堕落の聖堂 01
しんしんと降りしきる雪の中、一頭立ての馬車でブラックストン家へと戻る。
厩へと戻しひとしきりの世話をしてから屋敷の使用人棟へ入ると、暖炉によって暖められた熱で身体が大きく震えた。
「おかえりなさいフィルさん。今紅茶を淹れますね」
「悪い、身体が冷え切ってしまった。濃い目にお願いするよ」
「ではお砂糖か蜂蜜も少し入れましょう。ところで休暇はいかがでしたか?」
戻って早々出迎えてくれたのは、先日メイドとして迎え入れたリジーだ。
彼女はコートと帽子を受け取ってくれると、暖炉の前に椅子を置きそこへ促す。
リジーのご厚意に甘え、火に手を当てて身体を温めていると、大きなカップに入れられた紅茶が差し出される。
「コーデリア様はお部屋にいらっしゃいますけど、すぐに向かわれます?」
「この紅茶を頂いたらね。本当ならお湯をもらって、身ぎれいにしてから行くべきなんだろうけど」
蜂蜜が入った紅茶を啜っていくと、徐々に身体の内から温かさが戻ってくる。
その頃合いを見計らったリジーは、暖炉へ薪をくべながら視線で上を指す。
まだ時刻は昼を少し過ぎたあたり。昼食を終え一心地ついている頃合いであり、戻った報告をするには丁度よいと言いたいようだ。
とりあえず茶を飲んだらすぐに行くと告げると、リジーは小さなトレーを手渡してくる。
「ではついでに、コーデリア様のお茶をお願いします。こちらも一緒に」
「……ブランデー? こんな昼間にか」
「昨夜はあまりお休みになられなかったようなので。よほどフィルさんの帰りが待ち遠しかったのですね」
あまり眠れていないらしきコーデリアに、アルコール入りの紅茶を飲ませ、昼寝を促そうということらしい。
からかうリジーに見送られ、紅茶と少量のブランデーが乗ったトレーを手に上階へ。
ノックをして部屋へ入ると、以前にも見たように棚の前へ立ち書類束を眺めるコーデリアの姿が。
「おかえりなさい。休暇はどうだったかしら」
「さっきリジーにも同じ質問をされましたが、なかなかに良い数日間でした。身体が休められたかは微妙ですが」
こちらの顔を見るなり、少しばかり可笑しそうな素振りで様子を問うコーデリア。
結局俺は休暇中のすべて、一週間もの間をテーラーで過ごすハメになった。
そこでの日々はずっと立ちっぱなし、手を動かしっぱなしではあったが、実際のところ任務で潜入をしているよりは遥かにマシ。
「大丈夫よ。フィルは頑丈だってドラウから聞いているもの、次の任務をこなしている最中に回復するなんて、お手の物でしょう?」
「あまり過度な評価をされても困りますがね。それにしても"次の任務"ですか、戻って早々気の滅入る言葉を聞かされるとは」
どうやら俺が休暇や任務で屋敷を離れている間、庭師のドラウ爺さんとはそれなりに言葉を交わしているらしい。
それも当然か、なにせ今屋敷に居るのは使用人が二人に、リジーの弟だけ。
必然的にドラウ爺さんらと言葉を交わし、話題がその時屋敷に居ない俺についてとなるのは当然か。
ただ彼女の言葉で気になるのは、やはり次の任務という部分だろうか。
休暇から戻って早々口にしたそれは、おそらく彼女の手に在る書類と関係があるはず。
「もしかして、自身の才能に沿った役目が嫌になった?」
「決してそんなことは。単純に休暇から戻ったばかりです、大抵の人は面倒に感じてしまうのでは?」
「それもそうね。……では早速説明を」
一瞬心配そうな表情を浮かべるコーデリア。
ただ俺は肩を竦めると、休暇明けで戻るのがちょっと億劫になっただけだと告げる。
すると彼女はホッとしたような表情に。密かに俺が暗殺を担っていることを、気にしていたのかもしれない。
そんなコーデリアは一呼吸置くと、次の暗殺対象についてを口にする。
しかしその内容は、ひどく曖昧と言えるものであった。
「今回の標的だけれど、実はまだ特定が出来ていないの」
「どういうことですか? 斬り捨てる相手が見つかるまで、待機しているのが次の任務だと言うわけではありませんよね」
「それはもちろん。私が言いたいのは、解決すべき事象はあるけれど、誰を討てば成せるのかが不明という点ね」
いったいどういう意味だろうかと思うも、実のところブラックストン家の情報網でも、まだ定かでない部分が多いということらしい。
聞けばここ一年程の間、グライアム市の北西に在る小村で、子供たちが何人も行方不明となっているそうだ。
村の教会には孤児院が併設されており、消えているのはそこで暮らす子供であると。
まだ予想の範疇ではあるが、犯人は教会内の誰か。
そして俺に求められているのは、その"誰か"を特定することであった。
「なるほど、そいつは大事だ。ただこう言っては何ですが、ブラックストン家が対処するような事態でしょうか?」
おそらく子供たちは、身寄りがないのを良いことにどこぞやへ売られてしまったのだろう。
当然それは非常に由々しき事態。だがこいつをコーデリアが関わろうというのは、少しばかり首を傾げざるをえなかった。
子供たちの失踪。それを解決するのは暗殺者ではなく警察だ。
基本的にこの家が俺という暗殺者を向かわせるのは、強い権力を持つ者であったり、何がしかの理由があって警察が身動き取れぬという場合。
「その村は一応グライアム市警の管轄だから、そちらが担当するのが普通ね」
