参考資料その四 できることをすれば良い
俺は外に逃げるのではなく、屋根に上がろうと提案した。
慣れないどころか道もわからない山の中で迷えば、確実に熊に追いつかれて餌になるだろう。死体を食ったことで、人間は食えると学習済みなのだ。あの熊は。
だが庭に出て、屋根にどう上るのか、という問題に突き当たった。
それで上りやすそうな場所がないかと見回せば、ちょうど良く柿の木が生えているではないか。あれを使って屋根へと上ろう。
木登りは俺も蒼星も問題なくできた。
この時初めて、晴純がここにいなくて良かった、と思った。あいつだったら上れない。まず屋根に上ろうなんて考えないだろうけど。
さて木上の人となった俺達だが、この柿の木から屋根に飛び移るのは、まずは蒼星からにした。なぜならば、柿の木は脆く折れやすい。ましてや放棄された庭にて枯れかけている木だ。俺が最初に枝を伝って屋根に上ったとして、いざ蒼星の番になった時に枝が折れたら大変だ。蒼星は意外と打たれ弱い。パニックになった彼を宥める時間が惜しい。
俺の時に枝が折れたら、――俺もパニックになりそうだけどね。だけど、自分を宥める方が楽で面倒がない、はず。
「行きます」
蒼星が屋根に飛んだ。枝は軋み、しかし折れなかった。だが、腐っていた屋根は蒼星の重みを受け、ばひゅっと蒼星の周囲に木くずが舞う。
瓦が割れ、屋根板も折れたらしい。
「うわあ」
さすがスポーツ天才少年。彼は驚きながらも受け身をとって転がり、屋根の被害を最小限に抑えた。俺も着地できそうなぐらいの強度が、俺の着地地点でもあるその場所に残っていそうである。――俺を後にして良かった。
ぐるる。
獣の唸り声が聞こえ、俺の背筋はぞくっと震えた。
俺は大きく息を吐いてから、勢いよく屋根へと飛ぶ。
バキャッ。
二度目の衝撃には弱かったようだ。
屋根は俺の足を受け止めるどころか、俺の足を飲み込んだ。俺の足は天井から宙ぶらりん。あるはずの天井板は都合よく腐れ落ちていたようで、俺の足が間抜けに宙をかくさまはその穴から良く見えていたはずだ。足をプラプラさせるばかりの俺は、その足の真下にて獲物を定めた目をした熊と目が合ったのだ。
熊は俺に向かって飛び跳ねた。
狼狽した俺は体を持ち上げようと無理な力を籠め――バキバキっと腐った木がさらに崩れて――落ちる!!
「悠さん!!」
俺の体は蒼星によって上へと引き上げられた。
熊はここまで飛べなかっただろうに、蒼星が引き上げてくれなかったら俺は確実に落ちていた。そして俺は生きたまま、おいしく頂かれてしまっていただろう。
「ありがとう、蒼星」
「いいえ!!」
めちゃくちゃいい笑顔だな。俺はもう、わっしゅわっしゅと蒼星の頭を撫でた。
マジ感謝だ。
俺は体から震えを消せるように大きく息を吸い、吐いた。
大丈夫。これ以上の恐怖は体験済みだろ。
美優の百日の祝いの日に我が家はテロリストに襲撃され、俺は銃で撃たれたのちに二階の窓から下に落とされた。――そこまでは怖くはなかった。変なアドレナリンが体中を廻っていたから、逆にヒーローになったような高揚感さえもあった。
本当の恐怖は、地面に落ちたその後だ。
体中が悲鳴を上げるほどの痛み。
動かない体、それなのに俺へと近づいてくる足音。
とどめを刺されるんだと、怯えて泣いた。
俺の命ぐらいかけてやるってイキって、その数分後にだよ。
そう、俺はテロリスト達に死んだと思われて放置されたのではない。彼らは俺の虫の息状態を確認した後に、ゆっくり死ね、と言い捨てて放置したのだ。
俺は悪党に殺されるヒーローではなく、巻き込まれて勝手に死ぬモブだと思い知らされたのだ。
誰にも知られないまま、誰にも看取られることなく、庭の隅っこで一人死んでいくだけ。それを認めた時、とてもとても怖かった。俺は俺であることを誰にも知られず、俺が作った良い子としか誰にも覚えてもらえない。
俺が死ねば、本当の俺など全く残らない世界になるのだ。
「悠を伝説の生徒会長にする。だから傲慢にふるまってよ」
「意味わかんないし」
「悠さん?」
「ああ。口に出していたか。晴純はね、いつも俺を伝説の生徒会長するからって、いろいろと俺に無茶ぶりしてくれたの思い出してさ」
「そんな、ひどい! 悠さんは素晴らしいって、俺はわかってます。む、無理なんかしないでください」
俺は蒼星の頭を再びわしゃって撫でた。
彼は思いやりのある良い子だ。晴純が蒼星は優しい子だって言うだけある。
