堕落の聖堂 02
聖夜祭に間に合わせたいという、半ば個人的な理由によって早々に準備を終えた俺は、翌日の昼には屋敷を発った。
一旦グライアム市の中心部近くまで移動し、そこで着替えをし駅馬車の席を確保。一路北西へと向かう。
夜になって村に着き、駅馬車から降りると周囲を見回し、探している場所を見つけると迷わず歩を進める。
そうして向かった建物の扉をノックすると、出てきた人物に穏やかな声を作って尋ねた。
「失礼、教会への道をお聞きしたいのですが」
小さな民家から出てきたのは、煤で頬を黒く染めた男。
一見してそうとは見えないが、この建物は村に唯一の警官が居る詰め所。兼住居だ。
「あんたは? 見ない顔だが……」
扉の向こうから現れた警官は、俺の顔を見て怪訝そうにする。
よそ者であるため不審に思うというのは当然。だがそれに加え警官が怪訝そうにするのは、俺の格好がただの旅行者ですらなかったせい。
「司祭か。だがこの村の教会に居る人間ではないよな」
「さきほど到着したばかりでして。実はさらに北に在る村へ赴任する途中なのですが、今夜はこちらの教会でお世話になりたいと」
グライアム市に着いて早々、俺は教会の司祭へと変装した。
案の定警官は一目見てこちらを司祭であると考え、その正体に疑ってもいないようだった。
この警官は教会併設の孤児院から、子供が消えていることに気付いた人物だ。
職務に忠実である彼はすぐさま市警本部に報告するも、以後まるで音沙汰がないことを不審に思っているであろうことは想像に難くない。
そこで司祭に扮して接近し、色々と探ろうという魂胆。もちろんこの後で教会へ潜り込むという目的もあって。
「教会に……、か」
「なにか不都合でも?」
「いや、別にそういう訳ではないんだが。少々気になる事が」
当然教会の孤児院で起きた失踪事件を知っているだけに、警官は教会へ向かうことに難色を示す。
ここまでは想像通り。目的とする話題の取っ掛かりにはなったため、それとなく聞き出すよう試みる。
「よろしければ何があったか、教えては頂けませんでしょうか? 聖職の身としましては、教会での出来事は気になるところです」
「なかなかに好奇心旺盛な司祭さんだ。……おそらく行けばわかると思うが、実はあそこには孤児院があってね」
こちらが司祭であるというのが功を奏したようで、アッサリと事情を話し始める警官。
報告をするも市警本部から音沙汰がない鬱憤を晴らすかのように、事細かに話してくれた。
内容はコーデリアから受け取った資料通り。ある時を境に孤児院の子供が姿を消し始め、これまで五人ほどが居なくなっているとのこと。
一人や二人であれば、事故か家出による行方不明というので片付いてしまうかもしれない。
しかし一年の間にこれだけの人数となると大事。教会の人間も慌てているとのことだが、本当のところはどうだか。
「教会に行くってんなら、ちょっと様子も確認しちゃくれないか? 今後も起こらないとも限らん」
「わかりました。そのような事態、見過ごせませんので」
「頼んだよ。出来れば警察としては、教会に乗り込むのは極力避けたいんだ」
口振りからするとこの警官も、教会関係者が怪しいと睨んではいるようだ。
もっとも確たる証拠もない上に、自身も信仰しているであろう教会の関係者が、悪事を働いていると信じたくはないのかも。
それだけに市警本部へ宛てた報告が、無駄になっているのは若干不憫ではある。
追々そこは明らかにするとして、警官と別れた俺はひとまず教会へ向かうことに。
警官が指さした方向へ行くと、村はずれへ続く小さな小道に出る。
そこをしばし歩くと丘へ隠れるように、決して大きいとは言えない教会が姿を現した。
さっき警官のもとを訪ねた時と同様、穏やかな笑顔を浮かべドアをノック。すると中からかなり老年の、俺と同じ格好をした人物が出てきた。
「失礼、私はグライアム市の――」
やはり警官相手にしたのと同じ説明を、教会から現れた老人へ。
すると彼はこちらの素性を疑う様子もなく、すぐに柔和な表情となった。
「これはこれは、遠路はるばる。ささどうぞ中へ、暖炉で温まってくだされ」
チラチラと舞う雪が肩に積もっているのが、随分と寒そうに見えたのかもしれない。
壮年の司祭はすぐ中へ入るよう促すと、聖堂を抜け奥へと案内する。
「さあ温かなお茶でも。それとも葡萄酒がお好みですかな?」
「い、いえ。そこまでして頂くわけには」
「ご遠慮などなさらずとも。村の方たちがとても良くしてくださっていまして、幸いにも冬の最中も食べる物には困っておりません」
足を踏み入れた教会は古いものの、しっかりと修繕をされ小綺麗であった。
大都市の教会とは異なる、簡素で自分たちの手製感溢れる椅子などを見ると、ここが悪事の起きた現場であるとは思えない。
