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B級へ昇格して、十七日が過ぎた。
ルークは北の旧採石場へ続く山道で、崩れかけた木橋を見下ろしていた。
左肩から包帯が取れて、今日で三日になる。治療師からも、無理に剣を振り続けなければ仕事へ戻ってよいと言われていた。
昨夜まで降っていた雨で、谷川の水が増えている。橋板は残っているが、右岸側の支柱を支えていた土が流され、二本あるうちの一本が半分ほど露出していた。
人一人なら渡れる。
荷を背負った驢馬も、おそらく一頭ずつなら通る。
ただし、おそらくで通してよい場所ではなかった。
「どうする?」
長盾を背負ったオズが尋ねた。
隣ではリゼがしゃがみ込み、橋板の隙間から下をのぞいている。二人とも、薄影豹の討伐で一緒に戦ったC級冒険者だ。
今回の依頼は、旧採石場までの道が使えるかを調べることだった。
石切り職人二人を現地まで護衛し、崩落した斜面と橋の状態を記録する。魔物の討伐ではない。それでも、都市の管理区域を外れるため、隊を率いる者にはB級以上が指定されていた。
昨日までなら、ルークは見つけたものを報告し、進むか戻るかはグレンたちへ任せていた。
今日は、二人がルークの答えを待っている。
「戻る」
ルークが答えると、石切り職人の一人が橋を見た。
「旧道を回れば、採石場へは行けるんじゃないか。ここまで来て、橋を見ただけで帰るのか?」
「旧道を使えば、着くのは日暮れ前になる。濡れた斜面を下りる頃には暗くなる」
「松明はある」
「帰りに同じ道を使えない。明日も雨なら、谷川がさらに増える」
ルークは地図を開き、旧道と現在地の間を指でたどった。
「食料は明日の昼まで。水は足りるが、怪我人を運べば予定より半日遅れる。進むなら、あと一日分の食料と、斜面へ張る縄が必要だ」
朝、荷物を確認した時点で数えていた。
四人が一日に食べる量。予備として残した分。旧道の距離と、雨で落ちる歩調。引き返す場合と進む場合の差は、もう頭の中に出ている。
「今日は橋の状態を持ち帰る。旧道から入るなら、準備を変えて明日出直す」
職人はまだ橋を見ていたが、オズは先に荷物を持ち直した。
「分かった。来た道を戻ろう」
リゼも立ち上がり、橋の手前へ赤い布を結ぶ。
「通行止めの杭は?」
「分かれ道にも立てる。ここまで来てから戻らせるより、その方がいい」
「じゃあ、帰りに二本切っていく」
二人が動き始める。
職人も最後には橋へ背を向けた。
誰も、もう一度理由を尋ねなかった。
B級のプレートを下げているから、というだけではないはずだ。薄影豹との戦いで、オズとリゼはルークの判断を見ている。
それでも、自分の一言で四人の行き先が決まる感覚には、まだ慣れなかった。
◇
フロンティアへ戻ると、ギルドはルークの報告を受け、その日のうちに旧採石場への道を閉じた。
橋を直す職人と護衛を改めて集め、天候が安定してから調査をやり直すことになった。依頼は未達成ではなく、危険箇所の確認をもって完了とされた。
報酬を受け取ったあと、オズが銀色のプレートを見た。
「最初のB級仕事が、橋を見て帰るだけとはな」
「橋が落ちるまで待った方がよかったか」
「俺は泳げない。帰って正解だ」
「長盾を置けば浮くかもしれない」
リゼが言うと、オズは真顔で自分の盾を見た。
「試さないぞ」
「誰も試せとは言ってない」
ルークは受け取った報酬を三人分に分けた。職人の護衛料と、橋の調査料。そこから共同で使った保存食と、赤布の代金を引く。
硬貨を一度数えただけで、それぞれの取り分が出た。
「相変わらず早いな」
オズが自分の分を受け取る。
「間違っていたら返せ」
「そう言われると不安になるだろ」
リゼは硬貨を数え直し、すぐ袋へ入れた。
「合ってる。ルークは戦っているときより、金を分けているときの方が迷わないね」
「数字は襲ってこないからな」
