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選択をその手に 03


 多くの人が寝静まり、濃い霧によって包まれた夜のグライアム市。

 俺とシャルマは人目の届かぬ深夜、ごく小さなランプの明りだけを頼りに道具を振い、墓所の土を掘っていた。


 目の前に置かれた墓石には、リリニアという名が刻まれている。言うまでもなく俺の母親の名だ。

 バリー警部の後輩であるという、コンラッド・ヘニング警部補がうっかり漏らしてしまった、"不審"という言葉。

 そいつを頼りに掘っているのだが、こうしていると以前にマフィアの親玉が、一人で墓穴を掘っていたのを思い出す。


 ただ当初の予定とは異なり、バリー警部と接触したあの日から一週間程度が経過していた。

 というのもシャルマがしばらく、所用でグライアム市を離れていたため。何をしていたのかは、いまだ話してはくれないのだが。



「本当に、朝までに全部終わるんでしょうね!?」


「終わらせるために急いでいるんだよ。というか声を抑えてくれ、気付かれかねない」



 その彼女は俺が掘った土を掻き出しながら、額の汗をぬぐい悪態つく。

 墓を掘り、棺の"中身"を確認してから埋め直すという作業。早朝には墓地の管理人が見回りに来るためあまり時間がない。


 もっともそれ以外にも急ぐ理由がある。

 土を掘り起こした形跡というのは存外に目立つ。芝は荒れるし、土は色を変えてしまうからだ。

 つまり次にロイドがここに来た時、間違いなく墓の異変に気付くはずであり、それまでに諸々の全てに片をつける必要があった。


 徐々に弾んでいく息と、土を抉る音だけが響く深夜の墓地。

 そうしてしばらく掘り進んでいくと、手にゴツリと鈍い感触が伝わる。

 一瞬だけ顔を見合わせた俺とシャルマが、道具を放り出し素手で土を掻くと、目的の棺桶が姿を現した。



「これが……、そうか」



 ランプの明かりで照らされた棺桶は、かなり古びてはいるがまだ完全には朽ちていなかった。

 土へと還るにはまだ早かったらしく、この様子だと中の遺骸も白骨化とまではいっていないはず。


 そいつを見下ろす俺は、ボソリと呟く。

 するとシャルマが俺の背を軽く小突き、おずおずと確認をするのだった。



「本当にいいの? 間違いなく、嫌な物を見る羽目になる」



 シャルマが問うのもわかる。この中に納められているのはただの遺骸ではない。

 俺にとっては生みの母。そんな人との十年ぶりの再会であり、おまけに見た目は散々たる状態に違いない。

 運が良ければ干からびているし、悪ければ形容するのすら嫌な有様。いくら死体に慣れているとはいえ、碌な心情にはならないはず。



「それでも今更後に引けるわけがない。ここまで土を掘り起こしたんだから」



 俺はそう告げると、シャベルの先端を棺桶の隙間にねじ込む。

 シャルマは珍しく気を使ってくれてはいるものの、彼女の手前やっぱり止めるとも言えない。

 こちらは半ば意地のようなものだろうか。


 意を決して力を込め、棺桶の蓋をこじ開ける。

 曲がった釘が木を割る音と共に、大きく割れて跳ねる棺桶の蓋。

 下に置いていたランプを掴んで照らしながら、俺とシャルマは息を呑み棺桶の中を覗き込んだ。



「…………執事殿、これはどういうこと?」


「どういう事、と言われても」


「もしかして私が知らないだけで、これがこの国流の埋葬だとでも言うつもり?」



 ランプの明かりで照らされた棺桶。そこを覗き込んだ俺たちはしばし唖然とする。

 しかしいち早く沈黙を脱したシャルマ。彼女は棺桶の中を指さし、困惑の色が強く混じった言葉を吐いていた。

 そして目の前にある事実が偽りない物であると確信するなり、裏返りそうな声で小さく叫ぶ。



「どうして棺桶の中身が空なのよ!?」



 夜闇の中に溶け込む、シャルマの高い声。

 そう、俺たちが苦労して地面を掘り返し出てきた棺桶だが、そいつの中身は紛れもなく空っぽ。


 蓋そのものはキッチリと閉じられていたため、俺たちのように誰かが掘り起こし回収したとは考えづらい。

 それに土も長い年月、掘り起こされたような形跡がなかった。

 まさか経年によって遺骸が風化しこうなった……、というのもないか。



「間違いなくここへ埋葬されているはずだ。役場の記録にも確かに残っていた」


「けれど実際に無いんでしょ。実は死んだというのは偽装で、本当はどこかで生きているとでも?」



 置かれた墓石に刻まれているのは、確実にリリニアの名。

 ロイドはここで祈りを捧げていたし、バリー警部だってここに来てなにかを探っていた。

 流石にその辺りの情報で市警を出し抜くというのも難しいのではないか。


 もう一度棺桶の中を覗く。中にはいくらかの土が入っており、量はだいたい人間ひとり分といったところだろうか。

 つまり人の遺骸が入っていると、運んだ人間が錯覚するに十分な重さであったということになる。



「生きているかはともかく、最初から何も入っていなかったのは間違いなさそうだ」


「そのようね。十年にも満たぬ時間で骨が消えたりはしないだろうし」



