第十三話 戦略的頑固
「絶対逮捕してやる!そして"デビル・ボックス"の氾濫を阻止してやる!」
涙目になったベルは固い決意を叫んで、爆笑の渦の中を走り抜けた。
部屋の入り口まで辿り着くと、くるりと振り返り、サンとエリーの顔を再び睨んだ。
「さらば!」
扉が勢いよく閉まった。
ベルの慌ただしい足音が段々と小さくなっていき、見知らぬ人間が廊下を走っている事に驚いた家事使用人が悲鳴をあげた。
エリーは笑い飽きて、ベルの出て行った扉のかげをじっと見つめた。
「未来にも貧しいリベラルはいるのね・・・・・・可哀想」
「ん?何か落としていったぞ」
サンはあるものを見つけた。
ベルが落としていった物のようで、サンのいう未来の匂いが香っていた。
サンはそれをくんくんと嗅いだあと、じっくりと観察した。
「何だこれ?」
「手帳みたいね」
エリーの言う通り、それは手帳だった。
茶色の皮のような、親近感の湧く装丁がされ、肌触りも昔の本に近い。
カバーを捲ると、白いつるつるとした紙の束が隙間なく詰められており、美しくレタリングされた文字が綺麗に整列していた。途中からは白紙が続いている。
彼女等には、普通の手帳のように思えた。
「いや!ちょっと待て!」
サンはとんでもないことに気がついた。
紙の手触りが少し違うと思って、彼女は紙面をなぞるようにしてスライドした。
すると画面が動いた。
指に呼応するようにして自在に入れ替わる。
「何だこれは!文字が!文字が動く!」
「すごいわね・・・・・・」
「これは"紙テレビ"と名付けよう」
エリーは紙テレビに感動しつつも、サンの絶望的なネーミングセンスに落胆した。
「氏名年齢国籍・・・・・・未来のパスポートなのかこれは」
「でもさっき"今日の運勢"みたいなページもあったわよ」
「ぐぬぅ・・・・・・理解できん」
その手帳の中には、あらゆるプライベートな情報が盛り込まれていた。
ページを捲るたび、その人の衣服を剥ぎ取っているような、妙な高揚感に襲われた。
「"暗号作成ページ"ってのもあるぞ!あいつこんなもので暗号化してたのか・・・・・・」
「しっかり履歴も残ってるわ・・・・・・筋金入りの馬鹿なのね。可哀想」
暗号とは、ベルが登場する際に用いたBコードのことである。
あの時に発音した呪文を彼女等が覚えている筈はないが、明らかにこのアルファベット列を唱えたということは理解できた。
「もしかしてこれがあれば・・・・・・」
サンはベルが受話器から出てきた時の事を思い出した。
彼女は話半分に"それ"を聞いていたが、今はっきりと脳内で再生して、自分にも再現可能かどうかを吟味し始めた。
サンは部屋の中をうろちょろと動き回り、一つの結論を導き出した。
「未来に、行けるんじゃないか」
「未来に?」
エリーは思わず聞き返した。
動揺する彼女をよそに、サンは再び紙テレビに齧り付き、パラパラと捲り始めた。
「行けるなら私は是非行ってみたい!私が作った"偏見発見装置"によって憎きエリートが自尊心を破壊され、或いは虚勢を張り、或いは懊悩に悶えるその様を!生き生きとこの目で見ておきたいんだよ!!」
サンは手帳から顔をあげた。
「だからエリ姉! 私と一緒に未来に行こう!」
「・・・・・・」
エリーは絶句した。
暫くの間、騒がしかった部屋に静寂が戻り、エリーは少し悩む素振りを見せた。
だが、それから間もなくして彼女の身体は高級ソファの中へと収まり、いつもの高慢な顔をサンに向けた。
「嫌よ。私はアンタと違って今で満足してるのよ。わざわざ未来に行ってリスクを取りたくはないわ。一人で行って頂戴」
「そんなぁ!」
エリーは怒ったような顔で本を読み始めた。
いや、実際には読んでいないのだろう。
彼女の行動は、サンの提案に対しての絶対拒否を示しているのである。
「エリ姉と慕う私をかわいい妹だと思わんのか!一人で野垂れ死んで、もう帰ってこんのかもしれないのだぞ!」
「別にいいわ。居候だし」
「なっ!」
サンは思わず後退りした。
ページを捲る音が部屋の中に響く。
「空き地で泣いてた小汚い私を拾ってくれた慈悲深さはどこに行ったんだ!私を憐れだと言い、毎日うまい飯と温かい布団をくれた優しさは!エリ姉!!」