「でも、間違えたらオズが襲ってくるかもしれない」
「取り分が少なければ聞くだけだ」
「多かったら?」
「黙って帰る」
オズが答え、三人で笑った。
報告書を整理していたセラが、受付の中から顔を上げる。
「オズさん。聞こえていますよ」
「冗談だ」
「今後の報酬計算は、すべてこちらで確認してからお渡しします」
「信用を失うのが早すぎないか?」
「B級の判断には従うんじゃなかったの?」
リゼが笑いながら、オズをギルドの外へ押していった。
ルークもあとへ続こうとすると、セラに呼び止められる。
「橋を渡らなかったのは、よい判断だったと思います」
「報告は通った」
「そういう意味ではなくて……無事に戻ってきてよかったと言ったんです」
ルークが振り返ると、セラはすでに次の書類へ目を落としていた。
◇
ガラムの工房へ寄ったのは、薄影豹との戦いで傷んだ剣を受け取るためだった。
戸口をくぐると、炉の熱と鉄を打つ音が正面から押し寄せる。ガラムは作業台へ向かったまま、入ってきた者を振り返らなかった。
「剣なら、そこの壁だ」
「俺だと分かったのか」
「入ってきてすぐ黙り込む客は、お前くらいだ」
壁には、ルークの長剣が鞘へ収めて立てかけられていた。
抜いて光へかざす。薄影豹へ突き立てた際についた刃の歪みは消え、欠けた箇所も研ぎ直されている。柄の革だけが、以前より新しい。
「巻き直したのか」
「血を吸って固くなっていた。手を滑らせたくなければ、替えた方がいい」
「頼んでいない」
「B級への祝いだ。革代くらいは出してやる」
ガラムはようやく振り返り、ルークの胸元を見た。
今日は銀色のプレートを服の外へ出している。
「似合ってはいないな」
「返すぞ」
「革だけ外して返す奴がいるか。黙って持っていけ」
ルークは柄を握り、軽く振った。
手に吸いつく感触がある。右手の痺れはもうなく、左肩も剣の重さだけなら痛まない。
「強くなったか」
ガラムが尋ねた。
「前よりは」
「アレンに勝てそうか」
「まだ無理だ」
答えに迷いはなかった。
闘気をまとわせた一撃なら、以前より深く斬れる。薄影豹を倒したときのように、短い一瞬だけなら自分でも驚くほど細かく力を操れることも分かった。
だが、それを続けられない。
アレンは一度の戦いで何度も闘気を使い、重い長剣を振りながら隊全体へ指示を出す。竜の鱗につけた傷も、ルークがラッシュボアへ残す傷と変わらないように語っていた。
プレートが変わっても、その差まで消えたわけではなかった。
「なら、ちょうどいい」
ガラムは炉へ新しい鉄を入れた。
「急に勝てると言い出したら、頭も診てもらうところだった」
「剣は、あと何度もつ」
「手入れを怠らなければ、まだ使える。ただ、未踏域へ入るなら予備を持て。B級になったからって、剣まで丈夫になるわけじゃない」
「分かっている」
「分かっていて一本しか持たない奴が多いから言ってる」
ルークは剣を鞘へ戻した。
代金を置こうとすると、ガラムは柄革の分を除いた修理代だけを取り、残りを作業台の端へ押し返した。
「祝いは一度だけだ。次に曲げたら、B級料金で取る」
「階級で修理代が変わるのか」
「今決めた」
工房を出る背中へ、ガラムの笑い声が飛んできた。
◇
蜂と麦穂の看板が下がる焼き菓子店では、女主人が先に銀色のプレートを見つけた。
「聞いたよ。とうとう上がったんだってね」
「噂が早い」
「あんたが来るのが遅いんだよ。何日待たせる気だい」
「怪我が治るまで、出歩くなと言われていた」
「そのわりに、ギルドには毎日いたらしいじゃないか」
反論できず、ルークは棚を見た。
「木の実の焼き菓子を四つ」
「今日は五つ入れてやる」
「また売れ残りか」
「今日のは祝い。売れ残りは、こっちだ」
包みの上へ、蜂蜜飴が一粒置かれた。
女主人はそれ以上何も言わず、焼き菓子を包む。紐を結んでから、ルークの左肩を見た。
「腕は動くのかい」
