報告その四 ツールに頼ってみました
平日が辛くて週末を楽しみにするのはいつぶりだろう。
悠は俺に挨拶はしてくれるがそれだけだ。
隣同士の席なのに、彼は俺の方なんか見ない。
彼は俺の謝罪というか、俺からのアクションを待っているのか。
だが、俺が彼に何を言えると?
腹の傷の話は絶対に悠に言いたくない。
ならば、一人称を俺と言わないでくれって、悠への願いの理由は?
同年代の男子が怖いから?
だったら俺も「僕」と言うべきなんだよな。
だけど、俺はもう「僕」でいられない。
アンリのいないこの世界で、泣くだけしかできない「僕」でなんて戻れない。
だから、これも俺の勝手だ。悠が一人称を俺にしたいなら、好きにさせるべきなんだ。悠はきっと彼の親父さんと同じくらい体格が良くなって、背なんかぐっと伸びるはずなんだ。彼が一人称を「俺」とする方が似合っている。
「君が噂の編入生かな」
最初の出会いの悠の第一声だ。
正月明けに学校が始まっているはずだと拓海に言われて、慌てて祥鳳大学付属中学に登校してみれば、フライングだった、というその日の出来事。
けど、来て良かったなって、俺は翌日から通う学校に対して思ったのも事実。
祥鳳大学付属中の校舎って、俺が通っていた公立の中学校の校舎と違い、レトロな外観の木造校舎なんだよ。木造建築校舎への回帰が政府主導であったから、補助金も出るから建て替えたとかなんとか。
俺が学校に抱く恐怖を刺激しない感じでイイねって奴だったんだ。
建物についてはね。一月だから雪あるし寒いし、やっぱフライングはね。
「うーん。センセイは自分が今日から仕事始めだから勘違いしたのかな。センセイは自分が世界の中心な時があるからねえ」
「拓海め、許せん」
そんなこんなを俺と藤がくっちゃべっていたところでの、悠の第一声だったのだ。
悠の静かなのにとても通る声に、俺と藤は同時に振り返った。当時の悠は俺と似たような体つきに身長で、けれど今と変わらず俺とは違ってまっさらだった。
そう感じるニコニコ笑顔を俺たちに向けていたんだ。不審者丸だしな俺たちに。
「はじめまして。僕は武雄悠。この学校の二年生。生徒会長もやっているからね、皆が休みの日も下準備で登校しなきゃいけない罰ゲームを背負っているんだよ」
俺は思わず吹き出した。
そして俺が笑った事で武雄生徒会長様がさらに嬉しそうに笑ったから、彼が俺の気を解すためにこんな自己紹介をしたのだと気がついたんだ。
それで俺はほっとした。こんな優しい子がいる学校なんだって思ったから。俺はちゃんと学校に通えるって安心して、そしたら気が付いた。拓海が俺をフライング通学させた理由に。
俺の中の怯えるばかりの泣きべその晴純に、無人で静かな校舎を見せて、「怖くないんだよ」って安心させるための下見をさせたんだって。
うん、安心したよ。それで翌日から普通に学校に行けたし、悠様直々に校舎内を案内してくれて、俺が溶け込みやすいようにすれ違う生徒や教師に俺を紹介してくれたんだ。――すごく人ができているんだよ、悠は。
なのに、俺はわがままばっかで。
自分の真実を伝えられない臆病で。
それで悠が離れてしまって…………いやだ。
「悠、あのさ」
悠の姿は横になかった。
俺がぐるぐる考えている間に悠は席を立ち、そのまま教室を出て行ってしまったようである。もう声もかけてもらえないのか。
俺は大きくため息を吐いて、
「晴君、帰るぞ」
有紗が俺の肩を軽く叩いた。
「ありさ」
自称俺のお世話係の江藤有咲は、俺の方がお世話係の付き人じゃね、と思っちゃうほどなモデル美人である。背が俺よりも高いの。長いまつげに流線形な綺麗な瞳。肩甲骨下ぐらいの長い髪は真っ黒でまっすぐでつややか。
ただし、本人は自分の美少女っぷりには無頓着なので、化粧っ気はないし髪なんか無造作に後ろで結んでハイおしまい。ついでに美しい顔立ちを壊す勢いで表情を変えてしまう。クシャおじさんみたいになって笑ったり泣いちゃったりするのだ。
そんな彼女なのに珍しく意識的に作り笑顔になっている。
俺の良心がずきっと傷んだ。あったんだ良心って感じだけど。
有咲も傷つけてしまってたよな。
俺と裕の仲違いに、そのきっかけが俺の誕生日をばらしてしまった自分にあると思いこんでいるに違いない。実際きっかけだったんだけどね、仲違いは有咲のせいでは絶対ない。
俺はごめんと有咲に謝る。
「なんで謝るの?」
「俺は君に頼りっぱなしだから」
「そんなのはいいぞ。それで晴君が元気になるなら、ぜんぜんかまわないぞ」
