第十五話 妥当と思われる感情
転送の光に視界を奪われて、サンは目を開けたまま未来に到着することは出来なかった。
彼女がその重い瞼を開けたのは、恐らく数十分間から一時間ほど経ったあとで、特殊な言語体系を備えた頭部が覚醒するのには更に十分ほど必要であった。
「(本当に来てしまった。未来に)」
サンは心のなかで呟いた。
目の前は藍色の金属質な壁に囲まれており、触れてみると冷たい。
丁度電話ボックスくらいの空間スケールだが、頭上には照明が貼り付けてあって、サンの時代でよく見る黄色がかった光ではなく、青みがかった照明であった。
振り返ると、受話器が置いてある。
受話器だけが過去のままで、音を鳴らす気配なく、静かに鎮座していた。
「どうやって外へ出るんだ?」
サンは手帳を取り出した。
検索しても未来の電話ボックスに関しては出てこない。
彼女は何処かに隠しボタンでもあるのではと思い、手帳を持ったまま、壁をぺたぺたと触り始めた。
しかし鍵はボタンでは無かった。
右手側の側面にあった黒い四角に手帳をかざすと、機械音が小さく短く鳴り、正面の壁に突然切れ目が入って、一部が沈んでいくようにぬるりと開いた。
導通した先は暗闇であった。
サンの足音が不気味なほどに響いて、思わず忍び足になった。
暗闇のなかをゆっくりと進んでいく。
「(ここは警察署だろうな。まずはここを見つからずに抜けないと・・・・・・)」
サンは壁を伝って先を急いだ。
彼女の胸のうちには不安が膨らみ始めていたが、息を殺して前へ進んだ。
「(抜けたら手帳を使ってなんとか住むところを見つけよう。そしてそれから・・・・・・)」
考え事をしながら歩いていると、突然伝っていた壁が消えた。
曲がり角らしかった。
サンは両腕で宙を掴みながら、新たな壁を探し始めた。
その時であった。
「おい君」
はじめは気づかなかった。
遠くから小さい足音が迫っていた。
サンが気づいたのは自分の顔面にライトが当てられた時であった。
「こんなところで何して───」
サンは逃走した。
「待ちなさい!」
*
「君、どこから来たの」
サンは逃走後、数秒で捕まった。
彼女の身柄はマジックミラーのある無機質な部屋に移送され、彼女を発見した黒人の警官が自ら尋問した。
「えーっと・・・・・・それはその・・・・・・何というか、アレですよアレ」
「この警察手帳は?なんでベル警部のを君が持ってるの」
「え?私がベルですよ~何言ってんですか先輩〜」
サンは引き攣った笑顔を警官に向け、この状況を切り抜ける術を考えていたが、状況は悪くなっていくばかりであった。
警官は重い溜め息をついて、
「・・・・・・このままだと君、豚箱行きだよ」
「え?!私まだ十四です!」
サンは椅子から立ち上がって涙目で訴えたが、警官の呆れ顔に変化の兆しを見出すことは出来なかった。
「証明するものがないし、普通に犯罪だし、十四ならギリギリ豚箱行きだし、僕ベルさんの後輩だし・・・・・・」
「・・・・・・!」
「やっぱり豚箱行きかな」
最後の言葉を聞いて、サンは机に突っ伏して泣いた。
突然に未来へ来た事への後悔が溢れた。
「うえ〜ん!だって社会が悪いんだもぉぉん!」
そしてうだうだと喚き始めた。
「佳人からも有象無象からも排斥され、勉学からも芸楽からも恋愛からも淘汰され、神は試練を賜わすこともなくただ沈黙し、悪魔は道化師となり唯一縋った藁葦も私の勇気を否定した・・・・・・!」
ただでさえクセの強いサンの演説は更に臭くなって、初めて相対する警官は明らかに困惑した。
目の前の少女がただの犯罪者ではなく、頭のおかしい犯罪者であることを認識した彼は、思わず演説の内容に耳を傾けてしまった。
「"偏見発見装置"・・・・・・自ら創り出した救済すら破壊された!」
「・・・・・・!」
サンは演説を終えて、おいおいと泣き出した。
目鼻は赤く腫れて、言葉にならない言葉を発したまま、机を小さい拳で殴った。
彼女の周りにはどうしようもない悲哀のオーラが漂っていた。
しかし、その雰囲気に覆いかぶさるように、警官が立ち上がった。
「君!"デビル・ボックス"の発明者なのかい?是非話を聞かせてくれ!」
警官は先程までの呆れ顔を掻き消して、驚きと好奇心に充ちた顔になった。
彼は"偏見発見装置"を知っているようで、泣いているサンを落ち着かせてから、彼女の創作伝を根掘り葉掘り聞き始めた。
「──って感じでアレを思いついて・・・・・・作ったんですけど・・・・・・はい・・・・・・」
「素晴らしいよ!君は天才だ!」
警官は狭い部屋の中をうろちょろとし始めた。
まるで超有名人に偶然出会った女子高生のように、興奮冷めやらぬ様子であった。
「君は今までよく頑張ったよ!そしてこれからもきっと何かを成し遂げられる!」
「そんなこと言ったって・・・・・・私はもう前科持ちですし・・・・・・」
サンは例のネガティブモードになっていたが、それを打ち消すように彼女の両手を取り、警官は懇願した。
「話の続きを聞かせてくれ!」
「・・・・・・」
サンはその熱意に折れた。
「し、仕方ないですね~」
エリーが居れば気持ち悪いと言ったであろう笑顔をニヤニヤと浮かべて、心のなかで呟いた。
「(私、この人好きかも♡)」




