グレイ、表彰を受ける
魔物大行進が終息し、兵士たちは続々と王都へと戻っていく。魔物の処理は明日以降にするそうだ。ちなみに今回の戦いでは幸い死亡者は出なかったらしい。グレイがあらかじめ、ポーションのストックを大開放したのが功を奏したようである。
グレイは陣地だけ元の状態に戻し、レオナルドとともに王都の王宮へと戻っていった。
王宮に着くと、エレナとリーナが待っていた。カナリアはモンスターパレード発生の一報が入った後、転移魔法陣にてアルベリオンの店に戻ってもらっている。
エレナたちはグレイたちが帰ってきたのに気づいたようで、エレナがこちらに向かって走ってきた。リーナはその後ろを歩いている。
レオナルドは満面の笑みで両手を広げてエレナを受け止めようとするがーー
ーー彼女はレオナルドの横を平然と通り過ぎていった。
「グレイ様ーっ!」
エレナはグレイにヒシッと抱きつくと涙を流し始めた。
「あらあら。エレナったらまあ」
リーナが頰に手を当てながらニコニコした笑みを浮かべている。
「グレイ様。グスッ。1人で強い魔物と戦ったと聞きました。無茶なざらないでぐだざい。グスッ」
「エ、エレナさん⁈」
グレイは激しく動揺する。
エレナは可愛い。そう。とてつもなく可愛いのだ。それもグレイが今まで見たこともないほどに。そんなエレナが急に抱きついてきたのだから動揺するのも当然というものだ。
だが、そんな動揺もすぐに収まった。彼女からは本当に心配していたのだという気持ちが痛いほど伝わってくるからだ。そんな感情に当てられて動揺し続けようはずもない。
「大丈夫ですよ。怪我もしてませんし、そんなに疲れてもいませんから」
「ほんどですが?」
「はい」
「よがっだです……」
グレイは優しくエレナを諭す。そして、暫く為されるがままになっていた。
だが、数分経つと、エレナは今自分が何をしているのか理解できてきたようで、顔を真っ赤にして恥ずかしそうにしながら離れていった。
「そ、その、申し訳ございませんでした。き、気が動転してしまって……」
エレナは俯いてしまった。若干気まずい空気が流れる。リーナは相変わらず頰に手を当てながら、「あらあらまあまあ」などと言いながら見ているだけであった。
そんな時、笑顔を浮かべ両手を広げた状態のまま固まっていたレオナルドが復活した。
「エレナ⁈何故、俺の心配をしてくれない⁈」
「え、えと、お父様はずっと安全圏にいらっしゃったと聞きまして。それで、大丈夫かな、と……」
「だ、誰だ⁈そんなこと言った奴は⁈」
「シズさんです」
「またお前か!お前という奴はもっと言い方というものがあるだろうがっ!」
「……でも事実。嘘言ってない」
レオナルドの後ろに控えていたシズが答えた。彼女は王家の影として長年仕えている一族の若き当主だ。だが、影といっても、その実情はほとんど護衛のようなものである。獣人は問題あらば正面突破というのが基本スタンスなのだ。
「くっ!確かにそうだが……。はあーもういい。お前に言っても無駄だった」
「なら言わない方がいい。口は災いのもと」
「……確かに正論だが、お前に言われるととんでもなく腹が立つのはなんでだろうな」
「気のせい」
「……そうか、気のせいか。はあ」
レオナルドは疲れたようだ。シズの相手をするのは中々に労力を要するのである。
「そんなことより貴方様。グレイ様を表彰すべきではないですか?今回の一番の功労者は何と言ってもグレイ様でしょう」
一区切りついたようなので、リーナが切り出した。
「そうだな。……グレイ殿。明日貴殿を表彰しようと思う。これは国としての義務みたいなものだ。信賞必罰は世の常だからな。断わってくれるなよ」
「そういうことなら分かりました。表彰をお受けします」
「今日のところは休むといい。使用人に部屋を用意させよう」
「ありがとうございます」
15分ほど待つとメイドが現れた。グレイはそのメイドの案内で準備された客間へと向かう。
用意された客間は所々に大理石があしらわれた豪華な部屋だった。