「もう剣を振っていいと言われた」
「誰に?」
「治療師に」
「ならいい」
短く答え、包みを渡してくる。
ルークが硬貨を置くと、一つ分だけ押し返された。
「祝いだと言っただろ」
「飴も入っている」
「細かい男だね。B級になっても、そこは変わらないのかい」
「階級で変わるところじゃない」
「それなら安心したよ」
女主人は笑って、次の生地を窯へ入れた。
◇
店を出ると、通りの向こうにセラが立っていた。
仕事を終えたあとらしく、ギルドの上着は着ていない。両手に、平たい包みを抱えている。
「こんなところで何をしている」
「買い物です。私もこの通りを使います」
「菓子なら、まだ残っている」
「菓子を買いに来たとは言っていません」
以前のやり取りを思い出し、ルークは黙った。
セラは少しだけ口元を緩める。
「少し歩きませんか」
二人で中央通りへ向かった。
夕方の街には、銀鉱山の開坑を祝う飾りが増え始めている。建物の間へ渡された紐には、七芒星を染めた小旗が並び、広場では職人たちが催しに使う木組みを組み立てていた。
「記念祭は十日後でしたね」
「ああ」
「ヴァルドさんたちも、それまでには戻る予定だそうです」
ルークは足を止めかけた。
「ヴァルド?」
「S級冒険者のヴァルドさんです」
「……ああ。そういえば、そんな名前だったな」
「遠征では、誰も名前で呼びませんでしたからね」
「連絡が来たのか」
「今日の午後に。第一中継地を出たという報告が届きました。順調なら、五日ほどで帰還します」
アレンも戻ってくる。
右手での勝負をすると、宿へ残された紙に書いてあった。
「それで、これを」
セラが抱えていた包みを差し出した。
「昇格祝いです」
「ギルドからは、もうプレートをもらった」
「私からです」
言い直す声が、少しだけ強くなった。
ルークは包みを受け取った。焼き菓子より重く、硬いものが入っている。
「開けても?」
「どうぞ」
布を外すと、革張りの手帳が現れた。
今まで使っていたものより一回り大きい。濃い茶色の表紙には余計な飾りがなく、角だけが厚い革で補強されている。炭筆を差す細い輪と、閉じたまま留めるための紐もついていた。
頁を開く。
紙は少し厚く、端を強く押しても折れにくい。中央まで大きく開けるため、片手でも書きやすそうだった。
「野外で使うものなので、丈夫な方がいいかと思って。今の手帳も、もう残りが少ないでしょう」
「よく見ていたな」
「受付で何度も開いていますから」
最後の頁まで確かめる。地図を挟める袋も、裏表紙の内側へ縫いつけられていた。
「使いやすそうだ。次の依頼から持っていく」
「気に入ってもらえましたか」
「ああ。記録を分けずに済む。雨が降ったときも、すぐ荷袋へしまえる」
「そういうところを気に入ったんですね」
「ほかに何がある?」
セラは答えず、少し先へ歩き始めた。
「待ってくれ。代金は」
「祝いだと言いました」
「ガラムにも同じことを言われた」
「一緒にしないでください」
今度は、はっきり不満そうな顔をされた。
理由は分からなかったが、追って尋ねればもっと機嫌を損ねそうだった。
ルークは新しい手帳を大切に包み直し、セラの隣へ追いついた。
セラは帰り道へ曲がらず、そのまま中央広場へ向かった。
いつもはきっちりと後ろへまとめている栗色の髪を、今日は首のあたりで緩く結んでいる。見慣れたはずの横顔が、受付にいるときより少しだけ幼く見えた。
「髪、今日は違うんだな」
セラの足がわずかに遅くなった。
「今、気づいたんですか?」
「さっきまでは手帳を見ていた」
「そうでしょうね」
また機嫌を損ねたらしい。
ルークは何が足りなかったのか考え、改めて横顔を見た。結び目から落ちた短い髪が、歩くたびに頬へ触れている。
「いつものも悪くないが、今の方が似合う」
今度は、セラが足を止めた。
「どうした」
「いえ。もう一度言ってもらおうかと思いましたけど、やめておきます」
