堕落の聖堂 05
コーデリアから受けた指示によって、小村の教会へ来て五日目。
早朝に食事の準備が済むなり俺や孤児の子供たち、そしてシスターたちが食卓に着く。
だがいつもであれば誰よりも先にその場へ座り、起きてきた子供たちを迎えている人物、つまり老司祭の姿が見当たらなかった。
普段とは異なる状況に、子供たちはどこか不安げだ。
そこでシスターの一人が立ち上がると、老司祭の私室まで呼びに行くと言って出ていく。
俺はといえば子供たちを宥めながら待つのだが、少しして教会の奥、老司祭の部屋がある方から大きな声が響いてきた。
「誰か来て、司祭様が!」
金切声にも近いシスターの叫び。ただどことなく演技めいたその声に反応し駆け出す。
軋む廊下を抜けて部屋へ飛び込むと、そこには立ち尽くすシスターとベッドに横たわった老司祭姿が。
目を開いたまま、ピクリともしない老司祭。普段着である法衣を纏ったまま横たわる彼は、だらりとベッドの縁から腕を落としていた。
そしてすぐ近くには、転がったジンのボトル。
ソッと老司祭に近づくと、手首へ触れて脈を診る。……既に事切れているようだ
「お亡くなりになられているようです」
「ああ……、なんということ。どうしてこんな」
老司祭が亡くなっていることを告げると、ワッと泣き始めるシスター。
彼女の背後からは他のシスターたちもわらわらと押し寄せ、身動きせぬ老司祭を一目見て、口々に嘆くような言葉を発していく。
それはもう、前もって予定していたかのように淀みなく。
「司祭様……。あれだけ深酒は止めるよう申し上げていたのに」
「子供たちの事をとても案じておられました。最近はあまり眠れていなかったようだし、飲み過ぎても不思議ではないわ」
「こんなに強いお酒だもの。彼の身体には重すぎたのね」
騒ぎを聞きつけた子供を追い払いながら、シスターたちはまるで状況の設定を並べ立てるように口を開く。
だがこの言い訳めいた言葉が、嘘であることは知っている。あの人物は決して酒を嗜まなかった。
夕食時にワインをほんの少し、食事の一環として口にする程度で、嗜好品としての酒にはまず手を出していないのだ。現にこの部屋へ忍び込んだ時、酒の影も形もなかったのだから。
つまりこのジンは老司祭の物ではない。
おそらく自分たちの本性がバレたと悟ったシスターの誰かが、無理やり酒を流し込み命を奪った。あるいは全員がか。
「お若い司祭様もお気をつけください。同じようにならぬとも限りませんもの」
老司祭の開かれていた瞼を閉じさせる。すると背後に立っていた一人のシスターが、低いトーンで注意を口にした。
……いや注意などではない、こいつはれっきとした警告だ。
「自分はほとんど酒をやりませんので」
「そうは言っても、"何かの拍子"で飲んでしまう時もありますもの。大人しくしていれば、それも避けられるかもしれませんが」
シスターたちからは、鋭くドス黒い気配がにじみ出る。
下手に勘繰れば同じ目に遭うぞと、脅しをかけているのを隠そうともしない、明確な敵意。
彼女らは自分たちが疑われているのを既に理解している。
老司祭に不信の目を持たれ、村人からは疑念の目を、そして警官からは犯罪者を見る目。
そしてよそ者は老司祭から何かを聞いている恐れがあり、警官に告げ口をするかもしれないとくれば、こうして圧力をかけてくるのも当然か。
「……肝に銘じておきましょう」
この場で全員揃って殺しにかかってこないだけ、まだマシといったところか。
もっともそうなったらなったで、こちらにとっては手を下す好機ではある。
ただ子供たちにそれを見せてしまうのは気が引けた。流石にこちらは口封じとはいかないのだから。
俺は恐怖に屈した風を装い、シスターたちのする稚拙な脅迫へ頷く。
するとその反応に満足したのか、あるいは安堵したのか。シスターらは次々と部屋を出て食卓へ向かっていった。
老司祭の遺骸など、はなから眼中にないかのように。
「貴方には謝罪をしなくてはいけませんね。こうして亡くなるまで、ずっと疑いを捨てることが出来なかった」
ベッドへ横たわる老司祭に近づき、放り出されていた手を組ませる。
今はもう動くことのない老司祭の法衣を整えると、謝罪の言葉と共に胸元で印を切り、別段信仰してもいない神へと祈りをささげた。
結局命を落とすことによって、彼は自らの潔白を証明した。
しかもシスターら自身に首謀者であると白状までさせ、本来の標的を示してくれた。
「報われませんでしたね司祭様。……ですがこの教会、貴方に代わってぶち壊してやりますよ」
彼は善良であった。おそらく俺の人生において出会った中で、五指に入るほどに。
この教会へ滞在しているのはあくまでも暗殺を果たすためで、この老司祭に特段の感情移入をしているつもりはない。
それでも快く迎えてくれた彼に、相応の礼を返してもいいはずだ。
俺は老司祭に薄手の毛布をかけると、部屋を出て台所へ向かう。
おそらく子供たちは隣の建物へ戻されているはず。となれば今が実行のチャンスであるのかもしれない。
全員を相手にしても十分対処できる自信の元、纏う法衣の下へ隠し持っていたナイフの柄に触れ、食堂への扉を開いた。
