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選択をその手に 02


 濃霧によって包まれた大通り。

 石炭を燃やして発生したスモッグではなく、深夜まで降り続いた雨によって発生したそれの中を歩いていく。


 現在ロイドが営む店は、通常通りに営業中。そちらの見張りはシャルマに任せている。

 一方の俺は視界の効かぬ中、目の前に現れた門をくぐっていった。

 そこは以前ロイドが訪れ、最初に接触を図った墓地。母であるリリニアが眠る場所であった。


 視界が悪い状況というのもあってか、普段よりもさらに静けさに満ちた墓地。

 俺はその中を歩きリリニアの墓へ近づくのだが、そこには既に先客の影が。

 ロイドではない。二人、スーツを纏った男たちが、墓石を前に小声で話をしていた。



「おや、バリー警部ではありませんか」



 俺はその人物の片方、グライアム市警本部のバリー・ロックウェル警部へと声を掛ける。

 ロイドを違法薬物流通の重要人物と考え、監視していたはずの彼はどういう訳か、この墓地へと姿を現していた。



「君は……。どうしてこんな場所に?」



 いったいどうして警部が墓所にと思うも、きっとロイドの素性からリリニアの墓へたどり着いたのだろう。

 おそらく度々ここへ来ていることを掴み、何か手がかりがないかと考えて。


 一方バリー警部の方も、突然姿を現した俺に驚きを隠せない。

 彼が普段、俺が居ると考えている仕立屋通り(アズウィルク・ロウ)の店は、ここからかなり離れている。

 多くの人が限られた範囲だけで暮らしているのを思えば、ここに見知った顔があると想像する方がおかしいか。



「多忙な知人に頼まれまして、墓前に花をと」



 そう言って俺は警部が立っている、リリニアの墓から少し離れた墓石の前に移動。手にしていた花束を置く。

 刻まれていたのは全く聞いた事が無い名。どこの誰とも知らぬ、適当に選んだ墓だ。


 実のところ俺がここに来たのは、バリー警部と接触をするため。

 というのもロイドの店であるノスタルジックの周囲で、いまだ市警の影がチラついており、彼らはまだ諦めていないフシがあった。

 そこで"偶然出くわした"という言い訳のために、わざわざ花束まで用意して来たのだった。



「そうだったのか。君も忙しない日々のようだ」


「お陰様で。ところでそちらの方は……?」



 こちらの言い訳に、彼は疑いを抱きはしなかったようだ。

 納得した素振りを見せるバリー警部へと、まるで今気づいたかのようにもう一人の人物に視線を向ける。

 そこにはバリー警部と同じくスーツを纏った、けれど彼のそれよりも少し安価なそれを着た男が。



「ああ、僕の後輩だよ。ちょっとばかり手伝いを頼んでいてね」



 警部が紹介したのは、自身の同僚であるという人物。

 バリー警部よりもちょっとだけ若い、どことなく童顔で純朴な雰囲気を纏った男だ。


 コンラッド・ヘニングという名の彼は、バリー警部の後輩で現在警部補であるという。

 以前バリー警部は、ロイドを追跡中にシャルマの妨害によって足止めをくらっていた。

 その反省から最低でも二人体制で動くようにしたのかもしれない。もちろん彼はそんなことを言いやしないのだけれど。



「ところで警部たちこそ、どうして墓地(こんなところ)へ? なにかの捜査ですか?」


「まあ、色々とあってね……」


「そういえば先日もこの近くで、女性と共に馬車に乗っているのをお見掛けしましたが」



 俺はそれとなく、警部にここへ居る理由を尋ねた。

 当然のようにそいつははぐらかされそうになるのだが、少し前にここいらでバリーを見たと告げる。

 その時はテーラーで使う生地を譲ってもらうため、早朝から出歩いていたと理由付けて。


 こんな話題を振ったのは、市警の動きを探る取っ掛かりとするため。

 すると彼はしまったとばかりに顔を抑える。流石にあの追跡を見られていたとは思わなかったらしい。



「やれやれ、想定していた以上に目立ってしまっていたようだ……」



 バリー警部は自身の失態に嘆息。と同時に、捜査のためここに来ていたことを認める。

 そしてとある相手を捜査対象として動いていると告げた。もちろん言葉を濁しながらではあるが。



「ただ上手く証拠を見つけられなくてね。案外僕の見立て違いなのかもしれないな」



 こちらが諸々の事情を把握していると知らぬバリー警部。

 あまり芳しくない進捗状況を嘆き、己の予想そのものが大きな見当違いなのではと疑念を口にする。実際には俺とシャルマの妨害によるせいだというのに。

 そんな彼が発した言葉へと、すぐ横に立っていたコンラッド警部補は、異議を唱えるように口を挟む。



「ですが警部、やはりあいつは怪しいと思います。この元妻にしても、死因に"不審"な点が――」


「コンラッド、余計なことを言うな」



 たぶんこのコンラッドとかいう警部補、バリー警部の事を尊敬しているのだろう。