グレイはベッドに身を投げる。
ベッドはフカフカで、今までで使ったことがないほどの気持ち良さだった。日本に住んでいた時よりも数段いいのだから、そのクオリティの高さには眼を見張るものがある。
グレイは気持ち良さから、数分後には夢の世界へと旅立つのであった。
♦︎♦︎♦︎
グレイが眠りに落ちて幾許かの時間が過ぎた。
今の時刻は午後7時を回ったくらいだろうか?外はすでに夜闇に染まり、空には月と星が”我ここにあり!”と自己主張するかのように煌びやかに輝いている。そして王都の街は昼間の喧騒から解き放たれ、静謐とした雰囲気が漂っていた。
だが、一部はその限りではなかった。
王都の繁華街。大通りに面するその一画だけは夜の静謐を染めるような喧騒に満ち溢れていた。昼間のモンスターパレードから帰還した兵が無事に乗り越えたことを喜び合っているのだろう。食器がぶつかる音、料理をする音、誰かが話す声、喧嘩をする者を注意する声、逆に囃し立てる声。そんな様々な音や声がそこにはあった。
しかし、そんな王都の街の一画とは裏腹に、王宮は夜の静謐に包まれていた。
コツコツコツ。
そんな静まり返った王宮の廊下を歩く者がいる。その人物はグレイがいる客間の隣室の書庫に入ると、十数秒で出てきた。そして、真っ直ぐ客間へと向かうと、その扉の前で立ち止まる。
コンコン。
その人物は客間をノックした。客間及び廊下にはその音が響き渡る。
コンコン。
再び、ノック音が響く。だが、深い眠りへと落ちていたグレイがその音に気づく様子はない。
「グレイ様?夕食の準備ができたそうですよ?グレイ様?……入りますよ」
客間をノックしていた人物が扉を開け、中に入ってきた。
「グレイ様?」
ノックをしていた人物は少し開けた扉の隙間から真っ暗な部屋の中を見回す。しかし、窓から入る月明かりだけでは中の状況を確認できなかったようだ。その人物は部屋の中へと進入する。
「【ライト】」
その人物は足元を照らすために【ライト】の魔法を使う。その光に照らされて進入者の顔が浮かび上がる。光に照らされ浮かび上がったその人物はエレナであった。
エレナは光を頼りに部屋を見て回る。やがて、ベッドで寝ているグレイを発見した。
「グレイ様、夕食ですよ」
グレイは一向に起きる気配がない。まだ、深い夢の中にいるようだ。
「どうしましょう。全く起きません……。呼んできます、と意気揚々に言ってしまいましたのに……」
本来なら誰かを呼びに行くのは使用人の仕事だ。だが、ちょうど隣の書庫に本を戻す用があったので自分が声を掛けると言ってしまったのだ。
エレナは焦る。どうすればいいのか、どうすれば起きるのか、と。
その時、グレイが寝返りを打った。すると、うつ伏せに寝ていた状態から仰向けで寝る体勢へと変わった。
エレナはどうしようかな、と考えながらもグレイの顔を覗いてみる。そこにはあどけない寝顔があった。普段のグレイとはまた違った魅力を感じ、ついマジマジと見てしまう。いや、見惚れていたと言うべきだろうか?
そしてつい、顔を寄せて見てしまう。その時、急にグレイが眼を開けた。あまりにも近くに寄ってしまったために気づいてしまったようだ。
「ッ!わわわ」
エレナは大慌てで距離を取ると、恥ずかしさから頰を真っ赤に染める。
「……エレナさん?どうしたんですか?」
「え、えと夕食の準備ができたそうなので呼びに来たのですが、声を掛けても起きなくて……。そ、それでどうしようかな、と」
「え?ああ、すみません。全然気付きませんでした。あれ?どうかしたんですか?」
「い、いえ……」
(い、言えません……。寝顔に見惚れていたなんて……)
エレナは暗い室内だったことを感謝した。もし、この部屋が明るかったら自分の顔が真っ赤なのが分かってしまうからだ。彼女はなんとか気持ちを沈め、顔色を戻す。
「で、ではグレイ様。食堂までご案内します」
「ああ、よろしく」
食堂は数分歩くと到着した。数分歩いて着けるとは流石、王の居城というべきだろうか?
