参考資料その一 チョウゲンボウと密猟者
俺は人間としては粘着質だな、と自嘲する。
同い年の少年が抱える秘密を、本人の許可も得ずに手に入れようと、自分に好意を寄せてくる彼の弟、蒲生蒼星を利用しているだなんて。
俺は夏休みに晴純の家族と一緒に大阪に行く機会を得たのだが、晴純の弟の彼はなぜか俺を第二の兄のようにして子犬のように慕うのだ。俺よりも大人びた整った顔立ちに、俺よりも背が高く、俺よりもスポーツで引き締まった素晴らしい体躯をしているというのに。
しかし蒼星は、俺が晴純に時々感じるように、年齢にそぐわない幼さがある。
また、晴純よりも上手く隠しているが、かなりの自信のなさや不安も抱えている。
サッカークラブでの活躍で、全国紙に写真付きで紹介されるほどの人物であるというのに、まるで指針となる人物が欲しいといった感じでぐらぐらだ。
これは晴純と同じく母親から精神的虐待を受けていた弊害か。
だがなぜ俺を慕うのか。そこを平気で利用するろくでなしな俺だというのに。
蒼星は俺が誘うとかなり喜び、俺が指定したファミレスにいそいそとやって来た。
そしてボールを取ってきた犬みたいにして、俺が促せば悩むことなく晴純が俺に隠していた過去を語ってくれたのである。
そして俺が自分を最低だと罵り声をあげたいのは、晴純が隠したかった記憶を土足で踏み込んだ上に無理やりに暴いた後悔ばかりだからである。蒼星から聞かされた晴純への苛めのすさまじさには反吐が出る。醜悪さに胃液どころか臓腑を丸ごと吐き出してしまいたい。
そいつらはカッターナイフで晴純の腹を切り裂き、小学生の目の前で裸踊りをさせた上、その動画を撮っただと?
誕生日のその日に。
「どうして俺に誕生日を内緒にしていたんだ!」
考えなしに晴純にこんな言葉をぶつけた俺を殴ってやりたい。
そんな目に遭って最悪になった記念日など、俺だって口にしたく無くなる。
「それじゃ、誕生日なんか二度と祝いたくないよな」
「いや、あの二度とはではなくて」
蒼星は言い淀む。
俺は生徒会長時代の微笑み顔をつくり、蒼星にさっさと話せと圧をかける。
はたから見れば言い淀んだ相手の言葉をいつまでも待っているよ、というポーズだが、いつまでも待つってことは何か話すまで解放しないってことだ。晴純はすぐに察するので、別の話題にすり替えて俺をごまかすが、この弟はどうかな。
案の定、蒼星は俺の圧など察することなく、俺が何を聞いても受け入れて許してくれる、という俺が与えた勘違いから重たい口を開いた。
「兄さんは、覚えている限り、家でも誕生会なんか開いてもらったことない。たぶん、ケーキ一つ買ってもらったことなんかないんじゃないかな」
「どうして」
「わからない、です。母は晴純がどうせ台無しにするからと言って、俺にしてくれることを兄には一切しないんです。でも、晴純、兄さんへのいじめに弁護士を雇ったりしたから、少しは、と思ったけど、世間体がって依頼を取り下げてましたね。ハハハ。俺が今住んでいる家は、兄への慰謝料を使って買った家なんです。それも、前の家に住めなくなったのは晴す、兄のせいだって言って」
反吐が出る。
晴純の両親にもだが、それ以上に自分自身に。
俺は晴純が受けたような扱いを、親族の誰にも受けたことなどない。
妄想系カマキリ女だった姉だって、歪だろうが俺が一番だと可愛がってくれた。母は俺が姉の子だという悪意のある噂に傷つかないようにと、父を東京に残して祖父の家のあるこの県に引っ越してきたぐらいだ。父は父で家族で住みたいからと、俺達家族が住まうこの県の県警本部長になれるべく頑張った。
晴純が生きてきた今までと比べれば、甘々な天国だ。
「晴純が誕生日をしないなら、俺のもない」
なんて傲慢な言い草だ。
あからさまに、俺の誕生日には価値があると言っている。そして俺の誕生日を俺から捨てさせるなら、お前の誕生日を祝わせろって、卑怯な脅しもかけている。
晴純が意固地になるわけだよ。
俺は晴純がいつか彼の誕生日を俺に祝わせてくれることを望みつつ、俺の誕生日を彼に祝ってもらうべきだった。きっと友人の誕生祝いをするのも初めてだったはずだ。それを俺は。ああ涙が出そうだ。
「俺は晴純の初めてを奪ったのか!」
「へ?」
蒼星から珍しいほどの間抜け声が聞こえたとはっとすれば、蒼星の顔は真っ赤で、何か誤解したようにして俺と目を合わせまいと視線をぐるぐるしている。何がどうした? 彼がこんなになるような、俺は何を言ったっけ。…………あっああ!!
