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カワル貴方 03


 沸き起こる拍手が巨大なテント内を満たしていく。

 舞台上で大仰に礼をし、手を振る演者たち。それにどこか呑気に吠える猛獣。

 万雷の拍手に包まれ、サーカスの講演は大成功を確信したかのようだ。


 次第に収まっていく拍手の中、舞台上に一人の男が。

 おそらく座長と思われるその男は、開幕を告げた時と同様に悠々と現れ、十数分ほどの休憩を口にした。



「想像していたよりずっと長いのね」


「どうします、なにか飲み物でも買ってきましょうか?」



 公演はここでようやく折り返し。まるで歌劇のようにしばしの休憩を挟むサーカス。

 楽しい時間であっても、長時間座り続けたことでそれなりに疲れ始めている客たちは、思い思いに席を立つ。


 俺もまた隣に座るコーデリアを見て、若干疲れた様子の彼女に飲み物を持ってくるか尋ねた。

 もちろん今は周囲に他の客たちが大勢いるため、さっきまでのように気安さは鳴りを潜めて。



「そうね……。なら私が行ってくる」


「わざわざお嬢様が行かれずとも、自分が行ってきますが?」



 小休止がてら飲み物をというのは賛成のようだが、コーデリアは自らが買いに行こうとする。

 ここではある程度立場を忘れる気でいたが、それでも俺が使用人であるのに変わりはない。

 当然この場は俺が足を動かし、主のために飲み物を買ってくるべきだろう。


 しかし彼女は首を横に振って立ち上がると、自身の襟元を広げたいかのような素振りを見せた。



「少し外の空気を吸いたいの。ここは暑いもの」



 そう言って自身の手の平を扇子のように仰ぎ、生温い風を顔に当てた。


 場内は盛り上がっているというのもあって、空気はかなり熱を帯びている。

 それに彼女の服はしっかりと作られているというのもあって、かなり暑そうだ。

 スリーピースの俺も大概だが、きっとコーデリアの方はもっとだろう。


 耐えがたいと言わんばかりに、コーデリアはテントの外へと向かう。

 実際本当に飲み物を買いに行ったのだとは思う。けれど本当の理由は別のところにあるはず。



「やっぱり、普段通りにとはいかないか」



 サーカスに行くと告げて以降、一見してコーデリアは普段通りの態度となった。

 しかし完全にとはいかない。間違いなく俺に対する引け目を払拭しきれていないのだ。

 休憩に入ったタイミングで再びこちら側に引き戻され、何もない状況で隣り合っているのに耐えられなくなったのかもしれない。


 なら少しばかり、一人にしてあげた方が良いか。

 ただの箱入り娘であればともかく、コーデリアは暗殺稼業を率いるいわば女傑。

 本人にはこれといって武術の心得がないが、それでも酔っ払い程度であれば軽くあしらってくれる。そこまで心配する必要もないか。



 外へと行ったコーデリアを待つため、椅子に身体を預ける。

 舞台上では着々と次の演目の準備が進められ、客席には一旦外に出た客たちが戻って来始める。

 こざっぱりとした客たちが前を通り過ぎ、外で一服してきたであろう男の、タバコ臭さが鼻先を掠めたところで隣の席を横目で見た。



「……遅いな」



 客たちは徐々に揃いつつあるし、そろそろサーカスも再開される。

 他の客たちは各々、外で買ってきたらしき小さな水筒を持っている。問題なく商品は手に入れられているはずだ。


 けれどいくら待てどコーデリアが戻ってくる気配はない。

 舞台上には演者が現れ始めており、テント内には再び歓声が満ちつつあるというのに。


 俺はぽっかりと空いた席の主、コーデリアを探すために立ち上がる。

 客たちの間を抜けてテントの外に出ると、そこでは多くの出店や大道芸を行う団員たちが撤収作業を始めていた。

 サーカスの休憩も終わり、チケットを持たぬ人たちも帰り始めたため片付けをしているようだ。


 しかし周囲を見回せど、コーデリアの姿は見当たらない。

 他の客たちはほとんどがテントの中に入っていき、人が少なくなった中にも彼女の姿はなかった。



「すまない、このあたりで飲み物を買った若い女性を――」



 手近に居たサーカス団員を捕まえ、コーデリアらしき姿を見なかったか尋ねる。

 しかしその人物は首を横に振った。当然か、千に迫る数の客が訪れている中で、たった一人を覚えていろという方が酷だ。


 ただそれで諦めることも出来ず、次々と団員に声をかける。

