連絡その三 先住猫と新参者の相性を見るのは大事ってか?
さて、昼になる頃には、俺は社会科なのに珍しく授業が楽しいと思っていた。
ほんの少し、あの頃の俺がこの授業を受けられたらどうなっていたかな、と今更考えても仕方ない思いに捕らわれたけれど。
母は俺にも弟の蒼星と同じく中学受験をさせたと言うが、俺は中受用の市販ドリルを渡されただけだったのだ。俺は1Pも解けず、中受はそれで終わりとなった。だが蒼星は、塾に行っていた。
今だって行っている。
俺は、だから、塾に来たかったのだろうか。
「晴君、ご飯だって。あたしらも移動する?」
「空き教室でいいなら、ここで食べようよ」
「晴君? あたしお弁当をもらってくる」
「あ、ああ」
俺ははっとして顔をあげ、二人がいてくれて良かったと思った。
俺は両親を切り捨てたはずだったのに、ちょっとしたことで、こうしてうだうだしてしまうんだもんな。
施設行きになって大怪我して入院して、それで拓海に切られた時、あの辛い気持ちを俺に切られた時に両親も抱いたのかと思ってしまったからだろう。
実際そんなことはないし、そうだとしても彼らをもう受け入れられない俺ではどうしようもないことなんだけど。
「あ~あ」
俺は夏南の残念声にびくりとした。
有咲がいなくなった途端に? 怒っている? 俺は楽しくてもすでに社会科など完璧な夏南や有咲にはつまらない時間だったかな。
「夏南。飯食ったら君は帰っていいから」
「は~れ~す~み~。どうしてそういうことを言うかな」
「だって、君が詰まんなそうだから」
「詰まんなくないよ。ただ、――うん。ほら、晴純」
夏南は俺に手を差し出した。
俺はそこで夏南が言いたかったことを理解し、彼女が望むことをした。
鞄から「悠用」のヤモリブローチ入りの箱を取り出し、それを夏南の手の平に乗せたのだ。彼女は悠がいないこの状態を残念がっているし、俺と悠の間をとりもつつもりでもいるのだ。
「違う、晴純」
夏南は俺に小箱を押し返した。
返品された箱を受け取ったが、俺は夏南の意図していることがわからない。
「え、何が違うの?」
「君ん家の家の鍵を渡しなさいよって、こと。昼休みの間に悠を説得してこっちに連れてくる。いい加減にあなた達が無意味な仲違いしているのにうんざりなの」
「かな」
「いい? あなたの従兄の授業は面白い。社会科ができる私だからこそ面白いなって思うの。大学の史学はこんな風に資料にアプローチして、まるで探偵が殺人事件を解くように歴史を読み解いていくのかなって、すごい興味湧いた。こんな面白いのを悠が知らないのは可哀そう。そう思うでしょ」
俺はこくんと頷いた。それで急いで鞄を漁って部屋の鍵(うちはカード式。これがないとオートロックゲートを抜けられない)を取り出すと、それを夏南の手に乗せた。
「頼む」
「頼まれてやる。あ、そだ。もしかしたら午後の授業には少し遅れるかもしれない。けどね、絶対に戻ってくる。悠を連れてきたら上手くやるんだよ。あと悠の気持ちは汲んでやって。いい? 友人の誕生日を祝いたいなら、私の誕生日を祝わせてあげるから」
「ありがとう。夏南」
夏南はぎゅっと我が家の鍵を握ると、自分の鞄も持たずに駆け出した。
胸元には俺が作ったヤモリがいるから、スマホなくてもメッセージは送れるけどさ、それは一方通行で君が話しかけてもこちらに通じないんだけどな。
でも、ありがとう。
「待って、夏南!!」
ちょうど俺達用の弁当を抱えて戻ってきた有咲が、走り去る友人の背中に叫ぶ。
俺はいいよと、有咲に言うが。
「いいの? 晴君。悠君の塾代はどうするの?」
「対処しましょう。大丈夫」
「でも」
「わお。毎度ありがとうございます」
笑顔の真琴だった。
彼はニコニコ顔で、もし良かったらと言って、有咲に手を出す。
