連絡その四 戦略的撤退をします
昼休みが終わっても、俺と有咲はまだ二時間は休憩時間だ。
担当講師の真琴は、他の講師のサポートもあるらしく教室を出て行った。浮世離れっぽい雰囲気が地に足がついた感じになったのは、拓海の家に居候できることが決まったからだろう。
わかる。
藤の家に居候してたことで、きっと連日連夜心霊体験してて、魂が抜けかけてたはず。無意識降霊者な藤が心霊現象が霊の囁きだけってとこが、周囲で物理的に霊障受ける人間には納得いかない。
一度でいいから、俺が藤に見せられた幽霊いろいろ見せてやりたいよ!
「お前とは婚約破棄する。そこで私は前世の記憶が蘇った」
「有紗。キロ君にライトノベル読ませるのは止めてくれ」
「だって晴君がかまってくれないし」
「うぐ」
午後の社会科の授業は十四時からなのだ。午後の授業に少し遅れるかも、は、夏南時間では「悠に飯を作らせて飯を食い悠を説得して塾に連れてくるまでの時間がそのぐらいかかる」ってことだ。
突撃してきた奴に飯を作ってやった挙句に、小学生の中で勉強するというプレイ参加を強要されるのか。冷静に考えたら悠が可哀そうだな。きっとふらっとどこかに出かけたくなる気持ちになるかもしれない。
ブブブ。
俺はスマートフォンを取り出して画面を確認する。
久しぶりのアンリからの連絡だ。
夏南と悠についての報告だった。
ついでに俺に追認のメッセージ。
俺は舌打ちを抑える代わりに下唇を噛み、「全て許可」とアンリに返信する。
「晴君、怖い顔だよ」
「急に心配で。もし悠がお出かけしてたら、夏南は昼飯もなく待ちぼうけでしょ」
「あ、そうか。そういえば、美優ちゃんは退院したお姉さんとお祖母さんの家にいるんだっけ? 姪ちゃんのお守りしなくてよくなったから、悠君はいろいろお出かけできたね」
美優は父方の祖母の家に預けられたのだ。夏休みに悠の家族が大阪に行ったのは、家族旅行どころか息子を亡くした立神秀子に、孫である美優を渡すためだった。優香によって反社の組織から脅迫や付きまといを受けていたため、彼らは苦渋の選択で美優を手放したのだ。
「そっか。俺も考えなしだった。悠があんなにも怒りっぽいというか、俺が彼を対等に見ないって神経質なぐらい気にするのは、そっか、美優を手放す結果になったからか。あいつは美優をすごく可愛がってたもんな」
「あ、そうか。そういえばそうか。美優ちゃんがいないからって言い方、あたしは悠君には絶対にしないようにしなきゃ」
「有紗は優しいな。でも、夏南がもう悠に言っちゃってる気がする」
「晴君は夏南を悪く見過ぎ。夏南は気配りすごいよ」
「だったら気を配ってスマホも持っていってくれてたら良かったのに。連絡できねえ。いや、メッセージは送れるか」
俺は悠の部屋の前で仁王立ちしている夏南にメッセージを送る。
悠は留守らしいから、マンションの非常階段を使って帰ってこい、と。
「ひどいぞ、晴君。悠君家が何階にあると思っているの?」
「マンションの防犯カメラに、夏南の後ろに住人じゃないおっさんの影が映っているんだ。エレベーターホールに逃げたらヤバイ」
俺はスマートフォンを有咲に見せる。
有咲に見せたのは動画ではなく停止画だ。そこには体格の良いスーツ姿の男性が写っている。画像が荒くて年齢はわからないが、体つきは筋肉質で横幅があるなってことはわかる。
有咲は、きも、と呟いた。
監視カメラジャックする俺のストーカーぽい行為が? と、びくついたが、もっと俺の背筋を寒くすることを有紗が続けて言うじゃないか。
「この人、あたしの家のそばにもいたよ。中学生の女の子が好きな感じなのかな」
「――かもね。でもよくこの画像で同じ人ってわかったね」
「夏南が人の見分け方を教えてくれたの。対象物を使って身長を推測して、あと、肩幅や筋肉のつき方で特定できるって」
「あいつって、実にやばい人だよな」
「はあっ」
大きく息を吐く音に、俺と有咲はゆっくりと振り返る。
マンションから塾まで全速力で走ってきたのか、腿に両手をあてて腰を曲げ、肩で息をしている。
「お疲れ」
「うるさい晴純。ヤバいって、ひど、ひどくない?」
俯いたまま俺に言い返しもした彼女は、俺にカードキーを差し出した。カードキーを受け取った俺は、次の授業までドライブしないか? と有咲と夏南を誘う。
「「なんで?」」
二人同時に驚き訝るが、セーフティルームのはずの俺の家があるマンションの関所を不審者に突破されているんだ。奴らは、コンシェルジュの目の前でゲートを突破できる偽造カードだって作れるし、悠達を白昼堂々人目のあるところで誘拐もできる、警察から職質もされない立場の公的な組織の構成員なのだ。
奴らの手に落ちたら、未成年でしかない俺達こそ一発アウト。
多勢に無勢ならば、囲まれまいと動きまわるしかない。
もちろん、ただ逃げるだけではない。
奴らを各個撃破をしつつ、悠達だって連れ帰ってやる。
「行くぞ。藤さんの車はあと一分で塾前に着く。鞄は忘れてもスマホは忘れるな」
「ええ、もうちょっと待ってよ。私の話も少しは聞いて」
「車の中で息を整えればいいだろ」
「違うって。変質者ぶち倒して悠の家の前に転がしてあるから、警察が回収に来るまで待ってって言ってるの。有咲を脅かした奴かもって思ったら、手加減できなくて。でも、そいつ、マトリだった。お父さんに連絡したら、とにかくそこにいろって。私はそれ伝えるためだけに戻って来たの!!」
「まじかよ」
中三の身長百五十程度の女の子が、鍛えられた現役捜査官倒したか。
そんでもって、県警の警務部長に連絡済みか。
警察が動いたことで、悠と蒼星を誘拐した奴らが失敗とみなして二人を処分なんてことになったら!!
俺は断腸の思いで、「大人」に相談することにした。
メッセージじゃなくコールだが、ワンコールで出てくるとは驚いた。
「もし」
「晴純君」
「状況は鹿角さんもわかってると思うけど、時間がないので用件だけ言う。俺と有咲と夏南はこれから安全確保のためにドライブをする。夏南が屠ったマトリについて任す」
俺は鹿角からの返答も待たずに通話を切り、有咲達に今一度声をかける。
「行くぞ」




