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堕落の聖堂 07


 十日目。夜半に入ってチラチラと雪が舞い始めたその日、俺は教会を訪れた男を前に笑顔を浮かべていた。

 薄暗い聖堂。男は居並ぶ子供たちを()めつ(すが)めつ観察し、持っていた手帳に数字を記入していく。


 この男はバーサが連絡を取り、訪れた人買いだ。

 暖房もない夜間の聖堂で、子供たちは冷たい空気に指先を焼かれ震える。

 これから自身がどこへ連れていかれるかを知らぬも、子供らは不穏な空気を察してか、シスターへ縋ろうとしていた。



「触るんじゃないよ! お前たちにはもう用が無いんだ」



 しかし幼い少女が裾を掴むも、シスターの一人はその手を強かに払う。

 今のシスター連中にとって、子供たちはただの金づる。金に換えるまでは、逃げ出さぬよう優しく接していたが、事ここに至ってはそれも必要ないということか。


 苛立たし気なシスターの一人は、そのまま平手を振り上げ少女を打とうとする。

 ただそれを黙って眺めることはせず、俺は腕を伸ばしヤツの手首を掴んだ。



「止さないか、見苦しい」


「なんだ司祭様。もしかしてこいつらに同情でもしたってのかい」


「そうじゃない。少しでも傷物にすれば、払う額を減らす口実になるだろう。君の取り分だけ減らして構わないなら、好きにするといい」



 現在人買いの男が子供たちに対ししているのは査定。容姿や年齢、肉付きの良さを見て金額を付けるという作業であった。

 これまでは村近くに在る林の中で、この取引を行っていたとのこと。

 ただ今回は子供の人数が多いのに加え、老司祭が居なくなったことで堂々と教会で取引を行うことにしたらしい。


 その老司祭の葬儀は三日前に済ませた。

 人望が厚かった人物であっただけに、村の人々が涙を流す中、シスターらも神妙な顔を作っていたものだ。



「……チッ。わかったよ」



 俺が制止したことで、シスターの気は削がれた。

 舌打ちしながら腕を払うと、不満そうな表情をしながらも、大人しく子供たちから離れ壁へ寄りかかる。


 こいつらの悪事について確証を持ち、共犯者として迎え入れられてから数日。

 本性を現したシスターらがここまで見せてきた姿は、実に醜悪そのものだった。

 隠さなくなった素行は怠惰そのもの。喪に服しているという理由をつけ教会を閉め、祈りを捧げず昼間から高い酒を煽り、"薬物"から立ち昇る煙が聖堂を汚し続けた。


 堕落という言葉では足りぬその姿は、俺の精神を急激に荒ませていくように思えてならない。




「ふむ、こんなところだな」



 そんなことを考えている内に、人買いによる子供たちの査定は済んだようだ。

 男は手帳の一部を千切ってバーサに渡すと、持参したいくつかの鞄の内、二つを彼女に手渡した。



「お前たち、早く行きなさい。外の馬車に乗るのです」



 バーサは受け取ったそれに納得すると、子供たちを一瞥し外を指さす。

 教会の外には人買いが乗ってきた、大きな馬車が待機している。そいつに乗るよう促すのだが、発せられた声は酷く冷たいものであった。


 子供たちにとって、これまで優しかったシスターらの変貌ぶりは、心へ深い傷を穿つに違いない。

 必要があったとはいえ、このような状況へ至らせた俺としても、正直心苦しいものを感じる。

 もっともシスターらを始末する様子を目にするよりは、ずっとマシであると考えるしかないのだが。


 外へと連れ出された子供たちは、二頭立ての駅馬車と見紛うばかりなそれに乗せられていく。

 手荷物すらなく、全員が押し込められたところで合図なしに走り出すと、馬車はすぐに丘の陰へと消えてしまった。



「さあ、祝いをするとしましょう」



 鞄を持ったバーサは、馬車が見えなくなるや建物へ戻っていく。

