躍を期待出来ないのは、バリー警部自身の問題というよりも、彼の置かれた立場のせい。


 実弾の入った拳銃を持っているバリー警部も、最後の手段として"射殺"というのが頭にあるとは思う。

 しかし基本警察である以上はやはり逮捕、あるいは撃退というところに主眼が置かれているはず。

 一方で俺の頭にあるのは、ヤツをここで仕留める、つまり殺してしまうという思考。

 言葉が持つ意味以上にこの差は大きい。取れる対処法や咄嗟の反応に、明確な差が生まれてくるからだ。



「アレは厄介そうだ。……前に撃退した時はどうしたんだ」


「少々奇策を打ちましたが、二度同じ手は通用しないでしょう。それにこの天候では、あれを見切るのは難しいかと。距離を取るとこっちが不利です」


「なら接近するしかないな。口振りからすると、君の方が技量は上そうだ。やれるかい?」


「承知しました。援護を頼みます」



 漂う霧をかき乱すかのように、ロープを振り回し次なる攻撃の準備をする溺れる者。

 意外にも呑気に仕掛けてくるそいつを見ながら、俺とバリー警部はすぐさま次の行動を口にし合う。


 これまた意外にもと言うべきか、その簡単な打ち合わせはすんなりと纏まった。

 案外彼とは馬が合うのかもしれない。バリー警部は知らないだろうが、実際には天敵と呼べる間柄だというのに。


 俺はそのバリー警部の前であるのを一旦忘れ、懐に仕込んでいたナイフを抜き放ち、流れる霧の向こうに立つ溺れる者へと駆け出す。

 その背後では、警部が再び手にした拳銃を構え、撃鉄を起こし発砲体勢へと移っていた。

 流石にここまでくると、彼も発砲への覚悟は固めたらしい。



「フィル、跳べ!」



 ナイフを手に溺れる者へと突っ込んでいく俺が、ヤツへと肉薄する。

 こちらと距離を取るべく、少しばかり後方へステップ踏もうとしていたヤツに、さらに追い打ちをかけようとした背に響くバリー警部の声。


 俺の名をもってした叫びに反応し、地面を蹴って大きく横へ飛ぶ。

 その時に見えたのは、鋭い眼光を湛えたバリー警部が、歯を食いしばり引き金を引く瞬間だった。


 ガンッ、と。火薬が爆ぜ、鉛の撃ち出される音が庭に轟く。

 さっきとはまるで逆に、俺の立っていた場所を貫き今度は溺れる者へ。人の目には捉えられぬ軌跡は、霧を裂き溺れる者を穿とうと迫る。

 しかし腕か脚かに向かい、勝敗を決するはずであった弾丸は、意外な形でその動きを止めるのだった。



「ウソだろ……」



 いかな高い身体能力を持とうと、弾丸を受ければタダでは済まない。

 だがそうなるはずであった鉛玉は、肉に潜り込む音ではなく、同じ金属とぶつかる音をさせるのだった。

 ヤツが持つロープの先端に据えられた、強固な分銅とぶつかったためだ。


 俺はその光景に目を見開き、無意識に正直な感想が口をつく。

 バリー警部の拳銃から放たれた弾丸は弾かれ地面へと着弾。庭の芝生をまき散らす。

 もしやこの霧の中、軌道を見切って叩き落したというのだろうか。


 ……いや、流石にこれはただの偶然だ。いくらなんでも、弾丸をロープ先の分銅で叩き落すなんて芸当が人間に出来るはずはない。

 強い動揺を抱きつつも、なんとかその現実的な結論へと至り平静を取り戻そうとする。

 しかしこの強い動揺から立ち直る僅かな時間は、ヤツに反撃の好機を与えるのに十分な時間であった。



「しまっ――!」



 弾丸を避けた体勢のままで居たせいで、瞬きをした次の瞬間に見えたのは、こちらに向け腕を振るう溺れる者の姿。

 その手から伸びるロープは唸りを上げ迫る。今まさに弾丸を叩き落した分銅が。


 反射的に再び地面を取り回避を試みる。

 だがロープは横っ飛びになる俺を追うかのように撓り、左の肩を掠めていった。


 地面を転がり、起き上がって走りながら肩を押さえる。

 辛うじて直撃は免れた。レンガの壁を破壊するような代物が身体を打てば、下手をすれば肩から先を失っていた可能性も。

 それを思えば咄嗟に回避した己を褒めてやりたい。とはいえ……



「こいつは危ないな……。左腕は使い物にならないか」



 掠めただけで相当なダメージを負ったらしく、左腕には痛みの感覚すらなかった。

 走りながら指先を動かそうと試みるも、腕がダラリと垂れ下がり揺れるばかり。

 おそらく肩の骨が折れている。幸か不幸か、痛みがないため逃げ回るのは可能だが、このままでは戦うどころではない。


 現在屋敷にはシャルマとドラウ爺さんも居る。だが今の状況であの二人の加勢は期待できない。

 俺一人だけであればともかく、高い次元で戦闘を行える人間がさらに居ては、警部に不信を抱かせるに十分。

 しかもそれが庭師の老人と一介のメイドとなれば、なにか裏を感じるのが当然だった。


 となると頼りになるのは一人だけ。

 溺れる者が振るう武器から辛うじて逃れつつ、チラリとバリー警部の方を窺う。

 その彼は銃を構え、次なる一撃を放とうとしていた。



「警部、避けるんだ!」



 当然そのことは、溺れる者も理解している。

 負傷し動かぬ腕を抱える俺よりも、最低数発は弾を持っているバリー警部の方がよほど危険であると。


 突如として進む方向を変え警部の方へと向かい、その破壊的な金属の塊は唸りを上げる。

 なんとも器用なものだと感心するのも後回しに、バリー警部へと警告を叫ぶ。

 彼は迫る鉛よりも先に届いた声に反応。背中から倒れ、尻もちをつくような形ではあるが、なんとかそいつを回避した。



「しまった……!」



 だが回避の代償はあった。

 転んだ拍子に手から拳銃が零れ落ち、芝生の上を滑っていく。


 芝生が盛大に濡れていることで、思いのほかバリー警部から距離が離れてしまう拳銃。

 彼が起き上がって取りに走るよりも、ここからなら俺の方が近いと判断するや否や、ようやく痛み始めた腕を押さえながら、転がる拳銃へと駆け出した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