セラは髪へ触れ、それから前を向いた。歩き出した横顔は、先ほどよりわずかに赤い。
夕日が当たっているのだろうとルークは思った。
広場には、十日後の記念祭へ向けた露店の骨組みが並んでいた。まだ商売を始めている店は少ないが、焼き台の火加減を試す肉屋や、木杯を並べて酒の量を確かめる店主がいる。中央では大工たちが組み上げた舞台へ板を運び、その周囲を七芒星の小旗が囲んでいた。
「ずいぶん増えたな」
「昨日から、中央通りの半分が祭りの準備に入っています。銀鉱山で働く人を募る窓口も、当日は広場に出るそうです」
「祭りで人を集めるのか」
「遠くの村からも来ますから。鉱夫だけではなく、荷運びや道具の修理、食事を作る人も必要になります」
セラは仕事中と同じ調子で説明したあと、少しだけ肩を落とした。
「せっかく仕事着ではないのに、またギルドの話をしてしまいました」
「俺が聞いたからだろ」
「ルークさんは、何を見ても仕事へつなげますね」
そう言いながらも、声は困っているようには聞こえなかった。
広場の端で、子どもが木の輪を投げていた。記念祭で使う遊戯台を、店主の家族が試しているらしい。短い杭が七本立ち、その奥に置かれた細長い瓶へ輪が入ると、一番よい景品がもらえるようだった。
投げられた輪は杭へぶつかり、地面へ転がった。
ルークは歩きながら、杭までの距離と輪の重さを目で追った。
「やってみたいんですか?」
「入らない理由を見ていただけだ」
「お祭りの日にも、同じ顔で屋台を調べていそうですね」
「危ない作りなら言った方がいい」
「遊ぶ側になる気はないんですか?」
考えたことがなかった。
祭りへ行く目的は、遠征帰りの冒険者や、普段は都市にいない商人を見ることだった。何を知っているのか、どこまで行ったのか。催しそのものより、そこへ集まる人間の方が気になった。
「セラは、何かしたいのか」
「そうですね。せっかくですから、舞台は見たいです。あとは、焼いた林檎と……輪投げも、一度くらいは」
最後だけ、遊戯台へ目を向けて言った。
「なら、一緒に回ればいい」
セラがルークを見る。
「記念祭をですか?」
「その話だろ」
「そうですけど……アレンさんたちも帰ってきますよ」
「全員で見ればいい」
「全員で」
セラは繰り返し、何かを考えるように少し黙った。
「では、そのときに考えます」
話はまとまったはずなのに、あまり喜んではいないらしい。ルークには理由が分からなかった。
広場を半周したところで、セラが一軒の店の前に立った。
石造りの小さな食堂だった。扉の上に麦の穂を束ねた飾りがあり、窓から煮込み料理の匂いが流れている。仕事帰りの職人で混み始める少し前らしく、中にはまだ空いた席があった。
「夕食は、もう決めていますか?」
「いや」
「それなら、ここで食べていきませんか」
セラは迷わずその店で足を止めている。最初からここへ来るつもりだったのかもしれない。
「分かった」
二人は窓際の小さな卓へ案内された。
向かい合って座ると、受付を挟まずにセラと話すことが、思っていたより珍しいことに気づいた。ギルドの外で会っても、これまでは依頼や怪我の話をして別れていた。
豆と燻製肉の煮込み、黒パン、焼いた根菜を一皿ずつ頼む。セラは果実を煮出した温かい飲み物を選び、ルークにも同じものを勧めた。
「甘くないのか」
「少し蜂蜜が入っています」
「なら、それにする」
「そこは迷わないんですね」
料理が届くまで、セラは卓上に置いた手帳の包みを見ていた。
「本当は、もう少し立派なものもあったんです」
「これで十分だ」
「金具のついたものや、表紙に名前を入れられるものも。でも、野外では邪魔になるでしょう?」
「金具は冷える。泥が入れば開かなくなる」
「やっぱり、こちらで正解でした」
セラは満足そうに笑った。
「何軒見た」
「三軒です」
「三軒も?」
「紙の厚さが違いましたから。炭筆が擦れても読めるものとなると、思ったより少なくて」