しかしすぐ間近に立っていた、シスターの一人へ近づこうとしたところで、同じく食堂に入ってきた人影に気付く。
「あら、これはどうしたことかしら?」
聞こえてきたのは女性の声。そこに立つ人物を見てみると、格好そのものは他のシスターたちと同じ。
しかしその顔は、これまで一度として見たことがなかった。
彼女は食堂へ入って来るなり、少しだけとぼけた表情で小首を傾げていた。
「ああ、おかえりなさいバーサ。実は……」
現れたその人物に駆け寄るシスターたち。彼女らは小さく耳打ちする。
そういえばシスターの中で一人、所用で遠方の教会へ行っている人間が居ると聞いていた。
おそらく彼女がそうなのだろうが、シスターたちの反応を見る限り、こいつも同類なのだと思う。
となれば他の教会へ行っていたというのも、本当かどうか。
「なるほどね、司祭様が。とても残念だわ」
「どうするのバーサ。とりあえず教会本部に連絡をしないと……」
「手紙はわたしが書いておく。貴女たちは葬儀屋の手配をしておいて、あと墓地の準備も」
バーサと呼ばれる女が現れるなり、シスターらは急に落ち着きなく縋り始める。
この様子を見る限り、こいつがリーダー格であるのは間違いなさそう。
……ということは教会を離れていたのも、なにか別の理由であるのかもしれない。例えば子供たちを売るための算段とか。
自身の手足であるかのように指示をしていくシスターバーサ。
彼女は食堂から他のシスターたちが出ていったところで、こちらへ向き小さく微笑む。
「お初にお目にかかります、お若い司祭様。長く留守にしてしまいまして、ご挨拶が遅れました」
静かに頭を下げるバーサ。その動きは丁寧で、とても洗練された物が感じられた。
案外元はどこか、良家の子女であるのかもしれない。そういった人間が教会で信仰の道に入るというのもよくある話だ。
その彼女は軽い挨拶を交わすと、今度は親交を深めるという名目で俺を茶に誘う。さっき老司祭が亡くなったばかりだというのに。
「このような時に、ですか?」
「このような時だからこそです。教会本部から新たな司祭様が派遣されるまで、おそらく貴方に当教会をお任せするということになるでしょうから」
もっともらしい理由を並べるが、目的は透けて見える。
さっきされていた耳打ちで、おおよその状況は伝えられたのだろう。他のシスターがした同様に口止めか、あるいは懐柔か。
どれを持ちかけられるかはわからないものの、ひとまず椅子へ座り茶が淹れられるのを待つ。
「申し訳ありません、彼女たちが変な脅しをしてしまったようで」
湯気の立つ温かな茶を淹れたシスターバーサは対面に座る。
すると一見して丁寧ながら、その実は強い物騒さを伴った謝罪を口にした。
「信仰に捧げた身を血で汚すのは、こちらとしても避けたいところですわ」
「さきほど彼女らにも言いましたが、余計なことを話す気はありませんよ。この歳で不審な死を遂げるのは勘弁願いたい」
「賢明かと。……ただ貴方に対しては警告よりも、提案をする方が良いかもしれません」
案の定してきたのは恫喝込みでの口止め。ただバーサはそれに加え、嫌な気配漂う提案も加えてきた。
こいつが言わんとしているものなどわかる。孤児院の子供たちを売る行為に協力しろというのだ。
「このような田舎でも、司祭様は必要。ですが好き好んでここに来る方はそうは居られません」
「つまり自らの意思でここへ赴任し悪事へ加担しろと。君はそう言うのか?」
「可能であれば。実を申しますと、常々司祭様を抱き込みたいと考えていましたの。その方が我々の"ビジネス"にとって便利ですもの」
ビジネス、ときたものだ。
他のシスターたちはおそらく、自身の立場を忘れただ金に目がくらんで孤児の子供たちを人買いに売っている。それは素人臭いやり口や反応から窺えた。
しかしこのバーサというシスターは違う。あくまでも継続的な商売としてこの件を捉えている。
「いずれは組織化し、流通ルートも自分たちで保有しようと考えています。現在のさばっているマフィアに成り代わりたいところですね」
「随分と大それた悪事を考えたものだ。……そんなことに協力すると思うのか、司祭であるこの僕が」
「して下さると確信していますわ。だってこの先も無事でいたいのでしょう?」
笑顔のままバーサが語る内容は、この教会を拠点として人身売買の一大市場を構築しようというもの。
小悪党ではあるのだろうが、それにしてはやたら規模の大きな悪事を考えたものだ。
ただ他のシスターとは異なりここまで語るということは、バーサが陣頭指揮を執っている証であるのかもしれない。
おそらくこいつは今現在行われている悪事の全容を、ただ一人把握しているのだろう。
なので今この場でこいつに襲い掛かり、骨の何本かでも折って脅せば、人買いについても情報を得られるはず。
「……わかった。協力しよう、正直に言えば金は欲しい」
だがあえてその手段を諦め、この場は欲に駆られ同調するフリをする。
拷問の最中に大声でも上げられてしまえば、子供たちや他のシスターも駆けつけてしまいかねない。
「決まりですわね。では今後ともよろしく、司祭様」
懐柔成功に気を良くし、シスターバーサは手を差し出す。
俺はその白くもドス黒い手を握り返し、愛想笑いを浮かべるのであった。




