第十二話 狂喜的嘲笑
「だははははは!聞いたかエリ姉?傷害罪だと!だははははは!」
サンは笑い転げた。
その突然の変化に順応できなかったエリーとベルは、サンの狂気的行動の前に立ち尽くす他無かった。
ときおり咳を挟むほどの爆笑を続けるサンは、美しく整頓されたフローリングの床を何度も叩いた。
しばらくその様子を眺めていたエリーは、悲愴とも呆れともとれる微妙な形に顔を歪めて、サンの側に寄り添った。
はじめはじっくりとサンを観察するだけであった。
しかし、突然時計の針が動き出したかのように立ち上がり、小さく溜め息をついた。
「心配して損したわ」
不満げな表情を浮かべたエリーは、くるりと身体を反転させて、サンに背を向けた。
サンの回復を見て喜びの涙を流しているのだろうか。
彼女はそのまま黙り込んでしまった。
この異質な空気に飲まれたベルは、自分が馬鹿にされていることなどを忘れて、エリーの心情を想像して感傷的な気分になった。
何となく、彼女等の罪を追及する気持ちは湧いてこなかった。
全てサンの嘲笑のせいである。
「でも確かに・・・・・・」と、エリーはやっと口を開いた。
ベルからは彼女の背中しか見えない。
どんな表情をしているのか、どんな気持ちでいるのかは彼女の震える声からしか読み取ることはできなかった。
彼女の身体が僅かに動いた。
横顔がちらりと見える。
此方を向いて、その涙に濡れた頬を───
「傷害罪ってのは笑えるわね!」
エリーも腹を抱えて笑い出した。
彼女の美しい目鼻はもったいないほどに崩れて、目からは雫を滲ませながら、サンと似た狂喜的な嘲笑を披露した。
「傷害罪に値します!」
「やめろエリ姉!笑い死ぬ!」
ベルの真似をするエリーに、サンは指をさしてまた笑った。
エリー自身も手を叩いて笑う。
ベルは本格的に自分が煽られていることを自覚し始めた。
可愛らしい顔はみるみる紅く染まり上がった。
「あ、悪魔共め!遂に本性を現したな!」
ベルは違う意味で涙目になりながら、歯を食いしばり、未来に置いてきた"仲間"たちの事を思った。
溢れ出る不満、沸き立つ怒りとがひとつになって、彼女の堪忍袋の緒が切れた。
「もう容赦しない!フェミニズムの原則のもと、お前らを逮捕してやる!!」と、ベルは懐から手錠を取り出しながら叫んだ。
「お前フェミニストだったのか!これまた笑え───」
「待ちなさい、サン。お互い一旦おちつきましょうよ。ちゃんと話し合えば分かり合えるわ」と、エリーはにやけ顔のままベルに視線を投げかけたが、もう既にベルは憤怒に支配されて狂いかけていた。
「ねえ。さっきからアンタ、なんでそんなに怒ってるのよ。私たちが笑っちゃったのは謝るわ。でもこれのお陰でサンも元気になったし、その前から怒ってたでしょ?」
「それは・・・・・・」
落ち着きを取り戻したエリーの言葉を聞いて、ベルも正気を取り戻した。
彼女は理性を失い、怒りのままに捜査するところであった。
それはサンたちを合法的に逮捕するためにも良くない。
失敗すればフェミニストの仲間たちに顔向けできないのだ。
彼女はまた咳払いをして、まずエリーをじっと見た。
エリーは真面目にこちらを見つめ返している。
次にサンの顔を見た。
彼女はまだ笑いを堪えきれていない。
それでもベルはぐっと怒りを我慢して、エリーの質問に正直に答えた。
「私が怒っているのは、IATテストで女性に対する偏見が70%も認められたからです!」
彼女は続けた。
「生まれてから今までフェミニズム教育を受け、公認大学に合格し、エリートな22年警察の一員になったというのに、そんな私が偏見をもっているなんておかしすぎます!絶対IATはインチキ───って笑うな!」