老齢の司祭にしても温厚そうで、身体の冷えた俺に対し温かな飲み物を積極的に勧めてくる。
それに司祭なのだから当然かもしれないが、随分と信心深いようで、村人への感謝と同時に神への祈りも欠かさない。
教会内部の人間が犯人である可能性は高いが、本当にこの人物が子供たちを売ったのか疑わしくなってしまう。
もっとも本当の悪党は、自身の本性を隠すのが上手い。この人物がその類である可能性は、まだまだ捨てきれなかった。
「感謝いたします、突然押しかけて無理なお願いを聞いてくださって」
「信仰のために労を担おうとされる方へ、私共が貸せる力などこのくらいしかありません。……ただ申し訳ないのですが、今夜貴方のお休みになられる場所が」
「それこそ気になさらずとも。自分は納屋でも十分ですので」
「流石に納屋でとはいきますまい。ですが教会内には私とシスターたちが使うベッドしかありませんので、併設の孤児院で泊っていただくことに……」
一夜の寝床を用意してくれると言うものの、どうやら教会の中には余ったベッドが存在しないらしい。
しかしその代わりとして、好都合なことに目的の孤児院で用意をしてくれるとのこと。
「一向に構いません。むしろ良い経験になるかと」
「そう言って頂けると助かります。ではこちらへ、シスターと子供たちに紹介しましょう」
正直にそれが好ましいと、しかし本心は隠しながら返す。
すると司祭はホッとしたような表情を浮かべ、早速孤児院の方へと向かおうとした。
一旦教会から出て、すぐ隣の簡素ながら同じ程度の大きさな建物へ歩く。
その間にも司祭をそれとなく観察するのだが、孤児院へ行くのにも嫌がっている素振りは見られない。
これが狡猾な役者的悪党の技量であるという疑念を抱いたまま、案内されるがまま併設の孤児院へ。入るなり見えたのは、数人の子供とさらに同じ数のシスターたち。
「司祭様、そちらの方は……」
「今夜こちらの方が、当孤児院へ泊まられることとなった。寝床を一つ用意してはくれないか」
老司祭はそこに居た全員へ、一夜の寝床にありついた旅の司祭、つまり俺についてを口にする。
ただこの司祭とはうって変わり、そこに居た数人のシスターたちは俺が司祭であると告げられるも、どことなく警戒感が滲んでいた。
それに周囲に居る子供たちは家具やカーテンに隠れ、こちらを窺っている。
短期間に五人もの子供たちが突如として失踪したのだから、警戒感を持たれるのも当然と言えば当然。
それでも司祭が信用した客人ということもあってか、シスターたちは少しして歓待の空気を作り始めていた。
シスターたちが寝床を用意してくれている間、ひとまず俺は再び老司祭についていき、聖堂で祈りを捧げることに。
偽装とはいえ立場的には司祭、まず最初にそうするのが礼儀かもしれない。
ただそのために孤児たちの住居から移動していると、数人の子供たちが後ろについて来るのに気づく。
内ひとりの少女が法衣の裾を引っ張り、不安そうな面持ちで話しかけてきた。
「おにいちゃんも、司祭さまなの?」
「そうだよ。今日は君たちのお家に泊まるから、仲良くしてくれると嬉しいな」
「ならみんなを、わるい悪魔からまもってくれる?」
歩きながらその少女の頭へ手を置き、害がないと主張。
ただ少女はこちらを見上げると、怯えと涙交じりの目で凝視してくるのだった。
「悪魔……?」
「失礼を致しました、子供たちが少々過敏になっているようでして」
ただその少女たちはシスターに連れられ、孤児院の方へと戻っていく。
一方で少女の言葉に首を傾げつつ教会へ入った俺には、老司祭が申し訳なさそうに謝罪をした。
「それはここ最近、子供たちが失踪している件と関係があるのですか?」
「ご存知でしたか……」
「こちらへの道を尋ねた時に、駐在の警官から。話しの流れで」
タイミングを考えると、さっきの少女が言うところの"悪魔"とやらが、何を指すのかなど明白。
どうやら子供の失踪は深夜。寝静まった後に行われているらしく、教会で育っている子供たちは、その現象を信仰上の悪と重ね合わせているようだった。
丁度良いとばかりに、俺は老司祭へ起きている事態を既に知っていると告げる。
すると彼は隠し立てする気もないようで、アッサリと肯定した。
「彼にも相談をしているのですが、なかなか市警からは人を寄越して貰えないそうで。もちろん子供が居なくなった時には、村の方たちと協力して探していますが……」
燭台へ火を灯しながら説明をする老司祭。
どことなく彼からは、憔悴したような雰囲気も感じられる。……やはりこの人物は失踪に関わっていないのだろうか?
とはいえ教会の責任者である彼が、失踪に関わっている可能性は依然として高い。
俺はそんな彼の言葉を信用するフリをしながら、小さく頷くのであった。