 ただ俺は入っていくシスターらの背を追うことなくその場へ留まり、居なくなったところで教会周辺に生える草むらを眺めた。


 すると一か所、ガサリと動いた場所から人影が姿を現す。

 コートを着込み、帽子を目深にかぶったその人物は、俺の方を見ると小さく頷く。

 俺も頷き返すとその人物は静かに移動を始め、村の方へ消えていった馬車を追いかけていった。


 今のは村の警官だ。彼は村に馬を用意しており、そいつに乗って子供たちが乗せられた馬車を追いかける手はずとなっている。

 ここまででなんとか、人買いは南部の港へ向かうということだけは掴んだ。しかし最終的な目的地まではわからず、このような手段を採るしかなかったのだ。


 ともあれあちらは彼に任せるしかない。俺は踵を返すと、雪を避け教会の中へと戻る。



「首尾はどうです?」



 聖堂に足を踏み入れると、シスター連中が酒盛りを始めようとしていた。

 ただそいつらを無視して奥へ進み、食堂に居たシスターバーサへと話しかける。

 彼女は鞄の中身を一瞬チラリと覗き込むと、満足げな様子で返す。



「なかなかですわね。今回は一度に大勢を渡したので、少しばかり色を付けてくれたようで。こんなことなら、最初からこうしておけばよかった」


「前まではあの司祭様が居たでしょうに」


「こんな額になると知っていれば、もっと早く始末していました。わたしたちのビジネスも、今頃軌道に乗っていたかもしれない」



 受け取った小さな鞄の中身はここからでは見えない。だがかなりの額であるのは明らか。

 なにせ中を窺ったバーサの目が爛々と輝き、口元は下卑た欲望が漏れているかのように歪んでいたのだから。


 俺自身も両親に売られ、闇市場で競りにかけられた関係もあって、多少調べた経験がある。

 子供一人の売却額は決して安くはない。特にまだあまり物を知らぬ幼子であれば特にだ。

 そんな子供が数人となれば、俺がブラックストン家に競り落とされた金額には遠く及ばないだろうが、かなりの額にはなるはず。



「これからもっともっと稼いでいきますわ。そのためにも、貴方には子供たちをかき集めてもらわないと」


「……わかっています。最善を尽くしますよ、僕に出来る範疇でね」



 手にした金に興奮し、より多くを求めるシスターバーサ。さらに子供たちを食い物とするのを、まるで意に介してもいない。

 おそらくシスターらの間で蔓延している、薬物の影響もあるのだろうが。


 俺はそんな女に適当な言葉を返しながら食堂を出ると、教会の裏口へ向かう。

 外に出て裏口の扉へ厳重に鍵をかけると、次いで表に回り聖堂へ入る。

 そこでは既に数本の瓶が転がっており、エールやジンを煽り、欲し肉と葉っぱを堪能しながら大きく笑うシスターらが。



「ああ、司祭様。あんたもどうだい?」



 再び現れた俺に向け、赤ら顔のシスターらは酒を勧めてくる。

 しかしその言葉を無視。振り返って扉へ向くと、裏口同様に固く閉ざした。

 すると一見してただの戸締りにしか見えぬそれに対し、シスターらは酔った思考で軽く笑う。



「なんだなんだ? もしかして警官が攻めてくるってか?」


「そいつはいい。神と金と"大切な子供たち"を守るために立てこもってやろうじゃない、酒はたんまりあるんだ」



 まるで緊張感のないシスターらの不愉快な笑い声を聞きながら、壁際の燭台へ触れる。

 そんな俺に近づいてきたシスターの一人は、笑いながら酒瓶を押し付けようとした。


 おそらくこいつにとっては、ただ酒に酔ってのちょっとした冗談であったのだろう。

 しかしその不用意な行動が、自身を最初の標的として差し出す羽目になってしまった。

 俺は馴れ馴れしくすり寄ってきたシスターに微笑み返すと、触れていた燭台を壁から引き抜き、取っ手の部分で強かに顔面を殴りつけた。



「…………ぇ?」



