参考資料その二 チョウゲンボウは小型だが猛禽
スタンガンは意識を失わせるものじゃないんだな。
意識を失いたくなるぐらいめちゃくちゃ痛いし、高圧電流による痺れで体の自由は完全に奪われたけどね。スタンガンによって全身が硬直してしまった俺は、なすすべもなく崩れ落ちた。
思い切り倒れこめば誰かが救急車でも呼んでくれるかもと淡い期待を抱いたが、敵もそれをちゃんと想定している。俺達の壁になっていた男達の一人が、すかさず俺のわきの下に腕を入れて俺が倒れこむ前に抱えこんだのだ。
ちくしょう。
休日でごった返すファミレスだというのに、これから拉致されようとする俺達に不審な目を向ける者がいない。俺達に興味を持つ者もいない。逆に目をそらしていないか? いかにも素行不良な少年達と補導しに来た巡回員みたいだものな。
俺は蒼星に期待するが、彼は逃げるどころか倒れた俺に縋りつこうとしただけだった。当たり前だがもう一人のでかい奴に腕を掴まれてそこでおしまい。一瞬で彼は動けなくなり、不安いっぱいの視線を俺に向けるばかりである。
「ゆ、先輩」
君は素直か。俺の名前を呼びかけて、わざわざ先輩と言い直すとは。「名前を呼ぶな」と少し前の俺がした注意はね、暴力行為を行っている時に周囲に俺の名前を呼んで印象付けてほしくないってだけだよ。受験控えているからね。
だが今のこの絶体絶命状態は、俺の名前を大いに叫んで、誰か助けてって悲鳴だって上げてくれるのが正解だよ。
これから俺と君は誘拐されるのだから、誰かが通報してくれる状況を作らんでどうするの。
しかし、完全に恐怖に支配された蒼星は、促されれば騒ぐことなくもう一人のスーツ姿の男の横を歩くだけ。文句は言えないね。俺は俺で、俺を半抱きにしている奴に、酔っぱらいの介抱みたいな感じで運ばれるだけなのだ。フェミレスの駐車場に停められた、黒塗りのワンボックスカーに。
奴らのツールであるこの車を目にした時、俺は乾いた笑いが出そうになった。
こんな疑ってくださいな黒塗りのワンボックスカーとは、ベタ過ぎるだろう、ふざけてるのか、と。
「ほら、さっさと乗れ」
蒼星は何の抵抗もなく車に乗り込み、それどころか俺を運ぶ男の仕事手伝うように俺を車に引っ張り込んだ。――逃げるって思考にならないのかな。
晴純だったら、……晴純だったら?
「撃つんならここに撃てええ!」
銃を持った暴漢に対し、彼は自分のシャツをめくりあげ、そう叫んだのだ。
あの時の俺は……彼がなんて格好良いのだと見惚れてしまったが、腹に傷ができた理由を知ったからには。……もしかして彼は、本気で自分の腹に銃弾を撃ち込んで欲しかったのだろうか、と考えてしまう。
腹の傷跡を散らせるなら、死んでもいいと思っていたのだろうか、と。
勇気があると見えた晴純の行動が、捨て鉢なだけだった……ならば、死にたくはないからと、暴力者に従順に従う蒼星の方が人間として正しいのかもしれないな。
俺は大きく息を吐く。ちょうど誘拐犯達も次々と乗り込んできた。
女は――乗ってこなかった。蒼星を担当した奴は助手席と運転席。それで俺を抱きかかえた奴は助手席ではなく。
「ぐ」
後部座席に乗り込んできた奴は、いかにも邪魔だという風に、床に転がされた俺の横腹を蹴り上げた。それを目の当たりにした蒼星は、自分が蹴られたようにして身を縮める。
「悠さん。だい、だいじょ」
「おい。殺されたくなけりゃ、このやんちゃなお友達の腕を縛り、目隠しをしろ」
「は、はい」
蒼星は素直に従い、俺の視界は真っ暗となった。
目隠しの次は拘束か。指示通りにしっかり動けて、おりこうさんなことだ。
ああ、晴純だったらこんな時はどうするんだろう。
晴純と一緒だったら――腹を蹴られていたのは晴純の方だな。
一緒でなくて良かった。あいつは自分が全ての暴力を受けようとするだろう。それを目の当たりにさせられた俺の気持ちを、あいつはわかっているのだろうか。――そうかわかった。
晴純が暴力を受けたがるのは、そっちの方が気が楽だからだ。確かに蒼星が目の前で殴られるの見せつけられるよりも、自分が暴力を振るわれている方が俺の気が楽だ。
――そうだな、晴純。対等とか対等じゃないとか関係ないな。お前は自分の気が楽な方を選んでただけだな。晴純よ、お前のとこに戻れたら、そこんとこをねちねちと説教してやる。
俺ばっかり辛い担当にしてくれて! 覚えておけよ!
