【閑話】胡蝶の夢
「ここは?……俺の……家?」
灰村迅は自らの家であるアパートの一室で目を覚ました。
「何か違う世界の夢?を見ていたような……なんだっけ?」
ジリリリリリリ!
”夢”について思い出そうとした迅の耳に目覚まし時計の音が聞こえてきた。彼は夢の内容について考えることをあっさりと放棄して目覚ましを止める。そして、学校に行く準備をするのであった。
♦︎♦︎♦︎
迅が通う学校は都内にある進学校だ。偏差値は高く、一般に一流校と呼ばれる位置にある。
彼はそんな高校で中の上から上の下くらいの成績を維持していた。彼は私生活では基本的にゲームしかしていないが、地頭は良かったため授業を聞くだけでそこそこ良い成績を維持できていた。
無論、ゲームの時間を縮小して本気で勉学に励めば、学年でもトップクラスの成績を収めることは可能だろうが、彼にはそれが大事なことだとは思えなかった。この学校で平均以上の成績さえ維持していれば将来困ることはないし、何より自分のしたいことだけをして好き勝手生きることは今しかできないのだから、そんな貴重な時間を勉学に割きたくはなかったのだ。
彼のそうした考え方は、彼が身を置く環境が許していたし、何より過去の経験が彼をそうさせていた。
彼は天涯孤独の身だ。幼い頃、交通事故で母親と祖父母を失い、父親も重症を負った。迅は母親がかばったおかげで奇跡的に無傷だった。
そして事故のひと月後。後遺症によって母親の後を追うように父親も死んだ。彼は父親が最期に告げた”もっとしたいことをしておけば良かったな”という言葉を忘れることができない。そして、その言葉こそ今の彼の考え方を作り上げた言葉であった。
その後、彼は親戚に引き取られたが、その悉くが彼に無関心であった。彼らが関心を持っていたのは、迅の両親と祖父母が残した保険金をはじめとした莫大な遺産だったからだ。
彼を引き取った親戚は最低限の衣食住は提供してくれたが、それ以上をしてくれることはなかった。誕生日を祝われたことはないし、ほとんど会話もしなかったし、されなかった。無論、物を買い与えてもらったことなどは皆無だ。
しかし、そんな環境にあっても彼は折れることがなかった。何故なら、彼は見つけたのだ。その気を紛らわすとともに、自らが心からしたい、やって見たいと思うことを。
彼が深く興味を抱いたもの。それは”ゲーム”だった。
彼がゲームと初めて出会ったのは小学校2年生の時だ。当時、携帯ゲーム機で遊べる、とあるRPGが流行っていた。彼はひょんなことから、そのゲームをプレイする機会があり、勇者が魔王を倒すというその世界観や、RPGというゲームシステムに惹かれた。
それ以来、彼はゲームをプレイするようになり、彼自身も気づかぬままに、感じていた寂しさなどの気持ちをゲームで埋めるようになっていった。
彼のそうした状況は成長しても変わることはなく、中学校に進学しても相変わらずであった。”三度の飯よりゲームが好き”。それが彼の客観的な印象であった。
そして現在。彼も今や薔薇色の高校生だ。……いや、彼の場合は灰色とも言うべきかもしれないが。
さて、話を戻そう。
朝、目覚めた彼は、学校に行くための準備を始める。まず、寝ていた掛け布団を畳み、敷布団を外に干す。シリアルで軽く朝食をとった後、歯を磨き、身支度を整える。そして、制服を着るとーー
「行ってきます」
死んだ両親と祖父母の遺影に挨拶し、学校に向けて家を出た。
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「よう!迅!また眠そうな顔してんな」
学校に到着し席に着こうとした迅に話しかけてくる人物がいた。迅はその人物に目を向けると挨拶を返す。
「……おはよう、健」
彼の名前は佐々木健。迅の数少ない友人の1人だ。身長は180cmという大柄で、体は引き締まっている。髪は短く、精悍な顔立ちをしており、性格は快活だ。
彼は迅の家庭の事情を知る数少ない人物の1人で何かと迅を気にかけてくれる存在である。
「……お前はアレだよな。顔はいいのにモテないタイプだよな。もっと現実世界に関心持てばモテるだろうに」
