選択をその手に 04
赤く染まりつつある空へと、遠くで工場の終業を告げる鐘の音が響く。
市街には家路を急ぐ人々の足と、満員の駅馬車が道路を行き交い、疲労と浮かれ気分の混ざった声が混然と漂っていた。
明日は多くの人にとって休息日。大人たちはこのままパブにでも繰り出し、翌週への英気を養おうとするのだろう。
そんな通行人たちを遠目に眺める俺は、夕日色に染まった芝生の上を進む。
市街北西部、住宅街の一角に在る比較的小さな墓地。
リリニアの物とされている墓が設置されたその場所で、俺はロイドと共に歩いていた。
「まさかお前が誘ってくれるとはな」
ロイドは歩きながら俺の方を一瞥、小さな声で含むように笑う。
昼間にロイドが営む店、ノスタルジックを訪れた俺は、夜に時間があると告げ墓参りに誘った。
当初意外そうにしていたロイドだが、長く離れていた我が子からの誘いであるためか、喜び勇んで了承。
閉店作業を終えたところで合流し、こうして墓地を訪れたのだ。
墓参りをするというのもあって、珍しく格好は正装。
三つ揃いの黒いスーツに、バリー警部の物と似た山高帽。そして、以前にコーデリアからプレゼントされた硬木の"ステッキ"。
傍目には葬儀後とでも思われかねない格好であり、その姿を見るロイドは小さく笑っていた。
「立派になったものだ。よく似合っているぞ」
「そいつはどうも。あまりこういった格好は好きじゃないんだけど」
「褒め甲斐のないやつだ。若い頃の私にそっくりだというのに」
ロイドなりに褒めているようだが、これが嬉しいかは随分と微妙だ。
とはいえその部分で口答えをする必要もなく、俺はステッキを乾いた芝生について歩く。
しばし墓石の間を抜けていくと、目的の場所が。
周囲のそれとまるで同じ、半分埋められた簡素な石板へと、リリニアの名が刻まれた墓石。
夕日のおかげで数日前に掘り返した土は目立たない。もしや気付かれないかと思いきや、ロイドは地面を見て立ち止まり呟く。
「これは……」
しゃがみ込み、墓石前の土へと触れる。
やはりそう都合よく誤魔化せはしないか。踏めば長い年月をかけて固まった土と、数日前に掘り起こされた土の違いは感触でわかる。
元が材木商であるロイドには、そういった部分に関する勘も働きやすいようだった。
「掘った形跡……。どうして、いったい誰が!?」
「俺だよ。何日か前にな」
困惑する後姿へと、自らがそれを行ったと告げる。
ロイドは当然ハッとし驚きに目を見開いており、こちらがやったとは微塵も思っていなかったような反応。
さらに単刀直入な問いを投げかける。
「聞かせてくれないか。どうしてここに眠っているなどと嘘をついた?」
俺がここを掘った。その言葉に嘘が無いとわかったのだろう。
ロイドは立ち上がりこちらを向くと、鋭い視線を向ける。
「つまり実の父を疑っていた、ということか」
「なにせ俺はあんたに売られたもんでね。信じてやる前に、事実を確かめる必要があった」
こうして墓参りに誘ったのも、最初からここで話をするのが目的と理解したロイド。
ヤツは張り詰めた緊張感を纏いながら、棺桶の中身が空であった言い訳を口にする。
「どう説明していいものやら……。実を言うとリリニアは、お前の母親はまだ生きている」
「俄には信じがたいな」
「本当だ! そうだ、これから会いに行こう。彼女もずっと会いたがっていた、そこで事情を話すとしよう」
名案だと言わんばかりな表情で、すぐに会わせると告げるロイド。
しかし俺はそんなロイドに対し大きく嘆息。首を横に振って拒絶すると、ここ最近の出来事についてを話した。
「この数日、俺はあの町に行っていた」
「あの町……?」
「俺と、あんたにとっての古郷さ。なにをしに行ったと思う?」
墓地を掘り返してからの数日、俺とシャルマはグライアム市を離れていた。
そのことを告げるとロイドは一瞬怪訝そうにするも、すぐにどこを指しているのかに気付いたようで、表情を僅かに強張らせる。
片道半日以上をかけて移動したのは、俺にとっての生まれ故郷。
少し前にもシャルマが行って調べた場所ではあるが、今回は俺も訪れ方々を探ることに。
生家は既に人手へ渡っていたが、もぬけの殻となっていた倉庫や、教会などで手掛かりを求めた。
もっとも町を探っている最中、町中でまたもやバリー警部の姿を見かけ肝を冷やした。
そういえば彼もまたこの町の生まれであると言っていたが、たぶんこちらと同じような理由で、ロイドについて探るために来ていたのだろう。
「そこの教会でも墓を掘った。死んだ司祭の遺骸を調べるために」
