堕落の聖堂 06
ブラックストン家を出て、教会へ潜り込み既に六日目。ここに来て俺は、予定を大きく変更する事態に直面した。
教会の責任者である老司祭が、シスターたちの謀によって死去。
その後戻ってきた連中のリーダー格である、バーサによって仲間に引き入れられたためだ。
ここへ来た当初は、人身売買の主犯と目された老司祭を討つだけの予定だったが、これによって大幅に指針を変更。
今はすべてのシスターが暗殺対象となってしまい、結果すぐの実行が困難に。
もっともある意味では核心に近づいたとも言える。なにせ身内となったことによって、子供たちが売られていく経路も探りやすくなったのだから。
「もう一度仰っていただけません? 言葉の意味がよくわからなかったもので」
朝食を済ませ、子供たちが外へ遊びに行ったため静かになった教会。
その食堂で食後の茶を楽しんでいたシスターバーサの前へ腰かけると、彼女に対しとある提案を口にした。
ただバーサはそれに対し怪訝そうに眉を顰め、意図するところを問い返す。
「ではもう一度。今ここに居る子供たち全員を、一度に売り渡しましょう」
「……念のため聞きますわ。いったいどうしてそのような?」
俺が提案したのは、現在教会の孤児院に居る数人の子供たち全員を、纏めて人買いへ売ってしまおうというものであった。
当然それを阻止し、シスターらを討つ側であるため本心からではない。
理由としてはまず、売却ルートの特定をしたいというのが一つ。
そして二つ目は、この場でシスター全員を始末してしまう場合、どうしても子供たちの目に触れてしまう可能性が高いため。
後者のためにはまず子供たちを遠ざける必要がある。シスターたち全員から。
となるとこれ以外に手段がなかった。
「君たちは商売として行っているのだろう? なら大きな利益を得る機会、逃す手はないはずだ」
「しかし一度に多くの子供が消えれば、流石に捜査を受けるのは避けられません。あの警官は前の司祭様を信用していたので、強硬な手段は採りませんでしたが」
「そこはこちらで対処するさ。なにせ今の僕は代理とはいえ、ここの司祭だ」
もちろんリスクは存在するが、それは承知の上。
俺が本職の司祭ではない以上、潜入が長引けばどこかで下手を打ってしまう。早々に片をつけたい。
もっともバーサはこの提案に対し、及び腰であるようだ。
無理もない。子供たちが去るというのは、つまり里親が見つかるということ。全員一度にとなれば、いくらなんでも疑いの目は避けられないだろうから。
これは想定の範疇、ちゃんと説得するための方便は用意してあり、俺は自信があるように見せつつ告げる。
「つい先日、国民院で孤児救済に関する法案が可決された。それに伴って西部に国営の孤児院が設立される、そちらへ移ったことにすればいい」
これに関しては本当だ。ここリットデイル王国は世界に名だたる強国ではあるが、まだまだ大きな諸問題を抱えている。
孤児の増加もその一つ。幼くして親を失った、あるいは捨てられた子供が大勢居り、スラムでは常に大勢の子供たちが空腹に喘いでいた。
現在ブラックストン家に居るメイドのリジーと、彼女の弟もその部類に入るだろう。
その対策として生まれた法だが、今回はバーサを欺くために利用させてもらうとしよう。
「それにこのご時世、孤児など吐いて捨てるほど居る。グライアム市で少し探せば、次の"商品"はすぐ見つかるさ」
「……わかりました。商人との接触はこちらで行います、早ければ週明けにでも」
思いのほか簡単に引っかかってくれたようで、バーサはとりあえず納得し取引の実行を口にする。
まだ完全にこちらを信用してはいないだろうが、それでも目の前にぶら下がった札束に、飛びつかぬという選択は出来なかったらしい。
そんなバーサは了解を口にすると、ニヤリと表情を歪ませる。
「ちょっとだけ貴方を見誤っていたようですわね。一見して気弱そうにも見えましたけれど、その実わたしたちよりもずっと悪辣」
「お褒め頂いて光栄だ。案外こちらの方面でも才能が備わっていたのかもしれないな」
「それで思い出しましたが、貴方はどのような"才能"を? わたしは……、そこまで特筆するようなモノではありませんが」
俺が口にした下劣な案に対し、称賛とも侮蔑とも取れる言葉を向けるシスターバーサ。
だが彼女はふと思い出したように、こちらの生まれ持った才能についてを問うてきた。
俺が"暗殺者"という奇異な才能を下されたように、バーサらシスターたちが持つ才能も様々だ。
単純にシスターとしての才能を宣告された者は居らず、そう珍しくもない一般的なモノばかり。
大抵の人は才能に沿った道を選ぶものだが、世には"紅茶へ砂糖を入れる才能"などという、使いどころが異様に限定されたモノもあると聞く。
信仰の道に入る人は、そういった才能を職に結び付けられなかった人である場合がとても多い。
シスターバーサの口調から察するに、彼女もまた同じような類であろうか。