「藪から棒に失礼なやつだな……。というか、まあそういうの求めてないからな。……(もっともゲームのような世界なら関心持てるけどな)ボソッ……」
「おーい座れー。HR始めるぞー」
迅のクラスの担任教師がクラスに入ってきた。
「じゃあ席戻るわ」
健は自分の席に戻って行った。
その後はいつもの学校生活を送る。
1限の現代文の授業を受け、2限の体育のために体操着に着替える。体育が終われば、3限の英語の授業を受け、4限の数学の授業までの少しの休憩時間で駄弁る。そして、4限の数学の授業を受け、昼休憩で友人ーーと言っても健だけだがーーと話す。最後に5限の古文の授業を受け、そして放課後を迎える。
日によって授業内容や、時限は違えど、概ね学校での過ごし方はこんなものだ。
「じゃあな。明日もちゃんと来いよ」
「学校くらいはちゃんと行くさ。お前も知ってるだろ?」
「そうだったな。迅は学校だけは何があってもキチンと来るからな」
「……(それが母さんとの約束だからな)ボソッ……」
「?なんか言ったか?」
「いや?じゃあな。また明日」
健は教室を出て部活動ーーバスケットボール部に所属しているーーをするために体育館へと向かった。
迅も教室を出て、自宅へと向かう。
(母さんとの約束、か)
迅が母親とした約束。それは死の間際にあった母親と迅がした約束だ。
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「迅。が、学校には、ちゃん、と行く、のよ」
「ゔん。分がった。分がっだがら、お母ざん死なないでよ」
「ごめ、んね……」
迅の母親は最期にその言葉を絞り出すと動かなくなった。
「おがあざんッ!おぎてよッ!おがあざーん!」
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迅は母親としたこの最後の約束を守っている。何より大事な約束として……。
彼は最初の頃、約束を守っていれば母親が褒めるために戻ってきてくれるのではないか?そんなことを考えて約束を守っていた。だが、成長した今なら、そんな考えは幻想だと理解している。しかし、約束を破ることはできなかった。そして、これからもそれを破ることはないだろう。何故なら、母親との最後の絆でもあるし、一度約束してしまったことだから。
迅は10分ほどをかけて歩いて帰宅した。帰宅後は手を洗い、制服から部屋着のジャージに着替え、干していた布団をあげる。そして、最近のマイブームである、とあるVRMMORPGを起動する。
そして、意識がVRMMORPGのゲームに沈んでいくに従い、彼の意識は薄れていった。
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意識が浮上していく。どうやら昔の夢を見ていたようだ。
(……リアルな夢だったな。現実かと思った。”胡蝶の夢”ってやつか?)
そんなことを考えながら、グレイはゆっくりと目を開ける。
「ッ!わわわ」
すると、何故か目の前にエレナがいた。
「……エレナさん?」
グレイは、状況をイマイチよく理解できなかったが、何か用があってエレナが訪れたことだけは理解できた。故に訳を尋ねる。
「どうしたんですか?」
「え、えと夕食の準備ができたそうなので呼びに来たのですが、声を掛けても起きなくて……。そ、それでどうしようかな、と」
どうやらエレナはグレイを呼びに来たようだ。
「え?ああ、すみません。全然気付きませんでした。あれ?どうかしたんですか?」
「い、いえ……」
エレナは何故か、少し慌てているようであったが、本人が語らぬ以上はどうしようもない。
グレイはエレナの案内で食堂へと向かう。
(それにしても日本の夢を見るなんて、な……。案外、まだ未練があったりするのか?)
グレイは日本での生活を思い出しながら考える。しかし、思い出すのはロクでもない親もどきと、ゲームばかりをやっていた日々。
(……ないな。今の方が楽しいし、何より充実しているからな)
グレイはそう結論づけると、食堂へと向かうエレナの後についていくのであった。




