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ハウンド・ヘイズ “霧の都の暗殺者”  作者: フライング時計
Target 02 巣食う欲と敵
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市警の男 02


 暗殺完遂後にコーデリアから休暇を言い渡された二日後。

 屋敷を離れた俺は、駅馬車を乗り継いで再びグライアム市へと舞い戻った。


 迷うことなく真っすぐに向かったのは、王国議事堂から少しばかり北へ移動した先。

 アズウィルク・ロウと呼ばれるそこは、名の知られたいくつもの服飾品店がひしめく通りだ。

 そこに在る一軒の店。ディクト&ブラックストン・テーラーという看板が掲げられた店へ足を踏み入れた。


 名が示す通りこの店は、ブラックストン家が営むいくつもの稼業の一つ。つまり暗殺業を行うための情報収集拠点だ。

 確かディクトというのは、共同経営者の名前だったか。書類上だけで、実際には存在しない人物らしいが。



「……俺はいったいなんでこんな事を」



 そのテーラーに入ってから数時間後、俺は店内の一角で立ち小さく呟く。


 ここに来るよう言ったのはコーデリア。だが彼女曰く、「お爺様も近いうちに行かせてみるよう勧めていました」とのこと。

 なにか意味深な響きを感じつつも、休暇中他にすることもないため、その時は大人しく訪ねてみようと考えた。

 しかし店に入って早々、従業員によって衣服一式を押し付けられるハメに。


 てっきりコーデリアが任務達成のご褒美として、仕立服でもくれたのかと考えた。

 だが広げてみたそれは至って普通で、一張羅というには少々シンプルに過ぎる。どちらかと言えば、服を押し付けてきた店の人間が着ているそれとそっくり。



「ここに来たのは確か、休暇の一環でだったよな……」


「貴方にとっては、ここでの仕事は休暇も同然では? なにせ今のところナイフを握る必要もなければ、命の心配もしなくていい」



 突如置かれた状況に戸惑いつつも、目の前に広がる役目を片付けていく。

 だがその仕事と"制服"を押し付けてきた人物、テーラーの主人である壮年の男は、苦笑混じりに紙の束を押し付けてきた。



「確かにそうかもしれません、ずっと立ち続けているのは一苦労ですが」


「それはなにより。鉛のようになった脚が、今日を良き経験であったと想い出させてくれるはず」


「良い経験は歓迎するところなのですが……、もしかしてこれを全部自分が?」



 穏やかに話す男へと、俺は受け取った紙束を眺めながら返す。

 そこに記されていたのは、身体の部位といくつもの数字の羅列。服を仕立てるための寸法だ。


 テーラーに入った俺に渡されたのは、それこそまさに店に制服。そしてメジャー。

 あれよあれよという間に店へ立たされ、訪れる客の相手をさせられ、寸法を取る仕事まで担わされた。



「普通は長い見習い期間を経て、ようやく採寸が行えるものと思っていましたが」


「本来であればそうでしょう。ですが前のご当主であるアーネスト様からは、貴方が一通りの技術を修めていると聞いておりますよ」


「それは……、そうなのですが」



 店にもよるそうだが、大抵はこういう高級なテーラーで採寸を任されるには、相当な長期間に及ぶ修行が必要となる。

 だというのに平然とこの役割を負わせられたのは、俺がある程度こういった知識を修めているため。


 幼少時から続けてきた諸々な訓練の中に、どういう訳か仕立服に関する技能の習得も含まれていた。

 当時はなぜこんなことをと思っていたものだが、この店が情報収集を担う役割を持っている以上、いずれ役に立つと考えたのかもしれない。

 もちろん専門的にやってきた人たちには、到底及びはしないのだけれど。



「頼りにしていますよ。我々の役割を知るのも、悪くはないでしょうし」



 ただ大変な役割を押し付けられているだけに思え、少しばかりの抵抗を試みる。

 しかしそいつが功を奏することはなく、男は笑顔だけを残して店の奥へ引っ込んでしまうのであった。


 俺の技能や素性について知っている彼は、暗殺実行に必要な情報収集を担っている人物。

 ここへ服を仕立てに来た上客たちから、色々な情報を聞き出すというのが彼の役割だ。

 前々から知りたがっていた件ではあるけれど、コーデリアは休暇にかこつけて教えてくれたということになる。


 とはいえ今の状況は休暇とは名ばかり。これではただの仕事だ。

 折角得たはずの自由な時間が空々しく思えてくる状況に、人目が無いのもあってついため息が漏れてしまう。

 ただその息を吐き終えたところで、店の扉がゆっくり開かれるのに気づいた。



「失礼、こちらで仕立てをしてくれると聞いて来たのだが」



 ドアベルの音と共に現れたのは、山高帽をかぶった長身の男。

 纏っているスーツはあまり上等ではなさそうだ。ただ一見してその物腰からは、育ちの良さが窺える。



「テーラーですので、それはもちろん。どういったお召し物をご所望で」


「普段の仕事で使える物を。実は上司に言われてね、それなりに見栄えがするのを揃えておきたいんだ」



 暗殺のための情報収集を目的とした店ではあるが、隠れ蓑であるテーラーとしての機能に偽りはない。

 どころかこの店は軍や市警、それに政府筋に多くの顧客を抱えており、グライアム市では名店として名を馳せている。

 というのもあって訪れる客は大抵、誰かからの紹介を受けてだ。



