第十六話 ブラックロード
「あ、貴方、余裕ですね・・・・・・今から何処へ行くとも知らないのに」
「うーん」
23世紀。
ベルとサンは空飛ぶ車に乗っていた。
白と黒に分かれたボディに、小さいジェットエンジンの付いた折り畳み式の両翼が生えている車体で、70年代の人間が見てもパトカーと分かる。
サンはこのパトカーで何処かへと移送される身であった。
目下には広大な農場が広がり、進行方向には巨大なビルが整列している。
「今なら何処へ収監されても生きていける気がするの・・・・・・」
「そ、そのワケは・・・・・・」
本来なら涎を垂らして車内を物色している筈のサンは、黙ったまま高度五百メートルの空を見詰めていた。
彼女の横顔はつい昨日警察に確保されたとは思えないほど清々しく、口元は幸せそうに緩んでいた。
「うーん・・・・・・恋の力、かしら」
「豚箱に出会いですと?!」
ベルは狭い車内で叫んだ。
思わず耳を塞ぐような不快な声であったが、サンには全く届いていなかった。
ベルは顎に手を当てて考え始めた。
親の顔より見た豚箱の様子を思い出しても、少女漫画のフィクションと照らし合わせても、ここまで夢中になるほどの恋が始まるイメージが湧かなかった。
「そ、そんな筈は・・・・・・!(警部でも全く無いのに!)」
そして自分の恋愛事情とも比べ始めた。
ベルは瞬く間に虚しい思いに苛まれて、明日からアプリにでも登録しようかと思い立った。
ベルが自分に相応しい男の条件を羅列していると、サンはそれを横目で見て、「ベルさん。これはダメ、あれはダメなんて恋愛とは言えませんよ。大事なのは心の眼で相手を見ることですよ」と、艶やかな声で言った。
無論ベルは直ぐに食いついた。
「じゃ、じゃあ!貴方が好きな人がどんな人か教えて下さいよ!」
「そうですね・・・・・・」
サンは演説のスイッチを入れた。
「豚箱から垣間見る御身・・・・・・聡明にして堅実な御仁・・・・・・優しげな眉の揃った褐色の肌のなかに、梨の花も妬むほどの白く清げに見ゆる御心・・・・・・それ以上は申し上げられませぬ。お察しくださいませ」
「私を煽ってるだろ!悪魔め!」
約一時間ほどのフライトを経て、サンとベルは巨大建築物の狭間に垂直着陸した。
着陸するや否や短い両翼を折り畳み、乱立するビルのうち一つの地下駐車場に入っていった。
地下駐車場は過去のものと大して変わりなかった。
サンはベルに連れられながら車を降り、迎えの警備と共にエレベータに乗り込んだ。
ベルが「82」というボタンを押す。
その上にはまだ「104」というボタンもあった。
長い長いエレベータの旅が終わると、次はホテルのような空間に着いた。
ベルは早足で廊下を進み、整列する扉のうち一つを開け、サンを案内した。
「結局、貴方の発明に有罪性を見出すことは出来ませんでした・・・・・・残念ながら。ですが私の警察手帳を勝手に使ったのは犯罪です!」
室内は殺風景というほどの無機質レベルではなかったが、簡単な装飾と小さい窓、あまりにも薄いノートパソコンの置かれた机とイス、大きなベッドが置かれただけの簡素な部屋であった。
「ということで、貴方にはここ──特別鑑別所で10日間過ごして頂きます。基本的には鑑別なので、強制労働もありません。一日に二度外出もOKです」
ベルは扉の前に立ったまま、鑑別所での対応についてつらつらと話し始めた。
これらの事項は全て暗記している筈だが、念のため手帳のチェックリストを見ながら確認していた。
しかし、最後の注意事項に関しては、わざわざ手帳から顔を上げて言った。
「ただし、指定された区画からは絶対に出ないでください」
「それは・・・・・・私が鑑別対象だから?」
サンの質問に、ベルは答えにくそうに目を逸らした。
「・・・・・・外に出てみれば、分かります」
「?」
*
サンは夜食を買いにコンビニを目指した。
いま彼女が滞在する鑑別所は、ダウンタウンと呼ばれる場所にあった。
巨大建築物に相応するほどの道路が中央に長く伸びて、夜なのにも関わらず大量の車が行き交い、昼のように明るかった。
サンの視線の先には家族連れの姿は少なく、主に会社帰りのサラリーマンが浮かれた顔で歩いていた。
サンはコンビニで買い物を済ませた。
透明な自動ドアが開くと、大通りの向かい側が見えた。
「(ここが区画の端っこのハズ・・・・・・)」
サンはベルの言葉を思い出した。
この長い道路が丁度区画の境界線になっている筈だった。
「・・・・・・?」
向かい側には背の高い黒人が歩いていた。
それを目で追っていくと、その先にも黒人がいた。
その先にも、その先にも、黒人がいた。
そして誰もスーツを着ていなかった。
サンは自分のいる歩道に目を戻した。
また酒に酔った白人の顔が並んでいた。
そこに黒人は一人もいなかった。
サンの頭の中では何かがぶつかるように反応して、一瞬のうちに世界を理解したような感覚に襲われた。
彼女は白人ロードと黒人ロードを交互に見た。
よく見ると、白人ロードの反対側には華やかな飲食店も明かりの灯った高層ビルも無く、廃墟のような建物が積まれるように置いてあった。
その下を街灯が気持ち悪いほど明るく照らして、影が異様に濃くなっていた。
サンはその光景に目を奪われた。
偶然、狭い路地にたむろする黒人の男と目が合った。
体の芯から冷たいものが湧き上がって、思わず目を逸らした。
心のなかで、何か大きいものが音を立てて崩れた気がした。
サンは下を向いたまま、鑑別所へと静かに帰っていった。




