保護区の梟は巣に蛇が絡みついていたと知る
とある宗教では、雷は神の罰だと言われている。
その宗教は一言目には罪人は許されるとあるのにね。けどその宗教は、人は生まれながらに原罪を背負っているからというのが前提なので、罪人は普通の人達のことなのだそうだ。だから本当の意味での罪人には雷を落として罰を与えるという、おっかな。
さて、そんな雷が島永親子の後ろに落ちた。
小さな雷だろうが、落ちれば可燃物を発火させるぐらいの威力はある。雷が直撃したオープントップコンテナは上部に幌がかぶせてある状態だった。積み荷が発火したのだろう。炎を上げて燃え出した。
「な、なんで!!く、雲一つないのに。なんで雷が!!」
「おい、消火だ!!納品のブツが燃えてしまう!!」
島永親子は慌てふためく。どうやら燃えているコンテナの隣が「納品のブツ」が入っていたコンテナらしい。知ってた。それで彼らの護衛をしているチンピラ二人は消火に走ると思えば、突発的なことに混乱したのかなぜか車へと走り寄る。
「ぎゃ」
「ぐう」
男二人は車のドアに手をかけたままびくびくっと痙攣した後、その場に倒れた。車のドアに手をくっつかせたままの姿で。失禁もあり。
車に直撃してなくても、側撃ってこともあるんだよ。スタンガンで遊ぶなら、高圧電流関係も学んでおこうね。だけど、雷が落ちても車内は安全なのに、車外は帯電して危険だって、本当に電気って不思議だよ。
わたしはしまながみほにうられてころされた。
しまながみほのせいで みほのせいで みほのせいで みほのせいで
死霊がぶつぶつと呟きだした。
そうだね、君はあの女に売られたんだ。それで、俺から奪ったアスマを、こいつらは売るつもりだったんだ。――どこの誰に?
シュオオオオオオオオオ。
真っ白な泡が噴出された。消火器を持って飛び出してきた男は金髪だが、俺を狙撃中で狙った男達と同じ人種であるので地毛かも。そして彼の後に続くようにして、二人の男性も姿を現した。百八十あるかないか程度の白人種にしては中背の、こげ茶色の髪のやつと明るめの茶髪の二人組。
こいつらに売られた?
違う。こいつらはいつも買う方なんだけど、支払いが麻薬なんだ。ほら、そんな支払いを拒否した人や、奴らが邪魔だと思って殺してきた人達が後ろにずらって並んでいる。奴らがどうかなった時、彼らの怨嗟でまみれた地獄に引きずっていくために。
いかにも外人の彼ら三人の服装は、鹿角の昼間みたいなポロシャツにスラックスであった。俺はそれでどういうことかと訝った。白人男性な彼らよりも昼間の鹿角の方が様になっているって、どういうこと。
鹿角は相変わらず存在がバグっている。
「その箱か?」
出てきた二人のうち、明るい茶髪のいかにも部下っぽい方(もう一人よりも若そう)が、島永父に尋ねる。日本語で。島崎父の方は、そりゃもうへこへこって感じで答えたんだが。
「はい、そうです。助かりま」
ドサッと島永父の方が地面に倒れた。
茶髪の手には日本では所持しているだけで逮捕される、サイレンサー付き……って、マキシムナインかよ! 欲しい。
俺が奴の手元をまじまじと見つめていたからか、彼らは勘違いをした。
俺がくそ怯えているって。
奴はにやりと笑って、ギラリとした視線で俺を見据えながら銃を持ち上げてもくれた。そして、こげ茶色の髪の奴は俺に向かって。
「ひぃ、ひ、ひいい」
もっと怯えている女の悲鳴によって、こげ茶色の髪が俺に何か言うタイミングを失った。父親の死に怯える島永娘へと、全員が一斉に振り返れば。
「ぎゃああああああああああ」
急に動いた車が、なんと彼女を跳ね飛ばしたのだ。彼女は消火したばかりのコンテナに顔面から体当たりだ。――表面を消火したばかりで熱がまだ冷めやらぬだろう、金属製のコンテナに。
