↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/150

堕落の聖堂 08


 聖堂から広がった炎は教会を包み込み、その後は夜通し燃え続けた。

 雪こそ降っていたものの空気は乾燥、村にも碌な消防設備などはなく、近くの川からバケツで水を運ぶことしかできない。

 結果教会は全焼。俺はその光景を、村から少しだけ離れた丘の上で見守った。


 夜が明けてから、偶然通りがかった旅人に扮し村へ。

 そこで教会内部に生存者がいないことを探ると、静かに村を出て子供たちを追った。


 出火に関しては火の不始末、そしてバーサを始めシスター全員の死因は、詳しく調べられるまでは誤魔化せる。

 もう一人居た司祭、つまり俺に関しては死者への冒涜となるとは思いつつも、前もって俺と背格好の似た死体を墓場から掘り起こしておいた。

 燃えたその死骸を見れば、村の人たちは教会の人間が全員死んだと受け取るはず。



「ここが目的地か。随分と遠回りをしたもんだ」



 村を出てグライアム市を避けるように南下。

 途中で通る村々で手掛かりを探り、そいつを辿るようにして街道を進んでいきたどり着いたのは、南岸の港町。


 そこに着くなり俺は大きく伸びをし、長い道のりを振り返る。

 あの人買いは村を出て、真っすぐに目的地へ向かいはしなかった。おそらくは尾行の可能性を考慮して。



「けれど予想通りにいってくれたか。子供たちは……、全員無事みたいだな」



 港町へ辿り着いた俺が立っているのは、その町に在る警察署が見える路地。

 そこには大勢の警官たちが忙しなく動いており、建物の外には人買いが子供たちを乗せていった馬車が停められていた。


 あの警官に求めた役割は、人買いを追いかけどこへ向かうかの確認だけではなかった。

 たどり着いた先で現地の警察に応援を求め、子供たちを救出するというのが目的。

 なにせまだグライアム市警の誰が抱き込まれているとも知れず、市外の警察に助力を願うほかなかったために。


 路地からは警察署へと、毛布を羽織った子供たちが入っていくのが見える。

 どうやらうまく救出してくれたようで、この警察署の中に人買いの男が拘束されているのは間違いなさそうだ。



「お前たち、見世物ではないのだぞ。散れ散れ!」



 そんな警察署の前には、多くの人々が詰めかけていた。

 港があるとはいえ、さして大きくもない町だ。珍しく起きた大捕り物に、人々の関心が向くのは当然。

 そして集まった人たちを帰そうと、警官たちは疲れた様子で大声を張り上げ続ける。


 俺はそんな騒動へ紛れるように路地を出ると、密かに警察署の裏手へ周る。

 表側とはうって変わり、まるで人の気配がない裏口の扉を引くと、既に済ませていた警官への変装を利用し奥へと進んでいく。

 拘束された犯罪者などは、大抵が上階に設置されている牢へ入れられている。そこが目的地だ。


 さり気なく人の動きを探りながら、階段を上っていく。

 すると踊り場で階段の手すり越しに、この地まで遥々追いかけてきた警官の姿が見えた。



「ああ、教会の代理司祭が教えてくれたんだ。彼のおかげで、ここまで追って来れた」


「なるほどな、ではその司祭とやらは今も向こうの教会に?」


「だから早く戻ってやらないと。次はあのシスターどもを捕まえる番だ」



 椅子に腰かけている彼が話をしているのは、どうやら現地の警官であるらしく、その相手へここまでの経緯を説明していた。

 人買いを追ってくれたあの警官は、今の時点で教会が燃えたことを知らない。

 俺が生きていることも伝えるつもりはなく、少しして村に戻ってから愕然とするであろうことは、想像に難くなかった。


 心の中であの警官に感謝をしつつ、顔を見られぬように階段を上がり続ける。

 そうして警察署の奥まった場所に設置された拘留施設へ立ち入ると、そこでは壁へ寄りかかり大きな欠伸をする警官が立っていた。

 俺はその警官へと、ちょっとした知り合いであるかのように声をかける。



「随分と眠そうだな」


「昨夜から一睡もしていないからな。本来なら非番だったってのに、あのよそ者も余計なことを」



 すると再度大きな欠伸をしつつ、わざわざ遠くから人買いを追ってきた、他所の警官への愚痴をこぼす。


 ここは特別大きな町ではないが、それでも警官の数はそれなりだ。

 さらに案の定、昨夜行われた大捕り物のせいで寝不足となっているのもあって、俺が見たこともない人間であることすら気付いていなかった。

 警察も移動などによって存外人の入れ替わりが激しい。なので自身の記憶が曖昧なだけと考えたのかもしれない。



「そう言ってやるなよ。少しだけなら代わるぞ、用を足して顔でも洗ってきたらどうだ?」


「……そうだな、しばらく頼む」


「ついでに仮眠でもしてくるといい。上の人間に見つからないようにな」



 そんな警官へと、俺はしばしの休息を摂ってはと提案する。

 見張りという役割はあるものの、対象が頑丈な鋼鉄製の檻に閉じ込められている状態では、何も出来やしないはず。

