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赤い髪の男 04


 夜明けが近づくも、いまだ濃紺の空。

 路地の奥深く、街灯の光も届かぬそこで、俺は真っ黒な銃口に晒されていた。


 濃霧の中でもハッキリと見えるそれは、狙い違わず俺の胴体へと向けられている。

 その銃を向けてくるのはバリー警部。彼からはまだ、本気で発砲をする気配が発っせられてはいない。

 けれど少なくとも、俺は絶体絶命と言える状況に追い詰められてしまったようであった。



「武器を捨てろ。今なら怪我をせずに済む」



 それでも警告を無視し続ければ、その限りではないようだ。

 彼は銃口を一瞬だけ俺の手元へ向け、早々にライフルを手放すよう告げた。


 これまで断片的にしか見て来なかった、バリーの警察としての姿。

 実際に拳銃を向けられているというのもあって、今までは知らなかった彼の迫力に晒される。



「アパートの屋上から降りてくるところも見ていたよ。身のこなしからして、ただのコソ泥とは思えない。……お前が"溺れる者"なのか?」



 どうやら丁度俺が地面に降り立った時点で、彼が駆けつけていたとのこと。

 警告と問いを向けてくるバリー警部の声からは、半分称賛が混じっているようにも聞こえる。


 ただこの物言いだと、こちらの正体については勘付いていないみたいだ。

 一応この暑い中でフードを被っているのもあるが、まだ夜が明けていないのと濃霧のおかげもあって。

 逆に言えば夜が明け、もしこの霧が晴れてしまえば正体が露見してしまう。……どのみち逮捕されれば同じか。



「……」


「何も反論はなしか。なら話は市警本部で聞かせてもらうとしよう」



 声を発すれば、俺の素性について察する恐れが。

 そのため無言を貫きながら、この場をどう脱するべきかを思案するも、バリー警部は悠長に時間を与えてはくれない。

 拳銃の引き金に指をかけ、選択の余地が無いと明示してきた。


 警察お決まりの台詞を聞きながら、銃を構えジリジリと近づいてくるバリー警部。

 さあ、どうする。ここで捕まるのは絶対に避けなければならない。ならばいっそここで彼を……。



「さあ、大人しく縛につ――」



 俺は最後の手段、手にしたライフルを使い彼を撃つという、出来れば避けたい行動に出ようかと覚悟を決める。

 しかしその一瞬前、バリー警部が最後の警告を発しかけた時だ。

 両者の行動を遮るかのように、またもや甲高い笛の音が霧を貫いてきた。



「居たぞ、"溺れる者"だ!」



 笛と共に聞こえて来たのは、警官の野太い叫び声。

 その声に俺とバリー警部は揃ってハッとし、聞こえて来た大通りの方角へと視線を向けた。


 巡回をしている警官が、偶然に犯人らしき存在と遭遇したのか、発せられた増援要請の警笛。

 笛の音を聞いたバリー警部は、俺と大通りの方向を交互に見て、困惑の様子を露わとしていた。

 仲間の発した憎き犯人の目撃情報と、目の前に立つ不審な存在。どちらを優先するか選びかねているようだ。


 そしてその決断を後押ししたのが、路地へと駆け込んできた、バリーを追って来たであろう警官。



「警部、ヤツを発見しました!」


「間違いないのか?」


「は、はい。丁度子供を襲っていたところを発見したそうで……」



 現れた警官は、よほど切羽詰まっているのだろうか。

 路地の奥に立つ不審な人物、つまり俺の事だが、こちらに気付きもせずバリー警部へ報告をしていく。



「……わかった。先に行っててくれ、すぐに合流する」



 ひとまず警官をこの場から離れさせるべく、先に犯人を追うよう告げるバリー警部。

 その指示を聞き路地を飛び出していくのを確認すると、彼は静かに振り返り俺を凝視する。



「どうやら人違いだったみたいだ。それはそれとして……、お前は何者だ?」



 仲間の報告を信用し、ひとまずこちらが溺れる者ではないと判断した。

 しかしだからこそか、今度は俺の正体に関心が向いてしまったらしい。

 そんなバリー警部の関心を他所に、町中はにわかに騒がしくなっていく。溺れる者は近いということか。



「今のところ、君がなにかをしたという証拠があるわけでもない。ただの不審者というだけでは、殺人鬼より優先は出来ないか」



