堕落の聖堂 03
子供たちの失踪が続く教会を訪れた俺は、一晩だけの寝床をという名目で世話になる事に。
しかしそこから三日、俺はまだ村の教会へと居座り続けていた。
それは泊まった翌日の早朝、教会へと届いた一通の手紙によって。
手紙に記されていたのは、目的地である遠方の教会建物が老朽化によって一部が崩れてしまったため、しばらく別の地で留まってほしいという内容。
もちろんこの手紙事態も偽装。前もってコーデリアに他のみ、頃合いを見計らって送ってくれるよう頼んでいた物だ。
移動のために辿るルートを知らせていたため、わざわざ手紙を各地に送ってくれたのだろうと告げると、老司祭はその話を疑いもせず頷いた。
そして彼は嫌な顔一つせず、快くしばしの逗留を許してくれたのだ。
「では少しの間留守にいたしますので。教会をお願いいたします」
滞在を許してくれた老司祭はこの日、村で所用があるらしく外出を告げる。
一方で俺はしばしの滞在をさせてもらう代わりにと、老司祭がする教会の仕事を担うこととなった。
とはいえ田舎の教会だ、時折訪れる村の人たちと言葉を交わし、差し障りない説経をするといった程度だが。
「さて……、と。始めるとしようか」
老司祭が村へと向かい、小さな丘の陰に消えた後。
振り返って教会を眺めると、早速本格的な捜索の開始を自身に告げた。
教会に入ると聖堂を真っすぐ抜け、奥の住居部分へ。
一応周囲の気配を窺い、老司祭の私室へ入り中をぐるりと見回した。
「簡素の一言だな。教会もそうだったが、信仰に必要な物以外が一切ない」
本人の断りもなく入ったその部屋は、まるで生活の気配すら感じさせないほどに片付いていた。
あるのは飾り気がない四つ足のベッドに、書き物をするための質素な机。それと法衣をかけるためのハンガーくらい。
いくら聖職者とはいえ、ここまでストイックであるというのは、なかなかお目に掛かれるものではない。
大抵は何か一つくらい嗜好品が存在するもので、以前に前当主アーネストに教会へ連れていかれた時などは、司祭が年代物な酒のコレクションを自慢そうに話していたほど。
おそらくあの老司祭が手にする物と言えば、聖書の他には精々が食卓に並ぶ安ワインくらいのものだろう。
「やっぱり、どうにもあの人と人身売買が結びつかないな……」
演技である可能性は当然捨てきれない。それでもあの善良そうな老人と、子供を金に換えるという悪事の組み合わせに違和感を感じる。
掛けられた予備の法衣も継ぎが充てられており、手持ちの金を自身のために使っていないのがありありとしていた。
卓の引き出しを覗くも、壁に隠し扉でもないかと探るも手掛かりは皆無。
このまま粘っても得られるものはないと見切りをつけ、老司祭の私室を後にし次の場所へと向かうことに。
音もなく教会を抜けると、次に裏手の孤児たちが暮らす建物へ。
庭で作業をする一人のシスターに見つからぬよう移動し、中へ入ると真っすぐ厨房へと足を踏み入れる。
置かれていたのは汲み上げた水に塩、少量のフルーツや保存のきく芋。想像した通りの物があるばかり。
「何の変哲もない、ただの貧しい教会としか言いようがないな。本当にここの人間がやったんじゃないのか?」
さっきの老司祭が使う部屋同様、厨房も簡素そのものといった様子。
もし手がかりがあるとすれば、まず子供たちを立ち入らせない場所だと思ったのだが、ここにも手掛かりはなさそうだ。
「シスターたちの私室は……、止めておいた方が良さそうだ。もしバレたら尻を蹴って追い出されかねない」
本来ならばシスターたちの私室も捜索したかったが、残念ながらそれをしている時間はない。
現在彼女らのほとんどは、子供たちを村の広場に連れていき遊ばせているが、そう時間を置かず戻ってくるはず。
易々と気付かれてやるつもりはないが、やはり万が一という事はありえる。
変態扱いされて追い出されるというのは、流石に御免被りたいところだと考えながら、再び教会の建物へ戻っていく。
すると丁度正面の扉から、数人の村人が入ってくるのが見えた。
「ようこそいらっしゃいました。さあ、どうぞこちらへ」
現れた村人を通し、聖堂内の椅子へと腰かけさせる。
ただ彼らは説経を聞きにでも、相談事をしに来たわけでもないらしい。
教会の人間と子供たちで食べて欲しいと、麻袋に入った芋を手渡してきた。
この冬の真っただ中、まだまだ保存の効く食料は多く確保しておくに越したことはない。