「ありがと。――ええと、帰ろうか」
「うん」
俺はカバンを肩にかけると歩き出す。
有紗も歩き出した俺に合わせて歩き出すが、今日の彼女は廊下に出ればわざわざ俺の右側に並んだ。
それで、俺の右手を掴んだ。
「有咲?」
「ふふ。昔はこうやって手をつないでいたよね。いつも。でさ、悠君と晴君が喧嘩してから、あたしはちょっと嬉しかったりもしてさ。なんか、悠君と仲良くなってから、晴君は悠君とばっかだったし」
俺は「ごめん」と言って有紗とつなぐ手に力を込めた。
本当に彼女は変わらない。
それでてくてくてくてく、学校を出て道路に出て、俺は彼女と歩く恥ずかしさや嬉しさを嚙みしめて歩いた。でもって、もうすぐ俺の家だ。本当に我が家と学校は、俺の足でも十分程度。すぐ近くなのである。すぐ近くなのに藤に車送迎してもらってズルしてるけど。夏休み前のヤモリ館に俺と悠が藤に連行されたのも、それでで。
俺は杖を握りしめた。
おしゃべりヤモリは欲しがる拓海の分だけでなくみんなのも作ったけど、あれで悠の関心を惹けるかなって期待して、今日も悠に話しかけられずで。情けな。
「どうした?」
うん、俺にはいつも有咲がいる。
「有咲」
「どうした? 足が痛いの?」
「いや、あの。最近ほったらかしにしてごめん。俺は有咲に甘えてばっかだね」
「いいよ。晴君が笑ってた方がいいし。それに、今のあたしには夏南がいるし。うん、夏南に出会えたのも晴君のおかげだからさ、晴君は好きにしていいんだよ」
「そう? 実は社会科がドツボでさ、鍛えるために中受用の小学生ばかりの勉強合宿に参加することになったんだ。一緒に参加してって、お願いするのはダメ?」
「いいよ」
即答かよ!
俺は、はふ、と体中の酸素を吐き出してしまった。
いいよって即答じゃなくて、有咲の笑顔がとっても輝いて見えたんだ。
「ありがとう。明日迎えに行くから」
「待ってる。藤さんの車でってお大臣だよね」
「だね。――はは、本当は拓海先生の甥っ子さんが講師してるから、彼に挨拶して拓海先生が病院に行った後は逃げ出すつもりだったんだけど」
「逃げるのはよくないぞ」
「だね」
「あたしが隣にいるから、小学生の中でも寂しくないし、恥ずかしくないよ。てか、あたしこそ恥ずかしいこといっぱいやってるし、助けてもらってるし。晴君も馬鹿やっていいんだよ」
「俺はすでに有咲に馬鹿をいっぱいしているよ。何かあるとメッセ送って、教えて教えて、助けて、助けて、だ。いつもありがとう」
「でも、本当に辛いのは相談してくれないね」
「相談してくれって言ってた大人は答えをくれなかった。誰にも答えは出ないみたいでさ」
「あたしには相談はないぞ」
「だって相談事は、」
俺はしばし黙り込み、それから。
「有紗はオレンジ色と黄色はどっちがいい?」
「何?」
「しゃべるヤモリを作ったんだ。俺と悠だけヤモリ館に行ったこと怒ってただろ? 有咲と夏南に色違いのお揃いで。欲しくはないかもだけど」
「うそうそ。ほんとう? あたしは黄色だな」
俺は有紗からつないでた手をはがし、それからカバンに手を突っ込んで、黄色が入っている小さな箱を取り出した。それを有紗にずいっと差し出す。
有紗は猫が飛びつく感じで箱を受け取り、そして箱を開けて。
「キャー!!」
うっわ。有紗から女の子な悲鳴だ。
俺達の周囲にいた人たちが一斉にこちらに振り返った。
女の子に俺は何もしてないですよ!!
「あ、ああ。やっぱトカゲは無理だったか」
「ううん。すっごい可愛いよ。ヒョウモントカゲモドキだ。うそ。すごい。で、これって、ブローチ?」
「うん。有紗スマホ出して。そんで俺のスマホに当てて。データ送る」
「データ?」
「うん。こいつは一人のメッセージだけ読み上げてくれるんだ。誰のにするか、誰の声にするか選べるから」
「もちろん、晴君のだよ。それで晴君の声にするんだから、毎日メッセ送ってくれなきゃだめだよ。おしゃべりできなきゃキロ君が可哀そうだ」
「キロ君。もう名前つけたんだ」
「うん。運命的な出会いは大事にしなきゃ。ほら、晴君が設定して。それで、初おしゃべりさせてよ!」
俺は言葉では直接言えない気持ちをメッセージにした。
俺が作った小さなヤモリは、有咲の手の中で「だいすき」と呟いた。俺の声で。
「あたしも大好き。結婚しようね!!」
あ、それは。
すまん、俺はそこまで情緒が育ってない、とメッセージを送ってよいだろうか。
ここで口に出したら殴られそうだし。