「上司の方、ですか? 失礼ですが、どなたからのご紹介でしょう」



 相手の素性によって、欲しい情報や狙いとする話題は異なる。

 そこで率直に男の素性を聞いてみれば、彼は疑うことなく紹介をしたという上司の名を口にした。


 この名には聞き覚えがある。グライアム市警の本部長であり、ここいらでは知られた人物だ。

 ということはこの男、市警の人間であるらしい。



「でしたら股回りは、少しばかり丈夫にしておく必要がありそうですね。なおかつ動きやすく」


「助かるよ。連日捜査のために歩き通しで、実は今穿いているやつも継ぎ充てだらけなんだ」


「ではそのように。失礼ですが、お名前を伺ってもよろしいですか」



 見れば男が着ているスーツは、当人が言うように所々が擦り切れ随分とくたびれている。

 毎日のように事件を追って歩き回り、汗を流している真面目な警察の格好だ。

 となれば特に消耗が激しい部分はおのずとわかるため、そこを補強しておくよう口にすると、男は少しばかり喜んだ様子を見せた。


 少なくともこのちょっとした親切心で、彼は気を許してくれたかもしれない。

 そこでさらに親しみを持つために、そして単純に顧客の名を確認するために問う。



「バリー・ロックウェルだ。階級は警部、つい最近なったばかりだけどね。バリーと呼んでくれ」



 名を名乗り手を差し出してくるバリー警部と握手をし、こちらも名前を返しながら思案する。

 若干くたびれた表情をしてはいるが、歳の頃はまだ三十路手前といったところか。警部という地位にしては随分と若い。

 彼はそのなったばかりな警部らしくするため、上司に服を仕立てるよう言われてきたようだ。



「では警部殿には、堂々としたスーツをお召しになっていただかなくては」


「あまり威圧感がありすぎるのも考え物だよ。できれば人の警戒心を削ぐような見目にしてくれるとありがたい」



 警察として箔が付くような服をと考えるも、どうやらそちらは少々お気に召さなかったらしい。

 もっと穏やかな、柔らかい雰囲気の物が好みであると口にする。



「そういったお仕立てをご所望でしたら、残念ながら他のテーラーをお選びになった方がよろしいかと。当店は市警や軍といった、威信を必要とされる方々に格段のご愛顧をいただいておりますので」


「……では仕方ないな。上司の機嫌は窺っておくに限る」


「それがよろしいかと。ではバリー様、寸法を頂戴いたします」



 バリー警部の好みに反し、彼の上司は強い印象を抱かせる服を着せたがっているはず。それはここを紹介した時点で明らか。

 となれば大人しく、このテーラー式の服を注文しておく方が彼にとって無難。

 彼もそいつは理解しているようで、苦笑い混じりに頷き採寸をされる体勢に移ってくれたため、俺はメジャーを手にするのだった。


 しばしバリー警部の採寸を行いながら、専用のシートへ記入していく。

 ただこの状況は、なにか手がかりを得るのに絶好の状況。そこで適当な話題からそれとなく聞き出そうと試みた。



「随分とお疲れのご様子で」


「わかるかい?」


「長い時間の直立がお辛そうですので。なにか大きな事件を追ってらっしゃるのですか?」



 バリー警部からは疲労感が満ち満ちている。

 彼のぐったりとした雰囲気は隠しようがなく、道ですれ違った人ですら気付いてしまうはず。

 とはいえこれはあくまでも取っ掛かり。聞きたいのはそうなった忙しさの理由だ。



「失礼、そのようなことは話せませんよね」


「いいや大丈夫だよ、そこまで秘密にするほどじゃない。ザカリー・ファース卿の事件は知っているだろう? 今はあの件にかかりきりでね」



 流石に俺が事件の当事者であるという可能性には思い至らなかったようで、バリー警部はアッサリと関わる案件についてを口にする。


 現在紙面を賑わせているあの事件は、当然他殺として報じられていた。

 市警も躍起になって捜査をしているようで、ファース卿殺害した犯人を追って相当数の人員が投じられているとのこと。

 あまりに大きな事件であるため、まだ昇進したてのバリー警部もこれに専念しているようだった。



「本当は昇進直後に引き継いだ、別件の捜査をするはずだったんだけどね」


「ご苦労されているようで。そちらはどのような?」


「流石にそちらは話せないよ。ただ……」



 バリー警部とてこの件が重要だと考えつつも、流石に市警総出でかかるのはやり過ぎだと思っているのかもしれない。

 彼は少しばかり苦笑をすると、本来追う予定であった事件への未練を呟く。


 そちらについては話せないらしく、肩を竦めてはぐらかされてしまう。

 それでも少しばかり思うところがあるようで、バリー警部はなにかを言いかけた。



「ただ?」


「……いや、なんでもない。採寸の続きを頼むよ」



 しかし結局その内容を話してくれることはなく、手を動かすよう促されてしまう。

 彼がなにを考えていたのかは不明。だがその関心の度合いは、ファース卿殺害事件よりも上であるようだ。


 若くして警部という立場になったような人物だ、きっと市警の中でも相当な有望株に違いない。

 となればこのバリー警部について、もう少し探っておきたいというのは本音。

 特に彼がどういった"才能"を持っているかを知られればこの上ないのだが、これ以上根掘り葉掘り聞いても不審に思われるだけか。


 俺はひとまず得られた部分で満足することにし、大人しくペン先を奔らせるのだった。


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