報連相が終われば梟は夜のドライブと洒落こむ
真琴が女に連絡を入れれば、あっという間に俺達の迎えの車がやってきた。
誰の趣味なのか、栄光と名が付く型落ちのミッドナイトブルーのセダンとは。
運転手も助手席に座るのも男で、車の中にはあの女の姿はない。
運転席の男も助手席の男も筋骨隆々どころか一般人に紛れ込める中肉中背で、そのためにより陰湿で凶悪そうに思えた。
車から出てきたのは助手席に座っていた男の方だ。彼は俺と真琴の簡単なボディチェックをしてから、脅しつけるような目線と顔つきにどす声を聞かせて俺達を車の後部座席に座らせた。
もちろん、俺と真琴のスマホは没収だ。
「おい、お前の杖を寄こせ。余計なことはするなよ。弟は預かっている」
俺が杖を差し出せば、わお、適当に街路樹に放りこんだ。
そして彼は杖を奪われて不安そのものの顔をした俺に対し、その顔が面白いと鼻で笑う。それで満足したのか、彼は真琴の真ん前で、俺の斜め前になる助手席に座った。ルームミラーから俺に追加の睨みがきたよ。わあ怖い。運転席の男も物騒な気配を乗せた一重の瞳で視線を寄こすし、俺はもうガクブルだよ。
車はスムーズに走り出す。
「あとで父に父の部下の写真を見せて貰わなきゃ」
悠は自分だけ目隠しされていたことを憤慨していたし、それはなぜだったのかとずっと首を傾げていた。とりあえず自分の知っている警察官がいたのかも、という思考になったのはさすが県警本部長の息子。
県警本部長の息子だったから、彼は絶対に殺されない予定で、不都合があった場合は解放されていた――なんて知る必要もないか。だって単なる一般人の家の蒼星ならば、連れ去ろうが殺してしまったとしても、騒ぎは一過性のもので収まる。
長男の苛めに対して、たった三分の一の慰謝料を得たことで終わりにしてしまえる両親だ。金を握らせれば何とでも口は拭えると、犯罪集団に思われたんじゃないかな。情けな。
車は一時間ほど暗い中を走り、車内にも潮の香が届いたころに車は止まった。
懐かしく思うのは、夏休みの船旅はこの港から出発したからである。
今回は船の発着場ではなく、港から少し離れた場所にある港湾倉庫のようだけど。
さあ、俺をお迎えしてくださるのは、麻薬密売組織か、異国の正規軍属の特殊部隊か。あるいは地元やくざか。もしかして、公害起こした後始末もせずに会社を畳んだその後も別会社を作り上げ、過去の賠償から逃げているどころか証言者を闇に葬っているらしい島永一族か。
いずれの団体様にしても、集合が港の倉庫でってとこがベタ過ぎて笑える。
ここならば、拷問あるいは殺害時の悲鳴だって、誰かに聞き耳立てられる心配もなく思い切りやれるってことかな。きっと今までも心赴くまま、ここでたくさんの人を殺してきたんだろうな。
「こいつか」
スーツ姿の恰幅の良い中年を過ぎた男が、部下を数名引き連れて姿を現した。
顔? そういうのは覚えないことにしている。チンピラっぽい服装をした彼の二人の護衛についても。
さて、ここまで来た彼の足はなんだろうと目を凝らせば、彼の後ろにそれなりの車が見える。おや、今回ばかりは電子キーな今時の外車だ。
俺が彼の手の中にある、いや、俺の部屋のアスマを奪ったことでもう安全だとみなしたのか。なかなかに楽天家だな。もしかして、IT専門家がここにいないのか?
男の後ろからもう一人が出てきたそこで、俺は後ろから引っ張られたのちに何ら何の脅威もなさそうな青年の後ろに隠された。
「や、約束だ。みほり、三穂子は無事なんだろうな。返してくれる約束だぞ!」
俺はこいつらに連絡付けろと真琴を脅しただけで、細かい指示はしていなかった。それなのに、俺を庇って交渉を始めるとは。――無能な善意者、なんだなあ。
そんなことをしたら、瞬時に殺されるよ。
だってほら、君はもういらない、だろ?