食堂にはレオナルドを始め、リーナ、それと1人、グレイの知らない人物がいた。
「おう、来たか。早速だが紹介しよう。こいつは息子のベルクだ。もう1人、ゲオルクって息子もいるんだが、そいつは【ウィッカ魔法学院】に通ってるんで今はいない。今度紹介しよう」
「は、初めまして。ベルクです。よろしくお願いします……」
「どうも。俺はグレイです。よろしく」
「では、夕食にしようか」
レオナルドの声とともに次々と料理が運ばれてきた。テーブルは数瞬のちには様々な料理で埋め尽くされた。見た所、肉料理が多いようだ。やはり肉食獣系の獣人は肉が好きなようである。グレイ自身も狼の獣人として生まれ変わって?から肉料理を好んで食べるようになったので、おそらくそうなのだろう。
「で、グレイ殿」
「なんです?あっそうだ。敬称はなくていいですよ。なんかむず痒いので」
「そうか?ならこれからはグレイと呼ばせてもらおう」
「それでお願いします」
「うむ。明日は朝イチの仕事として表彰をしようと思うが、いいか?」
「いいですよ」
「了解だ。じゃあ、そのように手配しよう」
その後は、グレイがしてきたことを話したり、逆に獣王国について聞いたり、と様々な話をした。
そして夕食が終わると、グレイは客間へと戻り明日の表彰式に備えて睡眠をとるのであった。
♦︎♦︎♦︎
そして翌日。
グレイは謁見の間と呼ばれる部屋にいた。
その部屋は縦に長い部屋であった。左右には装飾が施されたベージュ色の柱が立ち並び、中央部には赤いカーペットが敷かれている。一番奥の壁にはステンドガラスがあしらわれ、複雑な紋様を作り出していた。その前には数段の階段を経て、玉座が鎮座している。
その玉座には【レティーア獣王国】の王ーー獣王レオナルド・フォン・ライオネルが座っている。その横に置かれた椅子には獣王妃リーナ・フォン・ライオネルが座っている。
玉座下方の階下には、赤いカーペットを挟む形で三獣士のクレハ、シズ、サウザーと近衛隊長のザクセンがレオナルドに対して最敬礼をとっていた。
そのさらに外側には獣王国の貴族と思われる豪華な衣服を身に纏った者たちがおり、彼らもまた最敬礼をとっている。
グレイもそれに習い、赤いカーペットの中央部にて最敬礼をとる。
グレイが最敬礼をとったのを見届けると、レオナルドが口を開く。
「面を上げよ」
その一言を受けてグレイは顔を上げる。
「其方は此度の【魔物大行進】において我が国の勝利に多大な貢献をした。よってこの場にて褒美を与える」
レオナルドはザクセンに目配せをすると、階下に降りてきた。
ザクセンはそれを受け、そばに控えていた部下から何かを乗せた盆のようなものを受け取りレオナルドに渡す。
「Sランク冒険者【神狼】のグレイ。其方には今回の武勲を讃え【黒獅子勲章】を与える。また【守護国卿】の称号を与え【ローラン】の名を授ける。これからはグレイ・ローランを名乗るがよい」
「……拝命謹んでお受けいたします」
(なんだよ!【守護国卿】って!厨二かっ!)
グレイは体面上冷静を装っているが内心は大荒れだった。だが、こんな荘厳な雰囲気の中、異議を申し立てられるほどの胆力は彼にはなかった。悲しきかな日本人の性である。
(まあ、名はいいけども……)
しかしながら、与えられた名は気に入ったようである。
レオナルドはザクセンから受け取った黒い獅子があしらわれた金属製のエンブレムをグレイに渡す。
グレイは両手を前に掲げ、それを受け取った。本来なら直接胸につけるのだが、そこはグレイの装いに配慮したようだ。騎士服ならともかく、冒険者の装いにエンブレムをつけるのは些か不適当だからだ。
何はともあれ、グレイは獣王国の英雄として公的に認定されたのであった。
だが、ここでリーナから爆弾発言が投下される。
「グレイ様。さらにもう一つ。グレイ様には我が娘ーーエレナを婚約者として与えます」
「はい⁈」
「式の方は1年後の今日にいたしましょう」
レオナルドは苦虫を噛み潰したかのような顔をした。彼は娘のエレナを溺愛しているので本意ではないのだろう。おそらくはリーナがノリノリで決めた話なのだ。彼はリーナの尻に敷かれているので彼女には逆らえないのである。
周囲の貴族は突然の爆弾発言にザワザワとしだした。中にはorzといった姿勢を取る者もチラホラと見られる。エレナは、楚々とした仕草やその類稀な美貌から多くの貴族の関心を集めていたのだ。その中には本気で妻にしたいと思っている者も多くいた。
グレイの表彰式はこうしてグダクダになったまま幕を閉じたのだった。




