選択をその手に 01
夜、皆がそろそろ寝床へと入ろうかという頃。
俺はコーデリアの書斎に足を踏み入れ、持ってきた酒のボトルをテーブルへ置いた。
「また随分と良い物を。よくリジーが許したものね」
「気を使ったくれたのでしょう。そのおかげでこうして、お相伴に預かれます」
ボトルと共にグラスを二つ、そして見繕った南方産の甘苦いナッツの入った小皿を置く。
栓を開けて浅く注ぎ、コーデリアが掲げてくるグラスと合わせると、質の良いグラスによる軽快な音が響いた。
話を始める前にちょっとは酒を楽しもうと、口に含むと良い香りが鼻を抜ける。
確かに上物だ。こんな物を口にする機会など、一生のうちで早々出くわすことは出来ないはず。
「てっきりシャルマも連れてくると思っていたのだけれど」
「誘ったのですが断られました。強い酒が苦手らしく」
「……意外ね。強そうなのに」
昼間の俺と、まったく同じ感想を口にするコーデリア。
その強い酒が苦手というシャルマとうって変わり、良家の子女然とした彼女の方は、見た目に反し随分と酒に強い方のようで、アッサリとグラスを空にし酒を注ぎ足していく。
それがちょっとばかり可笑しく、俺は肴を口に運びながら、漏れそうになった笑いを酒で押し流した。
「それで、こうやって俺を呼び出した理由は?」
「単刀直入ね。もうちょっと回りくどい言い方をするものかと」
「強い酒を飲んでいますから、呂律が回らなくなる前にと」
グラスをテーブルに置くと、早速本題を切り出す。
理由としてはコーデリアに言ったように、強い酒を飲むことで酔いに振り回されぬよう。
俺がすぐさま本題に入ったことに、いささか面食らったようだ。
コーデリアは大きく目を開いて数度瞬きをして口を開く。
しかし彼女もまた単刀直入に返してきた言葉に、俺は眉をしかめ唖然としてしまうのであった。
「今回の標的だけど……。フィルの好きにしていいわ、暗殺するもしないも貴方に任せる」
彼女の発した内容に、自身の思考が止まりかけたのを自覚する。
今、コーデリアはなんと言った? 標的であるロイドを暗殺してもしなくても、どちらでもいいと言ったのか?
さらにもし実行しなかったとしても責めないし、屋敷から居場所をなくしたりする気はないと告げるコーデリア。
「意味が、理解できませんが」
「あの人物を暗殺するのに変わりはないけれど、それを実行するのは貴方でなくてもいい。シャルマにやってもらうわ」
確かに彼女は最初、俺が出来ないようであればシャルマに頼んでも構わないと言っていた。
だが今の問題はそこではない。俺は一旦自分で行うと宣言したし、ここまで一応問題なく行動できていた。
それがいったいどうして、確認のようなことをコーデリアが言い出したのか。
「気が変わったのよ。確かにフィルにとって、これは酷な内容だもの」
酒を煽りながら、フイと横を向き告げるコーデリア。
だがその様子は申し訳なさというよりも、なにかを探ろうとしているかのようだ。
口にグラスを運ぶ頻度も高く、言葉の裏にある本当の目的を誤魔化そうという意図すら見える。
やはり今回の任務を振ってきた時から、コーデリアの様子がおかしい。
そこで俺は思い切って問い詰めることに。
「コーデリア、本心を話してくれないか」
「……そう呼んでくれるのは久しぶりね」
普段の"ご当主様"という、屋敷の主と使用人の関係性を超えた呼び名。
出会った頃、ごくごく最初の時期ではあるが、俺は彼女を名で呼び捨てていた。
しばらくして"お嬢様"と呼ぶようになったのだが、幼いコーデリアがそれを寂しそうにしていたのを覚えている。
コーデリアは薄く笑ってその呼び名を懐かしむ。
しかしこれでも本当の意図を話してくれる気はないようで、これ以上は答えられないとばかりにかぶりを振った。
「一つだけ言えるのはあの人を討っても討たなくても、フィルは今後も暗殺者を続けるということ。……けれどその選択は貴方と私双方にとって、今後にとても大きな影響を与える選択」
「それはいったい……」