「……」
「何が出て来たかは、言うまでもないだろう?」
手掛かりの最たるものは、やはり町の司祭だろうか。
あの町で生まれ育った多くの人に、当然俺とロイドにも才能の宣告を天から授けたその司祭は、十年近く前に他界していた。
そのためなにか手がかりがないかと、墓をここでやったのと同じく墓を掘り返したのだが、そこからは予想外のモノが現れた。
俺とシャルマ、共に唖然とし言葉すら失うようなモノが。
「棺桶の中には遺骸が二つ。片方は司祭、そしてもう片方は……」
無言で聞き続けるロイド。
ここからどう続くかなどわかっているであろうヤツは、半ば観念したかのうようだ。
表情も落ち着き払っており、否定しようという意思すらない。
俺はそんなロイドの様子をちょっとだけ不愉快に思いながらも、淡々と見たものについてを告げる。
「リリニアが入っていた。俺が小さい頃に左腕を折った、その跡が骨に残っていたよ」
「……よく、覚えていたものだな」
「幼い子供にはショックな出来事だったからな。寸分の狂いもなく同じ場所、それに同じような身長。間違いない、あれはリリニアだ」
グライアム市に来ていたはずなリリニアが、どうしてあの町で埋葬されていたのか。
いやそれ以前にどうして司祭と同じ棺桶で眠っていたのか。
深く推測を巡らす必要すらない。この両者は、同じ人間によって殺害されたのだ。
「完全には白骨化していなかったから、ある程度わかる部分がある。両者に共通していたのは、死後時間が経って起きたのとは別な、肉が腐食したような跡。あんたが流通させている、違法薬物の過剰投与による副作用だ」
土中の環境が比較的良かったためか、腐り落ちることなくミイラ化していた司祭とリリニア。
なかなかにキツイものがあったが、それでもなにか見つからないかと探ってみたところ、発見したのは死因と思わしき痕跡。
暗殺者としての訓練を受ける過程で、俺は若干ながら薬学の分野にも手を出している。
どこかで見たことのある状態に、必死で記憶を掘り起こして出てきたのは、ロイドが扱っている違法薬物によるものと同じ作用。
ここまでくれば犯人が誰かなど、これまた考えるまでもない。
「それだけの理由で二人を殺害したと断罪するのか。この父を」
「生憎と、あんたがそれをしたと信じるだけの根拠は他にもあってね」
声色強く、まだ自身のあずかり知らぬことと返すロイドだが、俺はしらばっくれるヤツに突き付けるべく懐へ手を伸ばす。
ジャケットの下から取り出したのは、一冊の分厚い手帳。
端が酷く擦り切れ、相当に古いことが窺えるそいつは、死んだ司祭の私物であった。
「実は司祭の手記が残っていてね。こいつには色々と書いてある、日々起きた出来事を」
「いったいどこにそんな物が……」
「あんたは気付かなかったようだが、司祭には愛人が居たんだ。大人たちは知らなかったけれど、当時の子供たちの間では噂が流れていた」
大人たちからの評判は良かった司祭だが、その裏で実はかなり生臭い一面があったというのは、当時町に暮らしていた子供たちであれば多くが知っていた。
司祭のお相手は、当時町の外れで小さな金物屋を営んでいた女性で、大人たちは変わり者だと噂していた人物。
そちらは今も健在であり、形見として持っていた手帳を後生大事にしまっていた。
経済的に困窮とまではいかないものの、少しでも多く現金を持っていたいであろう彼女は、交渉の末この手帳を譲ってくれることになったのだ。
「それが証拠になるとでも言うのか?」
「残念ながら、こいつで市警を動かせたりはしないな。だが俺があんたを信用しない理由にはなる」
市警が動くための材料として考えれば、この手帳の力は弱いかもしれない。
しかし俺にとっては、動くに十分な作用を持つ代物だった。
「俺の才能は"暗殺者"、これは間違いない。そしてあんたの才能だが、表向きは掘削となっている。だがここに記されているのは……」
パラパラと手帳の頁をめくり、走り書かれたそれを読んでいく。
いつ誰の結婚式を行い、誰の葬式を行ったのか。そして誰にどんな才能を宣告したのか。
約十年前、俺に暗殺者の才能を宣告した時の事も記してある。ロイドから受け取った、口止め料の額までも。
そしてあの日からさらに遡って二十数年、ロイドが才能の宣告を受けた時が記された日。
おそらくこれが手記を残す切っ掛けになったであろう、手帳の先頭部分に記された部分を、俺は静かな声で読み上げた。
「ロイド・オグバーン。その才は、"詐称"である」




