カワル貴方 04
ナイフを手に切りかかる男の腕をステッキで払い除け、その鳩尾に軽く拳を見舞う。
次いで迫る男には胴体へ回し蹴りを喰らわせ、呻いたところをステッキで足払い。
そうして瞬く間に三人ほどを倒したところで、俺はステッキを地面に突き、大きく息を吐いた。
本来はこのステッキ、持ち手の部分を操作することで金具が外れ、中から長身の刃が姿を現すという仕組みになっている。
コーデリアが極東から来た鍛冶師に造ってもらったという代物なのだが、今日のところはその本領を発揮することはない。
いわゆる潰し屋とはいえ、こいつらは所詮チンピラに毛が生えたような輩。そんな連中にそうまでしては、後々で困った事態になりかねなかった。
そのため護身用杖そのものといった使い方をするのだが、存外こいつらはタフであるらしく、腕や足を強かに打ち付けてもなかなか撤退を選択してはくれない。
「お嬢様、こいつら思いのほか面倒なようで」
「それは困ったわね。早くしないと演目が終わってしまうわ」
げんなりとした声を発する俺に、コーデリアも同じような反応を。
彼女はチラリと広場の方を窺い、僅かに聞こえてくる歓声に眉をしかめた。
どうやらサーカスは短い休憩を終え、後半の演目に突入しているらしい。
こんな場所でチンピラ相手にノンビリとしていては、折角来たというのにサーカス最大の盛り上がりを逃してしまう。
なにせ次に来るのがいつになるとも知れないのだ、ここで逃すというのは惜しい。
「では急いで片付けて、早く戻るとしましょう」
「フィル、あなたもしかして、なにか楽しみにしているの?」
「火の輪くぐりがどうしても見たいもので。スゴイらしいですよ、四頭ものライオンが次々と突っ込んでいくとか」
小首を傾げるコーデリア。彼女が不審気に問うてくる内容に、俺は堂々と答える。
むしろあの演目こそサーカスの本番。アレを見ずして帰るなど、なにをしに来たのかわからないとすら言える。
「……意外と子供っぽいことを言うのね」
「普段が擦り切れるばかりの日々ですから、たまには童心に還ろうかと」
呆れ交じりなコーデリアの言葉に、やはり臆面もなく言い放つ。
つい昨日決まったこの外出だが、実のところ何気に愉しみにしていたのは否定できない。
なにせ子供の頃は、町に来るサーカス団の存在へと密かに憧れを持っていたのだから。
もっとも当時は既にブラックストン家に使用人として入っており、それを言い出せるような立場ではなかった。
その時は諦めてしまったのだが、大人になって来る機会を得られ、欲求が再発してしまった感は否めない。
「ですのでサッサと済ませてしまいましょう。その後に続く演目も、気になるものが多いので」
ポケットに入れていた、サーカスの演目が記された紙。
そいつを軽く見下ろしてから収めた俺は、低い体勢をとってステッキを握り、勢いよく地面を蹴った。
手近に立っていた男の喉元を鋭く突き、次いで横の男に足払い。転んだところで顔面を蹴飛ばす。
容赦なく殴り倒し、蹴りつけ、ちょっとやそっとでは立ち上がれぬダメージを与えてやる。
そうして速攻で五人の男たちが地面に伏せ、声にならぬ呻きをあげたところでコーデリアの手を握り、急いで路地を立ち去る。
小走りで路地から出て広場に。
すっかり出店の撤収が終わり、閑散としつつあるそこへ来たところで、振り返って路地を見る。
さっきの男たちが追ってくる気配はない。あのまま気絶したか、あるいは勝てぬと判断し諦めたか。
「考えてもみれば、こうしてフィルが戦うところを見るのは初めてね」
ひとまずそのことに安堵していると、握る手に力が込められるのを感じる。
その握った主、コーデリアは俺を見上げると、どことなく感慨深そうな様子で呟いた。
そういえば彼女の前で、俺は力を振るったことがない。
あくまで彼女は指揮をする側。そして俺やシャルマは、彼女から離れ暗殺を実行に移す側。
両者の間には明確な役割が存在し、暗殺の場で交わることはありえないのだから。
「流石に長年訓練を続けて来た甲斐はあるってことかしら」
「裏社会の人間と言えど、所詮ただの喧嘩屋です。決して労を要するような相手では」
「そんな輩を相手にして、まったく容赦がなかったように見えたけど。ちょっとだけ可哀想に思えてしまったわ」
コーデリアは自身が襲われていたというのに、少しだけ可笑しそうに、俺の遠慮が皆無な制圧への感想を口にした。
確かにちょっとばかり、加減をしなさ過ぎただろうか。
「前回の件もあってか、多少の事では動じませんよ」
俺はそう言って軽く笑いながら肩を竦める。
前回の暗殺、ロイドを仕留めた時に比べれば、知り合いですらない連中を叩きのめすくらい訳ない。
しかし俺が軽く言い放ったそれに、コーデリアはピクリと反応。一転して表情が曇っていく。
……しまった。
俺は今日の若干高まってしまったテンションのまま、勢いで口にした言葉に後悔をする。
まるで考えなしに言ったが、これはコーデリアが今最も気にしていることではないか。
「も、申し訳ありません。俺はただ……」
「気にしなくていい。実際にその通りだもの、あなたは前回の件を機に変わった」
しどろもどろになりつつ、謝罪めいた言葉を口にする。
だが首を振って気にしないよう告げるコーデリアは、そこから一呼吸置いて、不可解な言葉を向けるのであった。
「だって私は、あなたへ"そうなってもらうため"にあの命令を下したんだもの」
「それは……、どういう」
コーデリアの言葉に、一瞬思考が追いつかず無意識の言葉で問い返す。
そうなってもらうため、という言葉が指すのは、俺が変わったという部分であるのは間違いない。
だがロイドを仕留めることによって、ゴロツキどもを平気で叩きのめした行動が、コーデリアの意図通りであるという部分に理解が及ばない。
なぜ彼女は、より暴力的な行動への適応を求めたのか。そしてどうしてこのような考えに至ったのか。
俺の抱いた疑念など最初から理解しているかのように、用意していたであろう言葉を淡々と告げるコーデリア。
「フィル、あなたにはこれから先、とても辛い想いをしてもらう事になる。今回の件は、そのために必要な通過儀礼」
「……いったい俺に何をさせようというのですか」
「今はまだ言えない。けれど必ず、この変化が必要となる時が来る」
どうやら詳しい部分を話してくれる気はないらしい。
けれどコーデリアの物言いは、強く不穏な気配を感じさせるもので、とてつもなく嫌な予感に背筋へと冷や汗が伝うのがわかる。
そこからしばし、広場の隅で無言になる俺とコーデリア。
サーカスのテントからは、ひときわ大きな歓声が聞こえる。
テントの隙間から洩れ、広場に響くその客たちの騒ぎを聞くコーデリアは、小さく微笑んだ。
「戻りましょ。始まるわよ、火の輪くぐり」
そう言って、彼女はテントに向かって歩く。
一方でコーデリアの背を見る俺は、ただただその場で立ち尽くすばかり。
振り返って手招きするコーデリアに反応し、ようやく歩き出すも、思考を占めるのは彼女の言葉。
"通過儀礼"であると、彼女は確かにそう言った。
つまりあくまでもロイド暗殺は前段階に過ぎず、これからさらに苛烈な役割が待っているということになる。
「いったい誰を始末させる気なんだ……」
肉親であるロイドよりも、さらに仕留めるのに覚悟の要りそうな暗殺対象。
その心当たりすらわからないまま、俺はテントに向け小走りで駆けるのであった。




