相談その三 …………。
15:30
道の駅で俺達のドライブは終わり。
なにせ午後には大事な授業がある。
トイレから戻った有咲達を車に詰め込めば、駅前塾に向かって発進だ。
けれど、頑張って戻ることもなかったな。
真琴センセイは午前中の授業と打って変わって、精彩を完全に欠いていた。
あれは俺へのアピールでしかなかったのだろうか。拓海の部屋に居候する目的で、その障壁たる俺に気に入られようと必死のアピール。だから俺から了と貰えたならば、もうどうでもいいってことかな。
ガンっ。
あまりのつまらなさに俺が右足の踵を床に打ち付ければ、わお、真琴さんたらペンを落としてしまったじゃないか。
「晴君、我慢できないんだよね。出ようか」
「晴純、私らがぶち込んであげるから、今日はもう出よ」
真琴に集中していた小学生達が、一斉に俺に振り返ってくれた。
俺は小学生達からの汚物を見るような視線によって、俺の小鳥のようなか弱く小さな心が過大なダメージを受けた。
違うんだよ。
有咲は俺の威圧的行為が悠達の心配をしていると思っての「我慢できない」だし、夏南は自分こそ悠のとこに行きたいから、「私が社会科特訓してやるから出るぞ」と言ってるだけなんだよ。
なんか夏南と有咲が、性欲を我慢できない俺を宥めている、って感じに聞こえちゃったのかもだけど、違うんだよ!!と声を上げたい。
けれど、小学生の冷たい視線が、あの日の公園で俺が浴びたものと似ていて。
やばい。そう思った瞬間、俺の体は俺が命令する前に勝手に動いてくれた。
がたたた。
立ち上がり、口元を抑えて教室を飛び出ようとしたのだ。
杖も持たずに。だって両足は動けるものだと、俺は考えていたから。
だから、当たり前のように踏み出した左足がぐにゃりとなって。
「晴君!!」
「晴純!!」
俺は倒れることはなかった。
俺よりも運動神経が良く、俺と違って踏ん張れる両足を持った有咲と夏南が両脇を支えてくれたから。
「ごめん、助かった。吐き出しそうで」
俺を。
15:50
結局俺は真琴の授業を早退した。
肉体的にも吐き戻ししちゃったので、嘘偽りなく体調不良での帰宅である。
俺が吐いて青白い顔になってしまっているのに、有咲と夏南は上機嫌だ。
藤が運転する車の、やはり後部座席に俺は座らせられている。有咲と夏南は俺を挟むことに何か思うことがあるのか。
「やっとあたしたちは四人に戻れるんだね」
「そうだよ。私達に戻れるんだ」
体調を崩した俺への思いやりどころか、俺が逃げないようにの両脇固めだったのか。俺と悠の仲は俺が何とかすれば良いと思っているみたいだな。――全部悪いのは俺で、俺が謝れば済む話、か。
「たぶん、私の方が悠よか強いかもね。私は空手もやってる」
え?
もしかして、悠の自己評価が低いのはこいつのせいか?
こんなちびっこなのに、マトリの現役捜査官ぶちのめせる実力者だから!!
「夏南に任せておけば、悠君も逃げられないよ。仲直り、できる」
夏南に慄く俺に有咲が、ダイジョブって笑顔を向けてくれた。夏南と違って有咲の握りこぶしは誰かを殴るものじゃなくて、がんばれって応援専用で癒される。
それで、二人が俺に伝えたいことは、ちゃんと喧嘩両成敗、か。
俺と悠が仲違いを続けてたら、二人は平等に俺達をぶちのめすってことだ。
悠は俺を背負って、この二人から逃げられるかな。
「ふふ」
「それでいいよ、笑え、晴純」
「うん。笑おう。晴君こそ言ったよね。私達はそれぞれ自分勝手に好きなことをするには四人じゃないとって。だから、晴君だけ我慢しないで我が儘言って。それで沢山喧嘩もしよ。無言になって離れていくのだけナシで。ね」
「だね」
俺は二人が俺を挟んでくれた理由がよく分かった。
彼女達が壁になって、泣いている俺を隠してくれる。
「ありがとう」
16:25
悠と蒼星は、吉野町の病院に留め置かれていた。
拉致されて転がされた現場がゴミ屋敷な上、人食い熊に遭遇してしまったのだ。
事情徴収だけでなく、肉体と精神の精密検査とケアは必須だろう。
という名目で、二人は家に帰してもらえないだけなんだけどね。
だって、彼らを誘拐した組織の残党狩りは済んでいない。
大本というか、司令塔は勝手に死んだ。
けれど、金になる俺、あるいはアンリ、もしくは麻薬販売ルート、これらは誰も押さえていない。早い者勝ち状態なのだ。
藤が運転する車は病院の正面どころか、医師や職員専用昇降口前に停まる。
すぐさま夏南と有咲は、外へと飛び出そうとそれぞれの側の車のドアに手をかける。俺は両手で二人の腕を掴んで、同時に自分側へと引っ張り戻した。
「待って」
「晴君?」
「晴?」
「お迎えに任せる」
建物のドアが開き、波瀬と藤堂が数人の部下を引き連れて出てきた。
波瀬進士と藤堂薫は、双子のような二人だ。