「話は以上よ。休暇は今日で終了、明日からはまた引き続きお願い」
コーデリアはそう告げ、まだ半分以上残っているボトルを寄越し退出を促した。
俺は大人しくボトルを受け取って書斎を出ると、足早に廊下を歩く。
大切な問いであるとコーデリアは言っていた。
だがいったいどんな意味なのか、そしてなにが正解だというのか。今の時点ではなにもわからない。
俺がそんなことを考えつつ廊下の角を曲がると、そこにはメイド服を着たシャルマが、腕を組み壁に寄りかかっていた。
「立ち聞きとは、決して良い趣味と思えないな」
「これは仕事よ。本来仕えている人に、屋敷内の様子を伝えくてはならないもの」
ロイドと接触後に俺は一足先に屋敷へ帰ったが、その後の二日ほどは彼女が監視を行っていた。
今日はその報告のために屋敷へ戻っているようだけれど、本来の主であるミセス・ハッチンスにする報告のため、シャルマには休暇もないらしい。
「なんだ、ほとんど飲んでいないじゃない」
「残りはくれるらしいよ。謝罪替わり、ってことなのかな」
「そう……。なら見張りをしている最中にでも飲んだらいいわ」
シャルマは存外減っていないボトルを眺める。
ただ彼女は書斎でのやり取りに関し、あまり触れようとはしない。たぶん問い詰められたくないだろうと考えて。
立ち聞きされていた状態で、今更と思わなくはないのだが。
そのシャルマは話題を変え、俺が屋敷に戻っている最中に、ロイドがどうしていたかを問うことに。
「今のところヤツに動きはない。店から運び出した荷も、船着き場に運んでそのままね」
「悪いね、こっちが呑気に休んでいる時に」
「この貸しは高いわよ。さて、何を買わせようか」
どうやら現状、ロイドの方に動きはないらしい。
店から運び出した違法薬物に関しても、フェリザル川の船着き場へ運んだためどこかへ移すのかと思いきや、まだそこに積まれたままであるという。
流石にあれが移動しようものなら、シャルマだけでは監視の目が足りない。
今のところは状況に動きなしという事なので少しだけ安堵する。
ただそれを一人で監視するという労を負っていたシャルマだけに、ちょっとばかりのご褒美を欲したようだった。
「それじゃあ、また百貨店にでも行くとしようか。財布の紐は緩めておくから」
「大きく出たものね。今度は裁縫道具で澄ます気はないけど」
「あまり思い切るのは勘弁してくれよ。次はリジーも連れて行こうと考えているんだからさ」
今回は俺が理由で負担をかけたのだ、多少の礼くらいはしておきたい。
ただシャルマに遠慮する気はまるでなく、ニヤリとした彼女の口元に寒気すら感じてしまう。
前回百貨店へ行った時にはシャルマと二人で、リジーとその弟は留守番であったため、次は連れて行ってあげたいところ。
それにたぶんエイリーンも行ったことがないはずで、全員を連れていくとなれば、かなりの出費になってしまいそう。
出来ればこっちの方で気を使って欲しいところではある。
俺はちょっとばかり、大口を叩き過ぎたかと後悔する。
ただ一応さっきのは冗談の範疇であったらしく、軽く微笑むシャルマ。そして彼女は一転し、立ち聞きした内容についてを触れた。
「精々考えることね。どうやら直接手を下さずとも、彼女はあなたを見限ったりはしないようだし」
そう告げると、廊下から去っていく。
廊下に一人残された俺は、しばし無言でその場へと立ち尽くす。
少しして部屋に戻り、ベッドへ腰かける。
頭の中で反芻するのは、コーデリアとシャルマの言葉。
ロイドを自らの手で討つのか、それともシャルマに任せてしまうのか。その選択は自身の手に委ねられている。
これまでは自身の判断で行動することはあっても、基本的にコーデリアから下された一つの命令に向け進めばよかった。
けれど今回はそれすら自身で選ぶ。そのことに妙な違和感を覚えてしまい、無意識のうちに手にしたボトルに口をつける。
「……苦い」
さきほど飲んだ時は、深く芳醇で甘さすら感じる味だったはず。
しかし今はその味が舌に鋭く刺さり、苦いとすらようにすら思えてならなかった。




