連絡その二 あぶく銭は人をダメにするもようです
俺は拓海と彼の甥の拓海真琴の関係については、藤の会話からしか知らない。
拓海が俺にクリスマスプレゼント(完全に拓海の玩具になっているロールピアノ)を買ってくれた時に、藤がこっそり教えてくれたんだ。
「自分でプレゼントを買うなんて初めてじゃない? 甥や姪にはお金ばっかりだよ、あの人」
その時の俺は、拓海の特別なんだなあ、と自分を嬉しく思ったが、今は俺が特別になったためにごめんなさいな気持ちだ。
社会科用の教室に行けば、塾生はまだ誰も来てはおらず、中背で細身な青年が一人大きなホワイトボードの前で資料を揃えているところだった。
彼は俺達に気が付くと、まっすぐに俺のところに来た。
目元が拓海に似ているので、拓海を若くしたような感じだ。いや、なんだか浮世離れている雰囲気があるっぽいので、拓海に似ていると思うのか。
拓海家って、実はやんごとないお家なのか。
「まだ授業前だよ」
「申し訳ありません。俺は蒲生晴純です。お世話になるので先に挨拶に来ました」
「おお。君が噂の晴純君か。君のおかげで僕はここにいるんだ。叔父からのいつものお小遣いを見越して買い物したら、叔父からのお小遣いが常識的なものになったでしょう。それで返済が滞っちゃって。こうして休みも全部アルバイト入れてあっぷあっぷなの。でもさ、考えなきゃだよね。君もだよ。叔父が結婚して子供ができたら、君のせいで甥の僕への興味が消えたみたいに、君だって忘れ去られる。だから君はお勉強をしっかりやって、独り立ちを考えましょう」
挨拶どころか急に語りだした真琴君は、今の借金苦な身の上が俺のせいだと俺を責めている? いや、拓海のお金のせいでこうなったという、自分を反面教師にしなさいよ、というありがたい忠告かも。
ああ、ここにも金でダメになった人がまた一人、いるよ。
「何を買っちゃったんですか?」
俺と真琴は、下世話な質問をしてきた女子中学生へと視線を向ける。
夏南はキラキラした瞳だが、井戸端会議のおばちゃんみたいな顔してた。
こういうやつだから俺も悠もこいつが美少女だって思わないんだよな。
そしていい具合に浮世離れしている拓海の甥は、自分の買ったものを見せびらかせるのがうれしいという感じでスマートフォンの画面を俺達にかざす。
すん、と、真顔になった少女達からそんな音が聞こえた気がした。
俺も同じ顔してたかも。
時期外れかなってぐらいな、今にも崩れてしまいそうな昭和なお化け屋敷だった。
建てられた当初は豪華な屋敷だっただろうが、今は瓦は落ちて屋根は腐っているなって一目でわかるし、家の正面に装飾として貼ってある大理石は剥がれてひび割れている。ついでに窓など開口部から、ゴミ、見えない?
「俺の親友が廃墟マニアですけど、あなたも? てか、拓海のお小遣いは一軒家購入資金くらいあるんだ。非常識」
「ハハハ。いくら何でもそれは違う違う。ほら、よくみて。崩れそうな家の横に蔵があるでしょう。買ったのはこの蔵の中身について。家は昭和だけど、蔵は江戸時代後期か明治だね。絶対に一つか二つ、その時代の古民具か書付が残っているはず。家主は蔵の中身全部を僕に売った金で解体費の半分賄えるって大喜び、僕は百二十万円かけた宝探しができると大喜びだ」
酔狂すぎる。
本宅のこの崩れっぷりを見れば、お宝なんか、すでに、絶対に、売り払いきっているはずだ。
「あなたの専門は?」
「叔父から聞いていない? 史学部だよ。就職に弱い学科だし、もう大学院に進んじゃおうかなって思ってたら、叔父からのお金が無くなったでしょう。これ買った借金も返さなきゃだし、お金稼がなきゃで後期は休学にしたんだ」
俺はふうとため息吐きながら額に手を当てた。
これは拓海の非常識な金に狂わされた結果か?
単に拓海家の血なのか。
浮世離れた考え方に、なぜか拘りが人一倍な探求心。
拓海は儲けられる医師という道を選んだから大金持ちになれたけど、目の前の拓海の甥は、ほっといたら古民家の中で餓死していそうである。
「失礼ですが、真琴さんのお父さんのご職業はなんでしょうか」
「ああ。弁護士をしている。祖父の代から、いや、ひいひい爺さんのもっと前がどこぞの家令だったから、誰かの家業を助けたり書類を作ったりするのが天職だと思うのかな。まあ、代々そんな感じだから、法学部を選ばなかった僕や叔父さんが一族のはみ出し者だね」
前言撤回。
この人が餓死することはないだろう。
家業で弁護士やってる拓海家本家は、普通に土地の名士で金持ちなはずだ。
そして俺はこの初対面な人に好意を抱いていた。
だって、拓海に似てフワフワしてるし、人を傷つけられない感じだし。
俺は真琴さんに頭を下げた。
「これから三日、よろしくお願いします」
「かしこまんないで。ほらほら、顔をあげて。あと、歴史に構えたらいけないよ。社会科は教科書を読み物として楽しまなくちゃ。あとね、君は年表を作ったことがあるかな?」
「年表作りですか? 途方もない作業ですね」
「まさか。パズルだよ。まず大きな出来事をスペースを空けて書き出す。それから適当に面白いなって思った出来事を、最初に書き出した出来事のどの空白に嵌るのか考えるんだ。江戸幕府の設立の前か後か。もしかして、室町幕府の前かもしれない。すると、鎌倉幕府の後かな。さあ、悩むならその頃の資料を見て、服装はどうなっている? 有名人は誰かな? その頃の流行りは何? だけど、資料に騙されちゃいけないよ。例えば、鈴木晴信による浮世絵の深草少将。絵の中の彼は江戸時代の服装してるけど、小野小町に惚れた挙句に人ん家の庭で凍死した阿呆で、室町時代の世阿弥の創作物」
俺は有咲や夏南の顔を見てはいないが、きっと二人は目をキラキラさせているはずだと思う。俺こそ自分の顔が楽しいって表情になっている気がしたから。
この人の授業を受けたい。
俺は再び、けれど今度はもっと勢いよく、がばあ、と頭を下げた。
「これから三日間、よろしくお願いします!!」