二人はSAT所属の時からスナイパーとスポッターという長い相棒関係なので、夫婦が似るみたいに似たのだろうか。というか、俺と人種が違うんじゃないか。
俺失敗人間、彼らアンドロイド、ってやつね。
体を鍛えれば、秀でた額に彫りの深い目元とまっすぐな鼻梁、そしてしっかりとした顎が生まれるのだろうか。というか、鹿角班は鹿角の好みで部下の外見も吟味して選んでいるんじゃないだろうな。
夏南と有咲が護衛を受けながら車から降りれば、今度は俺の番だ。
俺を誘導するのは。
「君には、格好悪、い、ところ、ばっかり、だが、安心、して」
おう、初絡み藤堂。
彼は波瀬に言わせるとシャイで無口な人なんだそうだ。けれど、初めて聞いた彼の声はしゃがれすぎていたし、滑らかに発声できていないことで、彼があまり喋らない理由は違うんだなって思った。彼はギャングに喉を切り裂かれている。
「狙撃者の腕を折る勢いでの制圧、格好良かったです」
「う、こ、こんど」
「早くして、藤堂」
波瀬が意外にも冷たい声を出した。
そして波瀬は藤堂を押しのけて俺を車から引っ張り出し、俺に一言程度を囁いた。
だから俺も囁き返した。
頼むよ、と。
16:35
悠と蒼星は個室にいた。
それぞれを分ける必要があったのかわからないが、俺と悠が久しぶりに目と目を合わせてまっすぐ見合うには、ありがたい配慮でもあると思った。
悠は、はっ、と鼻で笑った。
俺を馬鹿にする笑いじゃなくて、敵を蹴散らかしてやったぞ、と、アンリが笑った感じの勇ましさからくるものだ。野生の熊を罠にかけて吊るしちゃったんだもんな。すごいよ。
「君は、本当に英雄だよ」
瞬時に不機嫌な顔になる。
馬鹿にするなって顔で、言葉にも出した。
「馬鹿にしてるの。俺だっていろいろ思ったさ。ここに晴がいたらって」
あと、悠は俺に向かって一歩踏み出した。
だから俺も一歩踏み出した。返した言葉は後ろ向きだけど。
「――無理だよ」
「だね。熊から逃げて屋根に上るって、晴には無理だからいなくて良かった」
え?
悠は俺なんか必要なかった、なんて言って二歩進む。
俺も、憤慨だよって、二歩進む。
「勝手に決めないでよ。俺は四つ足になると早いし」
「なんで四つ足」
悠は、もう真ん前だ。
俺は、……色々悠に言うべきで、……だけど頭で考えようとする先に言葉が消えてなくなる。せっかく見つけた言葉さえ、舌にのせようとすれば舌こそ固く強張る。……俺はどうなってしまったのか。……まるで、まるで、泣いてばかりのあの頃の晴純のようじゃないか。
「晴純」
俺の体に細いが固い体がぶつかった。
涙ばかり零す俺がいたたまれなくなった悠が、俺を抱きしめたのだ。
けれど悠はまだまだ俺と似た背丈だから、俺の視界が真っ暗になることはない。
真っ暗な世界に戻ることはないのだ。
悠が一人称に「俺」を使おうと、俺は彼だけは怖くない。だから。
「「ごめん」」
俺達は同時に謝って、顔を見合わせて同時に笑った。それで、互いに言いたかったもっとたくさんの言葉を互いに同時に飲み込んだ。
「あなたの友達は友達じゃないのよ」
煩い、ババア。
何でもかんでもペラる必要なんてないんだよ。
だけどさ。
俺はカバンをごそごそ漁った後、掴んだ小箱を悠に差し出した。
顔を合わせて真実を伝えられないならば、別のツールを使うべきだから。
悠は小箱を受け取り。
「え、トカゲのブローチ? しなきゃダメ? なんかの罰ゲーム?」
「悠!!貴様にはデリカシーないのか!!」
「おしゃべりヤモリ君は凄いんだぞ!!」
個室の戸口では大騒ぎだ。
そしてこの後は、悠の個室にて警察が用意した寝袋にて俺達も泊まることになった。だから俺はピザを頼み――たかったが、悠はしたたかに腹部を蹴られていたので要安静と絶食推奨状態だった。重湯はいいらしいので、俺達も同じものを食べた。こういう経験はなかなかないし。
有咲と夏南は今日は食べすぎたから、丁度いいかもだしね。
ところで、破傷風予防の注射が痛かったって、一体君は何をしてたんだよ?
20:05
「晴、また個人プレイか?」
病室を出ようとする俺に悠の鋭い声がかかる。
振り返れば、病院の売店で購入してきた漫画や小説を読み漁っていた有咲や夏南までも、俺に悠と同じ顔を向けている。いや、悠よりも怖いな。
「ごめん。一度家に戻らないと。空き巣なんだ」
「現場検証か? 普通は翌日だぞ」
「俺が無くなったものを確認したいだけだから。ごめん」
「戻るよね、晴君」
「戻るよ」
「私が付いて行ってやろうか?」
「それはパス」
「俺、僕も。いや、待つよ」
俺は足手まといだから、なんて続きのありそうな悠の言葉だ。
「ここにいて。俺がここに戻ってこられるように」
俺が闇に溶けてしまわないように、君たちはここにいて。




