戦闘―――1
「お〜怖い怖い」
この場の主導権を握っているはずのリリスに剣を突きつけられているというのにグラトリアン司教は全く怯えた様子もなく両手を上げた。
部屋には常にピリピリとした空気が流れており、
リリスがグラトリアン司教に突きつけた剣の切っ先が少しでもずれれば辺りに血が飛び散ることだろう。
「……全く怖がっていないようですが…こちらの方が良かったでしょうか?」
そう言ってリリスが取り出したのは高位の神官しか持てないと言われている対悪魔用のエクソーシズムだった。
「悪魔にはこれが丁度良いですからね」
それをどうするのかと思えばグラトリアン司教に見えるように掲げた。
「リ、リリス?」
―――いやいやいや、いくら何でもグラトリアン司教が悪魔なんてことはないでしょ……。
奇行をしだしたリリスを止めようと腰を浮かしたその時だった。
「――困りました。本っ当に、勘の良い方ですねぇ」
グラトリアン司教は本当にあっさりと自分が悪魔であることを認めたのだ。
その瞬間、とてつもない恐怖感に襲われた。
クマが出た時の恐怖感とか、犬に間近で吠えられた時の恐怖感とは比にならない程のものだ。
だが、リリスはそんな物はあって無いような物言いでグラトリアン司教にこう言った。
「正直に面倒くさいと言ってはどうですか?その方が気が楽になるかもしれませんよ?」
これだけの圧がかかっているというのにグラトリアン司教に突き付けた剣は全くブレていない。
「気が楽も何も剣聖の前で気を抜くなどあり得ないのですがねぇ…!」
グラトリアン司教が黒い霧に包まれたかと思うと魔王の配下であるという印の赤い幾何学模様と人間には無い漆黒の翼が現れた。
「これでもまだそんなことが言っていられるのでしょうか――悲鳴を上げろ《ブラッドレイン》」
その瞬間、屋敷の屋根を突き破って次々と赤い血の雨が降ってきた。
しかも血が落ちたところから煙が上がっている。
「……あ、雨?」
――えっ…何で雨が天井突き破って来れるの……?怖っ……。
そんな事を呑気に考えていると急にリリスが私の手を引っ張った。
「アイリス様!!すみません」
リリスはそう言いながら私を抱えて、叫び声を上げる間もなく屋敷の外へと飛び出した。
普通ならとんでもないGがかかっている筈だがそんな事はなく、改めて此処が異世界であると認識させられた。
リリスは私を降ろすと
「アイリス様、悪魔とは何か知っていますか?」
と前方に視線を向けたまま屋敷の方を警戒しながらもそう尋ねてきた。
いきなりのことに戸惑いながらも私は、『約束の丘で』に出て来た悪魔を思い出しながら答えた。
「……悪魔とは魔族に分類されて、魔王の配下の証である赤い幾何学模様を持つ人型の魔物、だったけ……?」
「一般的にはそう言われています。ですが、一部の人の間では悪魔とは天使であるとも言われています」
すると前方から物凄いスピードで何かが突っ込んで来た。
キィン
剣で何かを受け止めた音がして、少ししてそれがグラトリアン司教であったと分かった。
「逃げるだけでは何も救えませんよ」
長い鉤爪の付いた手を横に薙ぎ払う。
それだけでいとも簡単に地面が引き裂かれた。
「ひっ……」
リリスは悲鳴を上げた私の方を見て無事を確認しようとするとグラトリアン司教がその隙を見逃す訳もなく既にリリスに肉薄してきていた。
「……面倒ですね」
そう言いながらも軽く受け流す様子は流石剣聖と言った所だろうか。
―――どうしよう……私、完全に足手まといだ。何か、しないと……。
―――私にしか出来ないこと……
その時一つのアイデアが浮かんだ。
主人公がグラトリアン司教に聖なる剣の斬撃を浴びせたとき、グラトリアン司教の赤い紋章の魔力が暴走したことがあった。
「これを使えばグラトリアン司教を倒せるかもしれない……」
私は戦っているリリスに向かって叫んだ。
「リリス!グラトリアン司教の手にある赤い紋章に魔剣の攻撃を当てて!そしたら魔力暴走を起こすはず!」
リリスはこちらを振り返ることは無かったがしっかりと頷いてくれた。
――――良かったぁ……私も少しは役に立てたかな……。
――――これで確実に勝てるかもしれない!
戦闘中だったにも関わらず気を抜いたことが良くなかったのだろうか、ホッと息を吐いて目を開けた――次の瞬間。
「油断しましたねぇ!」
すぐ目の前にはグラトリアン司教が居て鋭い爪を振りかぶっていた。
「アイリス様ぁ!!逃げてください!」
遠くから聞こえてくる悲鳴のような声が何処か他人事のようだった。
リリスは瓦礫の中から手を伸ばしているが間に合わないだろう。
次々と記憶が再生されていく。
―――何がいけなかったんだろう。助かりたかっただけなのになぁ……。
せっかく転生して、これから人生をやり直せるチャンスだった。
悪役令嬢のフリをするのもいつの間にか楽しんでいた。
ラノベでよくある主人公の気分だったのかもしれない。
―――でも、現実では主人公のようにうまくはいかないか……。これどうやっても助からないよね。
「なら助かれば良いじゃない」
何処からか声が聞こえてきた。
私のよく知っている何度も聞いた声。
《約束の丘で》に出てきては邪魔をしてきて、出て来てこんなに嬉しい日が来ると思わなかった。
いつもどっかいけー!としか思っていなかったのに……。
「この私――アイリス・ヴォルテールが手伝ってあげるわ……。私の体なんだから、情けないとこ見せないでよね……!」
―――悪役令嬢って実は強いのよ?