「もしかして、まだ子供たちの失踪が公になっていないのですか?」
「村に駐留している警官は動いているようだけれど、途中で報告が握り潰されているみたい。子供を売った金の一部を、市警本部の誰かに渡しているのかも」
どうやら現地の真面目な警察官の労は、より偉い不真面目な者によって散らされてしまったらしい。
少々不憫に思いはするものの、別段珍しくもないだけに、今更感慨も何もあったものではないが。
そんなことを考えてふと思い出されたのは、テーラーで会ったバリー警部のこと。
彼とは休暇中二度ほど顔を合わせたが、非常に勤勉そうな人物であり、言葉を交わす限りとても不正に手を染めそうには見えなかった。
よもやバリー警部が握り潰したということはないだろう。なによりまだ彼は警部としては新米、そこまでの権限はないだろうから。
「市警本部を探るのは……、少々危険かもしれないな。なら現地の警官に接触してみますか」
「本部の方はこっちに任せて頂戴。フィルは直接村へ行って」
ここいらは各々の得意分野を活かした方がいい。
つまり俺は現場に溶け込み、コーデリアは人脈や情報網を駆使し探りを入れていくことに。
「あくまでも想像だけれど、地位からすると教会の司祭が有力だと思うの。でもさっきも言ったように、まだ確証が得られていなくて……」
「そこはなんとか俺の方で探ってみますよ。それじゃあ今回の役目は、まず失踪の真相を探ることか」
「その後に原因の排除を。さらに子供たちが売却された経路を調べて、その後で市警への対処。やることは山積みね」
「……今までで一番面倒そうだな」
前回もかなり面倒だとは思ったが、今回は対象を捜すという労が加わってしまった。
鉄道を使うほどではないにせよ、移動のためにもそれなりに準備が必要となりそう。
「精々上手く立ち回ってみせますよ。では早速準備を……」
面倒とは思いつつも、子供が行方知れずとなっているのであれば是非もない。
ソファーから立ち上がった俺は、準備を始めると告げる。
駅馬車の席を確保し、教会を探るのだから相応の立場を装う必要もある。
意外にやることが多そうであるため、すぐさま開始しようかと思うも、振り返りかけたところで立ち止まった。
「でもその前に、一つ聞きたいのですが」
「なに?」
「前に教えてくれると言ったでしょう、ブラックストン家の本当の目的を」
「……そういえばそんな話もしたわね」
出発前に気付いたのは、以前にコーデリアが話してくれると言っていた件。
最初にマフィアの親子を仕留めた時、それが済んだら教えてくれると彼女は言ったが、結局有耶無耶になってしまっていた。
複数の貴族家と共に生み出したこの暗殺稼業。そこには特別の目的があったというのはわかる。
それを教えてくれるという話だったのだが、すっかり失念していたため、思い出した今聞いておいた方がよいだろう。
「我が家も清廉ではない。つまりはそういうこと」
「それはつまりちゃんと利益を享受する理由があって、こんな暗殺業を行っていると?」
「おおむね。出来ればそれ以上は、聞かないでくれるとありがたいけど」
ブラックストン家が貴族と共に暗殺を行うのは、なにも正義感に駆られて、というような眩しい理由ではないはず。
きっとこの家だって、ある程度後ろ暗い面が存在する。なにせ下手な貴族よりずっと財を持つ郷紳だ、過去に悪事を働いたこともあるに違いない。
そして悪党を暗殺するというのは、家にとってなにがしかの利益に繋がる。
コーデリアはそういったことを言いたいのだろう。
しかしどこか意味深な彼女の物言いに、俺はそれ以上を話すのを避けたがっているであろうと気付いていながら、なお追及を口にした。
「ですがその口ぶりだと、それすら表向きの理由では。もっと別の理由が存在するように思えますよ」
「これ以上はフィルの想像に任せるわ。さらに続きを聞きたければ、もっと悪党を始末してこの家に深入りしてもらわないと」
「そいつは恐ろしい。子供の時分に来て暗殺者に仕立て上げられた時点で、とっくに深入りさせられてるとは思いますけどね」
コーデリアの言いようだと、家の駒となって暗殺を成しても、なお話せぬ部分が存在するということらしい。
幼馴染かつ兄妹も同然な相手であっても、それは口に出来ぬ内容であるようだった。
そんな一通りのやり取りを終えたため、俺は部屋から出ようとする。
ただ扉へ手をかけたところで、コーデリアは向けた背に穏やかな声を向けてきた。
「あと少しで聖夜祭。それまでには解決するよう祈っている」
「なら相当急がなきゃいけませんね。今年はメイドが少ない、俺も料理を手伝う必要がありそうだ」
「私だって聖夜祭用の料理くらい作れるわよ。……寄宿学校で一通り習ったし」
そういえばあと半月もすれば聖夜祭。例年通りであれば屋敷で、豪勢な料理を並べ全員で静かに祝う予定。
だが使用人がほとんど去った今、料理が出来るのはリジーと俺くらいのもの。
コーデリアは心配ないと返すものの、その声は若干上擦っている。それに彼女が嘘をつく時の癖、口角が少しだけ震える様子も見えた。
どうやら言葉とは裏腹に実は料理を苦手としているらしく、ブラックストン家が平穏に聖夜祭を祝うためには、俺が手早く任務を終える必要がありそうだ。