 いきなり殴られた姿に、向こうで酒を呑んでいたシスターの一人から、困惑の声が漏れる。

 ただそいつ以外には、突然燭台が地面に落ちたようにでも見えたかもしれない。


 次いで崩れ落ちていくシスターの手から離れた酒瓶を掴むと、勢いよく投げつける。

 酒瓶は腰を下ろし葉を咥えていた一人の頭に命中。ここに至ってようやく、他数人のシスターらも異常を察知した。



「お、お前なにを――――」



 大きく目を見開き、動揺して立ち上がろうとするのが見える。

 発せられかけた言葉を聞き終えることなく床を蹴り、固まって酒を酌み交わしていた連中に肉薄。

 締め上げ、肘を振るい、拳を腹部に打ち付ける。

 混乱しひとまず逃走を計るも、閉じられた扉に阻まれたシスターら全員を気絶させるのに、一分とかかることはなかった。



「さて、お次は……」



 さきほど引き抜いた燭台からは蝋燭が外れ、落ちた床へと炎が移っていく。

 最初からこの教会には火を放つつもりだった。なのでこれは別に問題ないか。


 炎がじっくりと聖堂内に広がっていき、強くなった光がシスターらを赤く照らす光景から視線を逸らし、小さく呟いて教会の奥へ向ける。

 すると丁度そこで、物音を不審に思ったのだろう。

 食堂に居たシスターバーサが大きな足音を立て、聖堂への扉を勢いよく開いた。



「この騒ぎは何事です!」



 強い剣幕で聖堂内を睨みつけるバーサ。だがその表情も、ほんの一瞬だけ。

 起きている惨状を目の当たりとし絶句した。



「こ、これはいったい……」


「やあ、シスターバーサ。神聖な場所で悪さをするのは感心しないな、おかげでこの有様だ」



 燃える聖堂を見回し、シスターらを見つけ恐怖心の混ざった眼を俺に向ける。

 倒れたシスターらは気絶しているだけなのだが、おそらく既に死亡したと考えたのだろう。



「あなた何者なの。ただの司祭じゃない……」


「確かに司祭じゃない。俺はただの悪党だよ、君と同じね」


「まさか最初から、わたしたちの金が目的で!?」



 すぐに俺の正体が、ただの司祭ではないくらいはわかったようだ。

 ただこの教会へ現れた目的そのものが、自分たちを仕留めるためであるとまでは流石にわからないか。



「お願い、……わたしだけは助けて頂戴」


「命乞いか? 子供を食い物にする悪党にしては、まるで覚悟が無いと見える」


「や、山分けしましょう! お金の半分をあげる、いいえ全部でもいい!」



 燃え広がっていく聖堂の床に散らばる死体……、と勘違いしているそれらを見て、自分だけはと懇願する。

 ここへ飛び込んでくる時にも手放さなかった鞄を差し出すバーサ。やはり自身の命には代えられないようだ。



「そうだ、これから先のお金も貴方の物でどう!? わたしは貴方の手下になる、だから……」


「悪いがそういった物には興味が無い。俺が君に望むのは一つだけだ」



 子供たちを売って手にした額は、なかなかのものであるようなので、普通の人であれば魅力的な提案に違いない。

 しかしそんな金を受け取る気などさらさらなかった俺は、笑顔を浮かべたままで簡潔に願いを口にした。



「大人しく眠っていてくれないか。この炎の中で」



 そう告げると、一気に間合いを詰め拳を振り上げる。

 鳩尾にめり込んだそれによって息を詰まらせたシスターバーサは、くぐもった声を漏らし床へと崩れ落ちていった。


 死にこそしていないものの、これによって他のシスターたち同様、しばらく意識が戻ることはない。迫る炎と煙によって燻されようとも。

 俺は全員がその状態であることを確認すると、床に落ちた鞄を手に取るかどうか一瞬だけ悩んだ末、結局そいつを放置したまま教会を後にするのであった。


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