「僕も似たようなモノさ。人に自慢できるような才能じゃなくてね、最初は嫌々この道に入った」
そんなバーサに、軽い調子で自身も同じであると返す。
教えるのが憚られるような才能だとは言うものの、実際には彼女らとは異なる理由で口に出来ないだけだが。
「だからこそ、この機会に財の一つでも築いておきたい」
「ようやく納得出来ました。貴方がこうも簡単に、協力してくれると決めた理由が」
「そいつは良かった。疑いは晴れてくれたかな?」
おそらく特筆する才能に恵まれなかったであろう彼女らにとって、才能を活かし華々しい活躍をする者たちは眩く映るはず。
昨夜子供たちが眠った後、食堂で酒を呑んでいたシスターたちの会話からは、鬱屈した感情が漏れ出していた。
きっとそういった部分が、シスターでありながら不法行為に手を染め、金に走った要因になっているようにすら思える。
そこを考えれば、少しばかり不憫に思わなくもない。この世界の不条理な仕組みに対する不満も。
しかしそいつを差し引いても、欲に駆られ罪のない子供たちへした仕打ちは看過できるものではなく、相応の報いは受けてもらわねば。
「それじゃ、取引の諸々はそちらに任せるよ。僕は警官に会ってくる、明日の葬儀の件でね」
そう言って立ち上がると、バーサの返事を待つこともなく食堂を出ていく。
いったいどういったルートで子供を市場に流しているのかはまだ不明で、出来れば早々にその部分を知りたいところではある。
けれどあまり突っ込んで聞いてしまうと、折角ここまで油断させたのが水の泡となってしまいそうだ。
教会を出ると丘へ沿うように小道を進み村へ。
真っすぐに広場を抜けて駐在所にたどり着くと、警官へ表向きの要件を告げた。
「わかった、葬儀は明日の昼前だな。村の人たちには、こちらから知らせておこう」
すると彼は待っていたと言わんばかりに、老司祭の葬儀を行う日程を反芻確認する。
シスターらと違い、老司祭は村での信用が厚かった。
そんな老司祭の訃報は小さな村を揺さぶり、故に彼の葬儀にはほとんどの村人たちが出席の意思を持っていた。
だがこの話を伝えるために来たというのは、あくまでも建前に過ぎない。俺は世間話に興じるフリをしながら、ソッと警官に本題を口にする。
「おそらく週明け、子供たちが人買いに売られていく」
「な、なにを言って……」
「わかっていると思いますが、シスターたちの犯行です。貴方の力を貸して欲しい」
浮かべた笑顔に反する不穏な言葉。それを聞いた警官は一瞬動揺し表情を変える。
だが力強く発した懇願に、彼はなんとか口を閉じ困惑の声を抑えた。
子供たちをシスター連中から引き離すための手段として、人買いに一時売り渡すという手を講じたが、問題はそこから子供たちを救出する手段。
俺一人で動くにはどうしても限界があり、誰か協力者の存在は不可欠と考えた。
「まさかそんな。……いや、薄々そうではないかと思っていたが」
「なら話は早い。今は彼女らに協力するフリをしています、阻止と捕縛に協力してくれませんか」
最も手近な協力者の候補となれば、やはりこの警官を置いて他には居まい。
彼とは何度かやり取りをしているが、ずっと子供たちを心配していた。それに早々に教会へ疑いの目を持っていた。
司祭への信頼のため行動には移さなかったようだが、彼の目と人柄は信用できそうだ。
「君はいったい何者なんだ? 偶然立ち寄っただけな、ただの司祭には思えないが」
その一方でこのようなことをするこちらに対し、警官は不信感を抱く。
一介の司祭がするには干渉し過ぎ。そして危険を冒しすぎであるのは確かで、疑念を持つのは当然と言えば当然。
若干苦しい気もするが、前もって考えておいた新たな仮面をかぶるとしよう。
「実を申しますと、自分は国の機関に属していまして。ここで起きている事態の調査をしに」
「もしや政府の調査室か? どうして政府の機関が……。それに市警本部に報告を何度送っても、なにも返ってこなかったというのに」
「どうやらシスターたちは、グライアム市警の人間に賄賂を贈っているようで、貴方の報告は握り潰されています。そちらの調査は別で進行中でして」
我ながらよくぞここまで淀みなく出まかせが吐けるものだと思う。
ただ実際警官が勘違いしたような、政府直轄の不正等を調査する機関は存在する。
それにコーデリアが市警の調査を行っているため、この部分に関して言えば本当だ。
そしてこの言い訳を、警官は信用してくれるらしい。
自ら司祭であることを疑ったのに加え、元々教会が怪しいと睨んでいたのや報告が無視されていた件もあって、信用に足ると捉えた。
「わ、わかった。協力しよう、どうすればいい?」
「助かります。ひとまず明日の葬儀は普通に済ませましょう、それから――――」
市警本部が当てにならずとも、これは警官としての責務であると考えたようだ。
まだ事情を完全には把握できていないものの、彼は決意し協力を申し出る。
そこで俺は小声を聞き取る体勢になっている警官に向け、おおよその指針を口にするのであった。