「え?」
運転席にいた男が、サクッとナイフの切っ先を真琴の鳩尾に沈めた。
みるみる真琴のシャツは赤くなり、彼は驚きに染まった顔のまま動きを止めた。
「真琴さん!!」
俺は後ろから真琴を抱きしめ、男は涼しい顔をして抜いた凶器を懐に隠す。
ぐふっと真琴から声が漏れたのは、俺の手が緩んで彼を取り落としてしまったせいだろう。真琴の体は固いコンクリートの地面にぶち当たり、鈍い音を立てた。
俺は真琴に取りすがる。止血をせねばと手を当てれば、さらに真っ赤な血が噴き出した。
「きゅ、救急車を。真琴さんが死んでしまう!!」
「そうだな。惚れた女を追いかけるなんて純愛だねえ。お前は生きたきゃ、いい子にしているんだな」
悪者である自分に酔っているのか、恰幅の良い中年オヤジは三下程度のセリフを吐いた。そんな小物でも、こいつはここでの権力者だ。
「そん、そんな、あっ」
俺は真琴を刺した男によって真琴から振り払われ、真琴の体はその男に担がれた。それからその男は、俺達を乗せてきた車へと行き、車のトランクに虫の息のはずの真琴の体を押し込んだ。トランクの蓋は、真琴の人生を断つ勢いの音を立てて閉じられた。
なんて冷酷。
死神の車となったそれは、エンジン音を響かせてこの場から走り去って、消えた。
「お、弟は、ぶ、無事だよね?」
「ふふ。馬鹿な弟だ。アルバイトってセリフに簡単に引っ掛かった。何に金を使いたかったんだろうな」
「うふふ。あの子意外と母親に締め付けられているのよ」
昼間の誘拐時と違い、髪を解いた彼女は、化粧も彼女らしいものに変わっていた。服装も透け感のあるひらひらのブラウスと細身のパンツ姿で、いかにも安っぽい。安っぽいとしか思えないのは、年齢にそぐわない格好だからだろうか。
二十代のキャバ嬢の格好をしている三十代前半の女性、厳しいよな。
そして彼女が腕を絡めているパパらしき中年男は、考えるまでもなく彼女の本物の親なのだろう。女は整形しているだろうが、整形できない耳の形がそっくりだ。
この女が死霊が唱えていた、しまながみほ、ならば、もしかしたら男の方は元島永軽金属株式会社の社長か重役だったのではないのだろうか。松永三穂子が殺されたのは、彼女が自分の殺された弟の仇で、一族の呪いの元凶だと、島永を探っていたのがバレたからかな。
「どうして、殺したんですか?」
「あら、あら。あなたの大事なお部屋に案内したのがあの男よ? それであなたをここまで連れてきた人なの。あなたはあの男にも売られたのよ」
「彼は必死でした。恋人のみほりんを返して貰おうと必死でした」
「あっははは。私を選んでおけば、死なずに済んだのに。あの女は本当に疫病神。似たような名前で、私の邪魔ばっかりする嫌な女。ま、最後は私にたくさんごめんなさいしたけどね。あは」
愉悦の顔って、醜いな。
特に、人の苦しみを目の当たりにすることでしか幸福感を得られない人間は、本当に、本当に、醜い。北沢に俺を切り刻ませ俺に裸踊りを命じた、あの曽根達と同じ顔をしている。松永三穂子が殺された時も、この女はそんな顔をして松永の最期を眺めて楽しんだのだろうか。
「気持ち悪い顔ですね。あなたは。それじゃあ、誰にも欲しがられないはずだ」
「はあ?」
「似たような名前なのに、あなたは違う、と言われてばかりなんですよね。だから、あなたは違うって言った、三穂子さんのおばあさんを殺したんですか?」
俺の言葉によって島永達のうしろにぼやっと老婆が立った。頭をがくりと下げた姿である。もちろんその隣には、同じように首を下げた姿の全裸の松永三穂子が立っている。死んだ時の恨みがましい姿というならば、土にまみれたその姿は彼女が埋められた時はまだ生きていたということか。
「地味な女が粋がるからいけないのよ」
「東京に出て厚生労働省にお勤めされた才女。この県に戻ってきた場合、結婚相手として彼女は狙われたことでしょう。あなたと違って。ああそうだ。弁護士として有名な拓海家のお坊ちゃんが三穂子さんに恋しちゃったんですよね。あなたと違って。似たような名前なのに、あなたは箸にも棒にも掛からないのに!」
「てめええ!!」
しまながみほは俺に襲い掛かろうとした。
けれど、そんなことは神が許さない。
ズドン。
悪事を諌めるようにして、島永達の真後ろで雷が落ちたのだ。




