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【閑話】エレナ、決意する

 

 【レティーア獣王国】の王女ーーエレナ・フォン・ライオネルは幼少期に病気に罹って以来、目が見えない。


 そのため目が見えなくなって以後の10年近くに渡って不自由な暮らしを余儀なくされていた。しかし、不幸中の幸いだったのは彼女の特別な能力である【魔力眼】が機能を止めることがなかったことだろう。


 この世界の生けとし生けるものには必ず魔力が通っている。そのため、【魔力眼】さえあれば全く見えないという状態にはならないのだ。だが、王宮内においては、その限りではなかった。王宮の材質は石や切られた木々が使われている。つまり、生きてはいないので、エレナの【魔力眼】では何も映らないのだ。


 故に彼女は外に出るのが好きだった。外の世界には生きているものが溢れている。そのため、外に出ている時だけは目が見えなくとも自由とまではいかないが不自由になることはないのだ。


 そのため、エレナは毎日王宮の敷地内にある森に囲まれた池の前に来ている。そこは彼女のお気に入りの場所で、毎日来ることにしている。池のほとりにある木に寄りかかって池や森を眺めるのが日課となっているからだ。


 だが、当然ながら池を眺めても水が見えるわけでも、太陽の光が水面に反射して光っているのが見えるわけでもない。見えるのは水底に漂う水草や泳いでいる魚の魔力が見えるだけなのだ。だが、それでも目が見えないエレナにとっては、これ以上ない美しい光景に感じられた。


 エレナはこの魔力しか見えない世界の中にあって、当初は悩み嘆いたものだが、10年近くも経った今となっては満足していた。


 いや、満足だと思い込むことにしたと言った方が正確だろうか?本心を言えば以前のように人の顔を見たり、本を読んだり、景色を楽しんだりしたいのだ。


 だが、エレナはそれを願っても仕方ないことだと分かっている。故にそれらの気持ちには蓋をし心の奥底に封印した。そして家族にはなるべく心配をかけないよう、常に笑顔でいると決めていた。


 そんなエレナは今日も今日とて日課の散歩に出ていた。自らの運命を大きく変える人物に出会うとも知らずに……。


「世界樹か。……凄いなこれは」


 いつの間にかうたた寝していたエレナの耳に知らない声が聞こえてきた。


「あの、何方様でしょうか?」


 突然聞こえてきた声を受けて彼女は覚醒し、来訪者に問う。


「??」


 来訪者はとても驚いているようだ。


 来訪者は周りを見渡すと、やがてエレナを見つけ、彼女に向き直った。


「初めまして。俺はグレイと言います。この国には一応使者という形で来ています」


 どうやら彼は使者だったようだ。エレナは失礼があっては生けないと思い、立ち上がって貴族の礼をする。


「グレイ様とおっしゃるのですね。私はエレナ・フォン・ライオネルと申します。以後お見知り置きくださいませ」


 グレイはエレナを見ると何かを考えるような素振りをし、やがて意を決したかのように尋ねる。


「あの……目はどうしたのですか?」


 エレナは答えようか迷うが、グレイの魔力を見て、答えることを決めた。


 魔力には形だけでなく色もある。その色は言わばその人の内面を映す鏡のようなものだ。【魔力眼】は持つ人によって見れる範囲が変わる。エレナの【魔力眼】は上位のものなので色まで判別できるのだ。


「……病気に罹って以来、目が見えなくなってしまいまして」


「そうだったのですか……」


 エレナはグレイが気まずそうにしているのを察し、慌てて否定する。


「でも大丈夫ですよ?お気になさらないでください。こうなってしまってから長いのです。ですから、今ではもう受け入れております」


 エレナは心配させないよう柔和な笑みを浮かべた。


 グレイはそれを見て何を思ったのか、ガラス瓶を取り出し、エレナに握らせた。


「そうだったんですか……。あのコレを飲んでみてくれませんか?」


「これはなんでしょうか?」


「俺が作った、そうですね、薬のようなものです。とりあえず飲んでみてくれませんか?」


「はい」


 エレナはグレイに渡されたガラス瓶を見る。【魔力眼】を通して見たその液体は色や形が見えるので、何かしらの魔法薬だろう。


 彼女は彼の魔力から、彼が悪い人ではなく、むしろ善人だと分かっているので何も疑うことなく液体を飲み干す。


 液体はなんの味もしなかった。強いて言うなら少しだけ青臭さがあることだろうか?