ジューと肉の焼ける音と、焼き肉屋では絶対に嗅ぐことのない、鼻が曲がりそうな硫黄を含む悪臭が周囲に漂う。
島永を跳ね飛ばしただけで彼女をひき殺さなかった車には、先ほどまで首を下げていただけの死霊達が顔を上げて乗っていた。せせら笑って。
「ぎゃあああ、ぎゃあああああああああああ」
島永は悲鳴を上げなげ続けている。熱さと痛みから反射的にコンテナから剥がれたが、コンテナに触れたところの皮膚だって彼女から剝がれたのだ。彼女は皮膚が剥がれた痛みによって、さらなる悲鳴を上げながら地面に転がりまわる。
「ひいいい、ぎぎゃあああああ、ああああああ!!」
「うるさいな」
消火器を持った男が、それで島永を殴り殺そうと振りかぶる。
「待って!!」
チャキっと金属音がして、声を上げた俺の額には冷たく固いものの感触。
こげ茶色の髪の奴が、俺に銃口を当てているのだ。
彼の銃はサイレンサーなしだが、ベレッタ21A、ポケットに忍ばせておけるサイズの護身用拳銃。ボブキャットって愛称のやつ。――これも、欲しい。
俺の視線も意識も全部ボブキャットに集中すれば、男はさらに俺の額に銃口をぐりぐりと押し付ける。
「あの車を動かしたのはお前か?」
俺は首を振る。
「嘘つきめ」
男は俺の額から銃口を上げた。
銃を持つ手で俺の横頬を殴り――つけようと、するために。
「はいそこまで。銃刀法違反で逮捕します」
男の首筋にはナイフが当てられていた。
ナイフを持っているのは、真琴を刺した一重のあの男。
静かだなと見れば、消火器の金髪も島永を撃った茶髪も地面に倒れていた。
茶髪の首は切り裂かれ息絶え、金髪の体の下にも血の池が広がっている。
「逮捕などできるわけが」
「ですね。では結果了解ということで」
サクッとナイフは男の首に差し込まれ、俺を殴りつけようとした男は白目をむいてそのまま崩れ落ちた。
俺は、目の前の彼が純粋に俺を助けに来たわけではないどころか、俺も一緒に処分しに来たのだと彼を見上げた。
考えるべきだった。
たった今なしたことに何の動揺もなく、涼しい顔をしている元公安。鈴木佳尊。
鹿角が俺に対して、盗撮、盗聴、追尾が公然とできているのは、そのこと自体が捜査として許可されている公安警察の鈴木が鹿角班にいるからだ。
公安警察の目的は、国益侵害となるテロ行為についての捜査や取り締まりだ。
俺は倒れている金髪と茶髪の姿にデシャブを感じたまま、彼に尋ねていた。
「あなたの目的は鹿角班ですか?」
「僕の目的が君、と言わないのはわざとかな」
「俺を殺したら鹿角は動く。そしたら鹿角も殺さなきゃ。目的が鹿角班の解体じゃなければ、俺を殺すのは諦めたほうが良い」
「ふふ。僕が鹿角君には敵わないって決め込んでいるのはなんで? 君はどうしてあの日、波瀬と藤堂がナイフ一本で沈んだと思っているの? ナイフはね、銃で人を撃つよりも動作が早いよ」
「俺の警護の時は銃は抜いとけって、波瀬と藤堂に伝えます。それで、あなたはナイフの脅威を知っていても波瀬に教えてなかったのは、」
俺は口を噤んだ。
そんなことよりも聞くべきというか、頭の隅に留めておかなければならなかった情報を思い出したからだ。
成田のホテルで死亡した、元外交官のレイプ魔。
ニュースでは急死としか報道されなかったが、アンリの情報によれば、レセンデスの死体はホテルの浴槽にて首を横一文字に切られた姿で発見されている。
俺は足元に転がったままの死体を見つめる。
彼は首を横一文字ではなく、正確に延髄にナイフを刺されての死亡だ。違うか?
もしかしたら、そう、なのか?