ルークは包みへ手を置いた。
丈夫な手帳を偶然見つけたのではない。自分がどこで、どのように使うかまで考えて選ばれたものだった。
「ありがとう。大事に使う」
先ほどと同じ礼のはずなのに、セラは一度目より嬉しそうに笑った。
「頁がなくなるまで使ってください」
「すぐ埋まるかもしれない」
「でしたら、次のものも必要になりますね」
「次も選んでくれるのか」
「ええ。その頃には、もっとよい店を見つけておきます」
煮込み料理が運ばれてきたため、そこで会話は途切れた。
燻製肉は厚く、豆は形が崩れるほど煮込まれている。黒パンを浸すと、底に沈んでいた香草の匂いが強くなった。
セラは受付での話をした。依頼書へ魔物の名を書き忘れた新人や、報酬を受け取ったあとで計算を疑い、翌日に自分の間違いを認めに来た冒険者のこと。ルークも、今日の橋と、オズが長盾で川を渡れるか試されそうになった話をした。
「本当に試さなくてよかったです」
「リゼも、試せとは言っていなかった」
「ルークさんは、少し見てみたかったでしょう」
否定できずにいると、セラが声を立てて笑った。
ギルドではあまり聞かない笑い方だった。
食事を終えて店を出る頃には、広場を囲む七芒星形の吊り灯籠に火が入っていた。小さな火が紐に沿って並び、風に揺れる旗を下から照らしている。
会計はルークが先に払った。
「私が誘ったんですよ」
「手帳の代金は払わせてもらえない。夕食は別だ」
セラはしばらく硬貨を持ったまま立っていたが、最後には財布へ戻した。
「では、次は私が払います」
「次?」
「手帳がいっぱいになる前に、一度くらいあるでしょう」
「そうだな」
依頼をこなしていれば、報告のためにギルドへ戻る。そのあとで食事をする機会もあるだろう。
ルークが頷くと、セラは満足したようだった。
分かれ道まで並んで歩き、そこでルークは手帳の包みを抱え直した。
「今日は、ありがとうございました」
「礼を言うのは俺の方だ」
「では、お互いにということにしましょう」
セラは片手を上げ、ギルド職員の宿舎がある通りへ歩いていった。
ルークはその背中を見送ってから、自分の宿へ向かう。
手には新しい手帳があり、胃には温かい食事が入っている。
いつもの仕事帰りとは違う夜だった。
ただ、それを何と呼ぶのかまでは考えなかった。
◇
翌朝、ギルドの受付には一枚の指名依頼が置かれていた。
依頼主は、北西未踏域の探索隊。
出発は、銀鉱山の開坑記念祭が終わってから。詳しい目的地と日程は、ヴァルドの帰還後に決められる。
募集する役割の欄には、経路確認と記録。
その横に、ルークの名が書かれていた。
「昨夜届いた編成案です」
セラが説明する。
「ヴァルドさんから、B級へ昇格したなら経路役の候補へ加えるようにと指示がありました。アレンさんからも異論はないそうです」
編成案には、十日以上前の日付が記されていた。ルークが返事を書き、第二補給隊へ預けるよりも前だ。
ヴァルドはルークの頼みを読む前から、経路役の候補へ名を入れていたことになる。
「参加しますか」
ルークは依頼書を手に取った。
竜素材の回収遠征では、上位C級として選ばれた。戦うためではなく、経験のある者たちの後ろで経路を見る役だった。
次は違う。
B級冒険者として、自分の判断を求められている。
「受ける」
「まだ日程も目的地も決まっていませんよ」
「それでも受ける」
セラは少しだけ笑い、依頼書と受注簿を並べた。
「では、ここへ署名をお願いします」
ルークは受注簿へ自分の名を書いた。
それから、昨日もらった手帳を開いた。
最初の頁に、依頼の名称と出発予定を書き込む。
その下には、これから確かめることを並べた。
予想される日数。必要な食料。予備の剣。北西に残る雨季の影響。
そして最後に、アレンとの約束。
真新しい頁には、まだいくらでも書く場所が残っていた。