 そうしていき出店を片付ける男にも問い、コーデリアの特徴を話してみると、彼は視線を広場の外へと向けた。



「その娘さんだったら、さっき何人かの男たちと向こうの路地に入っていったぞ」



 男がそう告げるなり、俺は一目散に走りだす。

 まだ特徴に合致していただけで、それがコーデリアであるかは定かでない。

 だがテントへの入口には視線を向け、彼女が入っていっていないのは確認している。かつ広場に居ない以上、それがコーデリアであると思えてならなかった。


 どうしてコーデリアがあんな場所に、それも得体の知れぬ男たちとあんな場所へ行ったのかはわからない。

 とはいえ今はそこを考えている場合ではないと、人の目も気にせず全力で駆け路地に飛び込む。


 昼を過ぎ徐々に太陽は傾き始め、深い路地には差し込んでこない。

 暗いそこを入って少しばかり進むと、不穏な空気が周囲に漂ってくるのに気づく。



「お前たち、ここでなにをしている」



 路地の奥へと進み、行き止まりとなっている場所へたどり着く。

 するとそこでは五人ほどの男たちが集まり、壁の方を向いていた。


 そいつらを見るなり声を発すると、ハッとし振り返る。

 動いた男たちの間からは、コーデリアの姿が。

 ……良かった、とりあえずは無事のようだ。暴力を振るわれた様子もなく、ここから見る限り服も乱れてはいない。



「なんだ、テメェ?」



 男の一人が、怒気交じりの声を発する。

 しかし俺はその言葉を無視。ズカズカと歩いて男たちの作る囲いに割って入ると、壁に背をつけていたコーデリアに手を差し伸べた。



「探しましたよお嬢様。さあ、席へ戻りましょう」



 大の男たちに囲まれていても、案の定平静さは崩していなかったコーデリア。

 彼女の手を取った俺は、そのまま引っ張って路地を脱しようとする。

 しかしその周囲を完全に無視したような態度は、案の定と言うべきか男たちの逆鱗に触れた。



「クソガキが、逃がすと思ってんのか!」



 激情した男の声と腕が、自身の背へと伸びてくるのがわかる。

 己を無視しようとした俺を捕まえ、痛い目に遭わせてやろうという魂胆だ。


 そいつを大人しく受けてやった方が、ただの一般人という姿を演じるには都合が良いのだろう。

 だが周囲には人の姿はない。そこで俺はコーデリアの腕を放し、素早く振り返るなり男の腕を掴む。

 軽く捻り上げ体重を乗せると、男を肩から地面へ落とした。


 関節の外れる鈍い音と、男の悲鳴が暗い路地に響く。

 地面に倒れた男は、苦悶の声を上げながら肩を抑え、跳ねるように悶えていた。



「失せろ。肩を外すだけで勘弁して欲しいなら」



 低い声で、男たちへと警告する。

 大抵のゴロツキであれば、このくらい痛めつけ強い害意の籠った声で警告すれば、蜘蛛の子を散らしたように逃げ去ってしまう。


 だがどうしたことか、こいつらは一転して張り詰めた雰囲気を発すると、懐から素早くナイフを取り出した。

 さっき俺を捕まえようとした男の、いかにも町のチンピラといった空気など何処へやら。



「……お嬢様、こいつらは?」


「どうやら"ウチ"に恨みがある連中の差し金ね。今回の出店が気に食わないって話をしたいらしいわ」



 突如変貌した堅気とは思えぬ気配に、背後のコーデリアへと男たちが何なのかを問う。

 おそらく俺が駆けつける前に、あらかた用件は伝え終えていたらしく、彼女は呆れ交じりに息を吐き簡潔に事情を口にした。

 という事はこいつら、ブラックストン家にとっての商売敵側の人間に雇われた、始末屋と呼ばれる類の連中か。


 もっともそれは暗殺稼業での同業者ではなく、表向きの顔である一実業家としてのモノに対して。

 今回この地域へ新たに店を出すのを快く思わない輩が、この連中を雇い脅しに差し向けたということか。



「事情は把握しました。……それで、どういたしますか?」


「出来れば穏便に済ませたいところだけど、向こうにその気はないみたい」


「ではこちらも荒っぽい手段を用いるしかないですね」



 コーデリアとしては、下手に市警の厄介になる事態を避けたいというのが本音。こいつらがそれを許してくれるかは別だが。

 となれば手荒な手段を用いて、市警に怒られない範疇でなんとかするしかあるまい。


 俺は半ば許可をしてくれたも同然なコーデリアに頷く。

 そして密かに持っていたステッキを握り、先端を男たちへ向けるのだった。


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