「行っちゃった子のお弁当、無駄になったのなら僕に恵んでくれないかな」
「もしかして、昼飯代もない?」
「うん。今回のことで父に勘当されちゃったから」
「有咲、渡しちゃって」
「ありがとう」
真琴は有咲から夏南の弁当を受け取ると、そのまま当たり前のように夏南が使っていた席に腰を下ろした。
「真琴さん?」
「うん。新従弟の君と少しお話したいなって。いやかな?」
俺は有咲へと顔を向ける。有咲はいいよって笑顔を返し、そのまま自分の席に腰下ろして弁当の蓋を開ける。わお、可愛いキャラ幕の内弁当だ。すげえ。
「そっか小学生にコンビニ幕の内じゃ悲しいか」
「弁当が可愛くても、連休も勉強させられる子供が可哀そうって僕は思うけどね。だからせめて楽しい授業になればいいと頑張るんだけど、僕の授業を受けてくれた子の何人が史学に興味を持ってくれるのか」
「法学部出てキャリア官僚になるってのが夢の夏南が、あなたの授業ですごく興味が湧いたって言ってましたよ。まるで探偵が謎解きするみたいで面白いって」
「うん。夏南では身長制限で警察官にはなれないけど、絶対悠君と一緒に働きたいんだって。だから、事務方で行けるように絶対東大文科一類って言ってるのに、初めて史学イイねって言ってたね」
「悠の上に立ちたいの間違いじゃないのか。うちの県は身長制限撤廃してるだろ」
「さすが、晴君詳しいね。そうだよね、あれ、夏南こそ知っているはずじゃ」
夏南の父親は県警本部長な悠の父を支える、警務部長って県警のナンバーツーなお立場だったし。
まさか、夏南の父親が嘘教えて夏南の警察入りを阻んでいるんじゃ。
夏南は普段は大人しい優等生の仮面を被っているが、その実「紅雀」の二つ名を与えたいぐらい、剣道も合気道も段を持っているという凶悪なちびっこなのである。
俺は夏南の進路について下手に真実を掘り返して夏南の父に恨まれるよりもと、話題を変えることにした。
「真琴さん。手に入れた蔵にはどんなお宝が眠っているんでしょうか。郷土の歴史をさらに深めるようなものですか。それとも、もともと研究しているテーマの検証や説の補強に必要な資料探しですか?」
真琴はぴたりと箸を止め、じっと弁当箱の中をみつめた。
別に弁当の具を見ていない。彼は答えるかどうするか迷っている?
もしかして俺の質問で、俺から研究費の援助を見込めると計算しているのか?
彼は大きく息を吐くと、俺へとまっすぐに顔を向けた。
じっと数秒だけ俺を無言でみつめ、それから目線を下げてから口を開いた。
「恋人を探しているんだ。年上の人で半年前に僕の前から姿を消した。松永家の一族全員が早死にしてしまうのは先祖代々の呪いって言っていてね、僕は松永家にかかった呪いというものの真実を探りたいんだ。それで」
真琴さんは再び俺をまっすぐに見た。
それでなんかピンときた。
拓海は甥っ子と会いたがらなかった。
俺よりも拓海家を知っている藤が、俺を最初にこの塾に運んできた。
先日鹿角達が動いていた理由は、行方不明な松永捜査官(32)の捜索だ。
「それで、何でしょうか? 僕にできることが?」
真琴氏がガバッと頭を下げた。
「居候させて!!学校を勝手に休学したことと、僕がまだみほりんと別れてないこととか、百二十万で蔵の中身買ったこととか全部で、家を追い出されたんだ! 今日まで藤さんの部屋に居候させてもらってたけど、あ、あの部屋、なんかいるし、もう無理なんだ!!」
これって、俺が受け入れれば、って話?
俺は良いよと答えた。
「俺の部屋に一歩も入らないって確約してくれれば」
「わかっている。僕にも君の年頃を経験している」
「そうですか? それはご愁傷様です」
俺と同じじゃ、殺し殺されのご経験ですね。