 だからこそ若干自虐めいた言葉を吐いた彼に対し抗議しようとするも、その内容自体は問題があったようだ。

 最後まで言い終える前に、バリー警部の鋭い声によって制される。


 きっとコンラッド警部補が言いかけたのは、内容からして捜査の過程で得られた情報。

 咄嗟に出たものとはいえ、そんなものを一般人の前で口にするとは、案外不用意な性格をしているのかもしれない。



「すまない、出来ればここで聞いた話、他所では……」


「わかっています。決して他言は致しませんので」



 やはり聞かれてはマズい内容であったようで、バリー警部は口止めを計る。

 俺はその言葉へと苦笑しながら頷き、絶対に吹聴せぬと約束をした。


 まだほとんど捜査状況を探れていないが、少々面白い話を聞けた。

 無理に突っ込んで探りを入れても、妙な疑いを持たれかねないため、この辺りで良しとしておくか。

 それに人に頼まれて墓前へ花を供えに来ただけという体なのだから、ここいらで撤収した方が無難。



「では自分はこれで。またスーツのご注文がございましたら、是非」



 下手に追及をされる前に、それとなく営業の言葉を残し立ち去る。

 背中へと二人の視線が向けられるのを感じつつ、俺は墓所を出て中心部へと向かう駅馬車に飛び乗った。


 満員に近い駅馬車で、箱の上に設置された席へと腰かける。

 そこで遠ざかっていく墓所をチラリと見て、警部らが出てきていないのを確認、安堵の息を吐く。


 それにしても……。

 俺は激しく揺れる駅馬車の上で、さきほどのやり取りについてを思い出す。

 頭の中に浮かぶのはもちろん、コンラッド警部補が言っていたあの言葉。



「"不審"……、か」



 バリー警部に制されはしたものの、コンラッド警部補は間違いなく墓の中身についてそう口にしていた。

 確かリリニアについては病死であると、コーデリアからもらった資料にはあった。

 ロイド自身もそう言っていたので、俺はその部分についてまるで疑いもしていなかったのだが……。


 ただロイドを捜査する過程で、市警はリリニアについても詳しく調べ、結果おかしな部分を発見したということか。



「ん、なにか言ったかい兄ちゃん?」


「いえ、なんでもありませんよ」



 ついつい漏らした言葉に、隣へと座る中年の男が反応する。

 これではコンラッド警部補のことを、不用意などと言えた義理ではない。


 男へと誤魔化しをし、駅馬車に揺られ続け市街中心部へと移動。

 そこでさらに別の駅馬車を拾い、別のルートを辿って少しだけ後戻りをし、監視拠点であるアパートへと入った。


 部屋に戻ると、そこでは清楚な服を着たシャルマが腰かけ、のんびりと茶を飲んでいた。

 この様子からして、さっきまでロイドの店に客として入り、中の様子を窺っていたようだ。



「戻ったのね。首尾はどう?」


「市警の動きを掴めた、とは言い難いかもしれない。ただ……」



 帰ってきた俺の姿を見るなり、シャルマは早速状況を問うてくる。

 そこでこれといって誤魔化す必要もなく、彼女へと見聞きした出来事を話していく。



「なるほどね。……で、どうするの」


「どうする、と言うと?」



 あらかた状況の説明をすると、ずいと近寄り問うシャルマ。

 いったいなにを聞きたいか、察してはいるものの問い返すと、彼女は表情険しくさらに近寄る。



「その警部補とやらが言っていた言葉が気になるんでしょ。なら確認をしないと」


「つまり墓を掘り起こすのかと聞いているのか?」


「流石にそこまでは……。けれど市警には資料が残っているはず」



 ただ察していたのは勘違い。彼女の提案はもう少しばかり穏やかなものだった。

 市警の状況を調べるのであれば、潜入し捜査資料を探るのが一番。そうすればきっとコンラッド警部補の発した言葉の意味もわかる。

 もっともそちらも決して簡単であるとは言い難い。



「そいつはいくらなんでも危険だよ」


「ならいっそ聞かなかったことにして、このまま監視を続ける気?」


「……そうはいかない。むしろ墓荒らしの方が堅実だと思う」



 俺はそう言って、再び外へ出るべく扉の取っ手を掴む。

 必要な物は土を掘る道具。そいつを購入するべく。


 ただそれを察知したであろうシャルマ。彼女は慌てた様子で俺の腕を掴む。



「ちょっと、待ちなさい! あなた母親の墓を暴くつもりなの!?」



 彼女の反応はごもっともだと思う。

 俺がやろうとしているのは、相当に常軌を逸した行為なのだろうから。

 それでもきっとこれは必要な行為。市警の得た情報の真偽を知るためにも、そしてロイドが俺に対し見せている顔の正体を知るために。



「やるさ、必要とあらばね。後で君にも協力してもらうよ」



 俺はそう言って扉を開く。

 すると今度はシャルマも引き留めることなく、無言で見送ってくれるのであった。


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