 もしやロイドは棺桶の中身がただの土であると、知らずに墓前へ来ていたのだろうか。

 そんなことを考えながら、ひとまず棺桶の割れた蓋を乗せ土をかぶせていく。

 もう少しくらい調べておきたいところだが、夜明けまでの時間を考えるとあまり時間がない。


 掘った土を元に戻し、一見してなにも異常が無かったかのように偽装していく。

 全身汗だくとなってそれを終わらせ、墓地のすぐ近くへ停めた馬車へ飛び乗り、白み始めた空から逃げるように退散。

 ただ墓地が見えなくなってきた頃、御者台の後ろへ腰かけていたシャルマがボソリと話しかけてくる。



「こんな結果が出てきたから言うわけではないし、あなたにこれを口にするのは気が引けるのだけれど……」



 早朝であるためほとんど人の通りもなく、すれ違うのは新聞の配達員くらいのもの。

 それでも念のためか、すれ違う人間には聞こえぬ小さな声で口を開くシャルマ。

 いったい何を思ったのだろうか、彼女は申し訳なさすら感じる雰囲気を纏っていた。



「どうしたんだ、やけに殊勝な物言いだけれど」


「実のところを言うと……、私はどうにもあなたの父親とやらが信用ならない」



 さっきの墓地での件で思い出したか、あるいは言う踏ん切りがついたのか。

 突然にシャルマが口にしたのは、ロイドの人間性についてであった。


 彼女はここまで、変装をして客としてロイドと接触している。

 なので多少その気質を知っていてもおかしくはないけれど、そのくらいの関りでこうも言い切るというのは、シャルマにしては軽率であるように思えた。



「一応、その根拠を聞いてもいいだろうか」


「あなたには悪いと思ったけど、私なりに調べを進めていたのよ」



 聞けばシャルマは、別行動を取っていた数日間、列車に乗り遠方へ行っていたのだと言う。

 行き先は王国の中西部。俺が生まれた町。

 いったい何のためにと思うも、そんなのはわかり切っている。ロイドについて調べるためだ。



「コーデリアからも頼まれていたしね。どうにも情報が不足しているからって」


「それで、なにがわかったんだ?」


「主に調べたのは、あの人物が持つ"才能"について。けれどなにもわからなかった、表向きのモノだけしか」



 俺が知る限りロイドが持つ才能は、掘削技術に関するものであったか。

 決して珍しい才能ではなく、多くの炭鉱労働者などはこの才能を持っていると聞く。


 ただコーデリアはそれが、本来の才能ではないのではと考えていたようだ。

 彼女に頼まれ調べを進めていたシャルマによると、どうやらここまでそいつが行使されたような痕跡がなく、不自然に思えたためであるという。

 おそらくあえて俺にそいつを話さなかったのは、暗殺を指示した彼女なりの引け目だろうか。


 ともあれ掘削などという一般的かつ利便性が高い才能であれば、大抵どこかで使われているはず。俺が生まれたのは小さな町だ、人の手は常に必要としていたのだから。

 けれどロイドには、あの町でそれを行使したような形跡がないという。確かに俺の記憶にも、それらしいものは残っていなかった。

 稼業が忙しいという理由であれば、その手伝いを断る名目にはなると思うのだけれど……。



「役場の記録に残る類のモノではないし、事実を知っているのは教会の司祭くらいね」


「そういえば俺に才能の宣告をしたのも、同じ司祭だったはずだ」


「そこはコーデリアから聞いている。けれど司祭は既に他界していた、あなたが売られていった翌年に」



 あの司祭であれば、色々と知っているかもしれないと考えるも、その頼みは脆くも崩れ去った。

 俺が奴隷商に売られた翌年か……。司祭はそれなりに高齢であったが、まだ亡くなるには少々早いような気がする。

 そう考えていると、こちらの考えが読めたのだろうか。シャルマは疑念に答えるような言葉を吐いた。



「どうやらその司祭、自然死ではなかったみたいね」


「どういう意味だ?」


「町の診療所へ忍び込んで探ったけど、死因は薬物中毒。違法性の高い代物の、過剰摂取による心臓発作だった」



 シャルマが隣で小さく話す内容に、俺は手綱を握る手に力が籠るのを感じる。

 あの司祭は俺の才能に関し、ロイドから口止め料として金を受け取っていた。

 けれど基本的には住民からの評判も良く、決してそんな薬物に手を出すような人物ではなかったはずだ。


 その人物が違法薬物の過剰摂取で死んだ。というのは少々どころかかなり不自然。

 となると……



「……殺された、と考えるのが自然だな」


「麻薬で死んだ司祭と、その麻薬を商品として扱う男。さて、これはいったいどういう意味かしら」



 御者台の隣へ移動し、チラリと横目でこちらを見るシャルマ。

 彼女が言わんとしていることなど明らかであり、俺はそいつを否定する言葉を探そうとするも上手く口には出せない。

 まるで思考が、流れる朝靄に溶けていくような気分になりながら、俺は馬車を屋敷に向け走らせるのだった。


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