「あ、違う。初めての経験をでね」
「ええ?」
「だから」
「武雄君ですか?」
普段は見ず知らずの声掛けに応えないが、停滞しちゃった今だけはその見ず知らずの女性の声は場を動かせる天の声に聞こえた。俺は声掛け相手に振り返る。
肩までの黒髪の重さに負けないぐらいの派手な顔立ちだが、シック系統のナチュラルメイクを施してその顔立ちを地味で清廉なものに見えさせていた。
俺は自分の鼻は晴純よりも利かないと思っていたが、地味な事務官のようなスーツ姿の女性から漂う香りに自分の中で警戒心がすくっと立ち上がったことに驚きと感激を感じていた。
ぎゅっとこぶしを握る。やれるか、と己に問う。
女は俺が振り返ったことで全て完了という風に、嬉しそうに笑顔になった。それから俺の向かいに座る蒼星へと顔を向け、蒲生君、と声を上げた。
「はい?」
蒼星はいぶかしく思いながらも素直に返事をする。
蒼星だって蒲生家の子供だ。
だが俺には相手が、「蒲生晴純」の蒲生だと確認した、としか思えない。
「帰るぞ」
俺は急いで立ち上がり、女を避けて通路に出て蒼星に向けて手を伸ばす。
けれど、女は俺の行動を最初から分かっていたようだ。
拳を俺の脇腹にねじ込んできた。
「うはっ」
相手の手首を掴んで捩じり、そのままその腕を上げて俺こそ彼女の足を蹴って払ったのだ。合気道の技の応用で、稽古で試しに使ったら師範にかなり叱られた。お前はどうして真っ当な技だけで戦おうとしないのだ、と。けれど、もしもの時に戦えるために武術を学ぶのじゃないのか?
そんなことばかりやっているから、俺はいつまでも帯が黒くならないのかもしれないが。
「すごい、悠さん!!」
「バカ、名前を出すな」
「ご、ごめんなさ」
「逃げるぞ」
「は、はい!!」
俺は蒼星の手首を掴み、しかし、俺達の前に今度は男性客が壁となった。
誰が見ても怪しいとは思わないだろう、役場などの職員が着ているウィンドブレーカーを着ている。彼らを蹴倒せば、俺は普通に公務執行妨害の名目で補導される。目の前の奴らが偽物だろうが、ファミレス内の客は俺が暴行事件を起こしたという目撃者になる。だが、拉致されるよりは。
「車に乗ろうか。お前の部屋の前に可愛いガールフレンドがいる。一分あれば、顔を壊すことなど簡単だ」
男の一人がスマートフォンの画像を俺に見えるように俺にかざした。
確かに、俺の家のドアの前に夏南がいる。
「俺だけで済むならな従おう。それから、この子は蒲生だが、お前らが捜している蒲生じゃない」
「蒲生蒼星君でしょう。ふふ。二人一緒に狩れるなんてついているわ」
女が立ち上がり、俺の脇腹に拳を入れた。
ただし、彼女の握る拳は武術の心得ではなく、小型スタンガンだった。
「悠さん!!」