それでもこうして教会に差し入れてくれるのは、単純に信仰心の強さばかりではなく、老司祭が村で慕われているためのようだ。
その村人が略式の祈りを捧げて帰ると、入れ違いとなるように子供たちとシスターが戻ってくる。
無邪気に教会へ入ってきた子供たちも、同じように祈りをするとすぐに自分たちの家へと走っていった。
「丁度よかった。さきほど村の方が来られて、このように立派な芋を」
俺は村人からもらった麻袋を手に、シスターの一人に留守中のことを伝える。
だが彼女は袋の中を覗き込むなり、露骨にガッカリとしたように眉をひそめた。
「またお芋? ……たまにはベーコンでもくれればいいのに」
「そのようなことを仰るものではありませんよ。村の方にとっては、大切な食料なのですから」
ため息すらしかねない様子に、俺は差し出がましいかとも思いつつ、演じている司祭としての立場で小言を口にする。
彼女のような聖職にある者であれば、こういった場合は普通感謝の言葉の一つくらいはあるだろうに。
実り豊かな秋を終え、冬に入って以降食卓へ並ぶ物は彩を失っていく。そこに飽きが来るのは当然ではあるのだが。
「拝見した限り、こちらはまだ恵まれている方。贅沢を言っては罰が当たりますよ」
「そ、そうでした。失礼をしました司祭様」
司祭という立場であれば、きっと発するであろう言葉を並べる。
するとしまったとばかりに、シスターは俯き謝罪を口にしていた。
「ではお茶にでもしましょう。丁度手土産用に持参した茶葉がありますので」
ただこれ以上はこちらが口出しすることではない。
ひとまずこの件は忘れることにし、俺は教会奥を指さしてしばしの休息を提案した。
だが奥へ移動しながらよくよく見れば、戻ってきたシスターたちの人数が、出た時よりも少ないのに気づく。
「ところで二人ほど少ないようですが、彼女たちはどちらへ?」
「丁度村へ行商の方が来られていまして、買い物をして戻るとのことで」
教会や孤児院で使う食材や調味料は、村の業者や村人たちから手に入れるため、わざわざ行商人から買う必要はない。
一方で僅かばかりではあるが、大抵はシスターたちにも個人の財布というものを持ってはいる。
なので私的な買い物をしても不思議ではないが、子供たちが失踪している状況にしては呑気に過ぎるのではないだろうか。
そんな妙な感覚を抱きつつ台所へ行き、世話になった礼と称して紅茶を淹れる。
紅茶で満たされたポットをテーブルへ置いた頃には、買い物中であるというシスターたちも戻っており、老司祭を除いた全員でテーブルを囲むことに。
今頃昼寝をしているであろう子供たちには悪いが、これも情報を集めるための手段だ。
「おや、それは……」
「折角司祭様がお茶を淹れてくださったので、これを開くには丁度良いかと」
ただテーブルの上を見てみれば、そこには大きめな皿が置かれていた。
盛られているのは大量のクッキー。それも麦と水を練って焼いただけの類ではなく、高価な粉砂糖を惜しげもなく振りかけた高級品。
シスターの一人が手にしている、紙の袋から出されたと思われるそれは、このように小さな教会には不釣り合いな代物。
労働者階級の家などでは、年に一度食べられるかどうかといった贅沢品だ。
普通こういった小さな村では、まず店に並ぶこともないはず。
「さきほど行商の方から手に入れまして。さあ、司祭様もご遠慮なさらず」
「随分と高かったのでは? ここまで立派な菓子、グライアムでも早々お目に掛かれない」
「それは……、司祭様がしばらく逗留なさるとのことですので、歓待の意味を込めて少々奮発を」
なるほど。教会の財政や老司祭の財布はあまり膨れ上がってはいないようだが、彼女らのそれは異なるらしい。
シスターたちは自分たちの買ったそれが、世間一般の水準からは大きく外れているのを忘れていたようであった。
所作を見ていると、決して彼女らが良家の子女であるようには見えない。
裕福な家の娘が信仰の道に入る例は多々あるが、少なくともこのシスターたちは違うはず。
となればこの高価な菓子を買う金が、いったいどこから来たのか。
「では心して頂かなくてはいけませんね」
「え、ええ。是非堪能してください」
この件の首謀者はてっきり老司祭であると考えていた。
だが疑いの矛先はこの時点で、あの老司祭から目の前に居並ぶ、あまりにも不用意なシスターたちへと移る。
俺はシスターたちの歓待に感謝するように笑顔を浮かべつつ、その実彼女らの"臨時収入"による贅沢へ、内心で鋭い視線を送るのであった。