だけど思った。
俺を勝手にその程度だと測るなよ、と。
今気が付いた。確かに俺は傲慢だった。そうだよ、俺は晴純の前では、温和どころか、晴純の無茶ぶりに必死に応えてみせてた。だってできないって格好悪い。――俺ってすごい負けず嫌いだったんだな。だから晴純と一緒は楽しいんだ。
「悠さん、あの」
「大丈夫。こっから反撃だ」
俺は蒼星から手を引っ込めると、やらねばならないことに取り掛かる。
熊は俺達に気が付いた。
一分一秒だって無駄にできない。
そして俺は、誘拐犯達に変な拘りがあって良かったとしみじみ思った。
拉致された俺達は、ありがたいことに縄で縛られていた。
縄はそれだけで武器にもなる。
それに毛皮を持つ獣は、人間の素手では絶対に傷つけられない、が、死んでしまう時の条件は人間と同じなのだ。窒息、全身打撲、大量出血、内臓損傷等々。
ちょうどよく、掘らなくても良い穴ができたし。
熊は俺達を模倣するようにして、俺達が使った木に登ってきた。
だがしかし、俺達が使った枝は熊の重さに耐えきれずに折れた。
熊は地面に落ち、やはり毛皮のおかげで怪我もなかったようだが、獣的にも失敗をさらしたのは恥ずかしいのかさらにいきり立ってしまった様子だ。
グルルルル。
口からは涎。
両目を爛々と輝かせて、俺達を引き裂きたいと牙をむく。
俺と蒼星は同時に息を吐き出すが、息を吐いた理由は俺と蒼星では違っていた。
蒼星は純粋な怯え。
人食い熊が目の前で唸っているのだ。
それで俺は――一か八か、だ。
掴んだ瓦を熊に向かって投げつけた。
「ギャウ」
熊が木の上で身をよじったせいで、裂けた枝とともに再び木から落ちた。
そのあとは、怒り心頭となった熊は木を駆け上がり、そのまま木を後ろ足で蹴って俺に向かって飛び掛かってきた。
勢いよく。
ズボッ、バヒャン。
熊は勢いを殺せないまま腐った屋根板を突き破り。
「蒼星、今だ!!」
俺達は縄を掴んで柿の木とは反対側へと、屋根から飛び降りた。
縄の先に熊の体重がかかっているため、屋根から飛び降りた俺達は地面から一メートル程度のところで縄にぶら下がった格好でブラブラ揺れるだけである。
熊が飛び込んできそうな地点に、輪にした縄を仕掛けたのだ。熊の首でも足でも胴体でも、突っ込んだら俺達が縄のはしを持って屋根から飛び降りる。
てこの原理で熊を重しにした俺達は安全に地面に降りられ、その後は縄のはしを家の柱などに縛り付ければ熊を宙ぶらりんにしたままにできる。
あとは必死に里に向かって山を下りるだけ、という計画だ。
アニメの影響からサバイバルの本を読み、縄の縛り方や罠の作り方を研究していて良かった。芸は身を助くって本当だ。
「すごい、本当に罠にかかりましたね。それでどうします?」
熊の体のどこか、と考えていたが、ちょうど首にかかるとはラッキーだった。
俺達はついている。
「もう少し待って。窒息死したとわかるまであと三分はこのままで」
「ふふふ。俺達、熊を倒したんですね」
「そうだよ。俺達は熊スレイヤーだ」
「あと、さん、うわっ」
「おわっ」
突然縄への重しが消え、俺達は地面に落ちた。
ずん、とそれなりの重量のものが地面に落ちた響きを感じた。
グルルルル。
曇ったガラス戸の向こうには、怒り狂った熊の姿。
俺が余計なことをしたばっかりに、余計に熊を怒らせた。
「蒼星走れ!」
「悠さんは!」
「いいから、行け!!」
「君達は早く退いて。いや、伏せて!!」
俺は蒼星に飛び掛かり、彼を地面に押し倒した。
俺達に伏せろと叫んだ男は、熊に鋭く発砲する。豊和M一五〇、警察が熊用に採用したライフルだ。
立木学の楽しそうな横顔に、俺は助かったという安堵よりも、白々しい気持ちばっかりだった。
立木は、海の上での銃撃戦では、それはもうクリスマスプレゼントをもらった子供みたいに嬉々としていたのだ。
絶対に俺と蒼星への救助なんかもう忘れているに違いない。
狙撃者強襲SAT部隊と連携――波瀬と藤堂
二人はギャングに刺されたり、今回出だし殺されかけとか、いいとこない
鹿角班では一番の荒事担当なのに、まるで特撮ドラマで怪人に対して頑張るけどやられるだけの地球防衛隊員みたいである
悠達への救助隊――立木←自分が楽しければ最高。人生いいとこどりの男
駅前広場安全係――三角←狐だからかいつもトンビに油揚げ
エアコンの効いた場所で統括(晴純君と一緒)――鹿角