 男はそう考えたらしく、人買いを置いて階下へと降りていった。


 警官が去ったところで俺は牢へと近づき、薄暗い中を覗き込む。

 そこにはあの時にシスターバーサへ金を渡し、子供たちを連れて行った男が、憔悴した様子で俯いていた。



「二日ぶりだな」



 男へと努めて軽い口調で声をかける。するとヤツはゆっくりと顔を上げ、眩しそうにこちらを眺めた。

 ただ一目見ただけでは、俺が誰であるかはわからなかったようだ。再会の言葉にも首を傾げるばかり。


 そこで警官の帽子を脱いで、胸元で印を切り祈りを捧げるポーズをとる。

 するとようやく誰であるかを理解し、一気に目を見開き立ち上がると、掴みかからん勢いで牢の格子に近づいてきた。



「ど、……どうしてあんたがここに。まさか助けに来てくれたのか!?」



 一瞬大声を上げかけた男だが、すぐに我に返り声を潜める。

 俺がどうしてこんな場所に居るのかはさて置くとして、どうやら取引相手である自身が捕まったのを知り、助けに来たとでも思ったらしい。

 もし俺が本当に商売として子供を売っているのであれば、それもあり得たかもしれないが。



「まさか。実はちょっとばかり聞きたいことがあってね」


「お前、前とは雰囲気が……。まぁいい、聞きたいこととはなんだ? それに答えたら出してくれるのか?」


「出してやれるかどうかは、答えてくれる内容次第だな」



 このままでは投獄され、何年塀の向こうで過ごすかわかったものではない。

 そのため人買いの男は僅かに見えた希望へ縋ろうとするのだが、もちろんこいつを助けるために、わざわざリスクを冒して警察署に入ってきた訳ではなかった。


 当然対価を要求し、格子から一歩下がる。

 そして軽く微笑んでやると、男はこちらの本気を感じ取ったようだ。可能な限り答えると迷わず返してきた。



「なら答えてもらおうか。子供たちをどこに連れて行こうとしていたのか、それとお前を使っている人間の名前を教えろ」


「なぜそんな……。まさかお前も警察の人間なんじゃ!」


「もしそうだったら、こんなまどろっこしい真似はしないさ。最初からこれが目的で教会に入り込んだのは確かだけどね」



 この男は主犯という扱いで拘束こそされたものの、バックにはもっと大きな組織が絡んでいるはず。

 子供を人知れず流通させようというのだから、ある程度の組織力が必要となる。

 そこで全容が掴めればと情報を要求するも、これによって人買いの男は俺に対し、下手すると警察以上に厄介な相手ではないかと考えた。


 そのため男は少しだけ後ずさり、大声で助けを呼ぼうとする。



「おっと、大声を上げるのは止した方がいい。もっとも鉛を味見する趣味があるなら話は別だが」



 その声を止めようにも、格子の向こうに立つそいつには手が届かない。

 そこで素早く懐へ手を入れると、忍ばせてあった拳銃を取り出し撃鉄を起こした。

 警官に変装する一環として持っていただけで、俺自身はほとんど使う機会のないそれだが、脅しとして使うには非常に効果的。



「そ、そんな物を撃てば警官が……」


「別にそれでも構わないさ。そこに窓があるだろう、ちょっとばかり高いが伝って降りるのは難しくない。精々追いかけっこを楽しむとしよう」



 虚勢を張る男に対し、無駄であると警告する。

 とはいえこの言葉に嘘はなく、もしここで銃声を聞きつけ警官が上がってきたとしても、その頃には窓から飛び出ている。

 建物の外壁には、木材の梁によるいくつもの出っ張りがある。少しばかり疲れはするが、怪我無く降りるのは容易い。


 迷いなく告げた内容を男が信じるのに、そう時間はかからなかった。

 数秒を経て頷いた人買いは、震える声で向かう予定であった先と、自身の雇い主の名を明らかとする。

 どうやら子供たちは、国内の各都市や他国に海路で運ばれていったようで、今の時点で俺には対処のしようがないものであった。



「助かるよ、この情報は有効活用すると約束する」


「ちゃんと話したぞ、助けてくれるんだろうな!?」


「ああ、ご苦労様。少ししたら出られる、安心してくれ」



 知ることを全て話した男は、約束は果たしたとばかりに必死だ。そんな彼に俺は格子越しに手を差し出す。

 男は安堵の表情を浮かべ、手を握り返す。

 しかし俺は掴んだ手を強く引っ張り、男の身体を格子に引き当てると、逆の手に握っていた小さなナイフを首元へ奔らせた。


 目を見開き、驚愕に震える男へ背を向け、使ったナイフを牢の中へ放る。

 バタリと倒れる音を背後に聞きつつ部屋を出ると、雑談を交わしながら階段を上る警官とすれ違い、素知らぬ顔で警察署の外へ。

 丁度そのあたりで中から大きな声が聞こえ、俄に騒がしくなっていく。男の死骸が発見されたためだ。


 これであの男は檻の中から出られるはずだ。

 ただそういえば、彼には生きて出られるとは一言も言っていなかったのを想い出し、軽く肩を竦めるのであった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。