 そう言ってバリー警部は深く嘆息し、握っていた銃をホルスターへ。

 ここでようやく割り切ったか、背を向けると路地を駆け他の警官たちと合流するべく、俺の答えを待たず駆け出した。



「助かった、か」



 ただ一人残された路地で、ライフルを収めながら脱力する。

 見上げれば濃紺の空へと僅かに明るいものが混ざりつつある。

 このまま夜が明けていれば、フードを被っていてもバリー警部に正体を気付かれた恐れが。


 警官が偶然不審な輩を発見しなければ、あのまま戦闘に突入し俺が警部を始末、あるいは逆に拘束されていた可能性も。

 後者であれば俺が溺れる者として、市警から尋問を受けるハメになっていた。

 なので珍しくポカをやらかした溺れる者に、ちょっとばかり感謝をしてもいいのかもしれない。ただ……



「本当に偶然なのか……?」



 あまりにもタイミングが良すぎる。

 その不審者が本物だと仮定して、これまでまったく尻尾を掴ませなかった"溺れる者"が、よりによって俺が追い詰められた丁度その時に発見されるだなんて。


 警官たちが俺を追いかけ走り回ったため、結果的に発見されただけかもしれない。

 とはいえあの慎重な犯人にしては、どうにも間が抜けているように思えてならなかった。

 直接対峙したからこその、過度な評価であるかもしれないのだが。


 この考えが正しいかどうかは、今の時点ではなんとも言えない。

 ただどちらにせよ、ひとまずここから撤収をするのが優先。

 そこで俺は警官に見つからぬよう周囲を警戒しながら、活動拠点(セーフハウス)へ向かうことにした。



 夜が明けるにつれ、むしろさらに濃くなっていく霧に紛れ、王国議事堂方面へ。

 そこからほど近い場所に在る仕立屋通り(アズウィルク・ロウ)の、ブラックストン家が営むテーラー側のアパートに。

 丁度夜が明け切った頃に入ったそこで、備蓄してあった保存食を口にし、屋敷へ還る前に数時間ほどの仮眠を取ることにした。


 ただ横になってしばらくすると、扉をノックする音が聞こえ、それによって飛び起きる羽目に。

 慎重に扉を開くと、立っていたのは至って普通な町娘風の格好をしたシャルマであった。



「やけに戻ってくるのが遅いから、様子を見に来たのよ」


「よくこの場所がわかったな」


「周った拠点はここで二つ目。町で妙な騒ぎがあったみたいだから、ほとぼりが冷めるまでどこかで油を売ってると思って」



 早朝に起きた町での騒ぎは、とっくに屋敷の方まで届いていたらしい。

 俺を心配してかどうかは定かでないものの、シャルマは部屋の中に入って来るなり、持ってきた変装用の衣服を放り投げてきた。


 その彼女は適当な椅子へ腰を下ろすなり、手で軽いジェスチャーを。

 ここまでの経緯を説明しろと言わんばかりだ。

 俺はそんなシャルマの態度に苦笑すると、ベッドへ腰を下ろして簡潔に事情を説明した。



「私はその犯人とやらを見てないから何とも言えないけど、確かにタイミング的には好都合すぎね」



 詳細を話していくにつれ、彼女もまたその絶好の状況に違和感を感じる。

 ただ明確に危険であるとは言い難く、ひとまずシャルマもこの状況を受け入れる必要性を告げた。

 実際のところ、そうするしかないのだけれど。


 どう思考を巡らせても、この話に結論は出そうにない。

 そこでシャルマは一旦話題を他所に向けるのだが、俺は彼女が話す内容に眉をひそめた。



「どうやらコーデリアはこの件、"溺れる者"の捜索から手を引こうと考えてるみたい」


「……今更か?」


「暗殺対象を諦めるのは癪だけど、ひとまずはエメリーを護る方を優先したいのね」



 これまでを思えば、コーデリアの考えが変わりつつあるのは意外。

 けれど前回のようにエメリーを狙って、溺れる者が屋敷に襲撃まで仕掛けてきたのを思えば、そちらを主眼に置くのはわからないでもなかった。


 それに件の犯人に関して言えば、確実に討たねばならぬという理由も存在しない。

 ならば戻って確認をしてからではあるが、しばらくは屋敷でゆっくりとしながら、市警が犯人を逮捕したという報を待つとするか。

 俺はそんなことをシャルマに話すのだが、その内心では、自身でもあまり期待をしていないことを自覚していた。


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