「どうしたのかな、晴純君?」
「この人達を殺して、死体の始末はどうつけるつもりなのかなって」
鈴木はほんの少しだけ目を丸くしたけれど、あとはいつもの柔和な表情だ。日本人の大体の人が表に出している、当たり障りのない表情。それで。
「玩具は出した人が片付けるものですよ」
「おもちゃ、ですか」
「玩具ですね。片付けておくべき過去の負債です、彼らは。他国に麻薬をばらまきその麻薬の元締めになって政情不安を生み出す。よくある他国侵略の手ですが、この情報開示の時代では自分の首こそ絞める時代遅れの手です。うまい汁が吸えるからって片付けなかったものだから、ほら、こんな目に遭う」
鈴木はスマートフォンを取り出して、音を消してあるニュース動画を俺に見せた。
音がなくとも、煽り字幕を読めば一目瞭然だ。
揚陸艦炎上。
「これが、どうし」
俺はハッとして立ち上がり、鈴木の後ろにあるはずの海へと視線を走らす。
燻るコンテナの煙もそうだし、そもそもここから海は見えない。
見えないけれど。
「そうせい!!」
俺は何も見えない暗闇に叫んだ。
俺を操るために誘拐された、俺の弟。
「鈴木さん、その船だった? 蒼星はその船なのか?」
俺はぞっとするばかりだ。監禁場所がやくざの屋敷だろうが、俺ならば助け出せるつもりだったけれど、異国の軍艦なんて今すぐには無理だ。助けるまでに何年かかる? その間、あいつはどんな目に遭う?
「君は、弟を取り戻すためには何が必要だと思う?」
俺の頭の中で「こんなつもりじゃなった」と、鹿角の悲痛な声が響いた。
その時の俺は、鹿角が俺に自殺させに来たと思い込んでいた。けど鹿角は、俺を引き取って俺のことを誰も知らない地で一から育てようなんて、気色の悪いことを考えていたのだ。
「僕はあの男が許せない。晴純が一番傷つく編集をわざとしていた」
拓海が撮り溜めていた俺の観察記録を、わざと俺が傷つく編集をしていた、のは本当に鹿角だったのか?
首を切られた藤堂よりも、腹を切られた波瀬の方が実は命の危険があった。
誰があの動画編集をしたのだろうか?
俺は鈴木をまっすぐに見て、ニヤッと笑った。
アンリがするように見えればいいなって思いながら。
「俺が無双すればいいだけだ」
「君が死んでしまえば、弟君の人質の価値は無くなるんじゃないかな」
「人質の価値がないって、殺されるってことでしょう。俺は死にませんよ。それに、俺が死んだら悠に有咲に夏南が、最強最悪のテロリストになる。そうでしょう」
「かわいいな、君は」
鈴木はくすっと笑って、え、俺のわきに両手を入れて俺を持ち上げた。
この年で高い高い? 何っ!
「あ」
視界が変わったことで俺に海が見えた。
真っ暗で何も見えないはずの海原なのに、米粒サイズのオレンジ色の明るい光がぽつっとあるのだけは見えた。
「こっちに向かってるボートは見えた?」
「え? 米粒な光しか見えません」
「うっそ。ドラマだったら、ここで救出された弟を見つけて大喜び、ありがとうって僕に抱き着くシーンなのになあ」
「え?」
「あ、腰が痛い」
「ええええ!!すずきさん!!」
晴純を脅すに脅した鈴木さん、ぎっくり腰。
CIAの麻薬密売疑惑とか、麻薬カルテルとの秘密戦争とか、そんな話題から考えた今回の内容です。
某国情報部が日本の政情不安を引き起こすために麻薬密売ルートを構築したけれど、麻薬売るリスクの方が高いから作戦取りやめ。でもうまい汁吸えるからって続けていた奴らが今回鈴木さんに掃除されました。お片付け? 某国情報部の人間なら某国情報部にさせよう。そういうことで話はついてるってやつ。
ちなみに日本の情報部は内閣情報調査室とか言います。けど「公安か」というフレーズ好きなので、鈴木さんは公安です。