 エレナは飲み干すと、キョトンとした顔をした。なんの効果もあるようには思わなかったからだ。


「グレイ様?この薬……は……一体……」


 そのため、何の魔法薬だったのか気になったのでグレイに尋ねようとする。だが、その質問は最後まで告げることができなかった。


 エレナ自身にとって信じられない効果が現れ始めたからだ。


 彼女に現れた効果。それは目に光が感じられるようになっている、ということだ。


 その効果を認識した途端、彼女は涙をこらえることができなかった。涙は収まらず、次から次へと溢れ出てくる。


 諦め、憂い、悲しみ。そんな気持ちを今まで心の隅に押し込んできたのだ。また、家族から心配されていたことはもちろん、気遣いされていたことも知っている。それらを思うと溢れ出てくる涙は止めることなどできなかった。


 グレイは少しオロオロした様子だったが、やがてエレナの背を優しく撫で始めた。その優しい手つきは彼女を大いに安心させるものだった。


 グレイはやがて泣き止んだエレナを連れて、王宮へと戻る。エレナはグレイとともにいると、家族といるような安心感を覚えるようになっていた。


 その後は若干のいざこざがあったものの、エレナは自室に戻っていた。自室では目が見える喜びを噛み締めながら、今まで読みたくても読めなかった本を読む。


 そんな時だった。大規模な【魔物大行進(モンスターパレード)】発生の一報が届いたのは。


 エレナは母親のリーナ、弟のベルクとともに王宮の会議室へと入る。緊急時にいつでも指示が出せるように情報を得ておくのは王族の義務だ。故にエレナやベルクは緊急時の対応についてリーナの対応から見て学ぶのである。


 そして5時間後。戦いが始まった。


 会議室には次々と戦況の報告が入ってきた。リーナは次々と指示を飛ばす。


 その途中、エレナにとって気掛かりな一報が入った。彼女の恩人であるグレイが戦闘に参加し、敵の首魁に1人で立ち向かいに行った、と。


 エレナは気が気でなかった。「もし、グレイに何かあったらどうしよう」と、万が一のことを考えてしまう。彼女の思考は悪い方へ悪い方へと迷い込んでいった。


「お姉様!大丈夫⁈」


 弟のベルクが彼女を見て、あたふたする。彼女の顔は真っ青になっていた。


 そして、【魔物大行進(モンスターパレード)】が終息したとの一報が入ると、急いで門へと向かった。門兵に止められ、外に王宮の敷地外に出ることは叶わなかったが、グレイが帰還するまでの間、ひたすら待ち続けた。


 そして、門から入ってくるグレイの無事な姿を確認した途端、エレナは我慢ができなくなり、駆け寄って抱きついた。


 溢れ出る涙は止まらなかった。


 グレイはそんなエレナを見て、心底驚いた様子だったが、彼女の背を優しく撫でていた。そんな彼の優しさに、心がポカポカするのを感じた。


 そして、時は夕食前まで進む。


 エレナはグレイの部屋にいた。夕食の準備が整ったことを伝えるためだ。しかし、何度かノックをし、声をかけるが返事がない。彼女はグレイがいる部屋に入ると、【ライト】の魔法を使い彼を探す。


 やがて、ベッドにいるグレイを見つけた。うつ伏せになっているので、顔は見ることができないが、どうやら寝ているようだ。


「グレイ様、夕食ですよ」


 声をかけるが彼は目覚めない。


「どうしましょう。全く起きません……。呼んできます、と意気揚々に言ってしまいましたのに……」


 エレナが「うんうん」と悩んでいると、グレイが寝返りを打ち、仰向けになった。


 彼女は寝顔を覗き込む。あどけない寝顔がそこにはあった。ついついマジマジと見てしまう。いや、見惚れていた、というべきだろう。


 そんな自分の行動や心境を理解し、そして気づく。寝顔を見て、どうしようもなく愛おしく思っている自分がいることに。


 その瞬間エレナは自覚した。この気持ちは”愛情”なのだ、と。


 そして、夕食後。エレナは自らの秘めた思いを伝えるために、母親であるリーナの部屋を訪れた。


「お母様。お話があります」


「なーに?エレナ」


 エレナは意を決して言うのだった。


「私は……私はグレイ様をお慕いしています!お力をお貸しくださいませ!」


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