「痛くないですか?」
俺は蒼星に返事も何も返さなかった。
俺から返事がないからと、蒼星はわかりやすく傷ついた風となった。けれど少年よ、君をフォローするよりも、俺にはやらねばならないことがあるのだ。
目隠しをしてきた時点で、俺達はすぐには殺されないのは決定だから安心しよう。
それに俺は知っている。
姉を理由に我が家を脅していた男への報復、それを俺が為せるように手配した男、鹿角捜査官がこの町に来ているのだ。学校帰りに声を掛けられ、そのまま我が家に上がりこんでコーヒーを飲んでいっただけで、彼が何をしたかったのかわからないが。けれどそんな繋ぎを忙しい彼がわざわざ俺にしてきたならば、俺が殺される前には助け出してくれるはずだ、きっと。
ならば俺にできること、隙あらば逃げられるようにするべきだ。
つまり、現在位置を探れ、だ。
というわけで、蒼星。車が走り出してから俺は集中しているんだから、下手に声掛けして俺の注意を逸らさないでくれ。
ファミレスを出て右に曲がり、大通りに入ったな。大通りならば時速六十キロ程度を出しているはずだ。それでこのまま道なりに進んで十二分ほどで左折すれば、その道は吉野町を通って竜腹岳に続く竜涎道のはずだ。行先は、山か。人を殺した後に埋める山としては、私有地と国有地が入り乱れている竜腹岳は手頃かもしれない。
――目隠しされたから殺されないと踏んだが、短絡的過ぎたな。
人殺しが被害者に目隠しをするのは、殺害するときに目が合いたくないとか、自分の顔を見られたくないとかの理由があったじゃないか。
俺の思考に応えるように車のスピードが落ちて、車体は振動し始めた。
塗装もされていない山道に入ったという答えだ。
竜腹岳が俺と蒼星の墓標となるのか。
「竜腹に竜涎、小さい山なのにすごい名前だよな。悠は曰く知ってる?」
「前振りは割愛。酔っぱらった竜が大爆睡かましました。竜は自分がこぼした涎で道ができても目を覚まさず、そのまま山になってしまいました。かな」
「山になっただけ? まだ竜は寝ているだけってこと?」
「晴がこだわるのそこ?」
「そうね。竜が死んでいたら過去に起きた大災害の理由付けで、寝ているだけって話なら、また起きるかも土砂災害ってやつじゃない?」
晴純とのたわいのない会話を思い出し――確かにあそこは土砂滑りが多いな。と今更に気が付いた。そして思った。数年後に俺と蒼星の死体が、土砂と一緒に山から滑り落ちてしまうかもしれないね、と。
そん時は復讐を頼んだよ、晴純。
俺が親友を思い浮かべれば、俺の想像の中のくせに晴純は晴純だった。
奴は本気で嫌そうに顔を歪めて、
「だが断る」
「だよな。俺だって、断る」
「ゆう、さん?」




